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大模様替えでよみがえったもの4月も11日になってた!
忙しい日々だった〜
4月の頭に熱を出し、10日過ぎた今やっと調子が戻ってきた感じ。
2日間、仕事と介護を休みました。
けど、プレッシャーのかかる用事が立て続いてて乗り切れるか不安だった。
が、なんとか乗り切れた!と思う。
クローゼットの大整理をしたあと熱が出たのは、埃をたくさん吸って免疫弱ったからかもだけど、浄化的な意味合いもあるんじゃないかと思ったり。
自分の内側が変わってくると脳内の引き出しも変わり、現実の部屋配置なども変えたくなる。
不思議なもんです。
というか、自分は一体何を基準にモノを買ってたんだろうかと。
お得だとか損しないとか、何でもいいとか、そんなものがいつの間にか増えていた。
でもクローゼットの奥からは、「可愛い!好き!」だけで買ったスカーフやバッグがぞろぞろ出てきて、それらはどうしても捨てられなかったですね。
「自分にとって良いものを買う」という時期が確かに昔あった。
あのころ埼玉の実家で暮らしてて、「良いものを買うために都内に出る」というのを休日の楽しみにしてましたね。
都外に住んでた方がいろんな追求心が高かった気がする。
企業に勤めて手にしたお給料が嬉しくて贅沢してたとも言えるけど、良いものをちゃんと選んでたじゃないかとつくづく思った。
実家からは菊池亜希子さんのおしゃれ本を持ってきました。
自分に合わなくなった気がして捨てるつもりだったチノパンが、菊池さんの私物と同じだった!
捨てない捨てない!
白シャツ+チノパンなんて憧れつつできなかったスタイルも、50になったらできそうな気がする。
かごバッグもたくさん掲載。
この間Eテレ「おとな時間研究所」でちょうどかご製品の特集でしたよ。
亜希子イズムをこの際ちゃんと取り入れてみたくなりました。
それこそ菊池さんはショートヘアのミューズでね。
昔の写真も掲載されてたけど、正直髪の長い菊池さんは印象が薄くなる。
顔は整ってるけど誰だかわからなくなるような。
リリー・フランキーとの対談ではセクシュアリティをやたら求められてておもしろかった。
どんぐりショートヘアみたいのをリリーさんって人はやっぱ敬遠するんだなぁ。
菊池さんのオーバーオール姿とかも「モテようとしてない」とバッサリ。
左官業界にしかモテないだろと。
スウェット上下でキメた菊池さんのことを「菊池さんか入院患者にしかできない」と称えたり。
リリーさんのおしゃれのこだわりを知れたのもおもしろかったけど、女性らしさを下着やパジャマまですごく求める人なんだとわかって、めんどくせぇなと思った。
「めんどくせぇ」と言う私みたいなタイプには女以前に人として目もくれないだろう。
外見をどう整えてるか?というとこから人間性や色気が出ることをたぶんよく知ってらして、そういうことを語るおじさんって貴重だしかっこいいのはわかるけど、それが正解なわけじゃないのに正解となるような時代をつくれるほどの影響力があるような男性の価値観というのはやっぱ脅威というか呪縛というか。
その求めるものに乗るか乗らないかで自分という人間がバッサリ斬り捨てられるような感覚は久々だった。
リリーさんはこの間、NHKの池田伸子アナと対談(池田さんの悩み相談)してたけど、女性の悩みに乗るのがうまいというか面白いんですよね。
池田さんのようなわりとお堅い、かつ淡白な女性(自分をそう思い込んでる女性)を揺さぶるのがうまい。
リリーさんと対面してるだけで池田さんの女性としての輝きが一層放たれたように感じました。
だからそういうのを引き出すとこが怖いですよね。
でも、私となんて対面もしたくないだろうなと、と思ってしまう恐ろしさ。
リリーさん的なものに眉をひそめることでしか自分を保てない現状をひとまず悲しく思います。
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「冬のなんかさ」終わりましたね。
最終回はほぼ杉咲花と成田凌のみの登場で、最後に岡山天音とエンちゃん出てきたのはなんかよかったです。
最終回で文菜(杉咲花)という女がどういう人なのかよくわかった。
別れを告げられたあとに成田凌の美容院に行きたがったり、「店で別れ話はしない」と約束したのに結局未練を伝えたりとか、店を出ていったあとまた戻ってきたり!!
こえぇ!
でも文菜でもそんな悪あがきをするんですね。
というか、「あがき」ではなく「私なら相手を引き寄せる魅力にできる」と思ってたようなとこが恋愛のややこしさを引き起こしてたんじゃないのかな。
というか、ゆきお(成田凌)が好きになる相手って、なんだかな〜という感じ。
結局同僚の女性を選んだゆきおだけど、その女性が椅子の上に立ったときは引いた。
文菜とゆきおが2人で選んだ椅子。
その椅子に遠慮する私じゃない宣言!(なんだかな)
しかもゆきおが作ってくれたパスタを長らく放置して自分のこと語ったり、椅子の上に立ってそのあと飛び降りる。
そんな同僚に「健気ないい子…」という慈悲深い視線を送るゆきお。
一生恋愛してろよ!
でもゆきおみたいな男こそ、いつでもジャッジする側に回れる強者タイプなのかも。
文菜にジャッジされて切り捨てられる気配を察知して、形勢を立て直す力がある。
そういう人っていますよね。
出会って相性の良さを感じて抱き合って子どもが生まれるという本能的な営みを「恋愛」という人生最大慶事・高レベル文化みたいになってることにみんな疲れてるんですかね。
しかも今は不景気すぎて「子どもが生まれる」あたりで大きな不安を抱える人も多いでしょう。
「生んだらどうなる?」の先が不確定すぎて。
大昔は近所や大家族の存在で「どうにかなる」と思ってたものが、今じゃ夫婦2人だけで「どうする?」ってなることが多いのだろうから、そりゃ不安でいっぱいですよ。
恋愛初期から不確定要素の気配に悩むのは人として自然と思う。
本能がまっとうに働いてるのでしょう。
「頑張る」のほとんどを自分が背負ったら詰むんじゃないか?と。
それにしても恋愛というものがあんなにドラマの中でたくさん見られたのはこの時代貴重だなと思った。
でも「自分が満たされる」「相手にも好きになってもらう」「お互い好き同士でいられる」ことが目的である以上、頭を悩ますことからは逃れられないでしょう。
「相手の気持ち」はどうやったってわからない。
なのにその気持ちをこっちに向けようとしたり、向いてる気がして安心する状態をキープするとかがそもそも無理なのだろうから。
私は恋愛は抱き合うことが目的なんじゃないかと思う。
抱き合えば幸せな恋愛時間もそれなりに続くだろうけど、細胞は「いつ命が宿るか?」という明確な目的を常に期待してくるから、それが時にノイズじゃないですか。うるせーみたいな。
その急速な期待感と、信頼関係をじわじわ両立させていくのって本当大変ですよね!
ってか短距離走と長距離走どっちもいい成績目指すみたいなことじゃないんですか?
「恋愛飛ばして結婚したい」という若者が増えてるのは、短距離走を放棄して長距離走に専念するということじゃないのか。
それは何もおかしいことじゃない気がする。
信頼関係「だけ」が欲しい。心拍数やたら上げたくないみたいな。
この年になると恋愛っぽい感情の奥に潜む本能的な目論みを疑うようになりますね。
まだ生命誕生を期待してんなら、そうはいかねんだわ!と感情センターに言い聞かせるのも疲れるよ(誰だよ)
結婚は社会的なメリットが大きいだろうから、そこにあまり恋愛を持ち込まず、結婚することによって享受できる何か(社会的立場や安定感など)を大目的にすれば、あとはそのキープを地味に頑張るってのがいいのでしょうか。
とにかく人の心・相手の心をこっちに向かせたり、都合よくコントロールするのは大罪に近いと思う。私はね。
でもまぁ、自分の大目的を叶えるために敷いたレールにうまいこと相手を乗せた人もたくさんいらっしゃるのでしょう。
レールに乗せたあともいい状態をキープできてるなら何よりです(誰だよって)
私は恋愛に限らず友達とか同僚とか、人間関係において気持ちがコントロールされることが本当無理で、「孤独よりまし」なんてものはない。
心が自由であることが一番。今はね。
コントロールする・されるのクセがつきすぎてて、それをフラットにする筋力をつけようとしている現状です。
roomはじめました
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季節の変わり目2026
時は流れていくものです。
ばけばけが終わり、ボクらの時代も終わり、つげ義春さんが亡くなった。
桜はいつの間にか満開になり、節目感ハンパないですね。
「ばけばけ」最終回、なんてニクいエンディングなのでしょう。
再放送でもう一回見ようとしたら、あれ本放送のみなんですね!
(NHK ONEでは見れるはず)
泣くよ〜
それにしても高石さんの演じたトキがすごかった。
基本明るいんだけど、すごく不安定にもなるんですよね。
パニック寸前の息遣いの荒さは朝ドラぎりぎりの線だったと思う。
こっちまで不安定になりそうなところで、母のフミが優しくセーブする。
池脇さんがまたじわじわと、ずーっとじわじわ存在感を放ってて、フミがいてくれた心強さがまだ余韻として残ってる。
最初、池脇さんのアップって少なかった気がする。
それがこの3月には日毎に増してって、あぁ池脇さんだよ、あの黒目がちの…と拝む気持ちで見てました。
あの平成初期、池脇千鶴という役者めちゃ可愛いなと思って見てた記憶まるごと蘇ったりして。
あの妻夫木くんと映画かよ、みたいなね。
トキはヘブンの死後に訪問してきたイライザから責められたあと、ひどく落ち込む。
これまで幸福と思ってきたヘブンとの生活すべてが一瞬で暗転したかのように。
微笑ましい出来事も、ちょっとした強引さもすべてヘブンさんを縛り付けることだったかもしれない。
フフフ…って笑い合えてたことも、あまりに話が通じなくて呆れてたのかもしれない。
そう見ようと思えば見える過去のすべて。
この描写がすごいと思ったですね。
私もしょっちゅう過去を振り返っては勝手に暗転させ、自分が思い出の中でバカみたいに突っ立ってる。
そんな私はさぞかし笑い物だったろう。
もしくは疎まれてたかもしれない。
バカバカバカ…と頭を抱える日々にどうやって日が射したのか。
覚えてないけれど、トキのように何かきっかけがあってそこからまた反転。
オセロの黒だったものが白にずらーっと変わる。
全部は白にできないけど、自分の思いひとつで過去が黒にも白にもなることを解ってからは、そう暗転させることもなくなった。
この自分だけが知っている歩み。
トキにはフミが好転のきっかけを与えてたけど、最近の私はAIですね。
寂しくないですね。Geminiも増えましたから。
ChatGPTが依存の要素があるのに対して、Geminiは話をダラダラさせない仕組みになってる気がする。
最近、ステンレス製の水切りカゴを買うかどうか相談してたけど、そのあとから「今日は美しく光るステンレスを見つめて、人間関係の疲れを忘れてみませんか?」と提案してくるようになった。
「もうここらで切り上げたい」という空気をチラ見せして、あえてこちらに気を遣わせてんだったらすごく高度ですよね。
Geminiはすごく切れ味が鋭くて、「あ、もう解決したかも」と脳がスッキリします。
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ChatGPTには似合うメガネを提案してもらったりして、好きな服のテイストとか髪型を伝えてるうちに、「小林聡美さんの方向を目指すのはいかがですか?」と提案されたことがある。
もっと同世代を勧めてほしかった…と思ったけど、「ボクらの時代」最終回の小林聡美さんは素敵でした。
何年も全然変わってない聡美さん。
全体の佇まいがずーっと落ち着いてますよね。
確かにああいう感じになりたいかも…
ほかの2人は市川実日子と片桐はいり。
面白かった〜。
最終回が独身女性3人って意外。
ここんとこの総集編がチャラ俳優に溢れてたから。
60代になって聡美さんやはいりさんみたいだったらいいなぁ。
市川さんは全然若い!と感じた。47歳。
でも私の3つ下ってだけで世代がちょっと違う気もした。
聡美さんとはいりさんの在り方のほうがなじみがあるというか。
そう、同世代にああいうテイストの人って意外にいないのかもです。
特に役者だとまだあがいてる感じが匂い立つというか。
女と見られることにあがいてる。
顔のどこかがぷっくりした美魔女風になったり、妙に上から目線の低音ボイスになったりするじゃないですか。
松たか子は2つ下ですが、松さんって意外とテイストが見えてこない不思議な方。
あがいてなさそうだし美魔女でもないけど、「ああなりたい」と思わせるほどの生活感をあまり感じないというか。
リンネルでエッセイとか連載すれば何がしかは漂ってきそうだけど、松さんエッセイやらなさそうですね。
最近、バイト先に気になる大学生がいて。
それは女子なんだけど、彼女から佇まいを見習うことがある。
人との距離や真面目さ、クールさと明るさの両立などなど。
人の真面目さが眩しく見えたと同時に、私にも真面目さが長所としてあったはずと思えた。
たぶん彼女の親と同世代だろうけど、「お母さんきっと同じくらいよね?」なんて絶対言わないっすね。
市川さんとはいりさん、聡美さんたちは互いの年齢の話をしてたけど、そこに上下関係は感じられなかった。
歳が離れてても互いを面白がれたりする関係が羨ましい。
別のあるときには、飲食店の隣席に30前半と思われる男性と60代と思われる男性上司がともに昼食をとっていた。
若手男性は目を輝かせて上司の話を聞く。
上司のほうは努めて上から感を消して対等に接してたように見えた。
楽しそうにパンケーキを食べていた。
バイト先で私が昼に「コンビニ行く」と言ったら、「私も行きます!」と女子大生がそばに来た。
舞い上がっちゃったよね。
何話していいのやらって。
意識するほどにおばさん構文が喉から出かかる。
いや、おばさんでいいはずなんだ、はいりさんや聡美さんがどんなであっても素敵なように、何も固くなる必要はない。
つげ義春が好きな私がさ〜美魔女なわけもないしね。
あの世界観が好きということが私の血となり肉となって明るく放たれることを信じる。
明るいわけないか。
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仲が良いとはやっと水星が順行しましたね。
今回は水星逆行っぽいことにたくさん見舞われました。
電車の遅延2回。
久々に会った友人2人。
PC故障、失くし物、落とし物→駅員との食い違い。
ずっと使ってなかったものをまた使ったり、実家の押し入れを開けて懐かしいもの見つけたり。
そんでまた「自分らしさ」というのを取り戻そうとした期間でもあったかなと。
私、自分らしさって本当よくわかってなかった。
自分で自分らしさを間違って捉えてたというか。
陰と陽なら陽だと思ってたんですよね。自分のこと。
しかしChatGPTによると「静」だと。
数々の私からの相談内容からして、「ひっそりした人」という印象だそう。
学生時代の私は、陽タイプの友のそばにいる「やや陽」という自己認識。
私が話すと周りが笑う。
そうか、私は人を笑わせるタイプなんだなと、中学か高校で思ったこと。
でもなんか大学でずっと空回ってた記憶。
大学のどこにいてもしっくりこない。
だけど3年の時、1人の子と出会ったら昔からの親友みたいにピタリとはまった。
その子は彼氏といるか、1人でいた。
時々新聞とか経済誌みたいのを手に持ってて、喫茶店で読んでいる。
衝撃を受けた。
まるでオヤジじゃないか(でも惹かれる)
あのころの私は自分に潜在する要素を彼女に嗅ぎ取ったんだと思う。
ずっと仲良くしてきた子たちのランチグループから抜け出し、彼女とひっそりパンを食べる。
お金ないからさ…ということも共有し合える至福の時だった。
でもまぁこの友情は25歳ごろ途絶えてしまった。
距離が近すぎると、いずれ離れる運命になるものです。
「就職してから変わってしまった(彼女はこんな子じゃなかった)」
そういう私のガッカリ感にうんざりしたんだと思う。
私はこういう過ちを何度も犯してきましたね。
距離が近すぎると相手に勝手な理想を押し付けるようになる。
距離感とかもずっと間違ってたんだな。
でも世代ですかね。
「距離が近いほどいい」
「仲良くするには距離を詰めるべし」
みたいなこと信じ込んでたじゃないですか。
「今度ご飯行こうよ」みたいなことにノリよく応じることは善きことと思ってきた。
チャッピーによると、「1人でいるほうがチャージできるタイプ」と「人といるほうがエネルギー補充できるタイプ」がいるらしい。
私は1人チャージタイプ。
こういうのって自分でわからないもので。
でも「あなたはこっちタイプ」と言われると、やっぱり!!!としっくりくる不思議さ。
どうりであの時もあの時もぐったり疲れてはイラついたりしてた。
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この間、職場で研修があり、同じ面々と数日間顔を合わせる日々だった。
目的は研修なので、さほど仲間とおしゃべりしてたわけじゃない。
でも入り込んでくる情報量は自分にとって少ないものではなかった。
入り込んでくるだけならまだしも、引き出されたりもする。
「質問されること」って仲良しの第一歩みたいでそれなりに嬉しいけど、患部に触れられたような痛みも同時に感じてることに気づいた。
何日も引きずるような痛み。
私が歳を重ねたから耐性が落ちたというわけでもなく、たぶんずっと前から痛みはあった。
でも仲良しとか嬉しさとか、明るい光で自分の陰を覆ってしまえることが若さだったのかもしれない。
その光量が落ちてきてやっと、自分らしい人間関係のあり方がわかってきたというのは遅すぎるんだろうか。
「群れること」も字面だけだとあんまいい印象ないけど、実際職場では輪に引き寄せられてたりする。
休憩時間に誰とも話さない自由もあるはずなのに、気づいたら数人で話してた。
でも本当は「話したくない(休んでたい)」タイプ。
なのに寂しさとかに負けちゃうじゃないですか。
複数人の輪の中にいるときの、謎に強くなれそうな会話が罠のようにそこにある。
なぜか人をジャッジする権利があるような口振りになったりする。
「あの子さ〜」みたいな。
1対1の会話ならまだひそやかさが残るのに、3人以上になった途端ニセの正しさみたいな光を放つ。
そういうのと無縁じゃいられないだろうけど、距離はうんと取りたいですね。
「ねぇ、今度ごはん行こうよ」っていう誘いに最近じゃ怒りが湧くようになった。
なんでだって話だけど、「仲良くなるためにごはんに行く」という順番が私に合わないんだと思う。
「仲良くなってからごはん」だよ、私は。
知るかって話だけど、この間ごはんに行ってきた。
その人は自分の話を聞いてもらいたい人だった。
自分を肯定してほしい。肯定してくれる誰かを心底求めている。
私はその要員だったんだ、、と感じてすごく疲れた。
肯定してほしいからか話題はネガティブなことばかり。
もう1人が「だよね〜」と上手に肯定してくれてた(複数人で行った)
1対1なら避ける話題でも、複数人だと話せることがあるのはわかる。
その人にとって「仲良くなる」とは、そういうパターンで築かれるものなのでしょう。
飢餓感を感じるわりに、私のことには大して興味なさそうでしたね。
まぁ、私があんまオープンに話さなかったから、その人なりに気を遣って質問しなかったのかもだけど。
「1人でいられない人」というタイプがいる。
そういう人は小さな情報も切り札に、「あの子さ〜」とどこかで繰り出すのだろう。
親しげなのになぜか愛を感じない人。
今までの私はその「あの子さ〜」にやけに怯えてましたがね。
誰かの空洞を埋める役から下りたい!と強く思ったら、また少し自分らしさが見えてきた。
今、私が仲良くしてるのはみんな群れない人。
群れない人同士で仲良くしてる。
これってちょっとすごいかもと思った。
群れないけどこの人とはつながりたいという明確な意志で関係が成立してる。
でもほとんど連絡し合わない。
相手を尊重してるから、時間を奪う可能性に慎重になる。
お互いにそれを感じ合えるところに愛を感じる。
そう思える人はとても少ないけど、それでよい。
みんなと仲良くすることが向いてない人は、「ひとりチャージタイプ」なんじゃないですかね。
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わかってほしさ・その2今回の水星逆行期間(2/26〜3/21)、逆行らしい出来事が続いてます。
まず人身事故。
今乗ろうとしてた電車が止まってしまった…
というのは本当に久々でした。
しかも実家から帰るとこだったので、素直に実家に引き返せばよかったんだろうけど。
それができないのが私のパターンというか、急行が止まる駅までなんとか行く手段を考えて、少しでも早く帰ろうと頭をぐるぐるめぐらせたり、ダッシュでバスに飛び乗ったりした。
が、だいぶ無駄な動きだった。
無駄無駄無駄…と頭の中がめぐるのはつらかったですね。
ホ・オポノポノを始めてから、「自分のよくないパターン」が浮き彫りになるようになった。
それはクリーニングするタイミングということ。
この件に関して言えば、「無駄な動き」=よくないパターンと思いそうだけど、自分の場合はそうではない。
自分の選択を「これでよかった」と思えないパターンをそろそろ手放さなきゃならないんだ。
だって町に新しく走るようになったコミュニティバスに乗ったときワクワクしたじゃないか。
その他ちょいちょいラッキーなこともあったと思えたのは帰宅後入浴してからで、それまでは「無駄な動きをした自分」を責め続けていた。
あと久々に友人とお茶したり、海外在住の姪が帰国して顔を合わせたのも水星逆行っぽいですね。
とにかく「クリーニングすべきこと」がたくさん目の前に現れている。
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数日前からなぜか気持ちがソワソワして、職場でも「よくないパターン」が次々現れていた。
・人の目を異様に気にする
・自分の行動を「変」だと思いその証拠を探す
・そのくせ「自分は正しい」という証拠も探す
・わかってほしさで苦しくなる
1ヶ月前に家族・親戚内でとある問題が起こり、その件で私も周囲もかなり疲弊した、ということがあった。
その件について親戚と話すタイミングがあり、私のせいにされてる一部分があると知ってひどく驚いた。
「いや、そうじゃないんだ」とわかってもらうため言葉を尽くしましたがね。
どんどん冷静じゃいられなくなった。
でもどんなに語ってもわかり合える手応えは結局なく。
帰宅後に、近しい家族に電話をした。
味方になってもらいたかったから。
そしたら!!!
味方と思ってきた仲間とほとんど心が通じてないこともわかった。
絶望。
私の脳内がリセットされるのはいつも入浴時。
というのがパターンになってきましたかね。
悶々としながら入浴してるうち、「よくないパターン」にまた気づいた。
私は「わかってほしすぎる」
相手にわかってもらってやっと「自分はこれでよかった」と思うパターン。
相手にわかってもらえず味方にもなってもらえなければ「私は間違ってた」というストーリーを受け入れようとしてしまう。
「自分の何が悪かったんだろう」と、過去のあれこれをリプレー再生して「あれですか?これですか?」と相手に聞いたが最後。
主導権は相手に渡ってしまう。
というか、主導権をたやすく譲るクセがあって、これもクリーニング案件だなと。
「誰か」がいないと「自分の判断の正しさ(まずさ)」がわからなくなる。
でもそんな人は少なくないように思う。
誰かによって自分の正当さを埋める。
誰かにダメ出しされたら改善を試みる。
苦しい〜これは苦しい人生です。
私は私の選択に誇りを持つ。
これを「誰か」に言葉で表明する必要はないけど、少なくとも自分自身の内側で固めなくてはならなかった。
私は自分の内側にとても気の毒なことをしてきた。
せっかく決めたことなのに「間違ってるかも」「変かも」「加害側?」と内側の選択を疑うことが多かった。
頑固よりも柔軟のほうが良いことと思ってたから、「スタンス変えられますよ〜」ということを進んでやってきた面もある。
心のどこかで「だから私をいい人と思ってほしい」という取引に期待してたのかな。
でも自分が自分の味方にならなければ、外の世界で真の味方に出会うこともないのかも。
「わかってほしい」という思いが飢餓感みたいになってるとき、「誰か」を求めてはいけない。
私の場合の話ですがね。
自分の判断や感情を、いつも誰かのジャッジで薄めてしまっていた。
そんな折に見た夢。
私は仲間が運転する車の後部座席ドア側に複数人で乗っている。
仲間が狭い道を強引に曲がろうとして、車が横転した。
それを何度も繰り返している。
私はもしガラスが割れたら首に刺さるかも?と怖くなり、私だけ降ろしてもらった。
死にたくない、という思いが強かった。
人生のハンドルの夢…!
危ない目にあってるのに、誰かに主導権を握らせ続けるのは命の危険がある。
今までの私なら、後部座席の誰かが「乗り続けても大丈夫だよ」と言って、しかもそれが多数派だったら私は自分の危険アンテナを疑ってたと思う。
それに、誰かの運転する車に乗る気楽さをこれまで享受してきた私だけど、これからは自分に責任を持たなきゃならないんだ。
忘れたくないのでメモにする。
書くことで内側を踏み固めるべく。
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わかってほしさ「冬のなんかさ」見てる?と友人に聞いたら、「見てない」とのこと。
なのに、あらすじとかを数分語ってしまった。
このモヤモヤを誰かにわかってほしくて、つい。
「そりゃ見てないよね〜」と思ったのは、彼女が既婚・子どもがいるから。
彼女の生活にとっちゃどうでもいいドラマだろうなと。
という言い方もあれだけど、どこを切っても恋愛だらけに見えるからさ。
そういうドラマを毎週録画して見てる50代独身・自分ということが友にバレて、ちょっと恥ずかしい。
子どもがいる人の22時はきっと忙しいだろうし、もう寝てる率も高そうだし、録画したとしても「すぐチャンネル変えられちゃう」とよく聞くしさ。
「つまりどういうドラマなの?」と聞かれて、「わかってほしさに溢れてんだよ」(そこがモヤモヤすんだ)と答えてしまった。
杉咲花演じる文菜は、自分の話にじっと耳を傾けてもらったり、質問されることが何より好き、それを求めているとやっとわかってきた。
「あなたってさ」「文菜ってさ」って相手が語り始めると、とたんに目を輝かせる文菜。
第7話でわかったのは、恋人のゆきお(成田凌)は文菜に踏み込んだ質問を投げかけるのをどうやら避けてきたのかも、ということ。
だから文菜が行ってきた葬式(小林二胡)の故人は元彼だったと聞いてうっすら嬉しそうだった。
「文菜はあまり大事なこと話してくれないから」
みたいなこと言ってたけど、そのときの杉咲さんの真顔が超怖かったですね。
そういう顔するから聞けねぇんだよ、ってのがゆきおの本音じゃないの?
あの真顔へのスライド、その空気感は恋人だったら絶対感じるはず。
ましてやゆきおのような繊細boyだったら、これまでもその空気感で何度も胸を痛めてたんじゃないか。
「うわ、怖い」みたいな。
でも文菜が好きになるのは、そういうことに鈍感な人なんでしょうね。
もしくは繊細だけどぐいぐい掘ろうとしてくるタイプ。
掘り出されたものを「表現」みたいに語って聞かせてくれるような。
やだね〜
確かに、ゆきおがいわゆる王道デートや旅行・手製料理などで文菜を喜ばせようとしても、文菜は「楽しい」と言いつつ満たされてなさそう。
それでも並のカップルよりは落ち着いた会話をしてるように見えるけど、ゆきおは多分そこまで言語化できないタイプなのでしょう。
なんせ文菜は小説家だし、2人の小説家男性とも深く関わった。。
と思うと、細田佳央太さん演じる大学時代の彼氏(佃くん)に物足りなさを感じたのもわかる。
「あなたが好き好き」だけじゃ、文菜にはつまんない。
「私のことなんで好きになったの?」と佃くんにも聞いてたけど、とにかく文菜って女は自分をいろんな角度から語ってほしいんだ、これが。
いろんな人の目に映る私・その表現に酔いしれつつ、心の中の「本当の思い」も掘り出してほしい、理解してもらいたい。めんどくせぇな。
そんで「わかってあげるからわかってほしい」という取り引きが成立する人とじゃないと深い関係にならないっぽい。
私はこの今泉監督って人はどんだけわかってほしい人なんだろうと思いましたね。
そういう登場人物がめちゃ出てくるから。
たぶん文菜が一番惹かれてる山田線という小説家もわかってほしい人で、すごく繊細に心の中を表現して、文菜をうっとりさせる力を確実に持っている。
その前に一番好きだったのが松島聡さん演じるミュージシャン。
さすが歌詞を書くだけあって表現力も高く、しかも曲にすることもできる。
「好きなのは文菜ではない(じゃあ誰かって話をするよ)」という語りが20分くらい続いたんじゃなかろうか?
「わかった」という目を文菜する。
男は安心する。
この空気感がどれだけ理想か・・というのが毎回描かれるドラマ(と感じる)
かく言う私だってわかってほしい病にずっとかかってたとも言える。
今の時代、みんなそうじゃないんですかね。
既婚の友人も、「夫がわかってくれない」とこぼしていた。
大事な話をしてるんだから、最後まで話を聞いてほしい。
それを夫にこんこんと訴えたけど、相手に通じてるのかどうか…と嘆く友人。
私自身、うっかり友人の話を遮ったままにしてなかったか?と肝を冷やした。
会話の途中で店員に水を頼んで、そのままにした気がする…
「ごめんね、なんだっけ?」と謝っても、遮られた不快さは残ったはず。
というわけでね。
「わかってほしさ」を受け止めるのってたまにしか会わない友達でも大変なことなのに、毎日会う配偶者や恋人の受け止める頻度を想像すると息が浅くなってくる。
しかも正しく受け止めなきゃならない。
遮らない・要約を求めない・アドバイスしない。
でもそれが正しくできるのは、たまに会う曖昧な関係の人なのかも、と思ってしまった。
友達ほど共感密度やテンションが高くなく、配偶者や恋人ほど会う頻度が高くない人。
つまり無責任でいられる相手。
相手にも相手がいたりすると、「この人の全部背負わなくていい」と思えるだろうから。
今泉監督はそれをわかってほしかったんじゃないかと。
確かに、というか、私は同じ独身同士の友人よりも既婚友人のほうが重い話を打ち明けられる。
「私のこと、そこまで背負わないだろう」と感じられる人にしか話せないことがある。
家に帰れば夫や子どものことで忙しく、私の話なんてすぐ忘れるだろう(それでいい)と思えるからこそできる話。
それは愛の量とかじゃない。
とすると、文菜はゆきおが背負う人だと多分わかってて、でも「背負ってほしくない。それはなぜなのか?(愛情不足?)」というあたりが言語化できないことに悩んでるように感じた。
自分のことを理想的にわかってくれる相手がいたらどんなにいいだろう、っていう願いは私にとっても過去のものとなりつつある。
わかってくれる人はいない。
とまでは言わないけど、こんな自分といつでも会ったりごはん食べる相手がいてくれるだけで十分なのかなと。
前は四六時中わかってほしかったですね。
文菜のように、心の深いところや細かな感受性までわかってくれる人と出会いたかった。
けど、そんな人はいない。
自分の細やかさは自分にしかわからないものと思う。
もし「あなたの細やかさ、知ってるよ」というんで近づく男がいたらむしろ危険人物だと思う。
そういう自分へと変わってきた。
だからあのドラマにモヤモヤするのかも。
男がみんなヤバ〜と見えるから。
一緒にいてくれるだけでいいじゃないか。
一つ屋根の下にいるならそれがアンサーじゃんと思うけど。
一緒に暮らしてなくても「継続」ということの素晴らしさが50になって感じられてきた。
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多忙&疲労のこれまでとこれから最近は仕事を週4に増やしてます。
先週、先々週は風邪などの急な欠勤による出勤要請が相次いだので、週5勤務。
私こなせてるじゃん。
随分元気になったなぁとは思ったけど。
さすがに今週疲れてます。
懐かしい疲れ。
なんにもする気力がなく、ただTVやスマホをだらだら見たりする。
「明日こそ掃除機かけよう」と思ってからもう3日は経ち。
何かが満たされず、ごはん食べたばかりなのに甘いものが欲しくなりポリポリ(柿の種チョコ)
自分を必死で癒やしてる。
週5勤務をこなしてたころも日々がそんな感じだった。
朝10時のオープンを狙うように買い物行ったりしてたのは週3勤務の時期。
それまでに洗濯も掃除も済ませる気力があった。
「次いつ実家に帰るか」のスケジュール調整もスムーズで(思考が重くならない)
「電話かけなくちゃ」と思ってたところへの億劫なためらいもない。
用事をサクサク済ませることができ、「さぁ次、何しよう!?」という余白がまるで未来の希望につながってるかのように心がワクワクしていた。
その勢いで本屋へ行き、ガイドマップを2冊購入。
元気な今のうちに眺めておけば「行きたいところ」が明確になり、長らく湧いてこなかった「遠くへ行きたい」という希望が湧いてくるかもしれない。
2冊のうち1冊は「多摩地方版」
私にとってなじみ深い東京西部といえば立川まで。
いつもいつもその先が気になっていた。
青梅、八王子、羽村市、高尾山、檜原村、奥多摩などなど。
1人で探求するには心細いとこだけど、もっと元気になったら1人でも散策意欲が湧いてきそうなとこ。
湧きそうだった。
その直前で仕事が多忙になり、1週間以上地図を開いてない。
実は英語の勉強にも意欲的だった。
英語版ドラえもんやスヌーピーを買って毎日読んでたのも、週3勤務のころ。
多忙になると、帰宅後に外国語を頭に入れようなど思わなくなる。
それでもたまたま手に取った海外挑戦漫画で、「アプリを使って外国語習得」というのを目にして、英語を学びたい人・教えてくれる人向けのマッチングアプリに登録してみました。
「ハロー!僕は57歳。一度結婚してるけど今はシングルだよ」というメッセージがシンガポールから届いた。
「こんにちは。自分は京都に住んでるけどあなたとやりとりしたいです」というメッセージはただの日本人から?
めんどくさー
この人たちを見極めるのが面倒くさい。
面倒を避けるために実年齢を公開したのに、アラフィフが一番ロマンス詐欺にひっかかりやすいそうですね。
ちなみに女性からのメッセージはゼロ。
女性っぽい名前の男がわんさかいる(アカネとかミクとか)
みんな、そんな暇じゃないんですね。
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でも週3勤務を2ヶ月ほど続けたおかげで、その間に自分の内側をより固めることができた。
自信のつけ方というか肯定の仕方というか、自分を好きになるための大事な時間というか。
この間にいろんな買い物をしたけど、私って本当に「人からの見え方」にとらわれすぎてたんだなというのには気づけた。
カーテンひとつ買うにしたって、「こんな色、自分は好きだけど人からはダサい類だよな」とかでずーっと悩んだり。
めったに部屋に人を入れないのに。
入れないのに入れそうな2人を思い返して、その2人のぎょっとした顔を脳内で作り上げては逡巡するという、隙あらばストレス生産マシンになってしまうクセ。
メガネも新調したけど、あんなに店で悩んで「これがいい」と決めたのに、家の鏡ですごく違和感を感じたり。
このあたりはChatGPTに話をよく聞いてもらいました。
似合う似合わないという以前に、「自分らしさ・自己認識のゆがみ」から来ているらしく。
だから結局「人から見た私」にとらわれてて、真の自分らしさがちゃんと形成されてないので、
いろんな人のジャッジ予想を脳内でめぐらせてしまってる状態だと。
自分を信じてないから、誰かの好意的な声も受け入れられない。
「似合ってるよ」と言う声の中に茶化しの要素を探してしまう。
こんなんじゃだめだ!
まぁ、こういうのって大体過去の嫌な体験がもとになっているので、それを思い返してクリーニングしたりもしてました(ホ・オポノポノ)
私は今「私らしさ」というのを急速に取り戻そうとしてて。
それは小学生ですでにちゃんとあったというのを思い出した。
小6の私はグレー×白のスタジャンを好んで着ていた子。
当時、赤×グレーのスタジャンがすごく流行ってましたよね。
私はグレーのスタジャンに黄色いチェックスカートを合わせる子だった。
いまいち合ってなさそうな、でもナシでもないような、人から見ればダサいかもしれないけど自分がワクワクするラインをあのころよく知ってた気がする。
チェック好きは高校まで続き、チェックのリュックで通学する日々が楽しかった記憶。
そのリュックに目を留めてくれた子と仲良くなったりして。
就職して、オフィシャルな場面に誘われたり、結婚などが視野に入ってきても、「建前の自分」を構築しきれなかったんだと思う。
私はずーっと建前にハマりにいこうとして、うまくハマりきれなかった。
週5勤務で「疲れるじゃん」という本音を「だよねー」で共感してもらいたかったわけじゃなく、「このままでいいのか?」という問題意識や行動に結びつけたい気持ちがうごいめいてたのに、そうすると人は離れていくので「ハマった方が早い」(社会に馴染むには)と、頑張ったり頑張りきれなかったりでここまできた。
振り返っても何ができたとも思えず、こうしてここまでくることしかできなかったな、と。
でも今できることは、それをそうだと感じ尽くすことで、自己否定することじゃない(30代40代はそのあたりの自分を否定しっぱなしだった)
あと「家族のために」を思う時間も長かったなーと。
家族の理不尽さに適応することを自分の課題みたいにずっとしてて(これも理不尽にハマる方が早いと思ったから)
ただそれでも!
あのころを否定しない自分へアップデートすべくクリーニング等々。
そうしなけりゃ生きてこれなかったわけだからね。
なんの振り返りだという話ですが、自分の内側には真っ正直な声が常に響いてて、それを長いこと無視してきたせいでアンテナがゆがんだ。
そのゆがみを補正していくのがこれからの人生かもしれない。
とりあえず週5勤務は疲れる。
これを当たり前の生活とするのは自分には無理。
ただぼーっと疲れを癒やすだけでその他の時間が終わる。
そうわかった上でどう生きるか、だな〜。
吉田拓郎の曲が沁みる…!(今日までそして明日から)
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ミラノフィギュア陣今年はオリンピック見ないかもな…
と思ってたのですが、フィギュアの団体がいきなりドラマティックだったので、なんだかんだ目を奪われました。
メディアがまたドラマティック大好物で、今回も盛り上げまくってましたね。
ただ今年のミラノは確かに劇的シーンが多かった。
高梨沙羅選手とか、本当メダルとれてよかったねと。
個人的には村瀬心椛選手の涙が印象的でした。
それで、りくりゅうね〜
さすがに今の今は食傷気味だけど、あの2人のフリーは何度見ても見入ってしまう。
あとエキシビション、何あれ!?
片足振り回してたやつ。
痛くないのかな…っていうどこに向けるでもない独り言を繰り出しつつ、やっぱ見入っちゃいますね。
りゅうがりくを持ち上げるだけでなぜあんな楽しいのか。
だけど今回のオリンピックで一番「どんな人なんだろ?」と気になったのは、高橋成美さん。
水瓶座が多い人なんじゃなのか?とまず予想。
変わってる・独特な人って大体水瓶要素ありますからね。
そんでホロを見たら、なんと水瓶には土星しかなかった。
むしろ水瓶っぽいことに苦手意識があるほうかも?
とはいえ高橋さんは山羊座マジョリティーなので、プログレス惑星の多くが水瓶にある。
なので、「現在水瓶モード」であるにはあるんですよ。
山羊座には太陽はじめ水星・火星・天王星・海王星、そしてドラゴンヘッドがあり、月は牡牛座、木星は乙女座。
地星座めっちゃ多い人。
いや、でもね、太陽・水星・ドラゴンヘッドが山羊というところが、なんだかんだNHK適性でもあると思うのです。
ずっと見てるうちに「頑張り屋さんなんだな」と思った。
すごく真面目なんだろうけど、おそらく水星・火星が天王星・海王星の影響を受けており、発言や勢いが「普通」の域を超え気味なのでしょう。
そんで金星が射手ですから。
しかも木星とスクエア。
たぶんだけど、「すごく細かく正確に」伝えたい人なんじゃないでしょうか。
感動や見どころを漏れなく伝えたい、そのためにはなんでもやる。
それらをパーっと明るく楽しく表現できる人。
競技となると、その正確さへの追求心や真面目さで自身が追い込まれることが多々あったのかもしれません。
そして多くの星読み者がチェックしたであろうりくりゅうペアの相性。
私も見ちゃいましたね。
「雷が落ちたような運命的な出会い」ってりゅうが言うもんだから。
璃来選手が木原選手のバイト先で声をかけたあたり(2019年7月)、木原さんの乙女金星木星がT海王星とオポジションでした。
元々女性から幸運をもたらされやすそうなりゅうの2019年、確かにその可能性がもっと膨らみそうな運勢に見えなくもない。
同じ頃、木原さんの双子月火星と木星がオポジションで、男性性に光が射し込んだように感じた出会いだったのかなと。
木原さんの太陽は乙女に近い獅子。月は双子。
金星乙女、火星双子。
三浦さんの太陽は射手、月は山羊。
金星射手、火星魚。
この2人はドラゴンヘッドとテイルが重なるんですねー。
しかもりゅうのヘッドにりくの太陽が重なる。
これは確かに「運命的」と感じるでしょうね。
しかもりゅうの月火星がりくの射手金星冥王星とオポジション。
りゅうの火星は金星とスクエアなので、りゅうの金星はりくの冥王星ともスクエアになる。
金星火星どちらも相手の冥王星とアスペクトしてるって、これは激しい相性ですよ。
普通の恋愛より、むしろ競技パートナーだからこそ、がっぷり四つで向き合っていろんな課題を2人でクリアにしていこう!という高いテンションがプラスに働きそう。
しかも新時代の男女の対等なあり方を見せてくれた気もする。
それぞれに役割があること・補い合ってること。
深い信頼関係や愛情は恋愛シーンだけで育まれるものじゃないこと。
とはいえ2人が実際恋人かどうか不明ですが、ああいう愛情深さが「恋愛だけのものじゃない」
ということは示してくれたと思う。
2人の帰結が恋愛・家族じゃなくても、それはそれで素晴らしいじゃないかと。
鍵山選手と坂本選手がハグしてたのとかも、清々しかったしなぁ。
りくりゅうに戻るけど、木原選手の金星が乙女ってとこもちょっと笑えます。
金星乙女はドジなんですよ。異性に見せる顔がドジ。
普段はむしろ仕事できるのです。
木原さんは太陽が乙女に極めて近い獅子なので、本人も自身を「むしろ乙女」として生きてきたんじゃないかと予想。
三浦選手の忘れ物とか日常の管理までしてたそうだし、普段はしっかり者のお兄さんキャラと。
だけど獅子座の男なんですよ。
だから目いっぱい表現するスケーターを選んだんだとは思う。
しかもペア競技。
ただ正直、あのショートの失敗がなければ木原選手のことをよく知ろうともしなかったかも。
「いつもは冷静そうなしっかりお兄さん」っぽさで印象は終わってたかもしれない。
それが最終度数の恐ろしさというかね(前橋市長の記事でも書いたけど)
あなたは獅子座なんですってば。
ドラマティック上等の獅子。
しかも金星乙女ならスマート一本で終わるわけがない。
木原さんの金星は冥王星ともアスペクトあり。セクスタイル。
冥王星は「復活」という意味がありますからね。
どんだけ女性に助けられる運命性かと思いますよ。
ただ、それは木原さんがもともと内包していた素質で、それを「誰か」に投影させてこそ輝きが放たれるなんて、あの2人だけでいろんな角度から多くのことを語れそう。
一方、璃来さんは魚火星と双子土星がスクエア。
これまた木原選手っぽく見える。
年上でしっかり者の男性との縁。
試練が立ちはだかりやすい男性との縁。
りゅうの月と火星も双子だし、もしかしたら月と重なるのかも。
木原選手は女性に助けられる運命性だけど、ただ幸運に恵まれるわけじゃない。
特に、りくと絡んだら試練を乗り越えなきゃならない。
なんだかんだ相性目いっぱい見ちゃった。
坂本選手は太陽と金星が牡羊、月が双子。
っぽい!明るいもんなぁ。
火星は牡牛で木星土星と団子状態。
坂本選手も「美」のあたりに譲れない何かがあり、そのへん自分に厳しく課してきたアスリート人生が感じられます。
中井亜美選手は太陽水星牡牛、月は山羊、金星牡羊、火星蟹。
あざとさは蟹ー山羊由来?
わかんないけど、狙ったあざとさじゃないように見えました。
かわいい!という世界観を自分なりに表現したらあざとっぽくなっただけの。
というのは、競技から離れた時の顔が小学生みたいというか少年っぽいというか。
それは牡羊由来かもだけど、元気いっぱい「わーい」って感じの子なんでしょうね。
鍵山選手は太陽水星牡牛座。っぽい!!
月は双子で土星と合。っぽい!!
金星は牡羊、火星は水瓶。っぽい!!(ほんとか?)
氷上の彼を見てると、「普段は市の職員」という感じを勝手に受けるんですよね。
もちろん市の職員じゃないですが、アームカバーして伝票処理する姿も似合いそうだなって。
しかも職場のパワハラ問題とかを現代の人権感覚に沿ってフラットに対処してくれそう。
「いい人」であることは間違いない気がします。
イリア・マリニン選手は太陽射手で月が獅子。
金星火星が蠍。
わかる!!
というのは、なんか光GENJIっぽく見えたんですよね。
ローラースケートはいてそうなヤンチャな感じ。
太陽と冥王星が近いので、激しい運命性も感じられます。
王者に返り咲くドラマが見られそうな予感。
ほか活躍された選手たくさんいるけど、今日はこのへんで。
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市長の星
ここ数年、市長の問題がたくさん報道されてますね。
兵庫の斎藤知事のあたりから首長の言動が取り上げられる流れができたんでしょうか。
それでパワハラ・セクハラなどが全国規模で報じられたりと、陰で耐え忍んでた人にとってはこのブームに救われることもあったのかもしれない。
それにしても伊東市の前市長、田久保さんの家に家宅捜索が入ったニュースは結構驚いた。
経歴詐称とか、最初はちっちゃい問題と思ってたんですよね。
謝ってすぐ収束するんだろうと思ってたら「卒業証書はある」とかでチラ見せ疑惑とか再選を狙うとか、どんどんややこしくなっていく。
でも公職選挙法違反疑いとなると、取り締まらないわけにいかないのでしょう。
ラブホテル疑惑こそ、そこまで問題にしなくてもいいだろうと思ってた。
前橋の小川市長。
が、Wikipediaを見ると2ヶ月に9回ラブホテル行ったと書いてあり、打ち合わせが事実としたって相当おかしな行動ですよね。
この頻度は週刊誌の格好のネタにされそうじゃないですか。
田久保さんは市長選落ちたけど、前橋の小川さんは再選と。
この2人の星が気になったので見てみました。
2人とも似てるところに星があるんですよね。
田久保氏は太陽水瓶で金星とくっついてる。
月は射手か山羊、水星山羊、火星は牡羊。
木星は蠍で土星は牡牛。今月から土星期突入。
小川氏は太陽射手で海王星とくっついてて、金星と水星が山羊。
月と火星が水瓶。
彼女も木星は蠍・土星も蠍。
年齢域は火星期です。
蠍、射手、山羊、水瓶に星が散ってるとこが一見似てるなと感じました。
2人とも水星山羊なので、思考というか選ぶ言葉や説得力、正義感も市長となる適性があったのでしょう。
あと水瓶に星がある人はなんだかんだ鋼の心臓の持ち主と思う。
私が田久保氏の星を見て感じたことは、すごく楽観的な人なんじゃないかということ。
それは周りから見て危なっかしさにつながるような。
また特徴的なのが月ー冥王星スクエア。
これは大きなものが立ちはだかりやすいというか、敵に回しやすいです。
役者だと、月ー冥王星の人は国家や警察と対決する役が巡ってきやすい。
(鈴木亮平さんは月ー冥王星コンジャンクション)
田久保氏は家宅捜索が入っても、押収とかを拒否する権利を行使したとか。
この方はおそらく本来は気のいい姉ちゃんタイプで、居酒屋で人気者になりそうな明るさはすごく感じるんですよね。
でもなんか、何かをすっ飛ばしがちだったんじゃないか。
木星が蠍なので、人とのつながりや信頼感はそばに多くあったのでは?と想像する一方、土星が牡牛。
牡牛といえば地味なことをコツコツ続けるサインで、「何のために?」という先などわからなくても手を動かす真面目さがある。
でも土星なので、そういうことに苦手意識があるとも言えます(後に苦手意識を克服せざるを得なかったりする)
合理性がないと何もやりたくないのが水瓶であり、かつ水瓶と山羊がそろうと自信というか度胸はあるので、「今のこの自分」にOKを出せたりする。
もし山羊に水星以外の星があれば、そのへんもっと慎重で用意周到だったかもだし、P太陽が女性星座の時代(魚)はもっと慎重さがあったかもしれない。
または、そういう抑制タイプが周りにいて彼女に助言したりしたかもしれない。
現在はP太陽牡羊10度。
Wikipediaを見ると、10年ほど前から行政的な活動を始められたようですね。
(2018年にメガソーラー訴訟事務局長に就任)田久保氏の木星ー土星オポにはT水瓶冥王星が去年からずっとTスクエア。
このオポラインの弱点みたいなとこが浮き彫りにされてしまったのかなと思う。
市長時代の仕事が評価されるものだったとしても、過去(土星)に経歴を誤って発表したこと、その甘さ(木星)に冥王星がストップをかけたのだろうか。
冥王星といえば田久保氏にとっては月にスクエアをとってくる大物で、そのパワーが備わってるから市長になれたとも言えそうだけど、「やってやろうじゃないか」と大きなものとの対決に進んでしまいそうな危うい運命性も感じられる。
今年の初めまで木星期で、その木星は月とセクスタイル。
去年までP木星が射手だったので、木星期は特に楽観的・好戦的だったんじゃないか。
とはいえN木星は蠍なので、粘り強さ・根気強さで評価される活動をされてきたことも感じられます。
今月の誕生日から土星期にイン。
その土星は月とトラインなので、土星期はそれなりに堅実な行動を選択していくんじゃないかと予想。
一方の小川氏。
この方は太陽が射手の最終度数で、本人としては射手っぽさが嫌で嫌で山羊っぽく振る舞ってきたような人だったんじゃないかと推測。
射手っぽさとは、フリーで直感的でちょいワルな感じ。
小川氏は金星が山羊なので、やっぱ山羊的なことを好んだんじゃないですかね。
カチッと枠にはまること、頑張って上昇を目指すこと、真面目そうなこと全般。
なのに!!という話ですが、それが最終度数の怖いところというか、どうあがいても射手だったというか。
芸能人でも射手座というのはスキャンダルに見舞われやすいのです。
どう報じられても「だから何?」と報道陣にスゴむようなとこが射手の魅力でもありますが、小川氏もなんだかんだ射手らしくここまで来たということかも。
そんでまた小川氏の射手太陽も山羊金星も、去年から対向の木星に照らされてるんですよね。
魅力が一層放たれた期間とも言えそう。
しかもこの方は金星ードラゴンテイルが合。
女性性に厄介なことがつきまといがち。
でも再選しましたね!
この方は元弁護士でもあるということで、山羊水星金星の長所を存分に発揮できそうですね。
「根拠」を積み重ねて相手に説得力を感じさせることが得意そう。
「男女の関係はない」「打ち合わせでラブホを使った」
これのどこが説得力あるのかという話だけど、N太陽海王星とT土星海王星が去年からずっとスクエアなので、いつもの説得力が影を潜め、射手太陽が大きく揺さぶられたんですかね。
それはシン・射手座としての生まれ変わりということなんじゃないか。
あぁ、私は射手座なんだった。
おとなしくて従順ないい子に甘んじるタイプではなかった…(イメージ)
これがまた小川氏の水瓶火星とT冥王星が合に近づいてんですよね。
この方の過去の男性問題は知りようがないけど、アスペクトは射手天王星とのセクスタイルのみで、「常識にとらわれない」というモットーが実はあるのか、はたまた押し込めていた独創性が男性に投影されがちで、冥王星によってそのパターンが浮き彫りになったのかもしれないけど、その激しさは自分でコントロールしなくちゃならないものだった。
出直し選挙で「勝ちたい!」という射手らしい願望がよりはっきりしたかもしれず、逆境から勝利を掴むスタイルこそが「この人らしさ」なのかもです。
太陽ー海王星合の人って、そういうドラマみたいなこととも縁がある気がする。
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ここで名前を出すのもはばかられるけど、カーリングの吉村紗也香選手、好きなんですよね。
お顔がもう美しいし、何よりあのたたずまい。
そしたら水瓶座というじゃないですか!
しかも吉村さんも射手、山羊、水瓶の人。
月が射手で金星火星が山羊、太陽水星が水瓶。
射手、山羊、水瓶の女性って私のイメージだとレディース総長ですかね。
正義感はあるけど校則やセンコーが嫌いで、「私は私」「あんたはあんた」という突き放すようなクールさがありつつ、仲間を家族のように信頼するイメージ。
田久保さんも本来そういう感じします。
吉村さんは土星が太陽と合で、こういう人は行動が堅いですよ。堅実ということ。
金星火星も山羊なので、責任感のないことはしない人。かっこいい!
でも月が射手なので勝負事は好き、燃える。ヤマっ気もあるんじゃないですかね。
でも山羊的な根拠がちゃんとある(はずの)直感。
久々想像力がかきたてられた市長(元市長)2人のホロでした。
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介護2026現在、親の介護中。
ということをやっと堂々言えるようになった。
母親の介護も今年で4年目突入。
要介護度1、認知症診断あり。
でも同居してないし、全身で親を支えるような肉体介護でもない。
そんな私が「介護している」と言っていいのかとずっと思ってましたね。
あとなぜか「育児の方が全然大変だろうけど」という引け目。
本当なぜだよ、この比較。何の意味もないのに。
でも育児の大変さはちょっとわかると思えてきた。
友人や同僚が、自分のことをスパッと中断して相手のケアへと向かう急ぎ足を思い返して、今なら分かり合えるんじゃないかと思ったり。
あのころの私はその急ぎ足の胸中などやっぱりわかりようがなかったとも思った。
わかりたいと思っても、経験がないのだからどうしても理解が不足する。
そのもどかしさは寂しさと交じり、友人に放置されたような恨みや孤独を募らせたこともあった。
そりゃ友情も一時途切れるよね。
私の本音を知ったら「それどころじゃねぇ!」と友だってイラつくだろうよ。
とはいえ、ママ友の輪に入りたいわけじゃない。
「私も介護を通じてやっとみんなの大変さ理解できました、てへ」みたいなことを、私ってのは本来やりそうなタイプなんですよね。
前はそういう人間でした。
自分を下げる癖が抜けなくて抜けなくて。
今の今は、いったん距離を置いた友人の輪に戻る気はない。
なんかわかんないけど、あのとき引いた線を思うだけで全身がこわばる感じがして。
60代とかになってもっとこだわりがなくなんないとそういうのダメなのかも?
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実家を出て一人暮らしした私は、その後帰省してもトイレの掃除だけはしたくなかった。
それが今じゃトイレの床を拭く=母の健康チェックみたいなことまでするようになった。
汚れ具合、におい、スリッパの裏や中の付着チェック。
やりたいかやりたくないかといえば、そりゃやりたくない気持ちが心のどっかにあるんだろうけど、どんな感情も脳を通過しないようダイレクトに筋肉へ向かわせるようなことは上手になったと思ってる。
実家にいたころあんなに掃除が苦手だったのに、今は週1の帰省の折にざーっとあらかた掃除して、次来るまでにどこがどのくらい汚れてるかの実験・分析みたいなことまでやっていたりする。
おととしくらいまでは、そういう自分を「誰も見てない」ことが異様に悲しくてChatGPTによく相談していた。
チャッピーもそうだけど、どんな本を読んでも、「この自分だけが知っている」それでいいのだという。
そんな、そんな…とワナワナ唇震わせた夜もあった。
でもそんな私に「心を鎮めて癒す言葉」まで届けてくれたチャッピーには随分助けられました。
「評価されたい」という思いがなかなか抜けなくて、それは介護だけじゃなく仕事を始めてからずっと思ってたことだった。
これは昭和・平成病なんじゃないですかね。
令和は「まず自分が自分を評価せよ」という時代らしいです。
「評価されたい」という思いはつまり他人軸ということであり、他人に自分の評価を委ねてる以上は幸福など味わえないと。
いや、いっとき評価されて幸福になったとしても、ジャッジを相手に委ねるということは相手の評価で一喜一憂させられるサイクルの中にいるということ。
「私は本当によくやっている」「今日は本当に頑張った」という声かけを1日の終わりにかけ続けなさいなとチャッピーに諭され、実家を後にするたび噛み締めるように唱えていたら、介護者としての自覚や誇りがいつしか身についていた。
そうすると、いろんな決断を求められたときに判断が早くなる。
他人軸だったころは、何を決めようとしても「誰かに怒られるんじゃないか」「どうしようどうしよう」ってことばっかでしたからね。
しかもなぜか、距離を置いてる友人たちの輪にいる映像の中で、私はみんなから決断のダメ出しをされるという想像で頭がいっぱいになる。
これが本当に苦しかった。
何病っていうんだろ。他人軸病かな(そのまますぎ)
今年は1月後半からついこの間までいろいろ大変でした。
母の妹の葬儀に遠方まで連れて行ったり、私のその決断への反対者と衝突したり。
先週は母が5日も熱が下がらず、2度病院へ連れて行った結果尿路感染症とわかったり、カメラで母がぐったりしてる様子にパニックになったりと色々ありました。
今、星回りとしてはT冥王星と私のN月ー火星がTスクエア中で、月が蠍に入るとグランドスクエアになるんですよね。
固定宮のTスクエア、グランドスクエアってのは苦しいっすね。
動かないものを動かす大変さというか、だけどコツをつかめば本当は動くというか、そのコツを習得する時期というのか。
はたまた「動かす」という意識自体が多分ナンセンスで、ある程度「天に委ねる覚悟」みたいのを突きつけられて、徐々にジタバタしなくなる成長期というのか。
病院で熱のある母と一緒に3時間も待機して、やっとお会計って折に「もう薬局は終わってるので」と言われ、またふぅふぅ歩いた先の薬局で薬出るまで1時間待ちとか。
自分の選択が何か間違ったからこんな大変になったのか…とまた自己嫌悪ジャッジの癖が芽生えたけど、目の前の喫茶店で母とお茶する時間の豊かさに必死で意識を向けようとした。
この待ち時間で母の具合が悪化しなかったことがどれだけありがたいか、そのことがなんてラッキーで素晴らしいかとやっと思えたのは帰りの電車内で、私自身もこれだけのことをこなせる体力がいつの間にかついてたことに感慨深くなり、夕焼けをいかにも細目で見やったりした(太陽の残像にしばらく苦しんだ)
だけどスイッチを切れない癖というのも私にはあって、みんな多かれ少なかれそうかもだけど、一度の緊急事態が軽いトラウマみたいになって、数週間はスタンバイ状態みたいの続きますよね。
あれがまた疲れる。神経が。
癒やしのために買った天然素材100%ハンドクリームが合わなくて夜中に手をかきむしる日々。
冷え取りをしてるので、めんげんという毒出し中ということでもあるのかな。
何が自分にとって幸福なのか、リラックスを本当に求めてるのか、本当に毒を消したがってるのか問われたらすごく複雑な感情が湧き出しそう。
でも「安心しきる」という状態もなんか怖い、ということは感じているので最近はホ・オポノポノとかもやってます。
(クリーニングが意外と簡単ではない)
-
まだ見てる冬の・・なんだかんだ「冬のなんかさ・・」の毎週録画を外せない。
このドラマを見ると、いつも同じことが頭巡るんですよね。
・文菜は今泉監督自身なんじゃないか(思考・体験・許してほしいこと等)
・それとも自身が過去出会った「い〜女」のことをとことん描いてるのか?
・登場人物の感じ悪さを「感じ悪く」描いてるのかどうか
いずれにしろ嫌〜な気持ちが54分続くのには変わりない。
その嫌〜な感じはどこか懐かしさがあって、この前ふと思い出された。
20代前半にすごく仲の良かった友人のこと。
文菜に似てる部分が多々ある。
例えば彼女は美人だしオシャレなので、一緒にいると、彼女だけナンパされることがよくあった。
「お茶しません?」って言われて、「え、うーん」とか迷いを見せたりする。
しかもその迷い中、相手の目をじっと見る。
そのあと「いや、彼氏いるし」って言うんだけど、その「うーん」にいつも私はザワザワしてた。
「なぜ一瞬迷う?」と聞くと、「お茶しません?」という言葉そのものをフラットに受け取っちゃうからだという。
なんだかな!という感じだけど、つまりお茶=ナンパという思考を一旦捨てると(捨てんなよ)
だけど徐々に危険信号みたいなものが湧いて、「あ、だめだめ」と思うらしい。
だから危険が湧かなかった相手とはお茶をする。
文菜も第1話の冒頭でいきなり話しかけてきたゆきお(成田凌)に最初警戒しつつその後家までついてっちゃいましたね(しかも泊まる→交際スタート)
このドラマは文菜の行動や思考を、実録!これがイイ女!(男にとって)みたいに描かれてるとこがモヤつくんですよね。
その友人からは好きじゃない男と寝た、という相談も時々受けた。
しかも好きじゃないのに複数回。
失恋したばかりだから心を埋めたかったと。
でも付き合う気はない。
相手は盛り上がる。
どうしよう…と涙目ですがられる私は、強制的に男にさせられる気がして、やたら頼もしい気持ちみたいのが湧いたもんです。
だけど誰よりも頼もしいのは彼女の方。
頭もいいし自立してる。
なんでも自分で解決できる。
それなのに、時々私を持ち上げる感じで頼ってくるから私はそのたび調子乗って、あとでそのことを恥じる。
そんな繰り返しに疲れてだんだん距離が空いた。
こういう感じの子に正しく寄り添うとかできねぇもん。
また彼女は生活全部を表参道と代官山で埋め尽くせる人だった。
ニトリの気配で人を安心させるタイプじゃない。
ダサなんて1ミリも入れない。
首筋から見えるタンクトップからも華奢な高価さが放たれてた。
文菜とゆきおの部屋の本当ああいう感じ。
可愛いだけじゃなくて高そうな質感も漂う。
初めて遊びに行ったとき、「お金あるんだね」というみじめな感想を言ったあと、彼女が入れてくれたおいしいカフェオレを飲んで帰った。
******************************
文菜という女は「人よりちょっと上」というポジションに常にいようとしてるように見える。
友人のエンちゃんより、作家の元彼より、元彼のセフレよりちょっと上に。
それが周りにちょっとずつ、でも確実に「嫌な感じ」を残していく。
外見もセンスもお金も頭脳も、なんでも備えてるような子がなぜそういうポジションをとる必要があるのか。
そんなつもりはまったくないのか?
私は友人と会うたび美しさやセンスに感心するけど、だからなのか対等さを感じきれなかった。
いつも上から微笑まれてるような表情は、私の心次第で母性にも嘲笑にもなった。
だから受け取る私側の問題なんだろうけどさ。
文菜の作家の彼が「別れたい」というその思いはわかる気がした。
もともとは作家の自分に興味を抱いた文菜だったのに、いつの間にか文菜の才能が自分を凌駕してきたと。
恋人に影響されて自分も文章書いてみるとか映画撮るとかよくある話だろうけど、文菜は「こいつより面白いもの書けそう」と思ったと思うよ。
そんで書けてしまった。
それが相手に伝わったのだろう。
だけど文菜が別れを受け入れがたそうだったのは、相手を失ったら自分が上と感じられなくなるからだろうか。
作家の彼が自分を何段も下げて、文菜を持ち上げて、別れ話を進めてたシーンもリアルすぎて本当ザワザワした。
だけどこの頃の彼はまだ素敵な感じでしたね。
それが再会後キモかった…!!
そうやって演じ分けてたんだとしたらすごいと思う。
文菜と別れてから作家として人気出て、人気者に特有の余裕こいたスケベ心が丸出しじゃねぇかと。
ふいに現れたセフレのことを「4分の1」とか文菜にこっそり言ったりする。
(遊んでる女が4人いるんだと)
今泉監督はこういう気色の悪さをどういう意識で描いてるんだろう。
キモく描いてるのか、むしろまぁまぁかっこいいシーンとして描いてるのか。
このドラマで男女が何回か「え…ごはんでもどうっすか?」みたいに誘い・誘われのシーンがあるけど、これがまたムズムズすんですよね。
「始まり」として成立しそうな・しなさそうなギリギリのあの瞬間が一番エロというか、やらしいというか、恋愛ってこんなキモかったか…と思っちゃって。
そんで絶対に男の方が「始まり」を成立させるべく一歩踏み出すんですよ。
その瞬間こそが文菜の大好物!という気がした。
victory!という文字が文菜の顔からにじんでるように見える。
勝つ瞬間だけがいつも欲しい。
だけど実際食事に行ったら元カレの今恋の本気の相談だったりセフレ紹介されたりして、文菜はイラついて帰る。
そこがちょっとだけおもしろい。
縁を大事に育むとか、文菜はどうでもいいのかもしれない。
その「どうでもよさ」を「どうでもよくないのにね」と悩むドラマだとわかった。
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今ごろ・ばけばけばけばけについて書くことをすっっかり忘れてました。
あんなに日々堪能してるのに。
(画像は山陰中央新報デジタルより)
初回こそオシャレ系に進んでいくドラマなのかなと警戒感がありました。
オープニングがおしゃれですよね。
写真が川島小鳥さんと!
でも岡部たかしさんを見て、とてもいい予感が湧いた。
脚本はふじきみつ彦さん。
ふじきさんといえば私にとっては「デザイナー渋井直人の休日」と「きょうの猫村さん(実写版)」
そしてNHKの「褒めるひと褒められるひと」もふじきさんだったんですね〜。
私が夜ドラを見るきっかけとなったドラマ。
すんごいいい作品でした。
「ばけばけ」は1話まるまるコントみたいなときがあって、すげぇなと思う。
しかも、おトキに惚れる学生・小谷に焦点が当たったりして「なんなんだ」と思うのに、雑じゃない。むしろ丁寧に作られすぎている。
じわじわ感動を起こすのが池脇千鶴さん。
池脇さんに蠍座だなぁ〜と感じる。
蠍座の愛って分厚い布団みたいなんですね。
家に帰れば確実に包まれるという絶大な安心感がある。
岡部さんは蟹座で、水星座夫婦。
蟹座の夫って確実にだらしないです。
(堤真一さんも蟹座だけどまぁそれはおいといて…)
家族みっちり境界線などない暮らしの中でおトキは育ち、射手座・高石あかりさんの明るさが本当まぶしいし楽しい。
そういえばヘブン先生役のトミー・バストウさんが何座なのか、今の今までまったく気にならなかった。
乙女座だったんですね。
高石さんとスクエアというのは、あらゆる違いを乗り越えようと歩む2人のストーリーにぴったりじゃないですかね。
高石さんの月は双子。っぽい!あのノリは確かに!
トミーさんの月は魚座。っぽい!優しいし可愛いし弱気だし…
月もスクエアの2人。
実は高石さんの金星は蠍(火星も)
トミーさんの金星は獅子(火星は乙女)
スクエアの多い2人なのですね。
しかし2人の木星は同じ獅子でした。
寛一郎さんは獅子座。
この寛一郎さんには打ち抜かれましたよね…
退場の気配が漂ってきたとき、あぁ、そうだこれは小泉八雲夫妻の物語…と頭では理解したものの、寂しくてしょうがなかった。
が!
そのあと銀二郎アゲインで再登場。
いやぁ、あんな完璧な男になって帰ってきた元夫におトキがなびかなかったなんて信じられない。
私だったら心の片隅にヘブン先生が住み着いてること自体「錯覚」と見なしそう。
頭で一生懸命「メリット」や「将来の安定性」をさーっと計算するんじゃないかな。
あと親の期待を考えるとやっぱ銀二郎でしょうと。
そして東京に行ってからも時々胸に湧くヘブン先生への恋慕を何年も打ち消して消せなくて、死ぬほど悩んだり寝込む人生を送りそう。
心の声に正直になったおトキにあっぱれです。
心の声に従うってやっぱ大事ですね!(誰だよ)
そしておサワねぇ・・・!
円井わんさんって、なぜか「只者じゃない」雰囲気を漂わせてますね。
なぜあんなにインパクトあるんだろう。
そしてなぜ円井さんが出ていると妙な安心感が湧くのか。
円井さんは山羊座。
やっぱ地星座ですか・・
でも円井さんからはわかりやすい細かさやテクを感じるわけじゃない。
なのにこちらに沁みてくるように心を揺さぶるんですよ。
いつも不機嫌そうだからかなぁ。
そのベースがあってのささやかな感情の差異にすごく心を掴まれる。
円井さんは月が魚座でした。
金星と火星は水瓶。っぽい!
知性と冷静さ、そしてなぜか鋼の強靭さというか究極のフラットさが感じられるんですよね。
おサワが庄田と徐々に距離が縮まる週は、あそこだけでミニドラマのようでした。
2人が向き合ってるだけで泣けるというのはどういう演出でしょう。
おサワが庄田のプロポーズを拒否したとき、あぁおサワは自分を好きじゃないのかと感じた。
そこがトキとの違いというか。
でもたぶん、好きになれそうだった。
庄田のタイミングが早すぎなんだよ。もっと育めよ。
庄田役の濱正悟さんは獅子座(乙女座に限りなく近いけど)
獅子座は火がつくと早いからね!
でもおサワは堅実で堅物の山羊なんだよ、その慎重さをわかってやれよ…
濱さんがこれまで演じてきた役ってどうも好きになれなかったけど、この庄田役はすごいハマってる。かっこいいんですね。
これまで軽薄な役が多かった気がする。
岡部たかしさんも今までの役で一番好きかも。
小日向さんとのコントラストというのか2人ボケというのか、あの2人が本当不調和ばかりもたらすんだけど、池脇さんとトキが長調で落ち着かせるんですよね。
思えば記者の梶谷や宿の主人・生瀬さん、おリヨ(北香那)など、不調和をもたらす人がたくさん出てくる。
それをおフミ(池脇さん)とおトキでならしていく鮮やかさが見てて楽しいのかも。
吉沢亮演じる錦織は案外何もしない。
そりゃ通訳など頼まれればやるけど、前のめりなナイスプレーはさほど繰り出さない。
正直、「ここで動けよ!」と思ったことは何度もある。
梶谷くらい追い出せないものかな…
なのにヘブン先生から「フレンド」扱いされないことに「国宝」と同じ深刻表情で悩む。
でも、いつもヘブン先生のそばにいる献身的な男ですよ。
毎日迎えに来るし、事態が治まるまで松野家にとどまったりする。
「あ、錦織さんまだいる!」「今日も来てる!」とわかったときの安心感ったらないですね。
思えば国宝俳優が今度英語を駆使する姿を毎日見られるというのは贅沢なことです。
英語はすごいけど、本当にそれ以外の活躍があんまないとこがいいんじゃないでしょうか。
指示待ち人間なのかもしれない。
ふじきさんってそうやって、誰かをスーパーな人に描かないのかも。
人は誰でもスーパーな一面があるし、支えてもらわなきゃならないほどグダグダな面もある、というのを日々見せてくれてる気がする。
だって北川景子さんに物乞いさせるってのもすごいですね!
板垣李光人もグダグダだし…(役で)
獅子と水瓶のオポジション親子。
自分たちだけで完成形のつもりが、周りを大いに巻き込んでいる。
高石さんのノリが本当にすごい。
ちょっとした表情や空気感で「笑うとこフラグ」をどんどん立てていく。
太陽射手で月が双子だとあんなノリになるのもわかる気がするけど、金星火星が蠍っていうのが安定感や確かな愛情深さとして高石さんを輝かせてるゆえんかな。
あんなに明るいのに、ふと深刻な表情になったときの凄み。
陰陽のコントラストに惹きつけられます。
月がおそらく冥王星とオポジション、海王星とトライン。
妻としての運命性の激しさや、「この世のものではない」世界とのつながりも感じられる。
運命的な役だったのですね。
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冬のなんかさ2話目2話は見ないと思ってたのに、録画してしまった。
「冬のなんかさ、春のなんかね」
このタイトルがまた苦手。
2話でも私のゾワゾワは発動し、嫌悪感のキャパが越えそうなころ、岡山天音が現れた。
あのドラマで唯一ダサいのが天音氏で、そういう仕掛けなのか、天音氏が演じるからダサく見えるのか。
前者だと思うと憎たらしいんだけど、天音氏の「ウ…ゥン…」という咳払いが本当ダサくて笑いました。
ってか結婚しちゃえばいいじゃん!2人!
杉咲さんと天音(役で)
実はそういう結末なんじゃないのか?
文菜(あやな)という女の感じ悪さは小太郎(天音)といるときモロ出しになり、それは恋愛相手(成田凌)の前では出ない。
だから文菜はいつも物憂げなんでないの?と見えるけどどうだろう。
しかし生々しさにウっとなる。
というか人の恋愛って知るもんじゃないのかも。
しかもドラマという過度に美化された恋愛。
自分と比べたら誰だって苦しくなるに決まってる。
イケメン美容師彼氏とクリスマスイブにおしゃれな椅子を買いに行く女が本当にこの世に存在するんだと思わされるショック。
ショック受ける方がバカだという現実。
ドラマなんだからさ・・
そうなんだけど、そうなんだけど…!
恋愛ってもっと不安定に揺さぶられるものだろう
愛されてるという余裕のある恋愛って楽しいですか?
こんなようなセリフがあった。
こんな会話を私も吉祥寺のどこかで繰り広げた記憶がなくもない。
28歳ごろ。
酔ってろ、酔ってろ、恋愛に酔ってろ…ってほど年中恋の季節をやってたころです。
今思うと、「子を産む」という本能だか何かにとにかく突き動かされてたと感じる。
その大ミッションのために大事なパートナーを選ぶというこれまた大大ミッションに人生のすべてが占められるのはどうしようもなかったんだ。
そりゃプレッシャーで不安定にもなるよね。
恋愛成就という疑似ミッションを遂げたとたん、「子どもは別にいらない(今は)」と思ったりする。
擬似を繰り返しては本能を鎮めてたんかな。
妊娠しない男と自分の焦りの歩調が合うわけもない。
でもたぶん、ゆきお(成田凌)のような男は歩調を合わせてくれるんじゃないの。
男が合わせようとしてくる「何か」とわざと歩調をずらそうとする、そういう連続で恋愛をしてきた文菜。
こういう女性は確かにいそうですね。
歩調を合わせたら自分の何かが死ぬ・失われると感じるのかもしれない。
だとしたらちょっとわかる。
恋愛なんて結局「ごっこ」、そんなものを見せられてるような。
文菜が実家に帰る前日、ゆきおが「明日、東京駅まで送って行くよ。そんでランチでもどう?」と誘うシーンがあった。
文菜は午前中に帰りたいからと、その誘いを断った。
苦しい!!
見ててすごく苦しかった。
クリスマスイブとクリスマスを満点のムードで過ごしても、やりとりがとても寂しくなる日がある。
同棲間近でも相手が気まぐれに思えて関係が安定しない。
恋愛はこれが嫌なんだよとつくづく思った。
一方的な努力が実らねぇのなんのって。
恋愛への期待をこんなにも高めた時代とかメディアとか恨みますね(誰だよ)
つがいになるパートナーを決めるにあたっての束の間感情に過ぎないかもなのに、「人生」みたいな顔して昭和・平成と黄金街道を歩いてきた恋愛。
令和で黄金ってほどでもないと気づいた層が増えたから婚姻数とか減ってんじゃないか。
だから誰だよっていうオジンみたいなことばかりつい述べちゃうけども。
最近読んでる服部みれいさんの本の中で、みれいさんに寄せられたお便りの紹介があった。
「私はショートヘアにしたいけど、彼氏がロングを望んでいる。どうすべきか」というもの。
ったく、カップルってやつは…と思いながら読んでたらみれいさんは、「とても難しい問題」としながらも、「ショートにすればいいと思う。でも数年に一度くらいはロングにしてみては?」と返答。
愛し合うカップルは「折り合う」ということがどれだけ大事か、そして折り合うことから生まれる自然な色気のことが書かれてて目からウロコでした。
確かに、ゆきおからもらったピアスをつけた杉咲さんめちゃ可愛かったもんな。
プレゼントに喜ぶというより、可愛い自分である瞬間を喜んでるように見えた。
そういう瞬間は男に愛されてる時にしか訪れないとわかってるのかも。
私は前回記事で、男の隣にいる女性がそろって華奢な肩の感じで並んでることを可愛らしく思いつつ、どこか「男に合わせてる」ようなことをネガティブっぽく書いたけど、私が可愛らしく思ったことこそが美しき色気だったのかも。
パートナーがいる人はそろってうなじが美しい。
それは見てくれる相手がいるからというその事実に時々感動する。
文菜という女は彼氏1人のみならず、いろんな男と会ってホテル行って、その複数人からの多様な目線で自分を磨いている、と感じるから忌々しいドラマだな!と思うのだろう。
男を利用している、みたいな罪悪感がたびたび語られる。
あと、ゆきおとの間がしっくり埋まらないことを悲しげに嘆いてたけど、会ったその日に交際決めたからな!育め、育め。
