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三浦春馬さん
訃報はとてもショックです。
信じられません。
思えば「三浦春馬さんのミュージカルを観に行く」ということが当時とても不思議なことで。
でも私を誘ってくれた友人には本当に本当に感謝です。「キンキーブーツ」のあまりの感動に「ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド」まで観に行った。
3月下旬。
本当に行ってよかったと思うものの、今でも「行ってしまった」という思いを抱えてます。
でも演者達、特に座長だった三浦さんには、私なんか想像もできない苦悩があったと思う。何が引き金かはわかるべくもありません。
でも誰だってあやうい引き金を抱いてるはずと思う。
引き金に指をかけるとこまでいった人、指はかけてないけど常に脳裏に引き金が浮かんでる人、そんなことのずっと手前でいつも安定してられる人。
いろんな人がいるでしょうけどね。
特に表現者は常にあやういと言えるはずで。
明るい役ばかりじゃないだろうし。
犯罪者の役、迫害される役、加害側、戦争の話。
でもその表現に確かに勇気づけられる。感動を目にするとダイレクトに「生きよう!」と思えるんだから。日々が急に嫌で(前から嫌で)逃げたい気持ちはわかるよ(わかってないかもだけど)
「こんな世の中」って思うなら尊重したいとも思う。
もう1個も嘘をつきたくなかったのかもしれない。頑張れないのに頑張ろうとしてたり。考えてもしょうがないけれど。三浦春馬さん。本当いつも素敵だった。「キンキーブーツ」
勝手に男性打ち上げ並列
「わたしを離さないで」
スローな武士とミュージカル
3月まで公演していた「ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド」について触れてます。
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映画「JOKER」
映画見終わったあとは、JOKERの考察とか感想をやたら読んだり、ホアキン・フェニックスについて検索したりが止まらなかった。
私はアメリカ映画界に本当に疎くて(どの映画界も疎いけど)、ホアキン・フェニックスといっても顔は浮かばないし、「バットマン」も見てないのです。
また、人の考察を読んで初めて「あ、そうなんだ?」ということばかり。
それでよく楽しめるなと我ながら思うけど、「JOKER」のラストで涙があふれてしまった。いや〜ホアキン・フェニックスにずっと惹きつけられた。
あの悲しい目!悲しいダンス!あのイタさ…!
どうしてこんな表現ができるんだろう?といろいろ調べてたら、そうそう、リバー・フェニックスの弟ですね。
ホアキンの悲哀感とリバーの死が繋がってるのかはわかりませんが。
なのであれこれ疎い私が見た拙い感想です。まず元のホアキンをよく知らなかったけど、裸の後ろ姿を見て「ものすごい減量したんじゃないか?」というのはすぐ感じられた。

頬もげっそり。
52歳ぐらいと思ったら45歳ということでびっくり!!
「JOKER」のことが語られるとき、「パラサイト」や「万引き家族」もよく引き合いに出されるというのはわかる。
貧困問題・貧富の格差・抜け出せない負のスパイラルのあたりが強調して描かれてます。
ホアキン演じる「アーサー」は、ふいに笑いがこみ上げ、しかも止まらないという障害を抱える男。
その笑いに接した人は、「なぜ笑うの?」「ここ笑うとこ?」という不快感を隠さない。
でもそのうち、あれ?泣いてんの?と気づく。
もしかしたらその笑いは咳みたいなもので、激しい咳すると涙が出てくるような、アーサーの笑いはそういうものかもしれない。
なのになまじ「爆笑」に見えるから、障害とは理解されにくい。
「僕は笑いが止まらない障害を持っています」というカードを持ち歩いてて、不快がる人にそれを見せて理解を求める(あんま理解されない)そのほかアーサーの暗い側面がたくさん描かれます。
ピエロのアルバイトで生計を立ててたり、母子家庭でお母さんの介護を何年も続けている。
仲間はいるけどどこかバカにされがち。
メンタルのカウンセリングルームも、市の要請で閉鎖される。
やがて仕事も失う。どん底の日々。
でも夢がある。
それはコメディアンとしていつかステージに立つこと。
笑いのセンスがどうもないけど…アーサーのこの「笑いのセンスがない」ところにちょっとキュン…としてしまいました。
イタすぎる…サムい…という同情心みたいなのがいつしか恋心に変わるような。
・・恋はやっぱないか。
でもアーサーが小児病棟で拳銃を落としたときのあの間の悪さはたまらなかった。
たまらなくウケた。
「シー…(内緒!)」→シーじゃねー!(速攻チクられるし)
いや、あのアーサーすごい好きですよ。
間違って発砲したときの慌てふためくとことかドリフ!志村けん!
あと、アーサーが感極まったときに踊り出すところ。
あの舞がたまらなく切ないし、すごく高揚する。
かっこいいじゃん、アーサー。
なのに、あのダンスは大抵誰もいないときに繰り出される。
「かっこいいアーサー」というのはわりと幾度も目にします。
その踊ってるときと、あと同じアパートに住む黒人シングルマザーのソフィーと一緒のとき。
ソフィーが笑ってくれれば、ステージでだだスベりみたいなアーサーのギャグも、なかなかイケてたんじゃないかと感じられる。
倒れた母親を心配するアーサーの背中をなで、額にキスするソフィーは、アーサーの献身さを十分知っているんだと思う。が!!!
アーサーには他に「妄想」という重大な障害もあった。
妄想を現実と混同する。
ソフィーとのこと・・妄想
ステージに立ったこと・・妄想
発砲したこと・・妄想の線が濃厚これは悲しすぎる…!!
特にソフィーとのことが妄想と自覚した瞬間の、テッテレーっぽい答え合わせ映像みたいのには私もショックでした。
どうりでアーサーに都合のいいことばかり起こると思ってた。
そういえば、おかしいところも満載です。
ただ「どこからどこまで妄想か?」というのはいろんな考察があって、どれが正解とかわかりません。
99%と言う人もいれば、あれとあれはリアルっぽいと言う人もいる。でもほとんど妄想と思うと納得がいく。
アーサーがかっこいいとこでは笑いの発作も起きない。
またアーサーに向き合ってくれる人は黒人や障害者で(母親も含めて)、アーサーを追いつめたり迫害してくるのは白人、とりわけお金持ち。
いつかそれらに対して正当に反撃するために、アーサーが自分の中で温めながら肥大させてきた被害妄想物語とも言える。
アーサーが誰かに語った瞬間、何もかも泡となって消えるようなストーリー。
「恋も華やかなステージも、事実はどこにもなかったのさ」
「確かなのは、アーサーという病んだ男がこの世にいたことだけ」
「可笑しいかい?」
ってことなのかも・・?
それにしたって悲しすぎる物語ですよ。
あの差別や迫害や、金持ちからのぞんざいな扱いは決してアーサーの妄想だけじゃないはず。
「実際あるんだよ」
と声高に訴えても誰も取り合ってくれないなら、存在しないのと同じこと。
だったら妄想の中で盛大に殺してもいいだろう…?
そういう皮肉ストーリーにも感じました。
この映画の素晴らしいところはあと音楽と、なんかおしゃれってところ。
それらがホアキン・フェニックスにぴったりハマってたのがかっこよかったです。ハレの日にこんな衣装を合わせるなんて、アーサーめちゃおしゃれじゃん。

でもこれも妄想なのかも。実際の私服はこれ。

ロバート・デ・ニーロ演じる大物コメディアンに、「俺のことはJOKERと紹介してくれ」と強気に求めるアーサー。
それも妄想だったのかもしれない。
またデ・ニーロの大物MC感が見てて気持ちいい。
音楽に合わせてゴーゴゥ〜!みたいなノリもすごい好きです。

いよいよステージへ!という前にひと踊りする余裕も全部夢…?(わかんないけど)

アーサーは、あの人もあの人もあの人も殺してしまう。
その全ての遠因に、差別の恨みよりもっと根が深い、「父親不在」ということがあるようにも思えます。
「傷つけられた」「裏切られた(捨てられた)」という被害感情が、生まれてから切り離されることのなかった男の人生。
これをどういう気持ちで観ればいいだろう?というのが難しい。
映画が難しいわけじゃなく、自分の気持ちの置きどころが難しい作品と思いました。
それにこの映画は、「同情不要」という仕掛けがうまいこと隠されてるように感じた。
同情したくなるけどできないんですよね。
アーサーに心を寄せたいけど「なんか違うな」と思う。
うっかり共感とかして煽られないでねという仕掛けがあるのかも??
ただなぜ感動したかというと、徹頭徹尾イタかったからかもしれません。
笑いのポイントが周りとずれまくるけど、人を笑わせたいと夢見てるアーサー。
汚いネタ帳をいつも手に持って。
人から見たらバカバカしいことに一生懸命になるとこは、自分同じかも…と思った。
私がこのブログを書いてるこの熱量も、知り合いからバカにされてんだろうという妄想を肥大させようと思えばできるんだと思う。
この映画にメッセージ性はさほどないように思ったけど、デ・ニーロ演じるマレーにアーサーが、「外に出たことあるのかい?」と問うとこは唯一リアルな鋭さに感じた。
世の中が今どうなってるかわかってる?僕みたいのもこの街で暮らしてるんだ…それって見えている?
(見ようとしてる?全部ジョークで笑い飛ばせる金持ちさん)
2回見てまたちょっと書き直しました。
やっぱラストのエンディング曲とドタバタ感が泣けます。マイケル・ムーア監督の「JOKER」評がとても刺さる。さすがです。
「あなたがこの映画を観ないなら、それが社会の危機になるかも」アカデミー賞授賞式では体型が戻っててホッ!
環境問題、動物愛護問題に向き合うべき私たちの変化がいかに難しいか、自然を奪う人類への批判をスピーチに込めるホアキン。
最後は声を震わせながらリバー・フェニックスに触れる…(泣)
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映画Redと結婚
Netflixに映画「Red」が入ってきたので早速見ました。
以前にも出演者について書きました。
→妻夫木聡×夏帆×柄本佑公開直後にコロナが蔓延して上映中止に。
そんな映画はとても多いですね。
妻夫木くんと夏帆ちゃんの性シーンが話題となった映画。
赤色ってやっぱりセクシーですね。
おもしろかったかと問われれば、あまり好みじゃない感じです。
夏帆ちゃんはどこかさとみチックで、手の甲をセーターで覆ってました。
…そこはいいだろって話ですが、「私さえ我慢すればうまくいく」というその我慢が崩壊する。
つまりはそういうストーリーだったと言えます。
やっぱりそういうタイプは手の甲を覆うんじゃないでしょうか。
夏帆ちゃん演じる塔子は、金持ちの家の嫁という極端さはあるものの、家事も育児もほぼワンオペ、しかも姑の監視付き、夜は性奉仕、そういう妻ってどれくらいリアルなんだろう。
映画の口コミでは「そもそもなんで結婚したの?」というのがいくつもあって、私も見ててそう思うほど夏帆ちゃんから「こんな生活息苦しい」という思いが溢れ出てた。塔子は母子家庭。
島本理生さんの原作でどう描かれてるかはわからないけど、間宮祥太朗さん演じる夫から「選ばれた」というあたりで結婚を決めたのかなと思った。
母との不和もありそうな塔子。
この結婚でつらかった過去を一気に捨て去ることができそう。
選ばれたからには…!ってんで本当に頑張ってきたんだと思う。金持ちの嫁。
人前に出るワンピースすら夫の要望通り。
いつの間にか自分の意思など存在しないような家庭内。ところがまた「選ばれた」という。妻夫木くん演じる「鞍田」に。
塔子がまだ独身だった10年前に鞍田と不倫してた。
なんで別れたかは描かれてないけど、鞍田との別れもボロボロだったんだろうなと推察。
そうであればこそ納得できる金持ちとの結婚。
間宮さん演じる真がなんでも与えてくれたんだと思うし、家長主義みたいのが染みついてるとはいえ、基本は優しい。塔子に愛着があるのはわかる。籠の中の鳥を愛でるような愛着だけど。塔子と再会した鞍田はその息苦しさを読み取り、自分の建築事務所で一緒に働くよう誘う。
ここでまた「選ばれた」。10年ぶりに。
しかも女として、プラス設計士として。これは嬉しいと思う。
さらに!入社して早々、柄本佑さんからも「選ばれる」この映画は妻夫木くんと夏帆ちゃんの性行為シーンが2回ありましたが、私は柄本さんとのやり取りの方がすごいエロと思ってしまった。嫌悪感もありつつ。
(しかし後半は柄本さんのあの怪しさはなんだったんだと思うほどただの人だった)
さらに塔子は正社員として選ばれる。
選ばれたときの夏帆ちゃんはとっても生き生きする。
子どもを迎えに走ってても、子どものことじゃなく選ばれた嬉しさで心が満ちていることはよくわかる。
もちろん見てる側の主観だけど。女は選ばれないと生きていけないだろうか。
そりゃ男女関係なく、就職でも受注にしても選ばれないと成り立たないことは多い。
でも人は選ばれてないときに全部しぼんでるわけじゃないと思う。
なのになぜか女でいるということは、選ばれなければ自分の存在価値を疑うような、そう思う時期は確かにあった。
自分の話でも、25歳以降は「選ばれ」がずっと付きまとってた気がする。
選ばれさえすれば3番目でも許したあのころ。
付き合った彼氏に「家庭的なことできるよ」アピールとかもしてたっけなぁ。
「そうしてでも選ばれたい」という女性はさほど特別でも卑屈でもないように思ってたけど、「病巣」に近いことじゃないかと今は思う。
そしてマンネリが起きたら今度、塔子のように「性的に満たしてくれそう」という夫以外の選ばれに乗る。
そういう女性も少なくないはずで。
私がこの映画でイライラしたのは、そうして塔子が「選ばれ」で成り立っていること。
その選ばれが、美人でエロいから?と思わざるを得ないあれこれ。
そして最後、子どもからの訴えを振り払うという。
「女」であることを最後に選んだということ…?うーん。
塔子の個性、塔子独自の優しさみたいのとか、なぜここまで男を惹きつけるのかが描かれてないことが残念でした。
もしかして、東京ラブストーリー令和版でも思ったけど、独自性などないほうがいいんだという暗喩?まさか。
独自性や自発性がないからこういうふうに巻き込まれるんじゃないのかなと思う。
外見的魅力で選ばれて激しい性愛に流される生き方も一つの選択肢という提示なのかな。
でもこういうストーリーはうんざりなのです。結婚って本来、自立した1人と1人の生活のはずで。
それが家庭内で実現できないなら結婚しなくてもいいという人が増えるのもごく自然に思える今。
この作品はそれぞれの内面がどうということにはあんまり触れられてない。
でも「女性の生き方」を訴えるシーンは時々あったから、結婚という庇護の下にいても自由がなければ意味がないというメッセージは感じられた気がする。
でもその自由を謳歌するんだったら、内面がどうだということがすごく大事なんじゃないかと思ったんですよね。そこにぽっかり感があって。原作の表現が削ぎ落とされてるのかもしれません。また細かいんだけど、妻夫木くん演じる鞍田が、初出社の夏帆ちゃんに「やぁ」と声をかける。
この「やぁ」と声をかける人に実際会ったことがないです。
でもそういえば同期会に遅れて行ったとき、酔っ払った同期に「やぁやぁ」とおどけて挨拶された記憶。
植木等か森繁久弥の真似かな?と思って笑ったような。
あと夏帆ちゃんの「ええ…」という返事。
「はい」とか「うん」じゃなくて「ええ」
お金持ちの嫁っぽいけどさ、「ええ、そうですね」のときしか使わない気が。
あとクレーマーからの適当な相槌、青筋浮かべて、「ええ、ええ…」
どうでもいいことばかり目につきます。
ちょっと集中力を保てなかったRed。 -
令和東京ラブストーリー・後半感想
「東京ラブストーリー」令和版をやっと見終えました。
実はなかなか苦行に近く、でもなんで見たかというと令和のエンディングを見届けたかったから。
そして、なんたって最終話のあらすじに「妊娠」の文字を発見してしまったから。

これは本当にフジのやり口というか、「誰の子ども?」とまんまと思いますよね。
漫画では和賀部長の子どもだったけど、令和版では後半、部長の出番がぐっと少なくなったし謎が深まる。
途中、「アルヴィン」という台湾人イケメンアーティストの仕事をリカが手伝うことになって、「まさかアルヴィンの子?」と、まんまとワクワクしてしまった。
いやいや、カンチの子という可能性も十分あるんですよね。
「あの夜の子?」という。しかしネタバレですが、まさかのDNA鑑定でした。
この令和の世の中でもどうしてこうなるのか。
「コンドームつける?つけない?」というカップルの会話まで掘り下げたドラマや映画ができることを切に望みます。
なぜつけないのか・つけたがらないのか・つけさせないのか。
そもそもやり取りの有無はどうなのか・命の可能性よりムード重視なのか…
そこまで描いてくれないと、あら〜…というやりきれなさで頭がパンパンになり、ストーリーが入ってこなくなります(私だけ?)このドラマで時代に追いついてるのはリカだけだと思ってたのに。
あとはみんな平成月9レベルで束縛し合いおとなしい女子(がふと見せる気の強さ)&強引な男子に相変わらずキュン。もはや東京ラブストーリーなんかじゃなく、「愛媛ラブストーリー〜こうなることを夢見てた〜」というカンチ&さとみ、三上&長崎尚子の恋物語がメインの様相。
三上はお嬢様尚子を強引に連れて愛媛で開業医を目指すそうで。
最終回にまさかのこの4ショットです。(リカがいない)
しかもさとみと三上、さとみと尚子はかなりの泥仕合だったはず。
互いの結婚が決まれば、まぁまぁ和解するもんですかね。うーん。令和ラブストーリーの前半は、リカから見た「ここがヘンだよ日本人」みたいでありながらも爽やかなワクワクが広がってました。
でも後半は、リカを排除するムードがやけに強まったと感じたんですよね。
それでも私の勝手な想像だけど、脚本の方はリカに愛着あるように思ったのです。
というのはリカの言葉だけがすごく輝いてたから。
もちろん石橋静河さんがとっても自然にキラキラ演じてくれたからとも思う。
「個の尊重・自由自立」をずっと訴えてきたリカに、結局は「自己責任」を押し付けるようなラスト。
社会のムードってあらゆるところににじみ出るんだなぁと、つくづく思ったものです。カンチなんて独自性のあるセリフをひとつでも吐いただろうか?と思う。
個性など下手にないほうが最終的に幸せになるんだよ…という暗喩が込められてんじゃないかと思うほど。
大体みんな、いつもニコニコ耐えてるさとみに甘えすぎです。
しかし、ここ!
ここに私はなんとも憂慮すべきものを感じまくってしまった…
これは私独自の解釈・感想です。
知り合いからはおもしろくて2回も見ちゃったという声が聞かれました。しかしさとみの描かれ方にはやはり悪意を感じざるを得ません。
もしくは、男性上層部が自分好みの像に仕立て上げたか(妄想がひどい)
なんたってさとみはカーディガンの袖で手の甲全部覆う女。
特に私が怒り心頭だったのが、カンチが高熱でぐったりしてたとき。
このころにはNYへ転職してしまったリカとの遠距離ゆえカンチの愛は薄れ気味、だるいのを着信に出ない言い訳にしてた。
なのに!
さとみからの電話に出ちゃうという。
そして次のシーンではさとみがカンチのキッチンで卵雑炊作ってる!
家あげるなよ〜
しかもさとみがまたすごい、「ねぇ、永尾くんちってレンゲある?レンゲどこ?」と寝てるカンチを起こすという!!その前にさとみは保育士であるわけで。
「子どもにうつる可能性」とかすごい考えちゃうのは、コロナ禍だからかなぁ。
あろうことかキスしてましたけどね…。
こういうツッコミどころが盛りだくさんすぎて、あとカンチが点字ブロックの上を歩いてるとか。
ラストにリカが自分の子どもに「あれが太陽だよ」って目!目!カンチはリカをすごい責めた。
「ずっと我慢してたんだ」
自由なリカ・相談しないリカ。
NYに行かないでっていう思いをカンチは我慢してたけど爆発。
こうなることは見てるこっちもわかってた。
なのに「一生愛する」と言ってしまうカンチ。
「じゃあ24時間私を想って!」というリカの名台詞に「それは無理…」と引いた途端にリカからビンタ。
「物理的に無理でも心意気を表現しろ、てめぇ!」…とは言ってないけどそういう怒り。ほんと、カンチのそういうところですよ。
結局「一生」の重みに自分が耐えられなくなりさとみの前で流す涙。
「永尾くんは悪くないよ」「関口だってなんも悪くない…」
・・うそうそ・・
この2人がよく似てるのは、相手あってこその自分ということ。
もしかしたら恋愛や結婚、人がそれを求めるのはここじゃないかとすら思った。
誰かといれば罪深さも薄れる。「悪くないよ」って言ってくれる人を永遠に求める2人に見えた。人が・特に女が1人で自立するというのは、この国じゃとってもマイノリティー。
それをこのドラマに見せつけられたような気がしました。
上司の意見でも「違うんじゃないか?」ということを指摘するリカ、「恋人だからって所有はよくない」と表明するリカ、今の職場よりワクワクするところに転職するリカは輝かしきマイノリティーだった。
なのに、マイノリティーに対して平気でぶしつけになる人はとても多い。
その光景を何度も見てきた、このドラマでそのことが駄目押しされたように感じた。令和版の三上は、おとなしく一生愛してくれそうなさとみを支配する悪党にしか見えなかったです。
平成版三上の、「いやだよぉぉ!!」と川沿いで叫ぶカッコ悪さは皆無。
清原さんのクールな目になんの熱さも見えず、こえぇと思いましたよ。
ってか清原さんめちゃ痩せてたな。体調大丈夫だったのかな。そして眞島秀和さんですよ!!!
一番不幸なのは和賀部長かもしんない。
妊娠したリカを家に置いてる、俺は抱いたんだとカンチを呼び出して伝える
→カンチ激怒。「リカがあんたなんかに抱かれるわけねぇ!!」
え、中年だから?ひでぇ。
曲がりなりにもずっとカンチを見守ってきた部長なのに。
「リカを愛しているか?」と聞かれて肯定できなかったカンチに怒る権利あるんかね。そんでリカも部長の家を逃げ出し、カンチに「愛してない人と結婚したくない」とこぼす(ホントひど)
部長は逃げたリカを半狂乱で探し回り、カンチの家にまで押しかけ…
「愛されてないことは俺が一番わかってる…」
眞島さーん…!!
悲しみに打ちひしがれてるのか全然心こもってないのか、どっちだろって顔。
リカがみんなの前での退職挨拶のとき「えーっと」って言葉に詰まったら、和賀部長すかさず
「泣いてもいいんだぞ…」「どっ…!」
・・・なんかあそこ眞島さんのアドリブみたいに見えたんだよなぁ。
全部長の8割ぐらいが言いそうなことをよくわかってらっしゃる…あれこれ突っ込んできたけれど、私がいま恋愛したら、頭でわかってることと逆の感情に支配されるだろうな。支配・執着・所有欲・うざうざ。
それが恋愛なんだろうけど。
その楽しさをリアルに抱きながら見てた人がほとんどだろうに、私はまともにカッカしちゃってね。
でもこのストーリーが支持されるというのは、やっぱり時代遅れに思うんだ。
カンチや三上みたいな男性についていきたいと、さとみみたいに思う女性がまだ相当多いんだったら。
選ばれてこそ幸せ…みたいな風潮にみんなが向かうんだとしたら。
カズレーザーやユースケさんの彼女を写真で見たときに、ぐぁっっかりするようなあの気持ちは永遠に続くのだろうか。
平匡みたいな男がみくりみたいな超キュート女子にぐいぐいされて初めて心開くとか、なんで女子そんな頑張るん?寄せていくん?
幸せのバリエーションはもっとたくさんあるはずなのに、リカ一人でそれを表現するのはまだ難しいんだなとつくづく思いました。 -
東京ラブストーリー令和版
Amazonプライムで「東京ラブストーリー」を見てます。
4話まで視聴済み。
平成版とはずいぶん違う物語。これはいろいろ考えさせられるドラマです。
とりあえず思ったこと。
・リカ役の石橋静河さんがとても魅力的
・令和版三上はクズで病気だと思った
・ドラマ制作陣はさとみを嫌いなのではないか
・カンチを母の目線で見てしまう東京ラブストーリーっていうより、武志のアナザーストーリーという感じです。
「武志」とは、伊藤健太郎さんの朝ドラの役。
そして「リカ・カンチ・三上・さとみ」という呼び名があってこそのドラマなんだなとつくづく思った。
4人の名前と「東京ラブストーリー」という栄光の看板があるから、もう1話見てみようと思える。
カンチのキャラクターが特に看板頼みで、「あのカンチ」というところを知ってるから「今回もやっぱり朴訥なのね」と思うけど、その「朴訥」以外の魅力がちょっと感じられないような…。平成版は朴訥といえども、結構やらかしてたんですよね。
リカに失礼なこと言ったり鈍感すぎたり、リカをからかったりしてたような。織田裕二さんの魅力、あれなんでだっけ。なんであんなに輝いてたんだろう。
令和版カンチはすごくまともで、東京に慣れてない…というムードはうっすら出てたけど、戸田恵梨香母のボケに「なんでやねん」と全部ツッコむあの優秀な武志にしか見えなかった…。
しかも伊藤さんがリバーサイドを走る姿は、ストイックな大学サッカー部員のよう。
「カンチ、セックスしよ」って言われたときの表情を、おばさん心境で直視できなかっただけかなぁ。
それでも伊藤さんと石橋さんの熱いベッドシーン、その伊藤さんの背中は魅力的でした。4人中なんと3人が蟹座。
石橋さん、伊藤さん、さとみ役の石井杏奈さん。
三上役の清原翔さんは水瓶座。
あと和賀部長役が眞島秀和さん!蠍座。
眞島さんという方はどうして薄っぺらい役がこんなに似合うのでしょう…
眞島さんが薄っぺらいわけじゃないと思う。
でもいかにも横恋慕(片思い撃沈)、いかにも話のわかる上司、いかにも独身貴族の役がうまい。
令和版では妻子と別居中でした。(リカに入れあげたため)
「おっさんずラブ」では攻撃的で濃厚な役でしたが、あれにはゾクゾクしました。
いい人よりも、超ヘンな役で眞島さん主演を近いうち見てみたいです。石橋静河さんの笑顔や振る舞いがとにかく魅力的でした。
やっぱり赤名リカなので、ああいう女上司に目をつけられたら大変だよ〜って周りが苦笑いなムードはよく出てたけど、気分がころころ変わるそのゆえんも、石橋さんの繊細な表情ですべてつながる。「半分、青い。」での律の妻役としてあまりいい描かれ方じゃなかったけど、その頃から惹かれるものはありました。
それは原田美枝子さんと石橋凌さんが両親という自然な期待以上だと自分では思うけど。表情がとにかく好きです。
その朝ドラ中に石橋さん主演のシーナ&ザ・ロケッツのドラマが放送されたのは、偶然だったのかな。
朝ドラですずめとユーコがしょっちゅう歌ってた「You May Dream」。
シーナ役が石橋静河さんで、不思議な放送のタイミングでしたが、あの辺からとても注目してた。
また声が低いので、CMでちょっと出ててもすごい印象を残す。
この間の「スイッチ」でも、無邪気な弁当屋の顔と真犯人の暗さのコントラストがお見事でした。
4話ではまだリカは幸せの絶頂だけど、このあと涙の連続と思う。
石橋さんの陰と陽の落差の表情を堪能するために、やっぱり最後まで見ようは思うけど。令和版の三上はちょっとひどすぎるんじゃないですかね。
平成版の江口さんも、女と見れば腰に手を回す軽さはあったけど、それでもさとみに特別な思いを抱いてるんだという熱さは感じられた。
令和の清原さんがさんざんさとみを不安がらせたあとに言うセリフ、「俺のこと信じるんじゃなかったっけ?」「俺が自分から会いに行く女はお前しかいないんだぞ」
教祖…?と戦慄が走りましたが、さとみにとってはそれが一番欲しい言葉だったよう。うそ〜。
清原さんのパーマ頭が渡部に見えてきて、実は最後まで三上に耐えられるか不安です。
それにしても清原さんと病院との縁が深すぎると思った。
水瓶座の無機質感と白衣が似合うってことかな。しかし一番の見どころはさとみなのかもしれません。
「東京ラブストーリー2020」で検索すると「さとみ 怖い」と出てきますが、平成版でもずいぶんなバッシングを背負ってしまったかのようなさとみ。
でも有森也実さんは、カンチを振り回すにしてもどこか「本当はやっちゃいけないこと」という自覚があったように思う。
やっちゃいけないけど今は胸の空虚さを埋めたいの…という自分勝手さがバッシングされたような。
令和のさとみは、ツンデレの三上にLINE攻撃。
「これから洗濯するよー」「洗濯終わったよー」「勉強頑張ってる?」「おはよー」
この文字の羅列は一見ゾッとするけど、でもこれくらいどのカップルでも当たり前のように行われてる光景…なんですよね??
そのLINEに一切の感情を見せないうえ既読スルーの三上がさとみに「俺を信じられないの?」と迫るとこは、ちょっとした洗脳シーンのようで。このドラマの制作陣は、さとみをちょっと雑に描きすぎと思うのです。
ってか、さとみはそりゃ家庭的で、愛媛っぽさをどこか残した純朴真面目な保母さん。
カンチや三上は2DK以上在住、さとみはコーポ。
しかもコーポ感がいやに強調されてるように思うのは気のせいかな。
確かに現代の保母さんは収入が少ないということを日々訴えられてますが、そういうところはやけにリアルなんですがね。東京ラブストーリー最初のキモと言える、リカと夕飯の約束をしていたカンチがさとみに呼び出されて、リカの約束をドタキャンするところ。
リカに嘘をついてさとみに会いに行った帰りは奇しくもどしゃ降りで、カンチは自分の折り畳み傘をさとみに渡す。
「風邪引いたら困るから」
「ありがとう」ってさとみは受け取って、びしょ濡れで帰るカンチを一度見やったものの普通に歩を進める。
あれ?と思った。
「永尾くん、駅までこの傘で一緒に行こうよ(でないと永尾くんが濡れちゃう)」というのが私の中のさとみ像。
なのに、ここはさらっとしてた。
いきなり呼び出しといて傘借りといて、さらっとしてんな、というまず違和感。あとリカが鎌倉のお土産をキッチンにいるさとみに渡すシーンでは、さとみが「ありがとう、そこ置いといて」
うん??お土産置いといて?
キッチン仕事してても手を拭いて受け取るような…ましてやさとみのように真面目さと人のよさが強調されてる子ならそう描くのでは?と思ったけど、そんなこともないのかな。そして極め付け。
4人で楽しく三上家でパーティー。
互いの幸福見せつけ合いタイムも終わり、リカとカンチを玄関で見送ろうとしたさとみがなんと!みんなの前でカンチの傘を返す…
それを見たさとみ以外全員凍りつく。もしこれがさとみなりの三上への復讐だとしたら、それはわかるけど、さとみの無邪気さとして描かれてたような。
このあとリカはカンチを責めて走って帰る、三上もさとみを責めてさとみが逃げ帰る…
そりゃそうなるだろうね!!と!駅で偶然出くわすさとみとカンチ。
「リカを怒らせちゃって…」と苦笑いするカンチ。さとみ「永尾くん、追いかけなきゃダメ!」
カンチ「へっ?」
さとみ「ほら早く!」ほら早くって、おまえがぶち壊し・・!!
令和版のさとみは確かに恐ろしいです。
でもかわいそうとも思った。「こういう女」の中にくくられて描かれてしまった感じで。
確かにこういう、いかにも家庭的でおとなしそうで男性の好意を全部持ってく女はいるかもしれないけど、三上が特別会いに行きたくなるほどの「いい女」という説得力にどうも欠けていると思ってしまった。描かれ方の雑さがどうも目立つというか。例えば三上だったら、泥酔したさとみを介抱してた同僚のトキちゃんにも「送って行こうか?」って声をかけ、「大丈夫、ありがと」→「また飲みに行こうぜ」ってそこまで描かれる。
そこが三上のモテるゆえんだろうなということがわかるほどに。
だからさとみの描かれ方は、女子が共感できない感じにわざと仕立てられてるんじゃないだろうかと…考えすぎかな。平成ドラマのリメイクって、やっぱりスマホやLINEをどう自然に取り入れるかということが注目されるんだろうけど、このドラマを見てると小物だけじゃなく、人のメンタリティーもあのころのまんまじゃ通用しないんだと思いました。
まず「トレンディードラマ」がもう成立しないと思う。
令和で恋愛を恋愛っぽく描くのに、シティーはもう逆効果のように思えた。
例えば東京タワーが望める巨大窓のオフィス、カンチとリカがゆうべのセックスの話をしても他人に聞こえないほとデカ広エレベーター。こういうオフィスに勤めてる人が今の若者のマジョリティ?んなわけないよね?と涙目になりそうになる。
カフェラウンジがあるオフィスでは誰も仕事してるように見えず、プレミアムフライデーを謳歌してそうなおしゃれ従業員。
カンチがリカに告白したのはゆりかもめ下の無機質な空間で、月島だか台場だかを全速力で手を繋ぎ駆け抜けるリカとカンチ。
令和の恋愛が本当にこんなだとしたら、恋愛できないという若い子が多いのは当然と思う。
そのくせカンチは「女を安心させるのが男の仕事」と言う。メンタルだけなぜ昭和!
でもたぶん、カンチが東京にも令和にもハマりきれてないから伊藤さんが抜擢されたんだろうな。
片寄涼太さんとかだったらもう知るかって気持ちになると思う。ツッコミどころ満載です。
あと最大の謎が、雨が降る中を歩くカンチが月を見上げてリカを思い出すところ。
この雨も月もドラマに欠かせないとしても、夜のにわか雨でも月が見えるなんてことあるだろうか…
なんかところどころカットされてるんじゃないかと思うくらいつながりが不思議なところがあるドラマ。
初対面のリカを三上が飲み会後に「リカ」と呼ぶとことか。
「三上はそういう男」という意味と思うけど、ちょっと強引な気がした。
あと、カンチのキモすぎる上司について誰かと語り合いたいです。ただ、このドラマがどこまでリアルかを知りたい。
大手広告代理店従業員だけがああいう恋愛や会食を楽しんでるとしたら・帰る場所がタワマンか高層階住人の特権がああいう恋愛や人間関係なのだとしたら、私が今の私であるのは当然なのだな。
カンチはリカに「あした何食べたい?」って聞くけど、今の恋愛シーンでも男性が女性の食べたいものを叶えてあげるスタイルなのだろうか。
リカは「あしたにならないと食べたいものなんてわかんない」と答える。
そう!普通はこうですよ。でもこれは、リカの「振り回し」カウント1なのかな。
ただ、石橋静河さんのようなリカとは友達になりたいと思った。
あの子だけは持ち物や環境で人を見ないだろうと感じる、そんな描かれ方でした。
たぶん、お気に入りのランチ場所が定食屋だからかな。
そんでガチャがどうやら趣味のよう?
大人っぽい色気を漂わす肉食リカは、次の瞬間、ガチャのゴム昆虫をカンチにぶつけて大笑いする。
無邪気と色気のギャップって、本当に今でも恋に落ちるポイントなのかな?比べるのはよくないとしても、平成版はやっぱり「会話」が恋に落ちる決め手だった気がする。
「空にすぐ虹かけて!」
それはできないけど・・魔法なら使える・・
「どんな…?」
ってドキドキするリカにカンチキス!
あんだよそれ〜って荒唐無稽さはあるんだけど、なんで成立したんだろうというのは謎です。
美しい海や夕日の思い出+肉体関係+振り回され感が恋のスパイスみたいなのって、本当かな〜って思いをどうも拭えなくて。
あと、なんだかんだ4人とも「美形」という設定になってるとことか、令和では通じないんじゃないかなと思った。
いちいちうるさくてすみません。
令和の恋愛ドラマ成立が難しいのは、平成の麗しき恋愛シーンのアップデートが難しいからじゃないかなと思った次第です。
あのころの恋愛はまぼろし。長い夢を見てた気分です(どんな締め方)三上の部屋から見える夜景。

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「さびしんぼう」「百円の恋」
「さびしんぼう」とはあの大林宣彦監督の尾道三部作の3作目です。
1985年。主役は尾美としのりさんですが、相手役が富田靖子さん。
この富田靖子さんが…!!
素敵すぎて言葉になりません。なんか泣けるらしいということは聞き知ってました。
そんでやっぱり終盤号泣してしまった。途中まであんなに涙と無縁っぽかったのに。
「さびしんぼう」というタイトルなのだから、少女の寂しさに泣けるのだろうなと思ってたら、なんと「お母さんの寂しさ」が迫る物語だった!この映画を薦めたい人
・富田靖子さんを堪能したい人
・尾道の風景に思い入れがある人
・大林監督の作品に触れたい人大林監督らしく、時空がちょっと不思議な物語。
だけど、どうしたらこんな物語を想像できるのでしょうねと。尾美としのりさん演じるヒロキが、趣味のカメラのファインダー越しにピアノを弾く富田靖子さん・百合子の横顔を眺める日々。
ある日、ピエロのような格好をしたオーバーオールの少女がヒロキの生活に入ってくる。「さびしんぼうだよ」と。
このさびしんぼうも富田靖子さん。一人二役で演じてます。ちょっと複雑なのが、このさびしんぼうが実は16歳の頃のヒロキの母。
42歳のヒロキ母は藤田弓子さんですが、この二人は同一なんだということや、いろんな不思議さも実にわかりやすく描かれてるのです。ヒロキ母は最近やけにヒステリックで、勉強しなさいとか、なぜだかショパンの「別れの曲」を練習しなさいよとか。
あるときはヒロキのいたずらで学校から呼び出しくらって、そのことを夫・小林稔侍さんにくどくど愚痴るけど、お寺の住職である夫は念仏を上げるだけで妻と向き合うことはほぼない。
「さびしんぼう」がこの家に現れてから、母のヒステリックがますます病的になり、「ノイローゼ」だなんて周りから言われたりも。あのころの42歳というのは、おそらくイライラしてたら今以上に更年期とか言われてた時代。たぶん。
大林監督はそこに光を当てたように勝手に感じてしまって泣けたのかかも。
16歳のあのころはお芝居に打ち込んでて、「さびしんぼう」という役で舞台に立ってた母。
そのころ大好きな人がいて、自分に別れの曲をピアノで弾いてくれた、とても成績の良い人。
名はヒロキ。
その恋はそれっきりで、ごく平凡なお見合い結婚をした母は、生まれた男の子に「ヒロキ」と同じ名前をつけた…。あとはただ、しわくちゃのおばあさんになるだけ
さびしんぼうのセリフが悲しかった。
お母さんにだって若い頃はやりたいことや表現したいことがあった。
それを全部ないものにして主婦として生きてきても、どこかで必ずあのころが噴き出す。
誰のどんな人生だって、しわくちゃ一直線ということはないはず。
きっと「さびしんぼう」がどこかで顔を覗かせて、人からいっとき「頭おかしい?」みたいに思われたとしても、何かに夢中だった自分がただむき出しになった、それは蓋をしちゃいけないんだな。浦辺粂子さんが祖母役で、縁側でひなたぼっこしたり一人かるたを楽しんだり晩酌でウトウトしたり、なんとも朗らか。
たとえしわくちゃだとしても、どこかでとてもいい感じに折り合いをつけた姿なんだと解釈した。尾美としのりさんがまたうまいですね。
弱冠20歳であのひょうひょうとした演技。
ピエロの富田靖子さんが、雨に濡れて黒い涙を流す。
「お前泣いてんのか?」
(U-NEXTより)大林監督って「黒」を効果的に使うんですよね。
ヒロキと百合子が初めて言葉を交わしたのも、百合子の自転車のチェーンが外れて、お互い手が真っ黒になったあの日。ここまで書いてさらに映画の感想は続きます。
「百円の恋」
武正晴監督、2014年。
安藤サクラさんがこの作品で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得しました。
体型の変化がすごい話題になりましたよね。
ものすごい大柄な体型から、最後、ボクシングのリングに立つ頃には締まった体型になってるという。これは安藤サクラさんがどれほどすごいのかというのを堪能できる作品と思います。
基本ずーっとひきこもりコミュ障の役で、体が締まっても「あ…はぁ…」という内気さは変わらない。
そして締まった新井浩文さんも相当かっこいいです。しかし新井さんというのはやっぱりクズ男の役が似合いますね。
この映画でもクズ度が増す一方。
というかほかにも無数のクズが出演する。
ボクシングジムのコーチだって、最初は入部してきた安藤サクラさん(一子)の面倒をよく見てたのに、一子が「試合に出たい」と言った途端、「なめんじゃねぇぞ」という突き放し。
あれショックだった。男ってなんなの!と。
一子の父親は優しげだけど、基本ぷらぷらしてるし優しげなクズ。
バイトの野間って男がとにかく最低で、一子を襲うクズの中のクズ。どこまで一子を痛めつけるのかと正直見ててつらくなる箇所はいくつもありました。最近の日本映画に言いたいのは、エロ・グロ・乳首の要素をやたら入れるのってどうなの?と。
これ、映画館で観なくてよかったと正直思いました。
エロはまだしも、グロがあると思わなかったんですよ。
でもちょっと嫌な予感はしてた。
というのは、安藤サクラさんがパンツを脱いで便器に座ってるところとかお尻のアップとか(パンツはいてる)、グイグイの描写が多いなと。基本グイグイの監督なのかもしれないとちょっと構えてたら、嘔吐シーンが出てきた。
私は嘔吐シーン本当にだめなんですよ…あれを入れる意味がわからない。
でもボクシング映画だし、「どついたるねん」でも赤井英和さんが減量で?吐いてたので、そういう予測をつけといてよかった。けどもそのシーンはボクシング関係なかった。
ただ狩野祐二(新井浩文さん)はクズでっせとお知らせの意味の嘔吐。
私がそれを苦手じゃなければよかったんだけど。でもこんな私ですら目元をガードできたので、ヤバっ!と構えるクッションはあります。なんでそれを入れてくるんだろうとね。
そのへん入れてこないとひよってるみたいになるのかな。
また乳首にも驚きました。安藤さん脱いでたんだ!と。
描写がグイグイ鋭いんですよ〜。

でもこの映画のベースに漂うのは底辺・弱者への寄り添い。
ここはもう徹底されてた。
コンビニの廃棄食材を盗みにくる人への一子の受容感。
社員は「ルールだから絶対あげないで」と一子にキツく注意する。
「正しい」と思ってたことの逆側からの視点が必ず意識されます。
監督は、聖も俗もごまかしたくない方なのかもしれません。
ここ山谷?って思うようなところに一子の働くコンビニはあり、私も山谷をうっかり通ったことがありますが、汚物を描かない方が不自然な世界というのがこの世には確実にある。
そこから私はあまりにも目をそらしてきたからこそ、こんなにも怯えるのです。(実際の舞台は周南市)思えば美しいものは一切出てこない。
でも、一子がコンビニの仕事を一生懸命覚えようとする姿からもう美しさがにじむんですよね。
髪ボサボサで間違えまくるのに。
その輝きに何人かの男は気づくのだけど、この映画のメッセージっぽく私が勝手に受け取ったのは、「みくびられてはだめだ」ということ。人はみくびられるとどんな目にあうかわかりません。
「なぁ、いいだろ?」なんて気やすく腕をとられるのも、モテというよりみくびられてるから。
祐二だって一子の女の部分を自分に都合いいように受け取って、そんで捨てた。一子もそれはわかってるからこそボクシングに打ち込んだ。
踏みにじられてばかりの人生。そもそもは妹からの攻撃的な非難。
最後、「勝ちたかった」と言って泣く安藤さんの前に立つ新井さんは、ただ立ってるだけなのに優しかったんですよね。
美しさとは本当は描かれるものじゃなく、滲んだり見出されたりするものなのかもしれません。それにしても男性のゲスさがなんともバリエーション豊かに描かれてましたね…。
絶対にみくびられてはなりません!!
あとニート・一子へのお母さんのなんだかんだ優しさもリアルでした。
次女に「甘いよね〜」と非難されてるとことかも。
きれいごと一切なしの世界にも美しさを見出したい人にお薦めの映画です。 -
あのころカップル
あのころカップル…
人の過去を思い出してうっとりするなんてトンデモなことでしょうけどね、「あのころ」って独特なんですよ。
昭和・平成初期のあのころ…いろいろ鮮やかで。
最近やけにこだわってます。今は不祥事でやたら記者会見をしますが、昔は失恋でわざわざ記者会見してましたね。
梨元勝さんがまた取材のエグさを緩めないんだこれが。
東海林のり子さんは今もお元気でいらっしゃるでしょうか…。なんかもうむき出しだった、芸能界。
その激しさと美しさは「良きもの」としてこびりついちゃってる。
そんなカップルを並列してみます(敬称略)
牡羊座
宮沢りえ(牡羊)貴花田関(獅子)
婚約発表時の金屏風前の2人はキラッキラしてて、「今も手を繋いでます」というりえちゃんのセリフは時を経ても赤面してきます。
2人の破局には驚きましたが、大人気者の2人が背負うものを思ったらつらくなりますね…。宮沢りえ(当時19歳)月:牡牛、水星:魚、金星:牡羊、火星:水瓶
貴花田(当時20歳)月:乙女、水星、獅子、金星:蟹、火星:獅子太陽トラインカップル。
金星同士のスクエアは普通であれば大した問題にならないはずですが、太陽や月などあれこれ調和しててもかなわないこともあるのですね。
貴乃花さんの金星が冥王星とスクエアでした。金星期はいろいろ極端なのかもです。牡牛座
IZAM(牡牛)吉川ひなの(射手)
写真の相手役はキムタクです。
このころの吉川ひなのさん、神がかったような可愛らしさ。
外国の子どもみたいなキュートさをもともと放つモデルさんさったので、電撃結婚は驚きでした。
(出展:pinterest.jp)吉川ひなの(当時20歳)月:山羊、水星:射手、金星:山羊、火星:乙女
IZAM(当時27歳)月:獅子か乙女、水星:牡羊、金星:双子、火星:双子太陽150度カップル。
出会った頃、IZAMさんのN太陽にはT土星が乗ってて婚期っぽい。
ひなのさんの金星にはT海王星が乗ってた。
ひなのさんはちゃんと奥さんをやりたかったのかも?と思いました。
IZAMさんは瞬間やムードを大事にするアーティストだったのかなって。双子座
薬師丸ひろ子(双子)玉置浩二(乙女)
玉置浩二さんが作曲したこの「胸の振子」が交際のきっかけのようでした。
薬師丸ひろ子(結婚当時27歳)月:牡牛か双子、水星:獅子、金星:蟹、火星:獅子
玉置浩二(結婚当時33歳)月:乙女、水星:乙女、金星:乙女、火星:牡牛太陽スクエアカップル。
芸能人でスクエアだと、どっちかが表舞台から下がるイメージ。
薬師丸さんが女優本格復帰されたのは、離婚後の「ミセス・シンデレラ」からのようで。(相手役・内野聖陽さん)
玉置さんは乙女座に冥王星もあって乙女座マジョリティー。
良いものを生み出すのに妥協しないアーティストっぽいです。
妻に秘書の役をとことん求めそう。薬師丸さんの金星火星を思うとザ・女優だなぁと。蟹座
明石家さんま・大竹しのぶ(蟹)

(写真:TBSチャンネルより)明石家さんま(結婚当時33歳)月:蠍、水星:双子、金星:双子、火星:蟹
大竹しのぶ(結婚当時31歳)月:魚、水星:獅子、金星:獅子、火星:獅子太陽コンジャンクションカップル。
破局された1992年にさんまさんのN月の上にT冥王星が乗ってました。さんまさんの獅子P太陽とはスクエア。
あとさんまさんの火星はN天王星と合、N海王星とスクエア。
しのぶさんの太陽はN海王星とスクエアということで、固い絆が構築されたとしても、華やかな世界は2人をほっとかないだろうなと思いました。
しのぶさんもまたザ・女優の星。さんまさんはコメディアントークの星をお持ち、に見える。獅子座
梅宮アンナ(獅子)羽賀研二(蟹)

写真集「アンナ愛の日記」梅宮アンナ(当時22歳)月:射手か山羊、水星:獅子、金星:蟹、火星:乙女
羽賀研二(当時33歳)月:天秤か蠍、水星:蟹、金星:双子、火星:乙女太陽隣同士カップル。
家族を巻き込んだカップリングでした。
星の近さを思うと、交際中の5年はなんだかんだ公認の家族みたいな関係だったんじゃないかなと。
アンナさんの太陽と火星が合なのですが、N海王星とスクエア…
お父さんと彼氏の壮大な攻防という感じがします。
なんと羽賀さんの太陽の上に梅宮辰夫さんの冥王星が乗ってました。
ヤフー検索で「誠意」と入力すると、いまだに「誠意大将軍」が出てくるのですね。
アンナ愛の日記も検索したらちょっと欲しくなってきました。篠山紀信さんすごいです。乙女座
玉置浩二(乙女)石原真理子(水瓶)
美しい女優さんです。石原さん。
玉置さんとの破局会見で、涙こらえきれずにくるっとリポーターに背を向け、そしてまた前を向きロングヘアをかき上げたシーン、あれは私にとって世紀の恋愛記者会見です。
私は10歳でしたが、石原さんというお姉さんに憧れの念を抱いたものです。
しかもお相手があの安全地帯・玉置さんとは…。
(女優石原真理子)玉置浩二(当時27歳)月:乙女、水星:乙女、金星:乙女、火星:牡牛、木星:蠍
石原真理子(当時21歳)月:天秤か蠍、水星:山羊、金星:魚、火星:水瓶、木星:牡羊太陽150度カップル。
玉置さんの金星は冥王星と合、木星海王星ドラゴンヘッドとセクスタイルなので、女性運が豊かな感じです。
石原さんの火星は海王星とスクエア。豊かな恋愛遍歴を著書で明かされました。
お二人は2009年復縁して結婚直前までいきましたね。あのニュースには驚きました。天秤座
真田広之(天秤)葉月里緒奈(蟹)
葉月さんは生意気という印象が強かったですが、この記者会見を見るとサバサバとしたフェアさ、何より美しさに好感を持ちます。
生年月日が近いので星が自分とほぼ同じなのです。
だから真田さんとの恋愛はなんか生々しい(きゃー)葉月里緒奈(当時20歳)月:獅子、水星:双子、金星:乙女、火星:牡牛
真田広之(当時35歳)月:蟹、水星:蠍、金星:蠍、火星:蟹太陽スクエアカップル。
1995年当時、葉月さんのN火星にはドラゴンテイルが、真田さんのN水星金星にはドラゴンヘッドが接してます。
「写楽」という映画の共演が縁ということでした。
記者会見で魔性魔性言われてますが、この星で魔性のわけないんですよ。
海王星利いてるわけでもないし。記者とかTV局の切り取りがゲスいです。
真田さんに潜むたっぷりの情が、葉月さんの太陽・火星との共鳴に期待をかけたんじゃないのか、どこまでわかりあえるだろうかと(もしかしてどこまでも?と)
どんな濃い情も受け止めつつカラッとさばいてくれそうな葉月さん…と思ってる真田さん…(個人的希望と妄想込み)
ちなみにイチローの星…太陽:天秤、月:乙女、水星:蠍、金星:射手、火星:牡牛
葉月さんとしてはイチローさんくらいのライトさが心地よかった…りしてね。
こればかりはわかりませんが、蠍や水的な情を受け止めるのは、星的にその素質ある人じゃないとなかなか難しいように思います。(太陽だけじゃ難しそう)蠍座
大澄賢也(蠍)小柳ルミ子(蟹)
当時、男性が下の年の差婚が珍しく、また別れるときにルミ子さんが賢也さんに突きつけたものすごい二者択一が話題になりました。
・慰謝料を1億円払うこと
・以前の無名のバックダンサーに戻ること。
どっちを選んだかは覚えてません。この選択肢は無効になったのかもです。大澄賢也(結婚当時24歳)月:蠍、水星:蠍、金星:射手、火星:射手
小柳ルミ子(結婚当時37歳)月:天秤か蠍、水星:獅子、金星:蟹、火星:蠍太陽トラインカップル。
この2人は蠍座が強いです。そんな2人が別れるとなったらば、やはり究極の選択が迫られるのでしょうね。
壮絶な別れがたさが感じられます。
ルミ子さんの星はドラマチックですね。賢也さんはダンサーという感じです。射手座
小室哲哉(射手)華原朋美(獅子)
「I'm Proud」で「いちご」と幸せそうに歌う朋ちゃんに自分を重ねた女はどれくらいいたでしょう。
後ろでは彼氏が鍵盤叩いてる。こんなことあっていいのか!?華原朋美(当時21歳)月:獅子、水星:獅子、金星:獅子、火星:乙女
小室哲哉(当時37歳)月:双子、水星:射手、金星:射手、火星:牡牛太陽トラインカップル。
朋ちゃんがまたザ・アイドルという華やかな星並びで。
それを小室さんの双子と射手部分で、ヘイ!ヘイ!とあおるんでしょうね。
小室さんの金星はN冥王星とスクエア。
女性運と金銭運と仕事運が極端なお方なのです。山羊座
SAM(山羊)安室奈美恵(乙女)
こんな昔のことをすみません…と、連ねた方々には思いますが、芸能人のキラキラしたところっていつまでもこちらのパワーになりますからねっ(なんて…)
「丸山奈美恵になろうかなって言いました」って言う安室ちゃんがほんっとキラキラしてます。安室奈美恵(当時20歳)月:射手か山羊、水星:乙女、金星:獅子、火星:蟹
SAM(当時35歳)月:牡羊、水星:水瓶、金星:山羊、火星:山羊太陽トラインカップル。
トラインカップルって結婚発表が華やかだしオープンな印象です。
SAMさんはいかにも大人って感じだけど「実はやんちゃ」なとこもありそうでこれはモテそうですね。火星は山羊だし。
安室さんは一見完璧そうだけど、実は甘えん坊なんじゃないかしら。
150度とオポジションも目立つ感じで、「違い」が楽しい・楽しめるかというお二人だったのでしょうか・どうでしょうね。水瓶座
小泉今日子(水瓶)永瀬正敏(蟹)
あのころ雑誌の対談がきっかけで交際・結婚というカップルが多かった気がします。
伝説的な2人!!
小泉今日子(結婚当時29歳)月:蟹か獅子、水星:水瓶、金星:水瓶、火星:魚
永瀬正敏(結婚当時29歳)月:双子、水星:獅子、金星:双子、火星:蟹太陽150度カップル
並べてみてもバランスが良くておしゃれ〜な感じが漂います。150度ってなんかアーティスト風なんですよねぇ。話もずっと弾みそう。
このお二人はサタリタ時の結婚。特にキョンキョンはP太陽とT土星も合でした。
結婚してすぐに、確か2人は写真展を開き、それは永瀬さんが撮ったキョンキョンとか2人の生活。
お風呂に入ってるキョンキョンのポラロイドが今でも脳内に浮かびます。
しかもポラロイドなんですよ!
離婚後、「毎日かあさん」で夫婦役として共演するなんて、「やすらぎの郷」の石坂・浅丘元夫妻より先を行ってた感じですね。魚座
松田聖子(魚)郷ひろみ(天秤)
最後はどうしても聖子ちゃんで締めたくなります。
だって別れの記者会見で「生まれ変わったら一緒になろうねって(ひろみさんが…)」って泣く聖子ちゃんが幼心に強烈だったもんだから。松田聖子(当時23歳)月:牡牛、水星:水瓶、金星:魚、火星:水瓶
郷ひろみ(当時30歳)月:蠍、水星:天秤、金星:蠍、火星:天秤太陽150度カップル。
150度は伝説的でもあります。
ひろみさんがすごいのは、火星天秤と金星蠍があまり品位良くない配置なのに、今でも完璧スタイルってとこですよね。
見ればパーソナル天体は天秤と蠍しかありません。太陽は海王星と合。
アイドルの聖子ちゃんよりもずっと「美」とか「像」にかなりストイックだったのかもしれません。
牡牛と水瓶を持つ聖子さんも、いずれは美や像の完璧さを求めていくはずなのですが、金星期はラブっ子だったのかな…。
「あのころ」って華やかだったなぁ。
人柄が出ちゃうっていうのはいいことと思うんですよ。
今は抑えられてますからね。感情とかも。
優等生感ばかり見てたっておもしろくないというか。
聖子ちゃんとか石原真理子さんの感情あふれたところ、10歳くらいの私が目にして今思い出しても感動するのだから、もっとむちゃくちゃ恋愛してほしい。
そして真似したい!人恋しい!と思わせてほしい。人と人が並んだとき(星を並べてみたとき)なんとなく浮き上がるものを書いてみましたが、別れた2人だと知ってるからそれっぽく読めるだけかもしれません。
永遠とかを保証された相性ってないと思うんですよね。
親子とかだと「わ、縁だ」みたいのが感じられることはあります。
もしかしたら夫婦やカップルでも、読み方次第で「わわ!」というポイントがあるかもしれませんね。 -
モテ友の記憶
「モテ」の記事が相変わらず読まれてます。
自分のモテの潜在性というのはいくつになっても気になるものですよね。容姿はやっぱり大きな要素でしょうね。
「しゃべってみたい!」と多くの人に思わせる。
男女とも。恋愛・友情問わず。
しゃべって爪痕を残したいと思うんでしょうか。
自分だけの恋人・親友になってほしいと。あと「はぐらかし」もモテますね。
「えー?わかんなーい」っていうのをわかってるくせにやるという。
なぜこんなのがモテるんでしょう。
「しょうがねーな」って思わせた者勝ちなんですかね。
でもモテと結婚はまた違うという。
「はぐらかし続けて30年」という独身女性が周りに最低2人はいます。モテるには、完璧清楚系かヤンキー系を目指すのが手っ取り早い気も。
でもそれができないから悩むのか。
私の知り合いでモテてた人を思い返してみました。牡羊モテ友
モテのゆえん:「一緒にいると元気になれる」と言われる。少年的ケタケタ笑い上戸。はぐらかしなし。
どんな人にモテるか:いつも深刻げな色男。牡牛モテ友
モテのゆえん:生活感と色気のハイブリッド。適当なとこじゃ笑わないけどツボで笑い上戸。はぐらかしあり。
どんな人にモテるか:「いかにも」な女性らしさが好きな上昇志向男。双子モテ友
モテのゆえん:小回り感のキュートさ・ノリが良い。酔うと笑い上戸。はぐらかしあり。
どんな人にモテるか:おしゃれと最先端に敏感なイマドキ男。蟹モテ友
モテのゆえん:「どうしよ…できない」のあとの「できるようになりました!」の仕事頑張り度。涙潤ませる笑い上戸。はぐらかしあり。
どんな人にモテるか:仕事が上向いてきた若手サラリーマン。獅子モテ友
モテのゆえん:ツッコミのうまさと天然のボケ味。爆発的笑い上戸。はぐらかしなし。
どんな人にモテるか:普段スベりを意識するような内気タイプ。乙女モテ友
モテのゆえん:セント・フォース系スタイルと甲斐甲斐しさ。作り笑い上戸。はぐらかしあり。
どんな人にモテるか:自信満々オラオラ系。天秤モテ友
モテのゆえん:全方向に優しい(自分にも他人にも)、気遣いの笑い上戸。はぐらかしあり。
どんな人にモテるか:失恋したばかりの男。挫折しかけてる男。蠍モテ女
モテのゆえん:「バカ!」と本音で叱った後の笑い上戸。自立した精神性からの色気。はぐらかし少しあり。
どんな人にモテるか:自立系やアダルティーが好きな年上男性。射手モテ女
モテのゆえん:古風さと積極性のハイブリッド。いい男の三枚目なとこで笑い上戸。はぐらかしなし。
どんな人にモテるか:一度の拒否じゃめげないメンタル強い男。山羊モテ女
モテのゆえん:いまどき珍しいほどの箱入り感。笑い上戸ではないところ(笑わせたくなる)、はぐらかしあり。
どんな人にモテるか:高山植物を狙いにいくような体育会系。水瓶モテ女
モテのゆえん:はぐらかしも笑い上戸もないところ。媚びもしない知性と唯一無二の色気。
どんな人にモテるか:違いのわかる男。頭脳系。魚モテ女
モテのゆえん:自立心と甘えのハイブリッド(媚びるわけでもない)、一生笑わせてと懇願レベルの笑い上戸。はぐらかしなし。
どんな人にモテるか:とにかく笑わせたいんだという陽気な男。「はぐらかし」の有無は私の知り合い統計です。笑い上戸度合いも。
やっぱり「相手の言うことなんでも笑う人」というのはモテますね。
結婚にダイレクトにつながるパワーもある。
ただ幸せなのって笑い上戸でいられた期間だけじゃないかなと。
結婚後、妻が全然笑わなくなったという声をよく聞いたりもします。
たぶん、自分が笑ってれば平和なのはわかるけど…という、「けど」のところに気づいちゃったんでしょうね。だから結局(偉そう)、朗らかに笑ったりわかんないふりしたり、ふにゃっとふわっと・そういう女性でいられれば男性にとって安泰ではあるんでしょうけども、そうはいかないわけで。
結婚につながるようなモテテクを得たいならば、セント・フォース系とかアパレル系のセンスと従順さを徹底的に身にまといましょうと、それは少し前の時代ならば進んでそうできたとしても、今、そのずいぶん手前で引き裂かれそうになる女性が大多数のはずで。蠍と水瓶は早々に偽りのテクを捨ててるイメージです。
本物が得られないなら1人でもいいという孤独耐性もある両者。
そうであるからこそ深い絆が結ばれそうなものですが、もちろんそうでもなく苦しむ蠍・水瓶もいる。モテる女性もそれなりに苦悩があるのです。
私は大学時代に一般企業でバイトしてましたが、バイト仲間の友達(蟹)は社員3人に結婚前提の交際を申し込まれて、しかも断ったところで顔を合わせるのもつらそう。
「スキー行こうよ。ウェアも全部買ってあげるから」と、なんとも思わない人にしつこく誘われてたり、丁重なお断りをどうすればいいかの苦悩がにじんでましたかね。
そんな彼女は就職してすぐ結婚。
結婚後もモテるので、夫からのきつい束縛を受け続けてるという愚痴を聞くと、「モテなくてよかった…」と負け惜しみじゃなく思ったりしますよ…。大学時代の3年間、早稲田の人と交際していた超美人は(双子)、あるときいきなり失恋。
「なぜ私がフられるのか…」とその茫然自失状態は見てて痛々しかったです。
が、その子は数ヶ月後に自分のアパート前でナンパされた人と交際することに。
ハッピーなんだか恐怖なんだかよくわからない話ですが、その後彼女があんまり大学に来なくなり、卒業写真がまさかのワイプという展開はちょっと怖かったです。(事件とかないと思うけど)そんなにモテたいかね…と今でこそ思うものの、モテは自己肯定につながりますよね。
けど、失恋直後の非モテ度は吐きそうなほどでした。「ちやほやされてる」というのは幸福に近いけれども。
モテは危険と隣り合わせという、年取るごとに負の面ばっかり目につくようにもなりました。
1人の人とじっくり向き合いたいものです。
それが男でも女でも幸福度はそう変わらないように思えてきました。 -
最近見た映画2020年5月
最近見た映画
・わたしは、ダニエル・ブレイク
・ゲゲゲの女房
・の・ようなものダニエル・ブレイクはイギリスの映画。
イギリスの貧困問題のことなど全く知りませんでした。
役所の対応や制度は、日本よりもっとタチが悪いかもと思った。
「私はダニエル・ブレイク。犬ではない」
こんなメッセージは誰に届くだろうという絶望感がありました。
「おかしいじゃないか」ということがどうしてこんなに届かずに。
この社会の中でどんな生き方を目指しますか?という問いが突きつけられるような映画。「ゲゲゲの女房は」、朝ドラ版と全く違います。
宮藤官九郎さんが水木しげる役で、奥さんは吹石一恵さん。
この映画がまた最初から最後まで貧困でした。
吹石さんの大きな目が、ずっと夫への怒りをたたえてる。
でも吹石さんってその緊張感がほわっと解けたときがすごく美しい。
水木しげるさんといえば国民的漫画家ですが、この映画はその手前で終わらせてます。
ということは成功譚にしたくなかったということ。たぶん。
すごい珍しい邦画、素敵な映画でした。「の・ようなもの」は、森田芳光監督の第1作目です。
落語と風俗の話。
秋吉久美子さん演じる風俗嬢が魅力的だった…。
伊藤克信さん演じる二ツ目の落語家が秋吉さんとも女子高生とも交際をする。
女子高生とのデートのあと、旅館の前で「変なことしないから(入ろう)」とのお誘いシーンではドキッとしましたが、「だめよ、帰りましょ」と叱られてすんなり旅館をあとにしました(ほっとした)この映画はいろんな人が出てくるけど誰かを突出させることもなければ誰かを下げることもない。
3本ともそんな優しさが根底にある映画でした。
みんな見事に並列されてて、それが泣けるほどあったかかった。
ありふれた近しい人との会話がなぜこんなに胸を打つのかと。たまたまそういう映画ばかりでした。成功とかキラキラとか、そんなんじゃないありふれた世界が描かれた文化、それがもっと誰もが触れやすいところにあればいいなと思った。
地上波で劇団の舞台を時々放送するとか、貧困とか平等性の問題が描かれた映画をもっと放送するとか。
あと映画の紹介番組が今全然ないかも?(新作の宣伝じゃないやつ)
8年前くらいの、バナナマンの設楽さんの「シネ通」って番組見てた時は映画との距離が近づいたように思ったのに、なぜあれはなくなったんだろう。
この時代にただ生きているという描写の中に、社会的なリアルのメッセージが込められている作品をもっと。。
キラキラと同じ分だけの闇が必ずある。それが普通だし、それでいいんだと、大人がもっと攻撃を中和する表現をしなきゃなんないかもしれない。
暗さや底辺、疎外の物語は確実に多くの人の救いになるんですよ。
はっきりしたものだけが何かに効果的なわけじゃなく、なんかわからないけど救われる・矛を収めたくなるような表現や寛容さ。「きのう何食べた?」や「透明なゆりかご」はそんなドラマだったとまた思い返されちゃた。秋吉さんの高級猫のようなパーマがとっても魅力的で…!
伊藤克信さん演じる志ん魚(しんとと)に「今度電話してね」って。
なんかもう愛おしい映画でした。

(「の・ようなもの」のU-NEXTトップページより)
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あのころ邦画並列
私はそんなに多く映画を見てないほうです。
特に洋画が全然です。
スター・ウォーズも初期の1、2本見てそれっきり、レイダースもまともに見てない。
タイタニックもオーシャンズ11も見てないのです。古いのはBSで見るようにしてます。
ヘップバーンのとか、あとゴッド・ファーザーの1、2は何度も見ちゃいます。
バック・トゥ・ザ・フューチャーとE.T.のおもしろさはなかなか塗り替えられないですね。
寅さんはほとんど見ました。映画歴がごく少ないですが、「あのころ」邦画映画編ということで並列してみます。
ただ内容は覚えてないものが多いです。
これまた12星座別。(敬称略)牡羊座(いしだあゆみ)
「時計」(1986年)監督・倉本聰
眠ってる・・・あいだにぃ〜という曲が今でも鮮やかに思い出されます。
歌ってるのさだまさしさんと思ってたら、金子由香利さんという女性でした。
いしだあゆみさんと中嶋朋子さん母娘のフィギュアスケート物語でしたね。
いしださんと誰か男性が寝転んで抱き合ってるシーンが焼き付いてます。
あんな大人でも恋をするのかと幼い頃思ってました。
牡牛座(風間杜夫)
「蒲田行進曲」(1982年)監督・深作欣二、脚本・つかこうへい

これはもう何度見たことでしょう。ドラマチックごころがくすぐられます。
松坂慶子さんが最後、「怖くて目を開けられない…」と目をつぶって泣くシーンでは、「目をつぶっても涙が出るんだ」と思ってた幼い頃でした。
双子座(薬師丸ひろ子)
「探偵物語」(1983年)監督・根岸吉太郎、脚本・鎌田敏夫、著作・赤川次郎
薬師丸さんの「探偵さん…」というつぶやきは、今思えば「チャン・リン・シャン…」に引き継がれてる気がします。薬師丸さんの丸いボブが可愛いのなんのって…。
松田優作さんと薬師丸さんの身長差キスに釘付けだった幼い頃でした。
蟹座(緒形拳)
「火宅の人」(1986年)監督・深作欣二、著作・檀一雄

これは大学生になってから見ました。
檀一雄の小説を読んで映画も見たくなったのです。
愛人役の原田美枝子さんとのベッドシーン見て緒形拳さんエロすぎだなと思った。
妻役はいしだあゆみさん。ちょっとおかしくなっちゃう妻でした。
獅子座(三上博史)
「私をスキーに連れてって」(1987年)監督・馬場康夫、脚本・一色伸幸
これもちゃんと見たのは大人になってから。
これは本当によくできた恋愛ドラマです。
こんなに脚本・ストーリーがちゃんとしつつ時代性のある恋愛映画って、今ないんじゃないのかな。
バブルのさなかでありながら、あんまりバブルっぽくない知世ちゃんと不器用な三上博史のすれ違い恋愛ストーリー。ユーミンと知世ちゃんの相性も本当ばっちりなのです。
乙女座(松田優作)
「家族ゲーム」(1983年)監督・森田芳光
森田芳光監督の名作。
この間、ラジオで宮藤官九郎さんと伊勢志摩さんがこの映画を話題に出したので、久々に見たくなりました。
由紀さおりさんは映画出演これだけだそうです。夫役は伊丹十三さん。
息子役は宮川一朗太さん。
天秤座(真田広之)「里見八犬伝」(1983年)監督・深作欣二、脚本・鎌田敏夫

これは去年ちゃんと見ました。
薬師丸ひろ子さんと真田さんは、最初子どもみたいにいじわるしたりじゃれ合ったりするのですが、そのうち激しく思い合うようになり、合体シーンがなかなか不思議でした。
別れのシーンが切なかった。でも最後、共に歩むんだっけ…忘れてしまうものです…。
蠍座(池脇千鶴)「ジョゼと虎と魚たち」(2003年)監督・犬童一心、脚本・渡辺あや、著作・田辺聖子
この映画は、なんたってくるりの曲にその世界観がぎゅっと閉じ込められて切ないです。
上野樹里さんが大胆な演技されてましたね。
射手座(安田成美)
「そろばんずく」(1986年)監督・森田芳光
とんねるずと安田成美さんの映画。
これがきっかけでノリさんと結婚した安田さんでしたね。
何が何だかちっともわからない映画でしたが、映画の中でもノリさんと安田さんがいい感じに。
あのころ安田成美フィーバーだった記憶です。
山羊座(深津絵里)「(ハル)」(1996年)監督・森田芳光

パソコン通信での恋物語でした。
相手役は内野聖陽さん。あのころ内野さんフィーバーでもあったかな。「ふたりっ子」と同じ頃で。
仕事でくたくたな日々でも、パソコン通信のつながり合いが癒やし…そんな物語でしたっけ。
「会おう」ということになってどうだったかあんまり覚えてません。
水瓶座(高倉健)「野性の証明」(1978年)監督・佐藤純彌、脚本・高田宏治、著作・森村誠一

薬師丸ひろ子さん大活躍。このころ14歳です。
これは大人になってから見ました。
最初は田舎での殺人事件からスケールがどんどん大きくなっていって、トロッコに乗ったり、自衛隊の特殊部隊が出てきたりして、なんか壮大な感動と悲しさが残る映画でした
いきなり首が飛ぶシーンがちょっとトラウマです。
魚座(松田聖子)「夏服のイヴ」(1984年)監督・西村潔、脚本・ジェームス三木
この映画、誰か覚えてる人いるかな…。
大体この曲を知ってる人が少ないです。
私も映画の内容は全く覚えてませんが、羽賀研二と聖子ちゃんが抱き合ってたようなイメージが脳内にこびりついてます。(抱き合ってないかも)
どれもちゃんと覚えてるわけではないのに、ワンシーンがふいに立ちのぼってくる映画です。
最近は星座ごとに並べるだけで、星ならではの記事書いてないですがね、もうどうでもいい感じでもあります。
ただ並べたり思い出すのに便利に使っているという。何か思い出したら差し替えたり追加したりします。
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モテキ#2
モテキ第2話も伝説的な回です。
中柴いつかを演じた満島ひかりは今見ても相当輝いていたわけで。

2話は亡霊的な藤本幸世。

満島ひかりさんをよく知らなかったあのころ。だけど間もなく訪れる2年前の出会い回想シーンでいきなり爆発的な演技を見せる。
「バァーカっっっ!!」って言ってる。

モテキ第2話はいろんな意味でヤバいです。
コンプライアンス的にも今どうだろうという感じ。
エロさもいろんな意味で伝説回。
モテキの第1話と2話は異様な輝きを放ってました。
2話のタイトルは「深夜高速 〜上に乗るか 下に寝るか〜」
いつかちゃんが崇拝する岩井俊二監督の映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」がベースになっていて、処女なのか童貞なのか?という問いもテーマとも言えます。
それがひどい。
上の二人はそのあたりで罵り合ってます。
しかし大根監督というのは女子をエロく撮りますね。

女子がどんなであっても魅力的に切り取る。
↓映画のワンシーンをひとりで再現する女子。
ドン引きの幸世。

この幸世という男。
一見さらっとしてて、モテそうに見えるのに。
でもやっぱこういうとこですよね、なんか…。

BGMは柴田恭兵「ランニング・ショット」


虫みたいに近づく指からさっと身をかわしたいつかちゃん、ナイス!
なんでこんなことを幸世がしてくるか。
そのあたりの嫌悪感を、いつかちゃんはこの時から抱いていたのかな。
自分にただ純粋に向かってくる好意じゃないことに気づいていた(たぶん)でも女は「終電なくなっちゃったから泊まるしかない」という状況を楽しめたりする。
ここから男女のマウンティングが始まってたとも言えるかも。
それぞれ湯船で「どうしよっか…」と。

幸世が偉かったのは、「もしかして別々に寝る気?」っていつかちゃんをちょっと攻めたとこ。
布団を開く。このシーン!!

ここから伝説的な濃厚シーンが始まるんですよ…。

しかしブチ切れたいつかちゃん。
「ん…?なんでだ??」の幸世。
何もかも未遂のまま深夜バスで帰ることに。

お互いがお互いを未経験者と思って臨んだあれが、「上に乗るか?下で寝るか?」の主導権争いになってしまう。
「俺を見上げさせてやるゼ!」という幸世の心の叫びがまんまと伝わった。
「ってかフジくんさぁ…!」
男が女を見くびると大抵うまくいかないし、なのに被害者ぶるのも男であって。
だからそういうとこがクズなんだと思う。幸世という男のクズさ。
早々に気づいてた感じのいつかちゃん。
いつかちゃんがなぜ千葉のこんなとこまで幸世を付き合わせたのか。
その本当のところはよくわからないけど、こういうことって割とあるのかも。
恋とかじゃないけど、非常事態なら同じ布団に入れる男を誘いたくなるとき。
そんでたぶん断らなさそうな人。←女もここで男をみくびってるのかも。
幸世はそこに敏感だった。
「なんで俺?」っていうところの確かさを求める男。
男だけじゃないか、女だって自分を特別だと思いたいですね。このモテキというドラマはだんだんモヤモヤしてくるのですが、たぶんずっと同じとこで止まってるから。
「好き」というストレートさにどうも欠けるというか、「イケてるかどうか?」ってとこが幸世の「好き」の基準な気がして。
「そっちがそうなら乗ってもいいけどべつに…」という誰も彼もの態度に腹立ってくるんですよね。
感情省エネのくせにあわよくばエロい経験に乗っかろうとする。
あんなにキモいオム先生と土井亜紀がくっついたのは、「好きだ!」というストレートさがオム先生にあったからだと思う。
3話で幸世は「人生で一番好きになった」と小宮山夏樹に思いを伝えるけど、「幸世くんっていつもあたし待ちだったじゃん」って言われる。
「好き」ってなんだ?ってことがつくづくわからなくなるドラマでもあります。
でもたぶん、幸世のそれは人の心を動かす好きじゃなかった。
熱いキスはできても、全身で好きと思ったり思われたりって、どうしたらいいんでしたっけね。
この2話は最低最悪の終わり方でした。
お互いに初体験を「実はドブに捨てた」と告白する。
そしてお互いに「あなたが初めての人ならよかった」と思う。
結びつくまであと少しに思えるのに、余計なプライドや計算が邪魔しまくり。
それが「こじらせ」ってやつなんですかね。
第3話で登場する小宮山夏樹。
肩出したこんな服着る女。背中もぱっくり空いてます。
新井浩文さん演じる島田のゲスさがまた嫌悪感のくせに何度も見たくなる。
満島ひかりさんの伝説回がまたあるんですよね。神聖かまってちゃん号泣歌い上げシーン。
あのときのいつかちゃんと幸世はすっかり同志で、関係性もフラットのすがすがしさがあった。確か。
そこからの二人は信頼感がにじんでて、確かな関係築くには年月とか本音の濃さが必須なのかも。
これからまたちょっとずつ堪能します。 -
10年後のモテキ#1
「モテキ」は当時夢中で見てたドラマ。
このたびU-NEXTで第1話を見てみました。
2010年の放送。あれから10年も経ってたんですね!モテキ前とモテキ後の私は確実に違うのです。
そんでリアルタイムに「モテキ」を見てた頃というのは「モテキ前」なわけで、あのころ森山未來さんと藤本幸世を完全同一視してた。
心から「冴えねぇ…」とか思ってましたよ。
10年後に見ても森山さんはやっぱり幸世で。
役者としてのあらゆるオーラを消している。
というか…幸世というオーラのみをビシバシ発してるというか…!!満島ひかりも岡村ちゃんの曲も大根監督のことだって何も知らなかったですよ、あのころ。
森山未來さんの語りから始まるオープニングにも、あのころと全く違う感慨がこみ上げる。今見ても、「モテキ」第1話というのはドラマ史に残る伝説的な回と思う。
10年前の私は音楽に半ば失望してて、またテレ東に希望を見出すなんてのはモテキ以降。
そんな私を大きく揺さぶるドラマ・第1話でした。過去の音楽に光が当たることの嬉しさ!
それらを思い出したのでまた感想文書きます。
なんたって土井亜紀と近づくきっかけが、幸世が着てたTOKYO No. 1 SOUL SETのTシャツなんですから。
派遣の同僚、土井亜紀からの「えっ、そのTシャツってぇ…」からの「えっ、今週のフェス行きますぅ?」
そんで土井亜紀とフェス。土井亜紀と水遊び。土井亜紀と手つなぎ。
彼女いたことのない幸世が1話でグググっとここまできましたよ。
幸世だってこの展開にエロく明るい未来予想。
過去の自分に「希望を持て」と伝えに行ったりする。ボロいタイムマシンで。だけど彼氏がいた土井亜紀(そりゃそうだよね)
喧嘩してただけだと。
あの大江千里挿入は10年前も・今でもやっぱり興奮します。フェスの存在とか、フェスにああいうファッションで行くのが若者ルックであることとかも、このドラマで知りました。
確かにこのドラマ後にフェスブームが一層の盛り上がりを見せた記憶。
アウトドアおしゃれ軍団が街に増殖。
そして1年後、土井亜紀からのまさかのお誘い。
また土井亜紀のルームウェアがエロいんだこれが。
でもあのころ、土井亜紀をそう遠くには見てなかったのです。
今こそこの要素は1ミリもないと言えますが、あのころは数%自分の中にも土井亜紀がいるんじゃないか・何かのきっかけで(それこそメンズとのフェスとか)亜紀的なものが発動するんじゃないかと思ってた。メンズとのフェス機会はありませんでした。
10年後の私は土井亜紀のいちいちにイラつくようになってた。
「えっ、最近はどうっすか?」と幸世に彼女の有無を探る土井亜紀。
このいちいち「えっ…」ってつける女子は私の周りにもいるのですが、決まってふにゃふにゃしゃべる。
「えっ、ふじもろくんはぁ…?」「えっ、今、らにしねんのぉ?」みたいに。
なのに核心部分で「どうっすか?」とおっさん装ってくる。
この、なんつーか、この…(ぞわぞわ)
「ふじもろくんのせいで彼氏と別れた(ぷんっ)」みたいに言われた幸世は、今日こそ行ける!と思ったんでしょうね。
フェスでのリベンジ、土井亜紀の手を取って「前に行こう!」そのときの土井亜紀の顔がまた嬉しそうっていうのとはちょっと違う。
「こういう展開めちゃ好物」っていう、「好物」というワードが似合う女ですわ。
結局、調子乗った幸世が転倒して大流血。
エロい展開を期待していた土井亜紀の思惑は外れ、帰るしかない夜。「絶対好きにさせてやる(ぷんっ)!!」
簡単に落とせると思ったらそうならなかった悔しさから出た言葉でしょうか。
それは幸世のテクでもなんでもなくヘタレすぎて、わかりやすい恋愛道すら歩めないからなんだけども。
野波麻帆さんうまいんですよ。
でもあのころまだ、こんな恋愛巧者ぶったって許された時代だったような。
震災前ですしね(関係ないか?)幸世がぐったりして家に着くと、第1話のエンディングが流れ始める。
そして幸世にまた着信。
今度いつかちゃんですよ!
第2話もまた伝説的!!
女・女した土井亜紀の次が、ちょい不思議ちゃんのマニアック女子を当ててくるとは。でも土井亜紀よりもっと怖いのが小宮山夏樹でしたっけね。
役名がまた絶妙で。
あんな女子・女子してんのにボーイ
ッシュな名前。10年前はいつかちゃんに自分を投影してました。
「女」を出さないようにしてるとことか。
男とどうやって盛り上がるかといえば、際どいトークじゃなくてカルチャーの話。
とにかくまっすぐで自然体(しかできない)私の輝きを誰か…!!という願いを託してたんだっけかな。
それに10年前は、女たちばっかり見つめてましたかね。
同性としてメラメラきてた。
10年後の今年は森山未來さんをもっと堪能しようと思います。
(新井浩文さんが出てからまたおもしろくなるんだった)モテキ前は確かフジファブリックも知らなかったので、今オープニングを見るとグッときますね。
志村の声が幸世の情けなさとこんなにマッチするとは…(泣)



