-
頑張りすぎを照らす星
ブラックフライデーとユニクロ感謝祭とエポスカード10%オフの日が重なって、今やたらと焦ってる。
このタイミングでとにかくスニーカーを買いたいと、各所のABCマートをめぐっては試し履きし、ネット検索したらうんと安くなってるものもあれば、ネットの方が高額だったりと比較で頭も混乱気味。
前だったら、「店頭で試着」というプレッシャーに負けて、イマイチな履き心地でも購入を決めていた。
でも今回、「絶対疲れたくない」という信念を強く持った。
とはいえ何万もするのは買いたくないので、お手頃範囲だけど。
心でほとんど「購入」と決めていた靴を即買いすることは避け、「一晩考える」ということをやってみたらば、その一晩ですっかり気持ちが変わってたりする。
眠ってる間に潜在意識内の不快さが立ち上るのだろうか。
そしてまたABCマートへ赴く、その繰り返しの末に心がやっとOKサインを出したような靴を買えました。
そしたら今度は「パジャマを新しくしたい」と強く思った。
最近、着なくなったオーバーサイズのスウェットをパジャマ用におろして、寝にくいわけじゃないのに不快でしょうがない。
オーバーサイズって、「大は小を兼ねる」という言葉のせいで気持ちが置き去りにされる気がする。
「窮屈じゃなければいい」と思ってたのに、「合わないものは絶対嫌だ」と急に思った。
→ エポスカードで無印のパジャマを購入。
そしたら今度は部屋着がおそろしくみすぼらしいことに気づき・・
という具合に刷新の季節らしい、今の自分。
この心の動きのきっかけとなったのには2つのことがある気がする。
・職場に休職の相談をした
・吉本ばななの本を読んだ
最近、出勤・退勤の前後にめまいがひどかったのです。
家にいると収まる。
だから職場のストレスがピークなんだと思う。
数ヶ月前から休職や退職のことをずっと考えてたけど、そのたびに「自分次第」だと心を奮い立たせてここまで来た。
でももう「絶対嫌だ」という出来事があって、今思えば、私の背中を押すためにあつらえられたシーンじゃないのかな。
背中を押されたら足を出すしかない。
翌日、上司に休職の相談をした。
その結果完全休職ではなく、出勤日をぐっと減らすことになった。
こんな日の星を見てみましたよ。
ちょうど1週間前のチャート。
Tスクエアが形成されていた。
私の牡牛火星・獅子月とで固定宮のグランドスクエアができてたんですよね。
冥王星・またもや冥王星に背中を押されたと感じた。
思えば私が正社員から非正規へと契約を変えたのも冥王星とN太陽がオポジションの頃(2016年)
冥王星というのは嘘を暴く。
自分の中の「本当」しか許さない。
でもその選択は社会性を脅かす。
だから超怖いんだけど、自分の本当がどれだけ大事かってことも思い出させてくれる。
その本当に従わないとあんた死ぬよ、みたいな声が内側から響くんですよね。
大体頑張りすぎてるときです。
冥王星は社会的な頑張りなどどうでもいい。
「本当」のことのみを照らす。
本当は疲れてる・本当はやりたくない・本当は自分らしくありたい
その声を聞き入れてくれるのは自分しかいないんだと、ぎりぎりのところで気づくのが冥王星が関わるとき、そんな体感がいつもありました。
そういうタイミングで吉本ばななさんの本を手に取ったりする。
(吉本ばななが友達の悩みについてこたえる)
友達ができないとか、友達をつくりたいなどのさまざまな年代からの相談にばななさんが答える本で、表紙にもあるとおり「厳しすぎ」と感じる部分も確かにあった。私はそうはなれない、と。
でも本のテーマとしては「自分に嘘をつかない」ということであり、「つきあいだから」と定期的な会合に顔を出し続けて疲弊することそのものを見直したほうがいいんじゃないか、というようなことが繰り返し綴られる。
その定期会合で疲弊しない方法、とかを探るのじゃなく。
また「職場は友達を作るとこではない」ということも。
そうそう、職場で「仲良く」を頑張ろうとするのもストレスの種!
でも「そうはいっても」と、心の葛藤より社会性を優先させる日々の連続。
・・とにかく頑張りすぎてんな…ってことに改めて気づき、「頑張りたくない」という内側の声が大きくなったんですよ。
めまいを起こして頭痛もして、このままだと鬱になるという予感の中で、「休みたい・休もう」と思えた。
ずっと閉じ込めてた声だから、一度受け入れたら怒涛のように正直な感覚が押し寄せる。
合わない靴は履きたくない・合わないパジャマも着たくない。
きたねぇ部屋着はもう捨てる。
これができなかったってことがどんだけ変だったか。
お金使いたくない、損したくないから自分の希望も押し込めてさ。
固定宮のスクエアって苦しいです。
動かないものを動かそうとするんだから。
でも本当は動くのに、「動かない」と思い込んでる固い信念こそが壁。
まぁ、そんなんで自分を騙して生きてても、「変えよう」と思うタイミングが訪れるんですよね。
吉本ばななさんは獅子座。
なぜか(本を読んでても)牡牛座っぽさを感じてたけど、月は山羊か水瓶で金星火星は双子。木星が牡牛で水星獅子とスクエア。
私も月が獅子だからか、火星座特有の感覚重視なところや嘘・偽善を嫌うところは心に響く。
でもばななさんは柔軟宮の星が多い人でもあり(5個)、過去「まぁいっか」で心を置き去りにした選択が多かったと、その後悔や疲弊感も多く綴られている。
まぁいっか、も有効なときはあるんですよね。
でも自分の柔軟性を過信すると、本当よくないことが起きる。
まず体調に来て、疲れ果ててるときに限って柔軟性が試されるような予定が入り、まぁいっかを重ねるとめまいが始まる。
というわけで、仕事重視の日々から体調・感覚重視へと生活を変えようかと。
むやみに頑張らないようにします。
ゆうべからばななさんの別の本を読み始めた。
こちらも今の自分っぽいテーマ。PR -
友達備忘録その3(ひらやすみ)
「ひらやすみ」を見ていると、新しい友達ができそうなときのワクワク・ドキドキがすごく蘇ってくる。
(写真はひらやすみHPより)
森七菜さん演じる「なっちゃん」が、まるで自分みたいというか、あのころの友達みたいというか、ここまでむき出しにできなかった秘めた自分そのものみたいで。
光嶌なづなさんがまたなんて魅力的なお友達なのでしょう。
博多出身のあかりちゃん。
「よかとよ」なんて優しく寄り添ってくれるし、おしゃれ。
メジャーなものよりマイナーなものを大事にする子。
友達の理想像が詰まってる!
この2人の友情そのものが理想的です。
バイトも同じとこで!と盛り上がり、クラスメートのキラキラ男女よりあなたと一緒にいたいと伝え合う、お泊まりしたら相手の似顔絵を描きっこして、夢のような相思相愛ぶり。
私がこの歳になってわかることは、ドーパミンがあふれてくるような相手とは長く続かないということ。
正確には、穏やかには続かない。
衝突や疎遠期間があって、濃厚な親密さがとうに薄れた頃に運命のような縁・再会、ということがあったりするけど、これが友情でしか成り立たないのが惜しい。
恋愛だと疎遠期間に結婚してたりするからね。
あのころのように再燃!とはならないし、それなりにブレーキがかかる。
なっちゃんとあかりちゃんにも衝突や疎遠があるのか気になる。
それでもお友達のことを「大好き!」「かわいい!」と思う熱中時代は自分にもある。
同じバイトに誘われたら有頂天。
それがどんなに早朝でも、早朝だからこそ2人でこのイレギュラーに臨んでることが楽しくてしょうがなかった。
友達はそのあと別のバイトに行ったりする。
すごいなぁ〜という尊敬の念と、今日はここでお別れ…という切なさと。
旅行に行けば、「真夜中まで語れる!」ことが嬉しくてたまらない。
洋服を買いに行けば、私が選んだことない服を当てられて、新しい自分を好きになったりもする。
なんという素敵な存在なのか、友達。
私は女性だったら何人かから濡れた目で「大好き」という視線を送られたことはある。
だけどそういうタイプは数年後、その濡れた目を異性に向けて結婚していく。
そのあとぱったり疎遠!
「元気にしてる?」と連絡して一度会ったけど、あのころの熱さが戻らないまままた疎遠期間に入るパターンがわりとある。
たぶんもうドーパミンが出ないから、「なんか違う」という違和感をマイナスに捉えてしまったんだろう。
だけど友情はドーパミンなんか出なくても成り立つ。
継続的な恋愛関係だってそうなのだろうね。
私は興奮状態を「良きもの」と思いすぎたままここまできちゃったから、平和で穏やかでむしろ退屈であるという状態がずっと不安だった。
近年は、その退屈さこそが幸福なんじゃないかという物語が増えてるし、私もそう思えてきた。
岡山天音さん演じるヒロトもそんな日常。
リアルに考えるなら、阿佐ヶ谷の釣堀仕事だけで生活が成り立つとは考えにくい。
本当は成り立ってないんだろうけど、だとしたらあの幸福充満ぶりも「んなわけない」という世界だろう。
吉岡里帆さん演じる「よもぎさん」の満たされなさがリアルだから、バランスとれてると感じるのかな。
仕事ばっかりの生活。
イライラを1人で抱える。
なっちゃんとあかりちゃんはあの若さでお互いを尊重しててすごい。
友達への思いやりはそれなりにあったと思うけど、尊重とかいう自覚はなかったから。
でも「大好き」と思った中に「すごいなぁ」という要素はあった。
恋愛もそうだった記憶。
だから運動神経がいい人とかを好きになりやすかったのかも。
そんで、この間のタモさんと山中伸弥先生のNHK番組で、世界のどの国でも思春期のころに聴いてた音楽を自分にとって特別なものと感じやすい、という研究結果が放送されてましたね。
脳の報酬系が最も発達するのが思春期だからということらしく。
この曲を聴くと快な気持ちになる、という強烈な体験がずっと残ると。
これって音楽だけに限らず、恋愛や友情など人間関係にも当てはまる気がする。
思春期の頃に好きだった人と似てる人にずっとこだわったりしますよね。
私はいまだにサッカー部体型の人が好きで(肩幅が広く足が細い)、われながらバカだなと思うけど、科学的にどうしようもないことだった!
若い時からずっと同じ人と交際してるカップルになぜか甘酸っぱいような嫉妬のような気持ちになるのは、潜在的に思春期の感情が宝物とわかってたからかも。
あかりちゃんがメガネを外した時の美しさに、なっちゃんが目を見張るシーンがあった。
あのあと、2人がバイトする店にクラスメートがずらずら来て、なっちゃんは途端に不機嫌になった。
「誰にも気づかれないで」と祈るような思いが脅かされたからじゃないか。
「うちらのグループと一緒に行動しようよ」みたいにあかりちゃん誘われてたからね。
でもあかりちゃんはなっちゃんに寄り添う、当たり前じゃんみたいな確信を持って。
私は大学時代に仲良くなりたての友が、ゼミ合宿のお風呂場で黒い下着をつけてたときに「はっ」とした。
「すげー!」という歓喜に近い興奮を誰とも共有したくなかった。
この凄さにみんな鈍感であってくれ!という願い。
私はそれまで、ブラにさくらんぼの模様が入ってるようなセンスの子が好きだった。
この子のブラにさくらんぼ柄が入ってても、それなりにワクワクしたはず。
でもなんか、黒い下着に対して嫌悪感じゃなく、それこそリスペクトみたいな気持ちを抱いた自分にも感動したんだろうな。
自分が忌避してたような色気を初めて羨ましいと思ったし、親しくなり始めた友にどんどん影響されうる自分の未来が急に輝かしく思えたというか。
いやぁ、だからさ。
友情の1番の阻害要因といえば恋愛なわけで。
なっちゃんが目を見張ったあの美しさが恋愛相手のものになる、ような切なさを想像してしまう。
私の友が黒い下着をつけたいと思ったのも、あのシロクマみたいな善人彼氏の影響と思うと、おもしろくないような安心できるような複雑な感情。
その人と別れたときちょっと嬉しかったけど、そのあともっと性に奔放になった友と会うことはなくなった。
シロクマ、つなぎとめとけよ・・
恋、とりわけ性に夢中になった友と安定した友情が続く、、ってのは難しいことの一つ。とりあえず漫画「ひらやすみ」は1巻買おうと思う。
-
ちょっとだけエスパー・火星座物語
「ちょっとだけエスパー」って火星座の役者が集まってる。
それって珍しいかも。
大泉洋・・牡羊座
宮崎あおい・・射手座
ディーン・フジオカ・・獅子座
岡田将生・・獅子座
(写真はちょっとだけエスパーHPより)
高畑さんは天秤座、宇野祥平さんは水瓶座。
そしてこのグループを脅かす存在として蠍座の北村匠海さん登場。
火&風グループをかき乱す水星座。
私が見てないものもたくさんあるだろうけど、覚えてる火星座ドラマといえば「おんな城主直虎」ですかね。
柴咲コウ・・獅子座
高橋一生・・射手座
柳楽優弥・・牡羊座
グランドトライン。
ストーリーは残虐だったのに、直虎のカラッとした勇ましさと3人の信じ合い&結束が今も印象に残ってます。
「ちょっとだけエスパー」は、ストーリーとしては「なんだかな」という呑気さや、なんでも解決したがりなとこがいかにもテレ朝っぽいんだけど、脚本が野木さんだからか、役者陣がお見事だからなのか、「すごくしっかりしてる」と感じるドラマ。
火星座の人って、パキパキっとしてるんですよね。
笑いや明るさ担当ではあるんだけど、悲しみの重い表現もよく巡ってくる。
そのコントラストに泣けるというのか、グッとくることが多い。
もしこれがTBS放送だったら少し暗くなってたんじゃないかと思う。
「ライオンの隠れ家」での柳楽くんとか、あんま牡羊っぽくなかったような。
「ロイヤルファミリー」の妻夫木くん(射手座)とかなぜあんなに暗いのか(見るのやめてしまった)
大泉さんは日曜劇場「ラストマン」でも明るさ担当でした。
ってか、大泉さんってやっぱすごいなぁ。
TBSの暗さをかき消せるってすごい。
いや、それだけじゃなく顔だけでツッコミを入れるあの明快なわかりやすさですよ。
あと宮崎あおいさんの魅力も予想以上だった。
宮崎さんもアラフォーになったか〜
って年齢の話もあれだけど、宮崎さんがどんなふうに歳を重ねていくのかは何気に気にしてたことだったから。
ある時期から、いつもニコニコ家庭的なナチュラル女子という役、それが長年続いたあと、最近のCMで見かける宮崎さんのコミカルさはちょっと意外な感じで、「純情きらり」や「篤姫」のころの怒りや不機嫌さ、茶目っ気たっぷりなキャラがわりとずっと恋しかった。
というか、マクドナルドのCMって苦手。
役者のキャラ設定がなんかすごい嫌だ。ストーリー展開もおもしろくない。
でも事務所が「やれ」って言ったら出演は断れないのだろうか。
そんで宮崎さん、この「四季」という役がまたいいですよね!
そうそう、これ!この宮崎さん!という感動がありました。
まず声が低い。
夫婦ってこんな感じだよな〜ってリアルをなぜか感じれるというか。
大泉洋さん演じる夫・文ちゃんのことすごく愛してるんだけど、その愛情表現にぞわぞわしないんだよな〜。
四季のキャラがまた、ボーイッシュという感じでもないんだけど運転好きで「よっしゃ」というガサツさがちょっとある。
でもオヤジほどダレてなくて、やっぱりモテの頂点にいそうな宮崎さん。
かねがね宮崎さんはヤンキー味を備えてるんじゃないかと思ってたけど、可愛くてヤンキーというのが一番最強でしょうから、こういうキャラにしてきましたか〜という嬉しいニクさがある。
久々「射手座っぽい」宮崎さんを見た!という感じですかね。
ディーンさんはテレ朝が合ってると思う。
テレ朝が求める明るさをわかりやすく表現している。
大泉さんとの相性も良さげというか。
まぁ大泉さんは誰と組んでも相手のボケをうまく引き出す人だけど。
高畑さんや宇野さんの演技のうまさもすごく引き出されてると感じる。
宇野さん、本当うまいなぁ。
殺人犯じゃないか…と一瞬疑われた時の目が本当怖かった。
岡田将生さんは1話だけの特別出演かと思ったら、結構重要な役だった。
エスパー組を雇用している社長役。
北村さんは大学生役と!
ついこの間までのやなせさんの面影はもうなかった。大学生っぽい。
獅子vs蠍の戦いがこれから展開するのかな?
この2人の投入にテレ朝の本気度を感じましたね。
いつでも本気か。
でも「見よう(見続けよう)」と視聴者に思わせる重要な要素がエスパー組プラスこの2人にあるんじゃないですかね。
「この2人も投入でどうだ!」という局の気概を感じる。
視聴行動なんてどんな勝手も許されるはずなのに、録画してちゃんと見ちゃうもの。
おもしろいかと問われたら正直わからない感覚もあるけど、毎週惹きつけられてます。
-
「もしもこの世が…」女性陣
「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」
タイトルからしてよくわからない。
このドラマが本当わからなかったんだけど、毎週見てるうちにだんだん焦点が合ってきた感覚。
初回のカオス状態がまとまってくるのを感じると、爽快感すら湧くような。
これがこのドラマの狙いなのかな。
それでもここまでの6回。
毎度イラつきながら見ていた。
その要因の一つが、男性陣の役のわからなさだった。
とりわけ菅田将暉の演技はあれでいいのだろうか?と毎回思ってて、たとえ演出的に正解だとしても、怒りの表現が出るたびうんざりしてたのは確かなこと。
うまいのかもしれないけど、私は好きじゃない。
でもこのドラマは「わかる人だけわかればいい」というスタンスなのだろうかと、心を一定程度離しつつも見続けていた。
でもなんで見てたかという理由が昨日はっきりしたような。
女性陣が輝いてるから。みんな・全員。
とりわけ二階堂ふみさん。
1話で脱落しかけた気持ちを食い止めたのは二階堂さんがあまりにもしなやかで魅力的だったから。
そして浜辺美波さん。
堅物でいつもプリプリしてたのに、菅田さんの舞台を見たことでスイッチが切り替わった。
浜辺さんの怒る表現が好きです。
(写真はドラマHPより)
昨日はこの2人がバチバチで、あそこは見ものでした。
二階堂さんのタチの悪い嫌味にグッときました。
ほか、秋元才加・アンミカ
長野里美・菊地凛子
富田望生・シルビア・グラブ
そして、原宿に毎夜踊りに行ってる謎のダンサー役・福井夏
小池栄子は1話だけの特別出演だったのかもだけど、冒頭のダンスはすごかった。
どんだけセクシーに磨きをかけるのかと。
長野さんはこれからもっと輝きを放つんじゃないかなと予想。
あの役、地味なのに底知れぬ何かを秘めてる感じがするんですよね。
菊地凛子なんて40代なのに老婆役。
長野さんと同世代という設定かもだけど、樹木希林さんと似たものを感じる。
福井さんはウィキペディアでもまだ情報が立ってない。
あの子、誰なんだろう・・
昭和の曲にぴったりハマってる。
三谷さんって大河でも、「誰?」ってな魅力的な新人を投入してきますよね。
しかもぶっとんだ役で。
「真田丸」での岸井ゆきのとか。
秋元さんは「鎌倉殿」で新たな魅力が引き出された。あれまだ覚えてますよ。
三谷さんからもさらなる期待をかけられてるのでしょうね。
アンミカと市原隼人カップルもなぜかしっくりくる。
女性陣、みんな素敵。
思えば男性陣の役をいちいち「わかろう」としてたからイライラしたのかも。
大水さんじゃん、野間口さんも!彌十郎さんに小林薫!と、こんな豪華な面々がそろってるのに、「うーん」と何かが詰まってる感じ。
個性の渋滞じゃないか?
渋滞しすぎて正常な光がこっちまで届いてないようなストレス。
野間口さんとかこれから見どころが訪れるのかなぁ。
神木くんとか、あの抑えた感じでずっと進むんだろうか?
・・でもたぶん、「そんなわけないだろ」という視聴者の期待こそ制作陣の思惑なんだろう。
だけどおじさんは輝いてますね!
なんたって昨日の井上順さん。うる爺。
あのショックのあと車に轢かれるなんて・・
あのシーンでやっとTVの向こうとこちら側がひとつにまとまった気がした。
あと支配人の野添さんもいいですよね〜
浅野和之さんも何やらボロボロの装いだけど、来週以降きっと輝くはずで。
三谷さんは若者男性とあまり相性良くないのかな。
昭和感のある男性は好きそうだけど、キラキラしてる俳優をやたら落とす傾向を感じる。
落とされても輝きを放つ人を見極めてるんだろうか。
菅田将暉はコントラストの利かせ方が「うまい」ということなんだろうけど、誰とも違う表現をしたい・爪痕を残したい欲みたいのを勝手に感じてしまい、たぶん菅田さん1人でおなかいっぱいになっちゃうんだと思う。
他の役者を感じる頃には胸焼けしてるような。
でも女性陣がその胸焼けをスカッとしてくれる!
あのドラマはそういう不思議さがある。
でもわかんない、菅田さんとかじゃないのかも。
このドラマのHPを見てもおじさんの写真が一切ない。
菅田さん・二階堂さん・浜辺さん・神木くんの写真ばっかり。
おじさんが写真NGにしてるってことはないだろう。
制作陣が「この4人に懸けよう!」という意気込みなのかも。
だとしたらイラつきはそう晴れない気もしてきた。
三谷さんの思惑とも何かズレがあるんじゃないか。
とはいえ最後に二階堂さん・浜辺さんの星を見てみる。
2人とも乙女座なんですよね。
二階堂ふみ(31歳・太陽期)
太陽:乙女、月:牡羊、水星:天秤、金星:蠍、火星:蟹、P太陽:天秤
浜辺美波(25歳・金星期)
太陽:乙女、月:獅子か乙女、水星:乙女、金星:乙女、火星:獅子、P太陽:天秤(今年から)
二階堂さんの独特の色気は金星蠍から放たれてると感じますよね。
金星は木星と合。
火星も蟹だからか「見捨てない感」というのか包容力がすごい。
すごく大人びたものが放たれるのに、月が牡羊だからか活発な自然児感も漂う。
浜辺さんは獅子と乙女に星が固まってて、なんたって金星乙女ってのが特徴的。
あんなに麗しいのにドジっ子なんですよね(役が)
真面目にやってきたのに報われない…といういかにも乙女なこじらせが魅力なんですよ。
誰しも自分を重ねたくなるようなまっすぐさが人気なんじゃないですかね。
また水星乙女ってのは言葉がキツい。キツいんだけど頭脳は働くから相手に一撃を与えられる。
一方、二階堂さんの水星は天秤で、「争いなんてしませんわよ」というエレガントポーズを見せつつ、太陽乙女×月牡羊の頭脳派な攻撃性&金星蠍の大人な余裕感でもって上手にマウントを取れるんじゃないでしょうか。
浜辺さんは乙女×獅子という前半星座群で対抗するしかなく、ムキーっとなったらすぐ力尽きてしまう。
目が死んでる演技とかよくしますよね。
菅田さんは魚座。この2人に対向から捉えられてんですね。
月は水瓶か魚か不明だけど、金星が牡羊で火星が蟹。
二階堂さんとうっすら惹かれ合うわけです。
相手の何かに「自分」を感じるんじゃないでしょうか(役で)
浜辺さんは獅子座持ちだから、「表現」のスイッチが舞台によって押されぽーっとなってしまったのかな。
ドーパミンをあおってくる男より、セロトニンを引き出す男の方が金星乙女っ子にはいいんじゃないでしょうか(適当)
そうすると神木くんと今作でもくっつくのかな。
なんだかんだ私も若者の星を見てしまいました
-
会話備忘録人と1日中一緒にいると、翌日すごく疲れる・・
ということを若いときから繰り返してるので、私は何かそういう性質なんだと思う。
疲れない人もいる。
でもすごく疲れる人もいる。
苦手な人=疲れるとも限らない。
いい人で、一緒にいることに安心してるのに翌日疲れることもある。
20代とか30代とか若い人は全然疲れない。
あっちは疲れてるかも。
やっぱり年齢がいくと妙な常識みたいのが育つから。
各々が培ってきた「正解」がなんて厄介なのか。
*************************************
私の職場は半分くらいが独身女性で、気づくと似たような人とばかり話している。
独身者との家族の話はせいぜい両親の老いのことくらいで、あとはTVの話、スーパーの話、美容院でのオーダーが難しくなった話などなど。
一方、新しいバイト先の女性はおそらくほとんど既婚者。
というか既婚であることが標準で多数派のはずで、私はそのことをすっかり忘れていた。
「私の夫が」「私の子どもが」
そこから語られる会話にどう対応したらいいのか、正解がわからなくなっていた。
正解も何も、「そうなんですね〜」って感じたまま言えばいいんだろうし、そう言った。
でももっと何か、気の利かせた掘り下げが必要な気がして焦る。
子持ちの友人も家族の話はよく出るけど、会話に困った記憶はない。
なのに仕事先での(まだよく知らない相手の)家庭の話に正解を探した。
「桜とひまわりと紅葉は見に行ったので、あと雪景色でコンプリートです」
また別の既婚女性からは家族で季節を巡る旅を楽しんでる話を聞いた。
きっとコンプリートできますよ。
そう言おうとしたけど、そんな返答を望んでるわけじゃないだろう。
でも、自分の季節感のない日常からするとコンプリートどころか桜の旅もままならない。
しかも、どれも車じゃないと行けないような場所で、運転手は旦那さん。
「コンプリート」というワードが持つスペシャル感が家族持ちの特権のように響き、そのことを殊更称えたかった。
家族がいるというだけで難所への旅行ができ、頑丈なマンションに住み、扱いにくいペットを飼うこともできる。
あなた恵まれてますよ!
・・・そんな返しじゃ会話にもならないだろう。
だから、正解っぽく掘り下げてみる。
「車、何時間くらいかかります?」
この掘り下げもなかなか貧弱だけど、「道の駅に寄ったりしたから、3時間くらい?」という返事にまた打ちのめされる。
道の駅・・!
郊外のイオンと道の駅は常々自分に関係のないところと思っていた。
車がある人だけが楽しめる場所、道の駅。
しかも1人で行くより家族と行った方が野菜も輝いて見えるだろう。
週末になると家族がごった返すあの郊外のレジャー施設にはとんと縁がないけども、あの混雑の中で心から楽しむ家族の話を実際聞くと、うっかり動揺してしまう。
でもそういう動揺を隠しながらまた掘り下げにチャレンジするから、へとへとになるんだと思う。
「お子さん、車酔い大丈夫ですか?」
クソつまんない疑問しか湧かない。
私の郊外クルマ旅の思い出といえば、甥っ子が車内でずっと吐いてたこと。
それでも旅行は楽しかった。
でも帰ってすぐに姉から「また行こうね」と連絡が来たときうんざりした。
家族になるとレジャーがそんなに楽しくなるんだろうか。
この間はバイト先の男性から「都内の実家は売って、今は群馬の温泉地が実家です」という話を聞いた。
その人と会話するのは2回目で、なぜそんなことをいきなりオープンにしてくれたのかわからない。
でも「温泉、いいですね〜」とは言いやすかった。
やはり「実家に行く」と「温泉に行く」がセットらしく、奥さんも喜ぶとのことだった。
「あ、奥さんいるんだ」というのが正直な心の声だったけど、それは引っ込めた。
その声に意味があるように受け取られたくないし。
あなたが既婚だろうが未婚だろうがまったくどうでもいいですよ、という雰囲気を強調した。
本当にどうでもいいはずなのに、「あ、既婚なんだ」という印象が翌日まで残るから疲れる。
「距離が近い」と感じたんだ。
その距離感で既婚なんだ…という警戒心だと思う。
「いやいや、仲間としての距離感だよ?」と言う男性はいる。
そういうタイプは危ないと、培ってきた私の経験がアラートを鳴らす。
こっちがその警戒心を見せると、「そんなつもりじゃねぇよ、ババァ」という敵対心を急に見せてくるんですよ。
本当に仲間意識が強い人は一緒にいてわかる。もっとホワッとする。
その人はどうもギラギラしてるというか。
その男性はこの間、小野花梨みたいな新人にべったりだった。
バイト先ではまだ新人なので、いろいろ聞かれることがある。
「お住まいどちら?」
私はわりと具体的に街の名前を言ったが、お相手は「私は〇〇区」と言う。
あ!と思った。
私も区で濁せばよかった。
私は住まい情報すら聞かれる・答えるという過程に「ぐぐ…」と詰まってしまう。
なぜか「言いたくない」気持ちがありつつ、でも言っといたほうが楽なこともあると知っている。
いろんなことをクローズするより、思い切ってオープンにした方が何かとスムーズなんだ。
でもその葛藤に疲れる・・
いろんな質問の中には「既婚?未婚?」という意図もあるのだろう。
少し前の自分なら、独身ですみません的なポーズで自己紹介してたけど、もうそんなことしたくない。
そしたらいつの間にか堂々たる未婚独身者になってたもんで。
別に何も恥じることもない。
心からそう思えてきたんだけど、会話のバリエーションがとても狭まってる気もする。
関心のないことをうまく掘り下げられない。
人の海外旅行もどうでもいいと思ってしまうので、韓国に行ったと言われても問いが浮かばない。
「成田?羽田?」「成田じゃ遠いね」「エクスプレス?」とか、聞かれた相手はどう思ってるだろう。
それでも嬉々として「エクスプレス好きなんだけど、高いね!」「今回は京成でゆっくりと」「しかし都営浅草線は成田行きも羽田行きもあるからすごいね」「三浦海岸も行くよ」とかとか広げてくれる友もいるので、やっぱりそういう人と仲良くなる宿命なんだろう。
-
バイト備忘録その2(自分らしさとは)バイトを始めて1ヶ月が過ぎ、仕事がだいぶ分かってきた。
休憩室でどう過ごすかも、「これで行こう」みたいな感じがつかめてきましたかね。
無理に会話しない。
けどアンテナは完全オフしない。
笑えそうな会話には一緒に笑って、空気に自然に乗る感じ。
「この職場でどんな自分を見せるか?」
というのは、学生時代からの問題だった。
理想の自分は、最初から明るくてボケもツッコミも誰にでもできる人。
もちろんデリカシーや優しさも忘れない。
でも、なんだかんだ人見知りが続くのが実情。
1人で大人しく座りつつ、周りの会話には優しく微笑む。
話に入りたいという気持ちが募っても、入れそうな会話じゃない。
もしくは聞き逃しちゃって話の全容が不明。
この状態は短ければ3ヶ月、長いと1年以上。
半年のバイト期間、ついにニコニコ微笑むだけの人だったこともたくさんある。
今振り返れば、別に無理して人間関係築くこともないので、「それでよかった」と思える。
それなのに、寂しさがどうも拭えない。
私は一体どうありたいのだろう。
**************************
このバイト先のベテラン女性が休憩中に「ねぇ、うちの子、見て見て〜!」と大声で、携帯をほうぼうに差し出した。
新しいワンちゃんを迎えたばかりらしい。
ベテランさんならではの行動だな…と少し離れたところで思いつつ、ちょっと自分にはできないとも思った。
周りにいた大学生男子はノリノリでベテランさんの携帯を覗き込んだ。
「可愛いっすね〜」と、3人くらいが目を細めたり丸めたり歯を出して笑う。
その爽やかさよ!
引いてる人が誰もいない(ように見えること)に内心すごく驚いていた。
自分はちょっと引いてたから。
「見て見て〜!」という行動が自分の中にパターンとしてない。
しかも相手は大学生男子。
いや、「ない」というか禁じてる気がする。
そんなことはできないと。
「そんなこと」とはなんだろう。
つまり「自分らしさを出すこと」じゃないか。
私が本当の本音で理想とするのは、「職場で自分らしさを出せること」なんだと思う。
そういう職場はあったかな。
あった記憶は感覚として確かにある。
でもどこだっけ・・どんな環境のとこだっけ。
********************
この新しいバイト先では、私より前に採用されたいわば先輩とペアを組みながら仕事を覚えていく。
先輩は年上女性のこともあれば、30歳くらいの女性のこともある。
最初にペアを組んだ年上女性は、すごく丁寧に要点を押さえた指導をしてくれた。
優しいのに緊張感のあるペアだった。
30歳くらいの女性は逆にすごくゆるい仕事ぶりで、これがまた感銘を受けた。
「面倒」と思うことは極力避けようとする。
でも、だからこそ誰も傷つけない。誰のことも罰しない。
良い意味での放置を彼女から学んだ気がしたし、またこの人とペアを組みたいと思った。
何よりとても気が楽で、女性相手にこんなことは珍しい。
男子大学生とペアを組むこともある。
これがまた気楽で!!
仕事を教わる最初こそ敬語で話してたものの、気づいたらタメ口になっている私。
逆に大学生を縮み上がらせてる気がした。
でも私という人は、男子大学生が縮み上がってようが関係ないと思ったりする。
女子学生だとハッとして、謙虚な自分に戻るだろう。
これだ!と思った。
「自分らしさ」とは、男子と話してるときに出てくるのだなと。
なぜかちょっと上から目線の自分(獅子月だからか?)
「へぇ〜」という態度がMAXの自分。
女性の前で上から目線って本当やりにくい(だから引っ込める)
女性には「へぇ〜」を閉じ込めて「うんうん!」と目に星を入れる(疲れる)
男子というのがまた純粋な人たちで、息子などいないのに5歳の息子を見てる気持ちになる。いや、13歳の甥っ子か。
というか男子というのは、なぜこんなにも気楽なのだろう。
以前に「気楽」と感じてた職場を思い出しました。
男性の中に私1人女という工事現場。
「男子」という年齢の人は誰もおらず、ほとんどがおじさん。
あのころ私は20代で、若手社員は30前後。
そりゃ作業所を汚くされると「いい加減にしろよ」と思うけど、「やれやれ」という表情すら隠す必要がなかった。
そりゃおもしろくないおじさんの話に作り笑いをすることもある。
でも、女性の話に合わせようとする気遣いに比べ軽い。
女性の前で「やれやれ」という顔はできない。
女性の話はただ聞いてるだけじゃだめで、共感それから気の利いたコメントをしなくてはならない。
「ならない」ということもないんだけど、女性9割の職場でそういうルールがしみついた。
新しいバイト先では、男子学生の前で現れる自分を徐々に全体にスライドしていけるんじゃないか。
そんな余地を感じた。
みんな受け入れてくれそうな余地。
ベテラン女性が男子大学生をテニスに誘ってた。
さすがに男子は引くだろう…?と見てたけど、ノリノリで携帯スケジュールをチェックして、行く気満々なことに驚いた。
しかもまぁまぁイケメン学生。
テニス未経験者だという。
なのに50代女性とテニスに行くんだと(他も数人で)
なんて夢のあるバイト先だろう。
-
蔦重たちの星
先週の「べらぼう」第39話は本当ハラハラしました。
蔦重が北尾政演(山東京伝)と手がけた本が絶版&連行という危機的事態。
しかも蔦重が松平定信に何か進言してやがる。
定信のカッとなった顔がまぁ怖かった。
妻・ていさんの知性がなければ、蔦重は助からなかったかもしれません。
(画像はべらぼうHPより)
なんとか命は救われたものの刑場でボロボロになった蔦重は、感謝するどころかまだお上を茶化す気満々(恐ろしい…)
身元引き受け役のていさんがたまらず飛び出し、蔦重を一発殴ったあと「なぜいつも自分のことばかり…(周りがどれだけてめぇの命乞いに奔走したことか!)」と泣き崩れる。
そこでようやく「あぁ…」と理解できた表情の蔦重。
これまでも蔦重に怒る人はたくさんいた。
お前、いいかげんにしろよと。
「こいつはいつかヤバいことに巻き込まれる(近しい自分は巻き込まれたくない)」と、みんな思ってるのでは。
ていさんが言ったとおり、「苦しんでる人たちのため」とか言いながら、「そう考えてるオレの思いを貫くこと」が蔦重の第一になっていて、「正しきこと」に突っ走る蔦重は松平定信とそう変わらない男になってしまっている。
耕書堂が評判になるにつれて、蔦重も少しずつ変化していってますね。
仲間の警告や意見にも耳を貸さなくなり、「お前ら間違ってねぇか?」「ひよってやがる」となんでも見えてしまう。
それは視聴者からしてもざわつくものがあり、最近では蔦重より、仲間たちの心の暗雲のほうが際立って感じられます。
蔦屋重三郎の星を見てみました。
太陽:水瓶、月:牡牛
水星:魚、金星火星木星:牡羊
蔦重は水瓶座。
これだけでも「ユニーク」という性格が感じられるのに、天王星とコンジャンクション。
次々新しい発想で周りを驚かせてたというエピソードはすごくわかります。
しかも金星と火星、加えて木星も牡羊。
「新しいことやってやろうぜ!」ということに本当まっすぐな人だったんでしょうね。
しかも火星座・牡羊なので、常にカッカしてそう。
「今やらなくちゃおもしろくねぇだろ!」という瞬発力命の男。
いつも陽気。疲れそう〜
金星は木星とオーブ広めですが、吉原で生まれ育って常に周りに遊女がいた青年期も感じられる。
月が牡牛ってのがね!
「おもしれぇこと」に超速&怖いもの知らずで邁進していく蔦重にもブレーキかかることがある。
ドラマだと「おていさんよぉ…」って、妻に勢いを止められるオレぶってるけど、蔦重の無意識に眠る安全装置みたいなものが「おていさん」として現れたんじゃないか。
蔦重のホロの中で、この牡牛月だけが「地に足感」に思えるから。
とはいえ「おもしれぇこと」を追求する蔦重は、地球星座・獅子的な生き方の理想形に見えますね。
人は太陽の対向っぽさを目指すと生き方が発展していくそうですから。
山羊座のドラゴンヘッドは権力者=田沼意次との縁のよう。
とはいえ、蔦重と意次の対面はフィクションでしたっけ?
平賀源内との縁とも言えるかな。
源内先生もすでに大物でしたよね。
それにエンタメ界の著名人と次々手を組んでいく蔦重。
ちなみに、山東京伝の本が絶版となったあの処分のころ(1791年)、T土星は牡羊座でした。
季節がいつかわからないけど、装いが冬ではなさそうなので夏と仮定すれば蔦重のN火星の上に乗る。
蔦重の挑戦が潔癖な定信によってくじかれた出来事とまさに一致します。
私は古川雄大さん演じる北尾政演(山東京伝)を見るのが最近とても楽しみで。
演技上手いですよね〜
ミュージカル俳優と思えないというか、古川さんがあんなにチャラい役もやっちゃうんだというのは最初驚いたけど、チャラさの中の繊細さがほの見えるとこがたまんないです。
山東京伝のホロも見てみました。
太陽:乙女、月:水瓶か魚
乙女:水星、金星火星:獅子、木星:牡羊
政演って乙女座だったんですね。
そんで金星と火星が獅子。
山東京伝って器用な人だったらしいですね。
本書くのをやめてからは、雑貨屋みたいなのを流行らせたみたいだし、センスが備わってたのでしょうか。
そうすると月は魚なんじゃないかと思えます。
「俺は浮雲みてぇに生きてぇんですよ」「とにかくモテてぇだけなんで」と言ってたとこも魚っぽい。
だから所帯持つとか「ちゃんとすること」なんてしたくないんだと。
でもドラマ見てると、軽口の裏の誠実さが感じられるんですよね。
それは古川さん(蟹座)っぽさでもあるだろうけど、「ちゃんとしてる自分」をいつも茶化すのが獅子座部分だったんでしょうか。
「表現」としてその茶化しを盛大にやる。
太陽水星乙女なので、チョイスするワードとかも人の心をぐっとつかんだんじゃないのかな。
そんなおもしろい男を蔦重がほっとくわけもない。
政演も木星が牡羊だし、火星座部分で「おもしれぇこと」大量生産に突き進んでいく。
でも蔦重は「世の中よくしていきたい」ってのが大目的。
政演は「おもしれぇこと」だけでよかった。
「世」とかそんなん降りたいですわと。
捕まったら嫌だから。
蔦重のように、水瓶と魚の惑星を持つ人って視野が広いというか広すぎるというか、すごく俯瞰した視点で物事を考えるんだと思う。
だから「世の中」とか「貧困層の苦しみ」をなんとかできねぇかという意識を持ったりする。
その具体化に走ろうとする人って近くにいたら目を逸らしたくなる。
「そうはいっても…」と、仕打ちとか生活の現実部分だって大事だから。
また、勢いで生きてる人って現実を見極めようとする慎重さを軽んじようとする。
「怖がってんじゃねぇ。血を見ることを覚悟しろ」みたいな蔦重って、うぜぇというかハラスメントというか。
また横浜流星さんもそんな人なんじゃないかと感じられるとこがうまいというかよくできてるんですよね。
政演は本を書かなきゃ収入が入ってこない身分だったので、おもしろがるにも限度があったのでしょう。
「人のため」とか言ってらんねぇと。
松平定信役の井上祐貴さんの演技も惹きつけられる。
釘付けになるような恐ろしさに溢れてて。
でもなんか小物感があるんですよね。
細かいことにめくじら立てて、超神経質。
「やれやれ」って周りに思われることすら許せないようで、全部処罰、制限と。
定信は太陽金星火星が水瓶で固まってて、月が射手座、冥王星と合。
そんなにケチにも思えないけど、田沼意次とは絶対違う路線に行きたくてムキになったんでしょうか。
意次は太陽木星冥王星が乙女で、なかなかカリスマ性ありそうなホロでしたから。
乙女のこの密着3星は敵も作りそうな強烈さはありますが、金星が蠍で土星と合とか、渡辺謙さんが演じたようなあの深い人柄が感じられてくる。
月は蟹と獅子の境目。
天秤の水星天王星は、若き蔦重にも思えます。
おもしろい本屋青年が飛び込んできたなと。
歌麿や恋川春町のホロも気になるけど、生年月日不詳。
平賀源内は太陽水星射手で、金星火星が山羊。
もっといろんな人気になるけど、ひとまずこのへんで。
-
蠍座っぽいドラマ「小さい頃は、神様がいて」
「小さい頃は、神様がいて」の1話、2話見ました。
脚本は岡田惠和さん。
岡田さんって、グループ作って集う話が好きだなぁと思う。
それぞれが抱える問題がその輪の中で浮き彫りになり、「言っちゃいなよ」って誰かに促されて思いっきし腹を割る。
このドラマも、3階建てマンションのそれぞれの階に暮らす世帯(カップル)が仲良くなる話。
「みんなで仲良く」という話には時にむずがゆくなる。
それこそが昭和の良さとも思うけど、昭和の良くないとこもドラマ見てて思い出される。
北村有起哉さん演じる渉には特にゾワゾワ。
さぶ〜と思ってしまう(ドラマでもそう言われてる)
阿川さんみたいな女性は、懐が深くていい人というのはわかるんだけど、何かを見抜かれそうで怖い。
仲間由紀恵さんも優しげだけど、何が地雷かわからないピリピリした先輩を個人的に思い出す。
(画像はドラマHPより)このグループはみんな太陽が女性星座(今は受動星座というらしい)なんですよね。
北村有起哉・・牡牛座
仲間由紀恵・・蠍座
阿川佐和子・・蠍座
草刈正雄・・乙女座
小野花梨・・蟹座
石井杏奈・・蟹座
北村さんと仲間さんの子ども役の2人はどっちも獅子座というのが興味深いです。
(小瀧望・近藤華)
この夫婦とTスクエアになる。
仲間さんの「離婚したい・する」という強固な意思と、まさかの離婚という事態を冷静に受け止められない(逃げ癖がある)北村さんのゴタゴタを、きっと子どもたちが仕切ったり、もっとややこしくするんだと思う。
小野さんと石井さんはレズビアンカップル。
なんかこのドラマ見てられないな〜と思いながら目が離せなくなったのは、石井さんの役に惹かれたから。
小野さんが近所の人とも職場でもコミュニケーション上手としたら、石井さんは真逆タイプ。
また相手役が小野さんなので、石井さん(志保)の繊細さに寄り添うその巧さに感心しちゃいましたよね。
そんで、すごい蠍座っぽいドラマと思ったんですよね。
「忘れない」というのが裏テーマじゃないでしょうか。
仲間さん(あん)は子育てや社会との隔絶感にひどく追い詰められ、「下の子が20歳になったら離婚したい」と泣いて渉に訴えた、その約束は20年経った今も「生きている」と言う。
阿川さん(さとこ)は子育てもとうに終えて草刈さん(慎一)に愛されながら穏やかな日々だけど、家庭は二の次だった多忙時代の慎一と、そのときの孤独や絶望は決して忘れないと言う。
慎一(草刈さん)は今じゃ朝ごはんを作るし、玄関掃除や買い物など、「さとこさん、何かすることある?」と、常に妻を気遣っている。
これはこれで乙女座の草刈さんっぽい。ケアが得意。
さとこは優しい夫に感謝という感じでもなく、「相変わらず下手だな…」という呆れた表情を隠さないし、「こんなんで帳消しにしない」という怒りすら漂ってくるんですよね。
しょうがなくない?と思わなくもない。
あの時代の男はみんな会社が第一優先で、それでこそ出世→豊かな暮らしにつながっていた。
俺が稼いでくるから、お前は家を守ってくれ。
そういう風潮をよくよくわかって結婚したんじゃないの?と思ってしまう。
だけど、この私の思いは誰の救いにもならない。
私の母は月が蠍で(太陽は蟹)、陽気な母の蠍っぽさってずっとよくわかんなかったけど、そういえば父が家族を顧みなかったことを長いこと恨んでいた。
そりゃ借金まで膨大にこさえ、そんな男を許すということはないのでしょう。
口を開けば父の悪口…ということは父が死んでも10年続いた。
私としては聞かされる苦痛を回避するため母の愚痴を何とか封じようとしていたけど、母の報われなさになかなか思いを馳せられなかった。
母が愚痴を言わなくなったのは、「母」「夫の嫁」という立場からほとんどフリーになったころと思う。
子どもはみんな自立して家を出て、父のきょうだいとの付き合いもほとんどなくなり、父方のお墓の管理も長男に引き継いだ頃。
あん(仲間さん)は、子育てのつらさに加え、「自分だけがなぜ家から出られないのか」「自分は母親以外の何者であるのか」という苦悩を少しでも軽くするには、「下の子が20歳になったら離婚する」という決意に希望を見いだしながら生きていくしかなかった。
離婚後、「母親」という役割から降りた自分として生きたいんだと、昨夜のその独白は胸に迫りました。
加藤ローサさんも似たようなこと言ってなかったっけ?
私個人としては、「なぜいつまでも恨みの感情にとどまる?」「過去じゃなくて未来を見ろよ」と、長い怒りを持ち続ける人に思ってしまうとこがある。
実際に母にもそう言っていた。
とはいえ自分が何かに怒りを抱いたとき、「もうよくない?」「べつにさ〜」とかって流そうとする人に腹が立つ。
「忘れない人」というのはある角度から見るとこだわりから動けないように見えるけど、なぜ忘れないかといえば、その中にスルーしてはいけない根源的な問題があるからで、蠍座の人は「未来に通してなるものか」と網目を堅く締めて、その問題が真に癒やされるまで諦めないという使命を負ってるように思える。
忘れないでいてくれてる人のおかげでこの国の平和が維持されてると言ってもいいと思う。
常々蠍の人には根性と体力と怒りの地雷みたいのがあると思ってたけど、大事なことから手を離してなるものか!という意思を貫くには必須の要素なのでしょう。
また北村さん(渉)がいかにも牡牛っぽいです。
まだ50前なのに超アナログおじさんで、味覚が保守的。
新しいもの(タコス)とかは絶対食べないらしい(食べて感動してたけど)
難解な事態から逃げる癖があるとことかも、シンプル主義の牡牛っぽい。
牡牛座男性って離婚話とかに応じなさそうというか、めちゃ動揺しそうですよね。
それは愛の喪失とか以前に、「安定の崩壊(その恐怖)」を真っ先に思うからじゃないか。
そりゃ誰でもそうとは思うけど、役者の太陽星座に役の「っぽさ」をつい見てしまう。
小野さんと石井さんは2人合わせて蟹という感じ。
愛されキャラの奈央(小野さん)と、ナイーブだけど料理が得意な志保(石井さん)
いつかキッチンカーで飲食店を出す夢を抱く2人。
阿川さんって、トーク番組だといつも陽気だしふざけるし、蠍っぽさを感じたことはあんまりなかったのに、このドラマはすごく蠍っぽい。
人を見つめる目に独特の強さがありますね。
何も思わずぼーっと見つめるんじゃなく、洞察する目。
一発で何かを探り当てるような。
寄り添いも深い。
仲間さんを抱き寄せたときの涙は役を超えてるように感じた。
仲間さんも目から内面こぼれますね〜。
1話の冒頭から夫をウザがってるな…とは感じてたけど、それだけじゃない深刻さもちゃんと気配として漂わす。
それらにまったく鈍感な牡牛(北村さん)笑
「(離婚したいけど)体の関係はある私たち」と仲間さんがぶっちゃけたとこも牡牛ー蠍っぽいですね。
-
友達備忘録その2
小学校からの友達を思い返してて、魚座の子がいないことに気づいた。
細かいこと言うなら、5人とかのグループに魚座の子がいたことはあったけど、その子と個人的に出かけたり電話したりする関係にならなかった。
あと30歳ごろに魚座と水瓶座の子と3人で旅行に行ったことはあった。
でも「友達」じゃなくて、「同期」という感じかな。
というのは、この30ごろの魚座の子とは話がとことん合わなかった。
合わないんだけど同期らしく、愚痴とか社会人としての展望みたいな話はしましたね。
なぜ合わなかったかというのは、彼女が魚座だったからではない。たぶん。
彼女と私のホロを合わせるとオポジションが多いからか、意見の衝突がたびたびあった。
大人になった今なら「そういう考え方もあるのね」と思えるかもだけど、30歳ごろの自分は違う意見に「あるかもね〜」なんて譲れる大らかさはなかった。
彼女は私より4つ年下の20代なので、彼女もまた価値観が尖ってた頃とも言える。
そんで彼女の山羊座金星は冥王星とスクエア。
この山羊金星が私の蟹太陽とオポジションになる、ということは彼女のスクエア部分とTスクエアになるということ。しかも冥王星がらみ。
彼女と話すと最初の30分は同じ水星座っぽく「だよね〜」って分かり合えるのに、いつの間にか彼女の説法を聞く時間になっている。
私は一方的に聞く側、しかも「説かれる側」に置かれることに我慢ならず、「いや、そうとも言えないと思う」という反発ばかりしていた。
なのに会話のあとは謎の敗北感で非常に疲れる。
「会いたくねぇ」と、彼女との交流を拒絶するようになった。
彼女は自分の「正しさ」から絶対降りようとしない。
しかもその正しさに私を巻き込もうとする。
「あなたなら幹部になれる(だから立候補して議員になろう)」
これは例えだけど、「この国を良くしていきたい」みたいな話にいつもなっていくので、「昨日見たバラエティー」なんて「くだらない」と見做される。
「私はテレビを見ない。世界を見てる」
勝手にしろよ!!という話だけど、魚座ってちょっとこういうとこありませんかね。
そういえば彼女に限らず、4つ下の子と衝突することが何度かあった(複数人)
それは冥王星が私の太陽ときっかりスクエアになるからかも。
しかも山羊座に星がある人に警戒心を抱きがち。
どうも「敗北」の念を抱いちゃうのは、冥王星がらみのTスクエアがそのゆえんだろう。
しかも相手は山羊なので、自分がひどく感情でもの言ってるように感じちゃうんですよ。
社会的にあっちに軍配が上がるのだろうと。
山羊の人というのは、最初そんなつもりがなくても乗っかれる台には乗るんですよ。
そんで見下ろしたりして「あ、まだそんな下にいる?」なんて驚いてみたりする。
うるせーな!ってこっちが言えば、山羊は常識人っぽく「あわわ」となるのですが、「上にいる自分」という優越は隠しきれずに滲み出る。
私は山羊に「勝った」と思ったことは一度もない。
じゃあ誰なら思ったことあるかったら双子ですかね・・
って、うそうそ。
というか双子はマシュマロのような弾力性があるので、上に乗ったつもりでいてもするっと落とされる。
あの人は勝ち負けとか優劣の意識がとても低い人たちに思える。
いや本来、双子は勝負ごとに燃えるタイプと思うけど、優越感を欲してる人じゃないような。
とはいえ、マシュマロから落ちた自分を「ざまぁみろ」とあざ笑うスヌーピーみたいな人ですかね。
「あんなに仲よかったのに」という人を時々切なく思い返す。
牡羊の子、蠍の子、牡牛の先輩。
牡羊とはいっときすんごく笑ったり怒りの矛先が同じだったりして分かり合えたのに、いつも私が牡羊の体力に付き合いきれない。
ずーっと先まで走っていってしまうけど、牡羊は人のペースに合わせないとこがいいので、それでいいのだろう。
蠍の友達はたくさんいた。
高校時代のあの子、大学3年のゼミの子、25歳ごろの後輩、27歳ごろの先輩などなど。
深い話をたくさんしたのに、切れてしまったのはなぜだろう。
まぁ、恋愛や結婚・出産、そのあたりかな。
彼女たちは目の前の愛に全力なので、蠍座に気を遣われて時間割いてもらうとか、申し訳なくてできないっすね。
とはいえこの間の水星逆行時に、蠍後輩とLINEが復帰したことは嬉しかった。
牡牛先輩とは、正直数年前に会ったときに違和感を感じた。
言葉がきつく感じてしまって、総じて先輩という方たちは、茶化すというあたりを悪気なくやってしまう人がまだ多いように思う。
若い頃の私は「笑ってください!」でやれてたけど、もう今無理かなと。
「先輩後輩」を今まだ再現するってもう疲れちゃいますね。
-
友達備忘録
友達といて何が楽しいって、「引き出される感覚」かなと。
「嫌だな」と思ってたけど内側に押し込めてたようなことを目の前の友がズケズケ言ったりする。
モヤモヤが言語化されたときのあの爽快感ったらないですね。
友よ!!と目に星をたたえながら感動で震えたりしてる。
共感とかシンクロも楽しい。
そうそうそう!!!と激しくうなずくときのあの満たされ感ね。
小学校入学時、友達を作ることにしばらく戸惑ってた記憶。
家が目の前の幼なじみにはいまさら感があるし、すでに仲良しの誰かとつるんでる。
うちに来てくれた友達は小1なのにとても冷めていて、嘘つきだった。
天井でゾウやライオンを飼ってると言っている。
なぜうちに呼んだかわかんないけど、誰でもいいから来てほしかったんだろう。
だけど夏休みにはクラスの人気者・まーちゃんがうちに泊まりに来て、翌月くらいには私がまーちゃんちに泊まって…なんて交流ができていた。
誰よりも笑い声が響くまーちゃんとなぜ友達になれたのか全然覚えてない。
まーちゃんは「ひょうきん」とよく言われていた。
よく笑うし、笑わせるし、その声は大きい。
そして先生にひいきされるくらい可愛らしかった。
そしてまーちゃんはエロに興味津々な子だった。
「ドラマで男女が抱き合うシーン=S○X」という乱暴な知識もまーちゃんから教わったし、まーちゃんの両親の部屋になぜ入っちゃいけないかも聞いたことがある。
なんでも「ティッシュがときどき落ちてるから」と、わかるようなわかんねーようなことを言っていた。
まーちゃんの誕生日は今でも覚えてる。
なぜならタモリと同じだから。
獅子座。
ただ、月が水瓶か魚かは不明ですね。
あのユニークさを思うと水瓶じゃないかと思うけど、自分のことを「可愛い」とよくわかってた気もするので魚かもしれない。
「コックリさん」や「りんごちゃん」を一緒にやったときのぶりっ子声は魚っぽい。
なぜ仲良くなったかを星から見るならば、私の乙女座初期度数金星と、まーちゃんの獅子座後半太陽が重なってたからだろう。
でもあのころの自分は、エロでもなんでもオープンにしゃべるまーちゃんにただワクワクしてただけで、自分が何をどう表現する子だったかが思い出せない。
自分が言葉にできないあれこれを表に出してくれるまーちゃんが大好きだった。
だけどクラス替えになると、そんな友情もあっさり終わるのが小学生。
ただ、小3・4年の私が仲良くなったのもまた獅子座の子。
彼女の誕生日も覚えてる。フジテレビの日だから。
「アコ」と呼んでいた。
彼女との友情は中学まで続く。親友だった。
りぼんで連載が始まった「ちびまる子ちゃん」に2人してゲラゲラ笑って、なぜか2人して大槻ケンヂにハマったりした。
「私らしさ」をがっつり引き出してくれたアコ。
中1には2人してイカすバンド天国にハマり、まーちゃん以上のエロ情報を教えてくれたのもアコ。
私は夫婦が同じ部屋にいれば子どもができるものと思ってたけど、「いやいや、S○Xだから」と教えてくれた。
あの日のまーちゃん情報とアコ情報がつながった!
私は自分よりずっと年上ばかりがいる家で育ったからか、そのあたりの情報がうまく閉ざされてたっぽく、とはいえエロへの興味はずっとあった。
それをまーちゃんとアコが満たしてくれた気がする。
「笑い」に関しても、小学生の私が無邪気に楽しむことを上のきょうだいが「くだらねぇ」と一蹴するから、ただ無邪気に年頃っぽいことで笑いたかったんだ。
きょうだいはなんでもかんでも私の興味を上から目線でジャッジして、ダセぇとかウケねぇとか。
そんなジャッジもかわせるようなマイナーカルチャーに惹かれていく流れは必然だったのかもしれない。
きょうだいもよく知らない世界へと。
中学ではアコの他にも友達が次々できた。
オークマ牡羊座…「怒りの表現」「反逆ポーズ」に大いなる影響を受けた。
タキ山羊座…「可愛い」とはどういうことかを学んだ。
まいちゃん蟹座…おしゃれと笑いと恋を楽しんだ友。
しらちゃん山羊座…部活を頑張ることと、頑張りの外にあるゆるさを楽しんだ。
すがちゃん蟹座…体の変化や生理など誰にも言えない悩みをよく話した。
オークマとは中1だけの付き合いで、中2になったら廊下ですれ違っても目も合わさなかった。
なんなら睨まれたりする。
オークマのおかげで私は「笑い」以上の「怒り」というダイレクトな感情表現を引き出された気がするけど、担任やクラスの男子に「お前ら感じ悪い」と言われてから私は引っ込めるようになった。
人目を気にする蟹座ですからね。
そんな私を「ひよったな」という目で見るようになったオークマ。
オークマは卒アルで斜め45度の睨みをきかせてたけど、3年間彼女の怒りは鎮まらなかったのだろう。
タキは東京の芸能事務所に所属してたけど、「可愛らしさ」「選ばれ」ということにいつも脅かされててメンタルが安定してなかった。
小学生までは「一番可愛い子」でいられたのに、東京という世界を知って愕然としたらしい。
よくうちの門の前で「苦しいの…」と泣いていた。
そのくせ彼氏までできてすべてを真面目にこなそうとするタキはいかにも山羊座だった。
まいちゃんは親とよく都内に遊びに行くようなおしゃれな子で、私はタキより可愛いと思ってたけど、本人は「私なんて…」と謙遜する子。蟹っぽい。
とはいえ親が美容師だからか奇抜な髪型をよくしてきた。
キョンキョンみたいな刈り上げとか。
部活終わって帰ると、帰宅部のまいちゃんが私の部屋から「やっほー」と手を振ってたりする。
「shikiの部屋で待たせてください〜」なんて言ってあがったんだろうけど、その展開は漫画みたいでとても嬉しかったのを覚えてる。
ちなみにまいちゃんは今、私の母親の髪を切ってくれている。
喧嘩したことのない温かい友。
中1までは火星座の友達で、中学後半からは蟹ー山羊の友達。
火星座の友からは「笑う」「怒る」「楽しむ」という感情表現を存分に引き出され、蟹ー山羊の友からは恋愛やおしゃれなどで「社会性」を学ぶという、今後の「自分のあり方」の指針となる像を目の前で見せてもらった気がします。
それでも「私らしさ」というのがなんなのか、中3でもよくわかってなかった。
なぜなら中3のときに男子から「お前、暗い」と言われ、衝撃を受けたから。
アコやまいちゃんといつも笑ってる私のどこが暗いのかとんとわからなかったけど、何かしらのマイナー性がにじんでたのかもしれない。
高校に入って最初に仲良くなった子は「恋愛しなくちゃ!」という勢いの強い子。
蠍と牡牛の子たち。
私の火星が牡牛だからか、蠍座が8室だからか、「性」のあたりが小学生とは違う具体性でもって意識にのぼる時期。
そんで金星期なので、髪型や靴下の丈にこだわったり音楽を心から楽しみましたよね。
カラオケ全盛期。ZARDとドリカムばかり歌ってた。
友達は自分を映し出す鏡のよう。
一緒にいることで「私らしさ」が浮き彫りになる。
家族内の自分が決して無口だったわけじゃないのに、友達と家族ではなぜ見せる顔や選ぶ言葉が違うんだろう。
家族はまるで子宮みたいだった。
ずっと守られたかったはずなのに、ある時どうしても出ていきたくなる。
ひどく傷ついても、家族にどうしてもらおうとは思わない自分になっていた。
友達じゃないと育まれない何か。
「私ってこんな人だったんだ〜」「こんなことを楽しむ自分」
友達がどんなに風変わりでも愛らしかったのは、多分自分の一部でもあるから。
ところが好きな人・恋愛相手となると引き出されるものがまた違いますね!
それはまたいずれ。
-
「アニー・ホール」
ダイアン・キートンの死去に際し、2020年に書いた感想を一部編集して再アップします。
**********************************
「アニー・ホール」はとても思い入れのある映画。
21歳ごろリバイバル上映で初めて観ました。
BSなどで放送されるたび何度も見てしまう大好きな作品。
今回またU-NEXTで視聴。
1977年の作品です。
「アニー・ホール」といえばこのシーンですね。
(画像は映画.comより)
テニス合コンみたいなとこで出会った2人。ぎこちないながらも意気投合して、ダイアン・キートン演じるアニーの家でワインでも飲もう。
そこから始まった恋。ちょいちょい難しい映画なんですよね。
インテリ臭が漂うというか。
でも何よりウディ・アレン演じるアルビー・シンガーこそ、人のインテリ臭に露骨な嫌悪感を表す。
アメリカの政治や思想、地理的な特徴とか、いろんなことを知ってこそ楽しめる映画でしょうけどね。
20年たって見てもアメリカのことはよくわからないまま。
「究極の恋愛映画」ではあるんだけど。
当時42歳のウディ・アレン。
このアルビー・シンガーという男は、皮肉がすごい。知性はにじむ。
それらユーモアで中和するところが魅力とも言える。好みのタイプは知的な会話ができる女。
2度の結婚歴があり、女たちのイケすかなさばかり目につき始めたらもううまくいかなかった。
このアニー・ホールがまた変わった女で、知性とかって感じじゃない。
ユーモアのセンスもなんかヘン?
笑い方もなヘンだけどよく笑う。そこがよかった。
すごく惹かれ合った二人。アルビーは変わり者だし理屈っぽいのに、「こんな男は嫌だ」とは思わないんですよ。
一緒にいたらすごく楽しそうと思う。
甘い思い出をたくさん積み重ねられそう。
なんかダメなとこだって許容できてしまう。
やっぱり恋愛ってすごい普遍的なものなんだな。
「相手のために」とかいって自分のため。
帰ってほしくないのに住み着かれると嫌になる。
結婚願望ないくせに縛ってくるのは大いなる嫉妬ゆえ。
会話のほとんどが誰かに対してのマウンティングだし、ちょっと華やかな会合も嫌悪するから一向に広がらない世界。
変わらないでほしい、楽しいところに遊びに行かないでほしい、自分だけを見ててほしい。
恋愛の一番つらいところって、「違い」がやけに悲劇的な亀裂となって横たわるあの時期ですかね。
いったん別れた二人。
アルビーはライブ一緒に行った女と寝るけど、ベッドでいまいち盛り上がらない。
白けた真夜中のコールは、パニックになったアニーから。
「浴室にクモが出たから来て」アニーに呆れながらも駆けつけて、しゃかりきにクモ退治する。
アルビーのこの優しさとユーモアが、モテるゆえん・アニーが愛するゆえんですかね。
そんでヨリ戻すんだけど、奇跡みたいな幸福再来のあと、なぜ決まってもっとひどい展開になるんでしょうね。相手がホント嫌になる。アニーは歌手として誰かに認められるなんて思いもしなかったけど、LAのなんかすごい人(ポール・サイモン)に気に入られてしまい、運命が華やかに変化しつつある。
その気配を感じたアルビー、ついに「結婚しよう」と言い出す。
なぜ男はライバルが現われたときにしか「俺だけの存在ていてくれ」と表明しないんだろう。
今さら感に突っぱねるアニー。
苦手な飛行機で何千マイル飛んでこられたって、イコール愛ではないことをアニーはもう知っていた。
アルビーの好みの女とは違うアニー。
でもどの女といる時よりも「楽しかった」
それでよかったはずなのに、アニーを自分好みに寄せるために大学へ通わせる。
知性つけてこいってか??
賢い女が好みのはずなのに、なぜかいつもうまくいかなくなる。
でも「なぜ」じゃないのかも。
男のすること全部優しく笑顔で受け入れて、かつ賢いツッコミや丁々発止もできる女を、ウディ・アレンだけじゃなく男はみんな望むことなのかな。
俺色に染まってほしい。俺のコンロトール内に収まっててほしい?
映画見ててそこに苦しくなった。
この映画は、アルビーとアニーの交際がすんごい楽しく切なく描かれてるんですよね。
とりわけエビのシーン。
素で笑ってるふうのあのシーンを思い出すと、涙滲んでくる。
恋愛って本当に波があって、ものすごい幸福期もあるし。
だからこそ嫌悪期がつらすぎるというか、その繰り返し。
あとやっぱ二人のファッションが素敵ですね。
最後の最後のセリフで、20年前の私は少し泣いてしまった。
それでも付き合うのは、卵が欲しいからだろう?
今見てもぐっとくるセリフだけど、「卵?」と、しばし考えちゃいました。
でも20年前は考えなかったんですよ。
考えるな感じろでばーっと感動しちゃって。
今じゃ「どういう意味?」とネットで検索する。
昔は「わからないことすぐ検索」とかしない分の豊かさがあったはずで。
自分なりの解釈と想像を広げっぱなし。
わからないまま、映画の感動だけを胸に抱えてればよかった。一番たくさん見た映画監督はウディ・アレンなのです。
キネカ大森でウディ・アレン特集をやってたあのころでもありました。
でも「ギター弾きの恋」のあとはあんまり見てない。
「マッチポイント」もなんかピンとこなかったような。
「マンハッタン」といえばガーシュインのあの曲ですね。
「魅惑のアフロディーテ」がよかった!
「世界中がアイ・ラヴ・ユー」はサントラを買いました。
U-NEXTでも探してみようと思います。歌うアニーの幸福感にうっとり。
女の幸せとは、「わたし」という確立された場を持つことなのかもしれません。
-
バイト備忘録
先月から新しいバイトを始めました。
この歳にして長時間の立ち仕事。
本業がデスクワークだし、日頃運動もしないのでいいかと思ったけど疲れるわ〜
腰にくる。
意外と肩も凝るもんで。
でもこのバイト先は私より年上・同年代と思われる女性が多く働いてる。
私もじきに慣れるのでしょう。
あと大学生男子が多い。
母親と息子みたいな構成(と感じた)
大学生女子はさすがに輝きが違う。
仕事上、地味な制服・髪型でも断然キラキラしてる。
私もあんな輝きを放ってたんだろうか。
自分じゃ当然わかんないわけで。
大学生男子は2人並べばすぐじゃれ合う。
その会話のほとんどがよくわかんない。
早口でモゴモゴしてるのになぜ会話が成立してるのか。
その不明な会話の前で優しく微笑む4、50代女性。
きっと同じ年頃の子どもがいるのだろう。
私は微笑ましい気持ちにあんまならないけど、雰囲気で口角は上げてみる。
そこに3、40代の男性が休憩室に入ってきた。
男子たちの会話にすぐさまツッコミを入れて笑いの輪が一層広がる。
わからない。
何を言ってるのか。なぜ笑ってるのか。
男の世界ってこういうとこ謎なんだよな。
男から見た女も謎とは思う。
明るくてすがすがしい職場と思ってたけど、数日通うと女性同士の愚痴に気付くようになった。
「・・目も合わせないのよ」
「・・表情鋭くなったよね」
「・・キャンキャン怒られたんだから」
「・・更年期じゃない?」
ここで近くに座ってた男性がピクっと動いた。
なぜか私が居たたまれない。
私は愚痴に参加せず携帯見るふりしてたけど、ほうぼうにアンテナを広げていた。
正直、誰のことを言ってるか知りたくてしょうがない。
更年期ということは大学生じゃないだろう。
4、50代の誰か・・表情が鋭い人・・
とはいえ入ったばかりの私じゃまだわかりようがない。
案外、愚痴を言われる方より言う方がトラブルを起こしたりする。
巻き込まれたくない。
私と同じ時期に入った女性は人見知りしない性格なのか、休憩室に誰かいれば会話をはずませている。
そのおかげで、彼女といれば私も孤独にならずに済む。
でも、疲れる。
私は最近、無理をしない自分でいようと決めたんだ。
なのに、とりあえず口角上げて「悪意ないオーラ」を出すよう努めたりしてる。
これもなかなか疲れるのに、頑張って人の輪に入るなんて休憩の意味がない。
休憩時間はしんから休憩したい。
それを責める人なんていないだろう。
休憩室に男性が多いときは気にせず無口でいられるのに、女性がいると頑張ろうとする癖。
男性に対しては、「やべっ」とかうっかり言っても問題ない。
むしろ男性は「その人の素」が現れるほど、それを楽しむ人が多い気がする。
女性の前でガラの悪い自分が出てしまったとき、ほとんどの女性はにこにこしてくれるけど、その心はどうかわからない。
こんな警戒心を40年ぐらい抱いてる気がする。
「あなたに対して悪意は持ってない」
これだけじゃ通用しない女性同士特有の何か。
もっと何か働きかけて「安心させる」「信頼してもらう」、この域に達しないと真の仲間にはなれない。
小学生の時にはすでにこんなこと体感してた記憶。
あとバイトしてつくづく感じたのは、昭和生まれのタチの悪さ。
自戒も込めてだけど、「頑張る」を大真面目にやる癖が染み付いている。
熱血と根性で乗り切ることを「善きこと」と思ってる問題の根深さ。
いや、実際は昭和生まれの根性があるからどこの職場も成り立ってんだろうとも思う。
昭和生まれの律儀さ
昭和生まれのしごかれ経験
昭和生まれの低姿勢
昭和生まれの競争心(承認欲求)
私はこれがベースにあることをがっつり自覚してるけど、これが自分をひどく消耗させてることに改めて気づいた。
というのは、おそらく平成生まれと思われる人たちの「あーべつにいいっすよ」感。
このぬるい風を浴びたときの衝撃ったらなかった。
すべてにおいて「いいっす、いいっす」「そんな感じでOKっす」
怒らない!!
昭和世代の良くない癖といえば「これ絶対やっちゃダメ」という禁止ワードで人を縮み上がら
せることと思う。
その「絶対ダメ」がとにかく散りばめられ、これがまた神経すり減るんだ。
この教育も正しい部分はそりゃあるだろうけど、「ダメ」から入るのと「いいっす」から入るのとでは全然違いますね。気楽さが。
そもそも新人に「気楽さ」なんて禁じられたものという共通認識があったんじゃなかろうか。
これまでは帰りの電車内でめいっぱい反省モードに入り、「人の目」をじっくり振り返りながら「大丈夫だっただろうか」と不安なまま夜を明かしていた。
たぶん、いつだって新人に求められる範囲のことはできてたと思うのに、いつだって「それ以上できなかったこと」に心を痛めていた。
なぜもっと気を利かせられなかったのか。
そんな必要はなかったかも…と思いつつ、「心痛め疲れ果てた新人っぽさ」は誰かを満足?安心?させてたのだろう。
しかもその頑張りはほとんど報われず、搾取感ばかりが募っていく。
だけど令和のバイト現場じゃ、過度な頑張りなど求められてないように感じた。
頑張りすぎても誰もケアしちゃくれない。
人は人、自分は自分。
それでいいんだと思う。
今度は心すり減らさず口角上げすぎずに淡々と自分のために働こうと思う。
