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山田太一ドラマ「今朝の秋」
年末にNHKで放送されていました。
山田太一さん追悼の再放送。
もっと他のドラマも流してほしい…!
(NHKアーカイブスより)
肝臓を患って余命いくばくもない息子(杉浦直樹)と、その息子を見舞う父(笠智衆)の物語。
その父の妻=息子の母(杉村春子)は、とうの昔に男を作って出ていって、今は1人で飲食店を切り盛りしている。
息子の妻(倍賞美津子)はブティック経営で忙しい中でも見舞いに通ったり、義父に息子の余命を知らせるものの、妻としての心は離れていた(新しい恋人のために離婚を検討中)
夫婦には長男と長女がいるが、仕事や遠方でのバイトのために各々忙しそう(父の余命は伝えてない)杉村さん演じる母がひょんなことから息子の余命を知って駆けつけるも、どんな顔して病室に入ったらいいのやら…(息子本人も余命は告げられてない)
お店を手伝ってくれる子(樹木希林)に背中を押されながら顔を見せるとこから、離れ離れの家族が徐々につながりを取り戻していくのです。いや〜泣けた・・
笠智衆さんがなんたって切なげなんだけど、泣くようなストーリーじゃなさそうだったのに。何に泣けたかというと、これまた山田太一作品の真骨頂ともいえる「はみ出す」ほうへと舵を切り始めたところ。
正しくなくたっていいじゃない。
いのち輝かせよう。
そんないざないが、いつも物語の中にあるんですよね。
しかも「何も、誰かにわざと迷惑かけようってんじゃない」と、律儀に誰かにセリフ言わせたりするのが、山田先生の品の良さです。疎遠だった家族が急に見舞いに訪ねてくる。
出ていった母親、離婚の話が出ていた妻、蓼科でひっそり暮らす父親。
いきなりの慌ただしさに自分の命の短さを察した息子。
それなのに皆、「じきに良くなると先生もおっしゃってる」と判をついたように言う。
おかしいじゃないか。
この病人役の杉浦直樹さんがすさまじかったです。
目だけが生きているという感じ。
メイクで顔色や髪を乱してるんだとしても、生への執着をみなぎらせてて、ものすごい演技でした。
杉浦さんが取り乱しながら父親に、「自分の本当の病状を教えてほしい」とすがるようになり、ただ穏やかに「大丈夫」とだけ言ってきた父親は、「蓼科に来んか」と誘う。
しかも「これから行こう」「病院を抜け出そう」そこで杉浦さんの目がパッと輝き、「生」への前向きさがにわかに取り戻された。
「抜け出す」ことに子どもみたいなワクワクをあふれさせて、親子2人で大笑い。
しかも、それを父親が提案したということ。
穏やかで優しい実直なあの父が。この笠智衆の決断に、杉村春子が大激怒。
この杉村さんの演技がまたすごかったですね。
おもしろい!
80代くらいと思うけど、ネガティブなセリフが淀みなく出てくるところ。
「やんなっちゃう」とか言いながらもあのころの女性のしなやかな仕草に惚れ惚れでした。
元夫に偶然会っただけで猛烈に拒否されたりする。
自分を連れ出した男はとうに亡くなってて今は1人。
なのに、今でも笠さんから怒りをぶつけられ、あたしだって必死なんだからと訴えても手応えなし。
幼い頃は母親として息子に寄り添ってたんだから、またあの頃のようにそばにいてやりたい。
そしたら早朝に病院から電話で「息子さんが病院を抜け出した」と!怒り狂った杉村さんは「なんとしても息子を取り戻す!」と、病人を寝たまま運べる大型車をレンタルして、それを樹木希林に蓼科まで運転させるも、また樹木さんが憮然としてるんですよね(笑)
しかも、「奥さんの都合で病人をあっちこっち移動させるなんて、人としてやっちゃいけない」とか説教。
山田作品にはまたこういう、笑えるんだけど真理をついてくる人が必ず出てきますよね。倍賞美津子さんがまた美しかった。
40代頃の倍賞さんをお目にかけるのはすごく貴重な気がする。
しかも本当にブティック経営してそうな華やかさ。
この作品のすごいというかおもしろいところは、なぜ夫婦の心が離れてしまったのかなんとなく想像できるところ。
笠さんも杉浦さんも、「これじゃあね(女は愛想尽かしそう)」と感じられるところがうっすらある。
笠さんはたぶん、杉村さんがどんだけ尽くしても「ああ」とか「うん」しか言わなさそう。
杉浦さんはたぶん真面目一徹。
家族思いかもしれないけど、一人一人を見てなかったんじゃないか。
あのころの時代がかった男の生き方に寄り添うのはうんざりと、女は背を向け自立に向かう。ところが、蓼科にみんな集まるんですよね。
みんなで高原に行ったり、花火をしたりする。
心がバラバラになった家族の再生物語とも言えます。
もう一つの涙ポイントは、死が間近に迫った息子がうっかりと父の恋慕をバラすとこ。「忘れられないの〜(忘れられないの…)」という歌をふいに口ずさんだのは、母親に去られた父があの頃よく歌っていたから。
やめろやめろ…!と気色ばむ父だけど、なんとなくみんなでその歌を口ずさむ。恋は・・私の恋は・・
空を染めて・・燃えたよ・・・みんなで歌うシーンは早春スケッチブックっぽい。
(後ろの樹木さんも熱唱)
恋愛シーンを殊更描かなくても、こんな歌唱だけで誰にも胸えぐられるほどの恋慕があったことが感じられる。
素晴らしいホンを素晴らしい役者さんが演じてくれることを目にするというのは、本当に幸せなことです。
老人と中年が主役の素晴らしいドラマでした。
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修復の2024年
年が明けました。
昨日の地震は怖かったです。
北陸にご実家があったり、暮らしているという何人かを思い浮かべています。私の甥は高岡市に住んでいて、「大丈夫」と安否確認ができたものの、地図を見ると海がとても近く見えるので気が気じゃなかった。
今は津波警報も解除されたのでほっとしています。
大きな揺れにはずっと見舞われているでしょうけど。私にとって年末年始はいつからか深刻なシーズンになってしまいました。
なんか心がえぐられるドラマが集中して、涙目になる出来事が起きやすい。
「悲しい」という感情が湧きやすくなる。
だけど救われる言葉をかけられることもあり、感動の涙目にもなる。
年末って私だけじゃなく誰しもが少しドラマチックになるんだろうか。2023年は本当に頑張った。
頑張りすぎてしまった。
だけど私は根気強くないので、「もうダメかも」と早めにヘルプを求めるタイプではありますがね。
それでも踏ん張らなきゃならないことがある。
誰しも人生でそんな日々を過ごすことがあると思います。2024年はあんま頑張らない、と決めたとしても、きっとそうはいかない。
そこで2024年の大目標。
「修復する」
自分を修復する、関係を修復する・・
いろいろあるんだけど、その他の小目標もいくつか掲げてみます。1・勝手な期待や妄想で自分をやたら傷つけない
2・自分を笑いのネタにしない
3・家族=協力者と思う。好き嫌いなどの感情に振り回されない
4・他人軸で生きない。自分がどうしたいか
5・自分を馬鹿にする人は許さない1は昔っからの自分の悪癖です。
「悲しい」と思うほとんどは、自分が生んだ妄想によるもの。
「きっと〇〇だ」「こう思われてるはず」
そんな不安で自分を締め付けて苦しくする。
幼い頃に怖くて不安でしょうがないことがなんかあったんでしょうね。
結果、「あ、大丈夫だった」ということがほとんどなのに、その結果が判明するまでずーっと自分を不穏な妄想で傷つける。
これはもう癖なんだけど、そうはならない心へとゆっくり修復していきたいです。
2・自分を笑いのネタにしない
これは数年前から複数人での会合を避けたこととつながる。
「自分のことを話す」となったとき、人はどんな話題を提供するのでしょう。
友達が何の話をしても「ふんふん」と聞くことはできるけど、「聞いてよ、うちの職場でさ…」といういきなりの愚痴で切り出す、ということが自分にはできない。
「自分の日常は充実している」という話も、らしくないと思っちゃう。
なぜか「こんなダメな自分」を日常から切り取って披露する。
笑ってほしいのかもしれない。
誰かのジャッジを期待しているのかもしれない。
そのどっちの反応があっても少し嬉しくなる。
でも1日の終わりにひどく後悔することが増えた。
前までは恋愛の失敗をすぐネタにした。
2024年はそんなことはやめよう。
恋愛の失敗も喜びも大事なことは自分だけの胸にしまう。3、年末年始といえば家族。
涙目のほとんどのゆえんが家族なのであって。
2023年はおおむね家族関係は穏やかだったのに、2024年のしょっぱなに「だから家族は嫌なんだ」とうっかり言ってしまった。
この3年ほどは「家族」という観念的なものにすごく抵抗していた。
「家族なんだから」「きょうだいで仲良く」
意味わかんないという反抗心をむき出しにしていた。
それまで家族のピエロでいた反動と思う。
だけど、きょうだいの人格にいちいち振り回されない方がいいのかもしれない。
親が高齢となり、その衰えをフォローする日々となった今、きょうだいがいるなら協力し合わないととてもやっていけない。
特に私は歳の離れた末っ子。きょうだいの頼もしさに支えられてきたことを改めて自覚した。
その支えを振りほどいて1人で頑張るなんてのは命を削ることに等しい。
きょうだいの人格を見つめすぎず、「協力し合う」第一優先で2024年はやってみようと思う。
ひび割れた関係もいくらかは修復できるかもしれない。
家族・きょうだい間で感情をさらけ出すと、修復不可能なとこまで行きかねない危機感も感じた2023年でした。4も自分の長らくの癖。他人軸になってしまうこと。
末っ子でピエロと書いたけど、自分がどう振る舞えば家族を笑顔にできるか?が常に胸にあったですね。
年上のきょうだいは自分にとって怖い一面もあり、どうすれば機嫌を損ねず、しかも評価されるかばかり考えていた。
この癖は社会人としての自分にもしみついているし、恋愛でもそう。
「どうしたら相手の負担にならずに」「いい人でいられるか」とか相手の顔色ばかり見て、この数年の社会的な自分はまったく自分じゃなかった気がする。
自分の本心を露出させることは、誰か・何かに多大な迷惑をかける気がしてひた隠す、ということも多かった。
そんなことを頑張っていったい何が手に入ったかといえば、入ってないに等しい。
頑張るというのは、ある意味自分を隠すこと。
本当の自分以上の自分のふり、努力してそうなれた気がしても、たったいっときの輝き。
かかとのひび割れを素敵な靴下で隠すようなもの。
私のかかとに関してはほぼ修復不可能なんだけど、「ひび割れが痛くて本当は歩けないんだ」と言える自分は取り戻したい。
5は、まぁ「許さない」というのも物騒な話だけど、人を下に見てくるような物言いの人には露骨に嫌悪感示してもいいかなと。
それが職場の仲間とかきょうだいとか、協力しなきゃならない人なら、距離をとりつつ目的に意識を集中させようと思うけど、そうじゃない知り合いに対しては「もう帰るね」ってさっさと席を立つくらい潔くあろうかなと。
そんな嫌なやつももうあんま近くにいないけど、例えば年齢で人の行動を恥だとか無理とか言ってくるような人とはしゃべりたくない。
「そんな歳なのにぃ〜?」とか「もうあたしらこんな歳だよ?」とか、そう言ってくる人は28のときも35のときにもいた。いつだっている。
人間の老いを恥だとか行動制限の理由にする人に巻き込まれたくない。
そういう人の声をまともに聞くこともないのに、こっそり自分の物差しに採用してたようなこともあった。
そしてさらに自分に小さな傷をつけまくる。
修復なんてする必要もないかもしれない。
欠けたままの自分でもいい、本当はそう思えたらいいのかな。
今年もよろしくお願いします。 -
現実のモテ感その2
女性星座のモテについても思い返してみました。
現実のモテには「男性性と女性性のバランス良いミックス」が大事と感じているわけですが、その女性性を放つのが女性星座じゃないかなと。
少し前までは女性星座の分量多めというのがモテの要素として強く語られてきましたかね。
どうしたら女性らしくなれるか?がわりとメジャーな悩みだった。
その「女性らしさ」って、例えば「いい香り」や「気遣い」「静かな微笑み」とかって崇高に掲げられがちですが、ある種のネガティブさも包含されているらしいと、世の鈍感男子ですら気付き始めたんじゃないか。
私はそのネガティブさって、あみん「待つわ」の世界と思う。かわいいふりしてあの子 わりとやるもんだねと
言われ続けたあのころ 生きるのがつらかった
古りぃよって話ですが、ここには給湯室で噂する側とされる側の両方描かれていて、何やったらこんな嫌なこと言われんのかって、たぶん、彼女持ちの男とちょっと距離詰めただけ。
男もまんざらじゃない様子…ってのを雌猫たちに目撃されたんだと思う。
「ひどい噂されてもあなたがフられるまで待つわ」という女は男性からしてもある程度魅力的で、彼女を捨ててそっちに走る…というストーリーもそれなりにあった。
ミスチルの曲にもなんかありましたよね、男の間でも評判悪い女に惚れてしまった、みたいな。
そのある程度の評判悪さがまた女の魅力!って時代は確かにあった。
そこには女性特有の何かが強くにおい立つ。
けど!
今は「振り回される」こと自体を敬遠する人が多いんじゃないか。
わかりやすく「いい人」を男性も女性も求める。
恋愛が遊びという時代は終わり、恋愛即結婚という無駄のないルート。
横恋慕やリスキーさ、わからなさに身を投じるわけもないというムードが急に広がった気がします。そこで女性星座。
牡牛座と蟹座は前半星座だからかピュアさの分量も多めで、「女性らしいいい人」を放ちやすい。
しかも牡牛座は「女性性の見本」みたいなところもあり、まず「いい香り」を漂わせ、髪質も肌もきれい、服装は色みもマイルドな女性らしさ。そんな人が多い。
性格もおっとりしてて流行りにすぐ乗らない古風さは「モテ」にダイレクトに直結する人ではある。
ただ!
牡牛座は「わからなさ」の分量が多めと思う。
なぜかわかんないけど黙っちゃったり、「嫌だ」という感情を隠しきれないとこがあって、「女性性のネガティブさ」も露出しやすい。
そこがいいんだよ!と言えるのは大人な余裕ある人でしょうけど、現代の恋愛シーンではめんどくささを感じさせかねない。
ただ、圧倒的な「普通感」はモテの強め要素です。
芸能人のモテそうな牡牛座…伊藤沙莉
その点、蟹座は「いい人のお手本」みたいなとこがあって、人気者になりやすいとは思う。
それは「付き合いたい」というより「仲良くなりたい」と男女ともに思われる率が高め。
ただ蟹座はキャパが広くないので、八方美人になりきれない。
「適当にみんなと仲良くする」とかを雑にやるので、無意識で誰かを袖にしていて敵意も持たれやすい。
「かわりいふりしてあの子…」と言われやすいでしょうね。
そういう女子のムードを察知した男性がまたサーっといつの間にか引いていく。
スター性と転落の悲劇性、どちらもまといやすい蟹座は、「そんな噂関係ねぇぜ」って手を引っ張ってくれる林遣都みたいな人を求めがちだけど、現実にそんな男はいない。
芸能人のモテそうな蟹座…本田翼
そんで乙女座ですよ。
あの折れそうな繊細さ、双子座にも劣らないさわやか中性感。
女性星座で一番、女性性と男性性がバランス良くミックスされてると思う。
それは支配星・水星のイメージもさることながら、やっぱり「しゃべる」ことやマニアックさへの能動性が群を抜いていて、そういうおもしろさって人間としても魅力的と思うんですよね。
また、乙女座って女性性も決して置き去りにしない。
「人を心配する」という行為を照れずに素早く取れたり、どんな外向的に見えても家事や掃除をちゃんとやってる話がふと出てきたりする。
ただ、「ぐっときた」と思わせやすい一方で、言葉が辛辣な人。
「あいつ、ないわ(バカだし)」というジャッジを冷徹に下す顔は好きな人に見られないぬかりなさはあるけど、空恐ろしさはなんとなく漂うんだと思う。
芸能人のモテそうな乙女座…浜辺美波
蠍座になってくると成熟度が漂ってきますね。
ただ、蠍座の男性性ってあんまイメージ湧かない。
中性感のある人はいても、少年性というワードはそぐわないような。
「どこまでいってもナチュラル」という天然生活みたいな人はいますが、蠍座のモテは「圧倒的な人間性」かなと。
蟹座あたりの「いい人」とはまた違う。
「やたら好かれようとしてない」あたりに魅力がある人ですよね。
そこが男前とも言えそうですが、とにかく嘘や雑さが嫌いなので、そういう人を露骨に切ろうとするとこは信頼性と恐怖感と紙一重ですよね。
芸能人のモテそうな蠍座…みちょぱ、小池栄子
そして山羊座。
サバサバ女子なんじゃないかという疑惑の目を向けていますが、山羊座はとにかく「頑張り屋さん」なとこがモテるんですよ。
「女子なのにあんな仕事まで請け負ってて偉いな」とか、いささかみくびられがちな称賛をちゃんと得たりするあざとさは、確かに山羊座にはある。
ただ「あそこまで頑張れない」と、多くが降参する領域まで努力する人ではあるんですよね。
「かわいいふりしてあの子わりとやるもんだね」というのは、「男の前で根性出しやがって」というひがみの声でもあり、ネガティブな女性性でもって非難されがちな頑張りは、明らかに女子の域を超えた男性的な底力とも思う。
両性具有のパワーは水瓶までいけばカリスマにもなれるのに、山羊座は「土星的」な社会性を人に投影するのかな。
だからモテ要素はすごいある人ですね。
己を勝手に投影してくる長男・教師タイプに「よくやってるぞ」と評価されたりするんでしょうか。
著名人のモテそうな山羊座…佳子さま、吉岡里帆
魚座は序盤の一瞬、激モテになる人が多そうですね。
4月、5月にいきなり交際申し込まれる率は高そう。
子猫をみんなが見に来るようなフィーバーを起こす人ではありますが、「あれ?」という気づきのインパクトが強烈で、その気づきを言語化するのが難しい。
魚座は一見女性性満載の方ですが、人間を知ると「理想を語る」人とわかっていく。
その理想はグレートマザー的でもあり、権威を得たい政治家のようでもある。
しかも俗っぽい大衆性に疎かったり嫌悪してたりもするので、いわゆる恋愛のスケール感があんま普通じゃないかもですね。
人によっては遊びの恋愛と、理想追求の果ての愛と分けてるかもしれなくて、人からは堕落的な一面が切り取られることもあるのかなと。
自分の知ってる魚子はめちゃ女性的だよ、というその魚子は備わってる男性性を隠してるか秘めていて、「まだ本気出してないだけ」と、パートナーなど運命的な何かに出会うまでアイドリング状態の人なんじゃないのかな。
芸能人のモテそうな魚座…松本若菜、生見愛瑠
女性星座のモテを語るのは結構難しい。
女性らしさって男性性にずっと搾取されてきたような被害感を抱いてしまうから。
だから「女性らしくしたほうがいいよ」とはあんま言いたくない。
大抵は備わってるはずだしね。
それを「もっとくれ!」と要求してくる相手はぶった斬っていいと思う。
努力して相手に差し出すもんじゃないと思う。
相手仕様の女性性も少年性も。 -
現実のモテ感
女性のモテには、美しさとか女性らしさ、聞き上手、おしゃれ上手などなど、
巷で言われるモテ要素とは違う「現実のモテ感」というのがある。それは「女性性と男性性のミックス感」と私は思う。
圧倒的な女性らしさは感じるんだけど、圧倒的な男性性も感じる。
特に少年性がポイントと思うんですよね。
太陽が男性星座だとこのミックスの塩梅もよさそうで、特に双子座ですね。
長澤まさみさんとか波瑠さんとか。
ガッキーにしても、外見だけじゃないさっぱり感。
ロングもいいけど、ショートヘアにしたときに抱く倍の感動。
そりゃ芸能人はどんなんでも美しいですが、なんか好感を得やすい独特の中性感にモテの要素は詰まってると感じるのです。
牡羊座女性はもう少しアウトドア、もう少し温度高めな情感ですかね。
また独自性を恐れない意志の強さは「男前」とも言われたりする。
堀田真由さんや小芝風花さんは、一見ふわっとガーリーなんだけど演技にドスが効いてますよね。
双子座がトラブルに冷ややかだとして、牡羊座は露骨にガンを飛ばしたりする。
牡羊は強気なんだけど、100%強いわけじゃないヌケ感がモテるポイントとも思います。
ただ熱量が高いと重さがどうしても溢れがちで、例えば獅子座女性。
昭和生まれにはモテそうですが、なぜか「適当」が通じない迫力がある。
不動宮だからかな。
水川あさみさんとか木南晴香さんとか、モテそうな少年性は漂うっちゃ漂うんだけど、給湯室が似合いそうな湿度の高さも感じざるを得ない。
「サバサバ女子」という人が時々いますね。
全然さっぱりしてない人たち。少年性を装ってる感。
あの人たちは何座っぽいかといえば、上手に演じてくれそうなのはやはり火星座って感じがする。
広瀬アリスさん(射手)とかうまそう。
だけど射手座まじりの山羊座という感じもしなくもないですね。
頑張ってる感、鈍感を装った繊細さ、本当は根暗感。
石原さとみさん(山羊座)は「鈍感そうで可愛い」という役が多めですが、すき家に全力で感動するあたりがサバサバ女子っぽいですかね。
天秤座はいつでもモテの勝者として語られがちですが、少年性が交じってるかといえば微妙。
ただ、「時代が求める女性性」をちゃんと体現する人なんですよ。
松嶋菜々子さん、北川景子さん、永野芽郁さん。
最近だとYOASOBIのikuraちゃんやヒコロヒーが人気でしょうか。
でも女性に「ああなりたい」と思われる対象という気がする。
男性に「ああいうタイプがいいんでしょ?」と聞いても、「そりゃ付き合えたらいいけど、そんなそんな…」というクソつまんない回答をさせるまともさがあり、意外にリアルなモテじゃない気もしますね。
リアルモテなのは同じ天秤だと清野菜名さんとか。
井上咲楽さんも天秤座なんですよね。
それなりに野性的な少年感が漂う人と思う。
射手座はさっき広瀬アリスさんを挙げましたが、あと田中みな実さん。
天秤座と同じく女性人気が高そうです。
どっかやらかしそうなドジ感と、ドジを乗り越えて涙を誘いそうな健気さがあるというか。
そういう人に「君、いいよ!」って上から目線で称賛するのは大泉洋とかリリー・フランキーとかで、やっぱ火星座って昭和なモテ感なんですよね。
星座も後半になってくると「しっとり感」が備わってきます。
水瓶座は少年性というよりおじさんっぽさに独特の「豊かさ」がある。
男性性も後半にいくにつれ、どんどん成長していくんでしょうか。
生田絵梨花さんからだっておじさん感が漂う気がする。
水瓶座はカルチャーとか興味の範囲が広くて、例えば相撲に詳しい、競馬やってた、政治を語れる、などなど。
「かわいい」と一方的に思われることを拒絶するところがあり、それは一見、モテから遠ざかりそう。
でもリアルモテに直結するのは「対等な会話」だと思うんですよね。
「疲れない」「ずっと話せる」
モテの鍵である少年性というのも、結局性差を超えた人間性で語れる何かがあるということじゃないのかな。
ゲームとか漫画とかカルチャー・世の中全般。
もちろん女性星座はモテにくいということではないけど、今回は男性星座のモテ感に注目ということで。
男性性と女性性がバランス良く備わってる人からは、なんとなく依存性の少なそうな自立感と対等さが漂っていて、その「なんとなく」というところが男性からすると、緊張が和らぎそうな気楽さがあって話しやすいんじゃないのかなと。
「男女7人」の話をするなら、神崎桃子は映画の話で良介と盛り上がる。
千明と沖中美樹は仕事が生きがいのサバサバ系。
賀来千香子と手塚理美と岡安さんは圧倒的な女性性で男に求められようとする女(の役)
「東京ラブストーリー」なら、さとみが圧倒的な女性性。
リカはサバサバ系。
取り上げるドラマが古すぎだけど、あのころ真性の中性女子はまだドラマに誕生してないんですよね。
綾瀬はるかさんがわりと境目あたりにいる気がする。女性性で全面覆われてるような人って、ともすれば男性性のほとんどを相手で埋めようとする。
能動性、告白、責任、判断、地位。
現代じゃそれらを一手に引き受けられる男性はそういないし、その埋めたさが重さでもありそう。
だけど男性性全面の人なんて一緒にいて楽しいですかね。
彼らも女性性を相手で埋めようとするのでは。
家事など尽くすこと全般、俺に従う従順さと柔軟さ。
そんな女性があるべき模範みたいに語られた時代もあったけど、それとモテは違うでしょうね。
今でも意思がほとんどなさそうなふにゃふにゃした人は一見モテてるけど、搾取されそうな魔の手が忍び寄ってるように見えたりもする。
男性も、女性性がバランス良く漂う人が今モテると思う。
料理や掃除などでも自分のことは自分でやれたり、つらいことや凶暴性は断固反対という、人として真っ当なフラットさなど。
「俺が守る」なんて豪語する男はハタから見りゃ白けちゃうのに、自分のパートナーにうっかり責任を求めがちなのはなぜなんでしょう。
責任の比重がまだ男性に偏ってる気がするから、「一緒に」というムードになればいいですよね。
通じ合える人と信頼を深めていくには、性差関係のない「まともさ」を見つめる。
結局、バランスの良さなんですかね。
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WBCと責任感
昨日テレ朝でやっていたWBCの振り返り特番。
ベンチに下がって頭を抱える佐々木朗希投手のシーンを少しだけ見た。「背負ってる・・」
こんなふうに感じたのは、最近自分自身が「責任」「背負いすぎ」のあたりで思うことがあったため。
ずいぶん長い間、家族や仕事関係で過剰に気負ってた私ですが、それが謎の心身不調とつながってるようだった。
そう自覚したらいくらか気持ちが軽やかになったものの、人から漂う責任感にやたら敏感になった面はある。WBCという大変な舞台での先発を任された佐々木投手も、そりゃプレッシャーは半端なかったでしょう。
と、ここで「もしや」と思い当たる。
責任や背負いすぎといえば土星。
私も、自分のこの苦悩は太陽ー土星コンジャンクションゆえと思ってる。
佐々木投手のホロスコープを見てみると・・
月ー土星がコンジャンクションの方でした!
午前中までの出生ならオーブは結構広めですが、午後以降ならぎゅっとタイトになる。佐々木投手は太陽蠍で、月は牡牛か双子(境目5時半ごろ)
水星金星が天秤で、火星は水瓶。
あの朴訥感からすると牡牛月かもしれませんが、ただ!
その頭を抱えていた2023年3月11日。
T土星が佐々木投手のN月とスクエアでした。
土星とのハードを元々持ってると、トランジットでハードの時にも日頃の背負いグセや罪悪感が重く発動したりする。太陽ー土星コンジャンクションと月ー土星コンジャンクションって、どんな感じで違うんだろう。
太陽でも私にとっちゃかなりメンタルに影響ありの感ですが、月だともっと精神に来る感じなんだろか。
私はやっぱ社会的な期待像に沿わなきゃならないと「人の目」を意識した縛りを自分にかけますが、月土星の人は誰も見てなくても「こうあるべき」と自分を律するのかもしれない。佐々木投手の太陽はアスペクトが木星とのトラインのみ。
月は火星海王星とのトラインもあり。
月ー土星だから自分をしっかり者にアップデートする働きが常にありそう。
太陽蠍というとこからしても、勝負事に強そうなホロに見える。
だからこそ「令和の怪物」と呼ばれるほどの成績を残したんでしょうね。
それがあの日のWBCベンチ裏では、見たことのない苦悩の表情。
金星期の佐々木投手ですが、あの日はT冥王星がN金星にスクエアでもありました。
ただ、このスクエアはもうずっとなんですよね。
なんなら、2022年4月の連続奪三振ショーと完全試合を達成したときもスクエア。
で、このときT土星はN金星とトライン。
T土星って、報われ感と過酷さを交互に見せてくるんですよ。ちなみに!!
大谷翔平選手の月も双子(火星とコンジャンクション)
ということは、大谷選手も同じ時期にT土星からのスクエアプレッシャーを受けてるはず??大谷選手はN太陽ーN土星トラインの人なんですよ。
思ったのですが、ソフトアスペクトの人って「背負いすぎない」のかもしれないなと。
適度な責任感はあるだろうけど、過剰には抱え込まない。
「日本国」とかを意識しすぎないんじゃないだろうか。
コンジャンクションやオポ、スクエアだと、どうしても過剰に働きますからね。
佐々木投手があんなに苦しんだのも、元々の責任感に国レベルのプレッシャーがのしかかり、本来のパフォーマンスが発揮できなかったからに思えてしまう。
大谷選手はWBCの時期、T冥王星とN月火星がトラインだった。
パワー!って感じがする。
もともとN金星ーN冥王星スクエアの人なので、「運命のどうしようもなさ」に委ねるしかないことを知ってるのかもしれません。
月火星は双子座だし金星は獅子なので、なんかもう楽しんじゃうんでしょうね。土星といえば栗山監督ですよ。
なんたって現在土星期。
WBCの時は、N土星にT冥王星が乗っかっていた!
この図は優勝の日(2023年3月21日お昼)
T冥王星はN太陽とスクエアでもあります。
が!!
N太陽はその日、Tドラゴンヘッド・金星とコンジャンクション。
N金星にはT木星が乗ってるし、なんか華やかな幸運が降り注いでるように見える。栗山監督はN太陽ーN土星スクエアの人で、図にはないのですがN月N冥王星がコンジャンクションの人。N太陽はN海王星とオポジション。
土星が心にブレーキを利かせても、もっと大きなものに心を委ねていきそうな、強い潜在性を持った方ということがわかる。
日本国とかじゃなく、選手一人一人の人生まで背負ってそうな重圧感は漂いましたよね。
もしかしたら、試合を目にするちびっ子の将来まで背負う域かもしれない。栗山監督もまた、「信じるしかない」ということをどこかでとことん鍛えられたんでしょうね。
WBCのタイミングで蟹座N火星はT冥王星とオポジションだし、不思議なことにP土星が優勝の日のT太陽とコンジャンクションだったんですよね。
誰かの運勢を見るのにT太陽の影響を考慮することはあんまりないのですが、ここまでくるとすごく意味を感じてしまう。
しかも栗山監督のP土星が今年、魚座29度というね(1年に1度進行)魚座30度サビアン(数え度数)「巨大な石の顔」
自分の本当の目的意志が決まって変更することもなくなったとき、それは自分の手から離れステージが暗転して、この決定事項によって生かされた人生が新たにスタートします。
結果的に純粋な自己実現を果たすことになる人です。
(松村潔著「愛蔵版サビアン占星術」より抜粋)
あの日は春分の日の翌日でもあり、新月でもあった。
だから春分点にたくさん星が集まってて、それらはT冥王星とセクスタイルだったりもする。
なんか、うまい采配でもキャッチしたんじゃないんですかね…
というか、栗山監督という人を通して世に希望を見せたような日。その人の潜在性に合った重圧ポジションが巡ってくるんでしょうね。
苦しみも相当なものとは思うけど、喜びや人への影響力も半端ないという人がいる。
だから責任というのは、それを負える人に負えるタイミングでのしかかるんだろうから、杞憂の段階で胃を痛くしなくてもいいのだろう。
私は不安由来の不調で今年は結構病院に行ったけど、胃カメラも婦人科も異常はなかった。
「背負いたくない」が真っ正直な気持ちだから、何かが差し迫るまでもっとのんびりしようと思う。
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「岸辺のアルバム」その2
物語もあと5話でおしまい。
でもこの7〜10話は切なさが匂い立つようなシーンがいくつもあって、何度も涙をにじませた。特に9話ですね。
国広富之さん演じる繁に泣けてしょうがなかった。
たぶん自分を重ねたんでしょうね。
山田太一作品は、「ふぞろい」も「早春スケッチブック」も、末っ子が家族結束のためにすごく心を砕く。家事や内職に励むお母さんの日常をよく見ていて。
機嫌の悪い父親からなんとか笑顔を引き出そうとする。
ツンツンした姉には「早く帰ってこいよ!」と家族団欒の誘い。
誰よりも家族思いなのに、その奮闘は報われない。
「ところで成績どうなってんだ」「食べたらすぐお勉強しなくちゃね」「あんたってバカなのよ」と言われる日々。「そんな…人の顔見りゃ勉強勉強言うなんて…」
「僕はただ、4人で晩飯食べるなんて久しぶりだから…」国広富之さんの健気さが泣けるんだこれが・・
なんでもこの作品がデビュー作で、ゴールデン・アロー賞を受賞されたそうですね。
そりゃそうでしょうよ。
彼がいつでも家庭崩壊の堤防となっていた。
八重歯輝かせて、目をキラキラさせて。八千草さんが浮気するまでは、この親子はまるで恋人みたいだったんですよね。
雑談を2人でとても楽しんでいた。
家庭をかえりみない夫、家族を毛嫌いする長女、この2人の嫌な感じを吹き飛ばすように、「2人でご飯食べちゃえばいいじゃない」「ふふふ、繁ちゃんたら」あのころはそれが幸せだった。それが八千草さんが男と会わなくなってからは息子の雑談にもうわの空。露骨に退屈そう。
「ここでおしゃべりしてる場合?」と、すぐ勉強に向かわせる。
二言目には「受験」「お勉強」
それでも明るく振る舞う繁ちゃん。
なのに大学に全部落ちて、父親に殴られる!母親の浮気現場を目撃し、姉を乱暴した恋人に殴りかかり、父親に歯向かえばすぐ怒鳴られる。
家族それぞれの鬱屈が全部繁にのしかかるんだぜ。
そんなメンタルじゃ受かるものも受からないだろう。
それでも繁はただ自分を責める・・(涙)そんな繁の人間性を唯一評価するのが、津川雅彦さん演じる担任。
「無理に大学行かせなくても」「彼は本当に性格がいい子だから」と母親に伝えるも、成績じゃなくて性格かよと八千草さんでさえがっかりする。なんて時代だ!
そんで、この津川さんですよ。
なぜ津川さんを当てたのかという意味が7〜10話でわかる。
(TBSチャンネルより)
妊娠した中田喜子さんが頼れる大人といえば、繁の担任しかいなかった。
津川さんは初めて喫茶店で律子(中田さん)を見かけたときからその美貌に驚いて、あの表情はさすがでしたよね。
なんかある!と思わせるやらしさというか。
中絶立ち会いの感謝を律子にされてもまっすぐは受け取らない。
「自分はこんな年でも独り身で、ただの薄汚い高校教師」と言う。
薄汚い高校教師・・・
似合いすぎる。津川さんにぴったりの設定じゃないですか。
あの問題作「高校教師」も、このシーンをモチーフにしたんじゃないかと思うほど。津川さんが律子を連れて行ったのは、同級生が営む小さな産婦人科。
その医者が草野大悟さんと!!
51歳で急逝された草野さん。
80年代に強烈な印象を残した俳優です。
このときの草野さんはまだ30代で痩せていて、宮藤官九郎みたいだった。
家族ってなんだろう。
家族ってそんなに!?
今の私は家族の干渉を嫌う律子の気持ちがわかるけど、本当は心に繁ちゃんがいる。
繁みたいに奮闘してもあまりに報われないから、律子路線に舵を切ったとも言える。
「お母さんが浮気くらいしたっていいじゃない」
「私が何しようと関係ないでしょ」
家族といえども1人の人間。
田島家で一番、母をうざがる律子だけど、母の自由を一番尊重してるのも律子。
繁ちゃんはお母さん大好きだけど、家族以外の男性と親しくするのは複雑。
ずっと家で掃除したりご飯作ったりしててほしい。家にいつもいてほしい。則子(八千草薫)はいつでも正しく尽くす。
酔って玄関で寝てしまう大柄な夫を担ぎ、異変を感じれば「お仕事大変なの?」と気にかける。
子どもの帰宅が22時過ぎれば「どこ行ってたの?」と聞くし、勉強を息子にうるさく言うのも夫から託されてるような義務感。
夫がどんなにイラついて自分に暴言を吐いても、夜にはその隣に寝なきゃならない。
それがあの時代の模範的な妻/母なのに、うっとうしいんだと一蹴され、この暮らしのどこが幸福なんだと虚しくなりつつ、模範的な路線からはみ出ることができない。
できなかったんだけど…!
はみ出してみた夏。
それを打ち明けていた友は膵臓癌であっけなく死んでしまった。
唯一浮気を肯定してくれていた友。
そして模範路線にまた戻る。
男と会うのをやめ、息子の受験を献身的に支え、浪人生としてまた爽やかにスタートを切る息子にほっとしながらも、自分の心はあのころで止まったまま。
家族で久々笑顔の食卓でも、ありきたりな会話じゃ心は満たされない。
そう演じる八千草さんがすごいんですよね。
家族ってなんだろう。
家族ってなぜこんな空虚なのか。
それを見透かすように土手の上からこちらをのぞく女。
沢田雅美!だけど山田作品は、家族の結束をなんだかんだドラマチックに描き切る。
誰といてもいなくても、みんな寂しげなんですよね。
みんな孤独だからみんなに心を重ねられる。
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「岸辺のアルバム」
山田太一さんが亡くなられましたね。
私にとって山田太一といえば「ふぞろいの林檎たち」であり「早春スケッチブック」
その他手がけられた多くの2時間ドラマを堪能してきました。死去の一報後、U-NEXTで「岸辺のアルバム」を見つけたので今見ています。
まだ6話(全15話)
(TBSチャンネルより)
ずいぶん昔の再放送時にも相当衝撃を受けた問題作。
改めて見返すと結構忘れていて、まったく新しい感慨が湧き起こりました。このときの八千草薫さん、46歳だったんですね。
今の自分と年が近く、その年の女優を主役にしたことと八千草さんの美しさにまず感動。
1977年の作品ですが、「専業主婦」というあり方に大きな疑問を投げかけた山田太一の視点がとにかく鋭いのです。
また、山田作品といえば「学歴社会への警鐘」「人間性を見てますか?」というあたりの一貫性は、令和になってもなお視聴側をびんびんと刺激する。八千草さんの夫役である杉浦直樹さんのハラスメント性がまたすごい!
久々に全員がそろった食卓ですぐ喧嘩になる家族の息苦しさよ!このドラマは「専業主婦の浮気」「それを八千草さんが演じること」がショッキング要素としてまずありますが、家族全員が抱える鬱屈はどれもショッキングです。
その鬱屈がある日、全員分露出してしまう。
それは「相手との出会い」としてある日、自分の前に現れる。その鬱屈と相手とは・・・
報われない専業主婦・八千草薫
・「個性を押し込める自分」が出会ったのは電話の男(竹脇無我)
→「あなたをずっと見ていた・ただ雑談がしたかった」→自由に羽ばたくこと&性へのいざない保守的な父/夫/部長・杉浦直樹
・「保守を死守する自分」が出会ったのは部下(村野武範)の躍進&事務員(沢田雅美)の告白
→革新への危機感と嫌悪&性へのいざない翻訳を学ぶ大学生/娘・中田喜子
・「特別でありたいのに現在と未来に絶望する自分」が出会ったのは経験豊富な帰国子女(山口いづみ)
→特別な性体験へのいざない。受験中の息子・国広富之
・「受験に息苦しさを感じる自分」が出会ったのは積極的なバイト女子(風吹ジュン)
→性へのいざない全員に「性へのいざない」がつきまとってるわけですが、これが一気に描かれる!
その性とは「自由」「外の世界」を意味しているように見える。
私は杉浦さん演じる父親の鬱屈にすごく揺さぶられました。
今まで社のために必死で守ってきた「保守」の主義も、儲け時代の今じゃ誰も死守してる人間などいなかった。
それを突きつけられたときのショック。
部下が提案した「武器使用」の路線は、杉浦さんの抵抗を超えてあっさり上に歓迎される。
誰もがあの敗戦や身内の死亡を胸に刻んでいると思っていたのに、そのための死守も「古い」という一言で片付けられてしまう。
そして社の色は儲け主義へと鮮やかに変わる。昭和の父親がみなこういう葛藤の中で働いてたわけじゃないだろうけど、飲んで帰ってきて、尽くす妻をも無碍にして、一人抱える頑固親父の哀愁がわかる気がした。
「お前は気楽なもんだ」と妻に吐き捨てる夫はそりゃ最低だけど、あの時代のこんな転換は、あのころのドラマに特徴的な重厚感をもたらしていたと思う。しかし、その部長の葛藤をずっと見てたのが沢田雅美と!
この家族はみんな外部の誰かから「あなたをずっと見ていた」と求められて、たちまち落ちちゃうんですよね。
このころから「選ばれ」の魅力と誘惑が描かれている。
思えば「ふぞろいの林檎たち」も、四流大学生の「選ばれ」の話だった。
「こんな自分でいいの?」と問えば、「君だからいいんだ」と一流企業の重役に言われたりする。
だけど山田作品というのは、この選ばれのあとにだいたい落とし穴を描きますよね。
その誘惑もたぶん自分が引き寄せた。
巻き込まれという最大の危機を乗り越えてこそ人生、それは脱皮みたいなものなんでしょうか。それを分かりやすく「裸」や「外部の人間との接触」として性的に描かれるんですよね。
雑談をくだらないと切り捨てる夫は、妻が家をピカピカに磨いてることを知らない。
知ってたとしても自分の仕事より下とみなす。
そんなときに「あなたとただ雑談をしたい」という男が現れ、電話だけのつもりが「会いましょう」となって、雑談だけのつもりがラブホテルでの逢瀬になる。
最初は胸がはずんで、そのあとどうなっていくか、それは7話以降!今の自分の鬱屈は何に投影されてるかなと考えた。
少し前は、「怒らない自分になれた」←わけないだろうと本性を暴いてくるモンスター(身内)
今は…
こういうのって、うんざりするほどの何かに巻き込まれて無様な本性が引き出されないと気づかない。
「岸辺のアルバム」の家族も繕ってあがきまくって、結果、多摩川に家をさらわれてしまうという壮大な悲劇。
何が壊れて何が残るんだっけ。続きを見るのが楽しみ。ジャニス・イアンの主題歌がまた素敵です。
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双子座になりたい蟹
蟹座の私にとって双子座はまぶしい。
うっかりすると自分も双子座になれんじゃないかという近しさがまぶしい。
双子座って私にとって心理的に近しい存在です。
私自身双子座水星で、それが太陽の前に位置してるからと思う。土星とコンジャンクションの蟹太陽。
一方、双子水星はソフトアスペクトだらけ。
私が日々上司に気を遣いながら仕事してるとして。
隣の部署のあの子はPC片手にすいすい仕事をこなしつつ軽口を飛ばして楽しそう、みたいな。
どっちも自分なんですけどね。TV見てても双子座の人に特別な感慨を抱く。
そんな方達を星とともにピックアップしてみます。
(思いついた人五十音順)
麻生久美子
(月:天秤か蠍、水星:双子、金星:獅子、火星:乙女)新垣結衣
(月:牡牛、水星:双子、金星:双子、火星:魚)上野樹里
(月:射手、双子:水星、金星:蟹、火星:山羊)中川大志
(月:水瓶、水星:双子、金星:牡牛、火星:双子)長澤まさみ
(月:獅子、水星:蟹、金星:蟹、火星:牡牛)西野七瀬
(月:蠍か射手、水星:双子、金星:蟹、火星:牡牛)比嘉愛未
(月:乙女、水星:蟹、金星:蟹、火星:山羊)松たか子
(月:牡羊、水星:牡牛、金星:牡牛、火星:牡牛)森川葵
(月:水瓶、水星:双子、金星:双子、火星:乙女)
太陽双子座ということは、惑星のサインも蟹の私と共通性が出やすいということ。
特に牡牛・獅子・乙女を備えてる方には親近感が湧く。特に麻生さんですよね。
獅子と乙女を両方備えると、どこかイタさがあふれるわけで、麻生さんのコミカルさがなんとも愛らしい。
シソンヌのじろうを昭和っぽく待ってるCMとか、同じ双子でも他の人にはきっとできないですから。いや、できそうな人がもう1人いる。
長澤まさみ。
やっぱ獅子持ってますからね!
しかもここ数年のまさみは自らイタさの海に飛び込むような度胸に溢れてて、まぶしいのなんのって。
やっぱシソンヌじろうをやばく追い詰めてましたね。
じろうもなんなの…(蟹座男)
双子×獅子+蟹or乙女は、コミカルで愛らしいイタさを生み出す公式じゃないかしら。
じゃあ自分こそそういう人間なんじゃないかと思いたいけども。
太陽が蟹か双子かというのは大きな違いと思われる。
唯一男性で入れてみたのが中川大志さん。
中川さんの表現ってなんか胸が熱くなるんですよね。
自分の弟じゃないかと思うほど。
何をやっても圧倒的な変人感があり、獅子以上に振り切れた水瓶由来っぽい究極感には「かなわない」とか思っちゃう。
やっぱ突き抜けるのは水瓶なんだよ。
だけど双子座なのですんごい近い・よく知った感じもする。
普段あんな朴訥感なのに、やるときゃやる!みたいな激しさにも「ああなりたかった」何かがかき立てられる。
まだずいぶんお若い西野さんと森川さんにまで、いいなぁ〜近しいなぁ〜と図々しくも思っちゃう。
実は西野さんに似てると言われたことがあり、それまでよく知らなかったこともあって、やっぱあの地味さが自分っぽいのかなと思ったりした。
しかしいつの間にか地味さをかなぐり捨て、軽やか代表みたいになっている!
キャップやゲームが似合う女子って永遠に憧れる。
この軽やかなのし上がりですよ、双子座は。一方、森川さんはモデル出身だからか、私の中では華やか系軽やか路線のひとに見えていた。
今年いたく感動したNHKドラマ「褒めるひと褒められるひと」を見て、好きになっちゃいましたよね。
だってこじらせ演技がすごくうまくて、なんとも心を寄せられる。
乙女が利いてる!!と嬉しくなった。
双子×乙女って、総務部の雑用感をあんな楽しく演じられるんだなぁって。
比嘉愛未さんは自分にとって遠い存在だったけど、これまた感動のNHKドラマ「作りたい女と食べたい女」の野本さんがすごい親しみやすかった。
比嘉さんの新境地だったんじゃないですかね。
比嘉さんも月が乙女だからか、ここ数年はうっすらこじらせ役が増えてる印象だけど、月乙女って「仕事がデキる」という役も引き寄せやすいんですよね。
あと「理想のパートナー」とか。
大河の偉い人の妻役みたいな、現実に絶対いない物分かり良い女の役が多かった比嘉さん。
火星が山羊というのもありそう。
縁のある男が地位高めですからね。
そんな折に、女性との交流を深めるあったかドラマが比嘉さんに見事にはまった。
しかも「食」がテーマ。
シーンがほとんど家の中というのが水金蟹の比嘉さんにぴったりで、生理痛で寝込んだりする比嘉さんがまた美しかった・・
蟹サインをお持ちの方には、よりどっぷりと自分を重ねたくなります。
太陽双子座の方って、なぜか独立した自分の一部が躍動してる姿に見えてしまう。
自分の双子水星的な部分を投影してるのだろう。
蟹座の著名人にも自分を重ねないことはないけど、例えば吉高由里子さんとか平手友梨奈さんとかのんちゃん、あと芦田愛菜ちゃんにしても存在がスーパーすぎる人がたくさんいて。
蟹座を見つめる時、どうしても太陽目線・人生目線になっちゃうのかもしれない。
あと蟹座はその使命として「愛され」がつきまとうから、自分を重ねるにはハードルが高い。
別に重ねなくてもいいんだけど、太陽の前に水星が位置している人は、水星に人生の主導権を取らせようとするらしい。
でもやっぱ太陽なんだと。
最近は、星を見て何か目指しても徒労と感じることが多い。
軽やかに漂った結果がホロどおりのはずなので、やっぱ双子的ライトさを参考にしたいものです。
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男女7人秋物語
今、テレビ埼玉で「男女7人秋物語」を再放送中。
毎週月曜日。
もちろん録画してます。男女7人夏も激しかったけど、秋はより一層ですね。
キャラが激しい。と言っても脚本家は鎌田敏夫さんですから、とてもドラマチックでよくできたストーリー。
どのキャラも今の時代にはかなりそぐわないひどさがあるんだけど、どっしり腰を落ち着かせて見られる納得設定。
あの確かさは平成初期までどのドラマにもあった気がします。で、その確かさは脚本の質の高さもあるだろうけど、あのころの役者さんの質もあると思う。
なんたって大竹しのぶさんですね。
神崎桃子は、赤名リカも及ばないほどの強烈キャラ。
飲食店で良介に激しくキレたり、街なかで叫んで良介を呼び戻したり。
しかも夏物語のラストであんなドラマチックに愛を確かめ合ったのに、秋物語では健ちゃんと同棲しちゃってる。
現実にいたらヤバいタイプですが、しのぶ桃子はすごい魅力的なんですよね。
こんな女でも良介が忘れられないのはわかる。あんな女ほかにおらへんやろ…
そんなことは言ってないけど、呆れ顔で桃子を見つめる良介からは、その唯一無二性への愛着が溢れてますからね。
そう、唯一無二性ですよ、男が求めるものは。
女もまた、「誰とも違う個性」を誰かに・将来の伴侶に見出してほしいと切望する。そこで生み出されがちなのが「やたら怒る女」というキャラ。
あのころ・バブルの頃は、世の浮かれムードに流されるのも魅力・流されないのも魅力だったのか、男女7人ではどちらのタイプも描かれる。流されてる人 → 賀来千香子・奥田瑛二・小川みどり・手塚理美・岡安由美子・山下真司
流されない人 →片岡鶴太郎・池上季実子・岩崎宏美・柳葉敏郎
流されたり流されなかったりする人 →明石家さんま・大竹しのぶそりゃ、みんなある程度は流されたり流されなかったりしてたけど、絶妙なバランスで時代を生きていたのは良介と桃子だった。
適度に軽くて適度に重い。千明(池上季実子)と沖中美樹(岩崎宏美)は重いのですよ、令和に見ると。
大体、流されない人たちは真面目だから世に怒りまくってる。
でもあのころはそれも正解だったですかね。
ドラマ見てた私はすっかり影響を受けて、自分のまともさを周囲にアピールするためによく怒ってたなと。中高時代特に。
気に入った男子を「あんた」呼ばわりして突っかかるのが愛情表現とか、恥ずかしさの極みです。また岡安さんが流されやすさの極み女でイラッとしますね。決められない女。カクテル何飲むかすら男に決めてもらう。
これまたあのころ武器にもなるってんだから、世の中トチ狂ってたんでしょうか。
その岡安由美子さんは魚座。っぽい!
男女7人は太陽星座からしてもよく出来た物語なのです。流されてる人 → 賀来千香子(天秤)・奥田瑛二(魚)・小川みどり(射手)・手塚理美(双子)・岡安由美子(魚)・山下真司(射手)
流されない人 →片岡鶴太郎(山羊)・池上季実子(山羊)・岩崎宏美(蠍)・柳葉敏郎(山羊)
流されたり流されなかったりする人 →明石家さんま(蟹)・大竹しのぶ(蟹)山下真司さんをどっちに見るかというのは意見が分かれそうだけど、おおむね「っぽさ」と役がハマってんですよね。
ちなみに鎌田敏夫さんは獅子座。バブル!! -
姉妹の星
モネもいいし、モカもいいですよね〜。
上白石姉妹って本当すごい。
もう何年も、姉妹でかわるがわる良作を生み出してる。
CMもインパクト強いし、何より感じいいんですよね。
ナチュラルだし、素直そう。
醸し出す雰囲気は結構違うんですよ。
萌音さんまだ25歳なのにあの母性というか、安心感はどういうことなのか。
萌歌さんは天然っぽい役でこそ輝きが倍増する。
2人とも歌がお上手というのがまたすごい。
お2人のホロスコープを見てみました。
上白石萌音:現在25歳
太陽:水瓶、月:山羊
水星:山羊
金星:山羊、火星:魚、P太陽魚
上白石萌歌:現在23歳
太陽:魚、月:射手
水星:魚
金星:水瓶、火星:牡羊、P太陽牡羊
萌音さんの特徴といえば、どこか昭和っぽいクラシカルアナログ感。
一方、萌歌さんはノリがよい現代っ子で流行りものとか詳しそう。
それは姉・萌音さんの月や水星金星が地星座・山羊で、
妹・萌歌さんの月と火星が火星座&太陽月柔軟宮ってとこから感じられる。
魚座持ちはポップな音楽との相性もいいですよね。
「パリピ孔明」での萌歌さんの曲がずっと頭に残ります。
(「パリピ孔明」HPより)
あと似合う服装も金星からにじみやすく、金星水瓶の萌歌さんは渋谷の古着屋っぽい奇抜デザインもおしゃれに着こなしてしまう。
一方、金星山羊の萌音さんはこういう感じじゃないですよね。
デザインも色味も女子っぽい感じで、クルーネックカーディガンが特によくお似合い。
金星・火星から恋愛傾向を見るなら、萌音さんの金星は水星や月、海王星とも広めオーブでコンジャンクション。
序盤こそユニーク水瓶っぽいドジっ子ですが、目的を定めたらそれを成就させるイメージ力や行動力などもちゃんと働く方じゃないのかなと。
なんだかんだデキる役が多いです。
ただ、この山羊金星は土星とスクエア気味なので、大体女性からのやっかみがありますよね。
しかし!
火星と木星がコンジャンクション。
いい男との縁が多そう。
恋愛に限らずとも、男性に手を差し伸べられたり、地位の高い相手とも縁がありそうです。
(「恋はつづくよどこまでも」HPより)
萌歌さんは金星ー火星セクスタイル、冥王星とで小三角でもあるので、恋愛でハラハラ・ドキドキという感じではなく、温かく見守りたくなるような恋愛展開。
ただ萌歌さんも金星ー土星スクエア。
「ちむどんどん」では好きと自覚した職場の相手がすぐ結婚したり、なんたって自虐的でガード堅め・片想い長め。
「あたしなんか…」とよく言ってました。
思えば「パリピ孔明」でもライバルとの戦いが見どころの一つといえそう。
火星は金星とセクスタイルで冥王星とトライン。
どっぷり恋愛ドラマというより、仲間と作戦立てて盛り上がる役が多い気もしますよね。
冥王星は諸葛孔明にも思えてきました。
また、人気姉妹といえば広瀬すず・広瀬アリスさん。
あの2人もだいぶ雰囲気が違います。広瀬すず:現在25歳
太陽:双子、月:牡羊
水星:蟹
金星:牡牛、火星:双子、P太陽:蟹広瀬アリス:現在28歳
太陽:射手、月:魚か牡羊
水星:射手
金星:蠍、火星獅子、P太陽山羊
すずさんの特徴といえば中性的な少女性で、アリスさんは健康的な色気かなと。
2人はそんなに歳が離れてるわけじゃないけど、アリスさんがすごい年上お姉さんみたいに思えるんですよね。
アリスさんには昭和の女優みたいな雰囲気を感じます。
すずさんは太陽双子というのが中性感のゆえんでもあり、パーソナル天体がすべて前半星座というところも少女性のゆえんでしょうね。
対してアリスさんはほとんどが後半星座。
色気があるのにコミカルさも醸し出すのは、火星獅子ゆえじゃないかなと。
月も牡羊じゃないかと踏んでます。怒る役で輝くので。
今の大河はほとんど見てませんが、アリスさんは家康みたいな天下人の妻にあんま合わないんじゃないかと思う。
ただP太陽が山羊だと、大きい役柄を引き寄せやすいですね。
それでもアリスさんっぽく天然コミカルさのある妻っぽいのですが、「基本許しますよ…」みたいな貞淑演技もされている。それがお行儀よすぎやしませんかと。
太陽射手なので、全肯定ですよ…という役は「っぽい」っちゃぽいのですが、蠍金星ー獅子からすると絶対許せない人だよなと。役柄上ね。
しかも太陽射手なら適性はヤンキーとか総長なんですよ。
アリスさんは少し前、大倉さんと夫婦役だったドラマで本格ブレイクした印象ですが、あの役はアリスさんっぽかった。
絶対許さない激怒妻の一方、パラレルワールドでは全肯定のパワフル行員。
一見さっぱりしてるけど、恋愛となると濃厚なドラマチックさが渦巻く。
すずさんは太陽双子で月が牡羊ならコミカルな役も適してるはずなのですが、あんまりコミカルで印象に残ったものはないんですよね。
器用だからなのか、すずさんの魅力を広告側がわかってないのか、CMでもなぜ上から感みたいな演出をするのかが謎。
すずさんの作品で一番好きなのは、少し前だけど「anone」
あと「海街diary」は作品自体好みではないけど、すずさんの演技がものすごかったです。みずみずしかった。
ちょっと陰のある役で魅力を発揮されるように思うのです。
それは月が土星とコンジャンクション、海王星とスクエアだからかもしれない。
幼少期に何かあったっぽい役で底知れぬ魅力を発揮しますよね。
朝ドラ「なつぞら」でも北海道時代はとてもみずみずしかった。
なのに…ってのも失礼ですが、アニメの仕事についてからはどんどん頭角現していって、器用さに不思議と心を寄せにくいところがあるのはなぜなんだろう。
縁ある男性の火星は双子で、ノンアス気味というか天王星とオーブ広めトライン(126度)
萌音さんのように地位の高い男性との縁という感じではなく、「変わり者」といつも出会ってる印象です。
その変わり者もイケメンが多いですよね。
中川大志さん、横浜流星さん、松坂桃李さん、吉沢亮さんなど。
実は役をあてるのが難しい役者さんなのかなと思ったりしますが、もしかしたら月土星コンジャンクションゆえに、素が漏れにくい人なのかもしれない。
アリスさんの月は木星冥王星とトライン。
素を出してなんぼという感じ。
それは親しみやすさや投影されやすさ、また演出側のイメージしやすさとつながる気もします。
アリスさんの恋愛傾向はというと、火星ー冥王星スクエアなので怒ったらヤバそうだし、出会う男がまずヤバそうですね(役で)
自分の濃厚さって、隠したいほど嫌な面だと思いやすいでしょうけど、役者であれば「そこがいいんだ!」と視聴者から思われる魅力なんですよね。
姉妹を比較するって失礼な話ですけどね。
違う人間なのだし、タイプが違うのも当然で。
しかも姉がこういうキャラなら自分は別タイプへ…という意識は、妹側に常に働くものとは思う。
それが姉からすると気に食わないってこともあるかもしれない。
昔はなんでもお姉ちゃーんって真似ばかりしてきたのに、成長すれば「ああいう方向に自分は行かない」と勝手に背を向けられたりする。
役者なんて特に「妹さんは…」「お姉さんは…」って話題をふられたくないだろうなと。
でも視聴者としたら、「2人とも活躍」ということに勝手に感慨深くなりますよね。
といっても、「仲良し姉妹」みたいなアピールなど無理にしなくていいよと思う。
全然しなくていい。
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好きな漫画2023
した。
(画像は「湯遊ワンダーランド」Amazonページより)
もう本当に癒やしの漫画で、この年になってもこんなに惹かれる漫画と出会えることが嬉しい。
→ 私にとって「癒やし」とはある種の不気味さを感じられること。


「アル中」でもおなじみの”フェイクプレーン”がまた出てくるところがたまらない。
あと弟の「やっちゃん」も安定の不気味さです。今流行りのサウナがテーマですが、「ととのう」とかがメインストーリーじゃなくて本当によかった。
いや、これからととのっていくのかもだけど、1巻の半分を読んでもまだ水風呂に入れない主人公。
銭湯のヌシと会いたくないから時間をずらしたり、犬の散歩で会う人とも顔を合わせたくない。
小心さに加えて、思い込みも激しすぎる。
不気味さってなぜこんなに癒やしなんだろう。
どこか自分を見ているような、自分が漫画内で躍動してるように思えるからなんだろか。思えば私が好んで読んでいる作家さんの漫画は、大体不気味要素ありです。
・つげ義春「ねじ式」「紅い花」「李さん一家」「ゲンセンカン主人」など
・上村一夫「同棲時代」「サチコの幸」
・沖田×華「透明なゆりかご」「お別れホスピタル」「不浄を拭うひと」
・大橋裕之「シティライツ」
共通するのは主人公のダメさがにおい立つようなところで、純粋すぎるのか社会から浮きまくる。
「浮きまくる」ってとこが不気味なんだと思うけど、自分と似てる気がするから癒やされる。
生きるにあたって自分はヤバさをだいぶ押し込めてるんだなと気づきますよね。
心惹かれる主人公たちは押し込められずに露出しちゃうから苦しみまくる。
それを見るのが楽しいというかバカだな…っていうか、自分はもっとうまくやってるぞ…と思えるものの、自分こそいつ社会でつまずくかしれないドキドキが漫画で刺激されるのも楽しい。
沖田さんの漫画にはどこかしら病んでいる人が大勢出てきて、自分とは切り離せない地続きの姿が描かれてるように感じるんですよね。
(画像は「不浄を拭うひと(1)」Amazonページより)
そして泣ける話が多い。
「透明なゆりかご」はドラマ化されてない話もたくさんありますが、どれも胸を打つ。
子どもにまつわる選択は本当、人それぞれだし、赤ちゃん・子どもには何の罪もない。
それなのに…という事態の連続で、「命」のインパクトがすごい漫画ですよね。
個々人の選択は時に強烈で不気味だったりする。
来年は「お別れホスピタル」がNHKでドラマ化決定したようで楽しみ!
「ゆりかご」と同じチームというのも期待大です。大橋裕之さんの漫画にもヤバいやつがたくさん出てくる。
しかも突き抜けてないヤバさだから町で嫌われたりしてて、孤独度がすさまじい。
よくいる犯罪者のように、物語内でも逆上して目につくものをめちゃくちゃにしようとするんだけど、そこで奇跡が起きたりする。
その急なスケールアップに感動しますよね。
このスケールは、つげ義春「海辺の叙景」のラストシーンを思い起こす。
あの海一面のページにはなぜか泣けるんですよね。上村一夫「同棲時代」は「性」の不気味さが際立ってます。
一緒に暮らしてても大して幸せそうじゃない。
(画像は「同棲時代」Amazonページより)
だけど激しく求め合うし、どこでも「しましょう」と誘う。
性行為はごまかしであり一区切りであり、心を埋めるもの。
今日子と次郎を見ていると、男女は昔っから愛と性と「幸せになること」の乖離を埋められずにもがいてきたんだと感じる。
何事かと思うような不気味さ満載の物語ですが、圧倒的な画力と詩的なモノローグに引き込まれるのです。

どの漫画にも真実など表現されてない。
表現したいものを各々が自由に表現している。
こうして並べて思ったのは、私自身これからはもっと適当に生きたいなと。
自分の中の真実味を誰かに信じて欲しかったのがこれまでだとして。
誰かに届けようなんてことはもう手放して、楽しく遊ぶことにもっと重点を置ければ。
私には画力がないから言葉で遊べたらいいんだけど。
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顔が好き
またまた「来世ではちゃんとします」の話ですが、今はシーズン2を視聴中。
この物語では「好きだけど、これは恋じゃない」という台詞がしょっちゅう出てきます。くっつきそうでくっつかない同期の桃江と松田は、お互いに「好き」と確認し合ったものの「そういう好きじゃないんだけど」「私も」と。
それでも「幸せにしてあげたい」「この人と幸せになれたら」と互いに思う。
それって最上の好きじゃないの!??って感じだけど、桃江のナンバー1セフレ・Aくんが桃江の心を占有していることに松田は気づく。確かに桃江はAくんのこと「大好き」ってしょっちゅう言う。
ほかのセフレや松田のことはそこまで言わないんですよね。
Aくんからたびたびひどい扱いを受けるのに、なんでも「顔が好き」だからと。Aくん役の塩野瑛久さん。確かにすごいイケメンです。

(画像は「来世ではちゃんとします2」HPより)
Aくんがうっとり眺めるのは緊縛桃ちゃん。

松田役・小関さんだって相当のイケメンですよ。

でも不思議なことに、松田が彼氏みたいな顔すると半減する何か。
それは色気?ドキドキ?桃江はAくんというドキドキに揺さぶられる…
桃江は、エリートで本命彼女もいるAくんが一番好き。
Aくんが自分を一番にしてくれないかなぁとひそやかに願うけど、叶わないとわかってるから胸締め付けられるような恋心にもなるんだとは思う。
なんたって一番かっこいいからとも言う。
セフレというルートじゃなきゃエリートAくんに抱いてもらえないことを桃江は知っているけど、それでいいんだと割り切ろうとする(割り切れない心を埋めるためにセフレいっぱいいる)わかるようなわからねぇような・・
ただ、桃江だって幸せになりたい。
ほかのセフレや松田と「幸せ〜」と思える時間をめいっぱい味わうんだけど、Aくんに揺さぶられる刺激は特別。
幸せ < Aくん
になっちゃうというね。私がわかる気がするのは、「顔が好き」というのと「この人が好き」というのは、どうやら違うということ。
「わかる気」どころか私は顔が好みの人をすぐ「好き」と思いやすい。それは男女関係ない。
ただ、その好きは性愛とわりと距離があって、その気持ちを因数分解してみるならば、
・ずっと見てたい
・だから近くにいたい
・自分と会話したときどんな表情になるか知りたい
・一緒に帰りたい
・お互いのこと知り合いたい
・話さなくても姿を見るだけで楽しい(服装とか外見をただ見たい)あらゆる恋の始まりとほぼ一緒ですがね。
例えば私が今、「顔が好き=だから好き」と思っているのは杉野遥亮さん。
杉野さんと上記の距離感だったら毎日がさぞ楽しいだろうと思うものの、想像力が少女漫画レベルで終わっちゃうんですよね。
「きゃー楽しい」で終わり。
杉野さんに私の愚痴を聞いてほしいとか、私との将来をもっと具体的に考えてほしいとかは思わない。
たりめーだろって話ですが、あと高橋一生さんならもっと距離感があってもいい。
例えば高橋さん出演お芝居のワークショップに私が参加することになったとか、そんな感じでいい。
「いい」とか言ってそんなチャンスだってゼロですが、時々は役で会話を交わす、みたいなことを想像するだけで楽しい。
「おつかれでーす」って素の顔で帰っていく高橋さんを見送る、そんな日があと2週間続くとか、それでいい。例えば柳楽優弥さんなら顔から入る恋じゃない気がするんですよね。
「あ、この人…」という柳楽さんの何かを知っていって本当の「好き」になる人の気がする。
柳楽さんは部屋に招きたい。
ベッドに腰掛けて「そんでさー…」ってボソボソ日常の話をしてほしい。
私はそれをPC打ちながらの背中で愛情深く聞く。
杉野さんの話を背中で聞くことはしないと思う。
杉野さんのあの目の動きと口元がどういうときに微笑みっぽくなるのか、真顔になるのかをずーっと見てたいから。
柳楽くんの犬歯だって私にとって幸せの源ですが、顔から入る人というのは嗜好の領域で自分の何かを喜ばせたい感じがするんですよね。ここまでなんの妄想だって話ですが、「好き」っていろいろあるんですね、というのを感じたかった。
女性でも「顔が好き=恋みたいに好き」という人はいる。
今、TVの向こうなら松本穂香さん。
あの方の顔はずーっと見ていたいと思う不思議で圧倒的な魅力があります。
今、NHK「ミワさんなりすます」に出られてますが、毎日うっとりしまよね。
あの髪型、地味な歩き方、リアクションのすべて。
(ミワさんなりすますHPより)
松本さんとは友達になれそうなマニアックさも感じますが、顔から入った場合、男女どっちも会話が噛み合わなくなりがち。
友達になりたいのに、緊張しちゃうのか素が出せなくなってつまんない話しちゃうんですよ。
全部受け入れたいと思うから、「いいね」とか「そうなんだ」しか言えない。
いま、自分すげーつまんない女だってとこから脱せない。顔が好きな人を前にすると。ただ桃江と違うのは性愛に即結びつく感じはない。
顔から入った人と仲良くなって付き合うという流れはあったけど、「ヤってみたかったんだよね」ということではない。
叶うならば、サッカー部内で1番のエースであり私好みのイケメン彼氏がボールを追いかける姿を校舎からずっと眺めてて、「帰ろうぜ」ってなってその疲れ切った筋肉や汗の感じを隣でただ感じていたい。
ちなみに私は「サッカー部体型が好き」という嗜好あり。
肩幅は広いけどお尻はちっちゃいひょろひょろ逆三角形、大迫勇也選手みたいな。
サッカー部エースとの恋には優越感や独占欲とかもありそうだけど、正式に付き合うにあたって対等さを求める感じとはまた全然違う。
そういう2種類の好きは確かにありますね。だから思ったのは、嗜好の領域で好きになった人に「幸せにしてもらいたい」と望むのは難しそうだなということ。
自分の心だってそんなこと望んでない気がする。
手に入れたいけど入れたくない。
手に入れたらつまらない日々が始まることをどこかで知っている。
つまらなくても幸せならいいじゃないかとどんなに自分をなだめても、嗜好の「好き」からもたらされる興奮や刺激を諦めたくないんですよね。
それを無理やり自分内で一本化しようとするから苦しいのであって、でも正直になれば浮気者になるしで。
多くの人は刺激を諦めるというか卒業の決心をするんだと思う。
いまやどっちが「多くの人」かも疑わしいですけどね。
卒業しなくてもいいじゃないかというムーブメントが起こっても不思議じゃないように思う。
