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2026年元日の話新年あけましておめでとうございます。
昨年はブログの移行・大幅変更をしましたが、新しい「ゆめぼしブログ」にもアクセスしていただけてることは本当ありがたいです。
今後ともよろしくお願いします!
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2026年今年の元日は平和だった!
朝から晩まで家族(母・兄)と過ごしたのに、トラブルが何も起きなかった。
怒りも湧かないし、「早く帰りたい」とも思わなかったことが意外で、帰りの電車内の自分もなかなか穏やかな顔をしてたんじゃないかと思う。
この数年(10年くらい)の正月は必ず泣いたり怒ったりしてたんですよね。
その話を友人にすると「銀のイルカ」の運勢の人は正月に運気が下がるからじゃないかと言われた。(ゲッターズ飯田による診断)
そう話してくれた友も銀のイルカで、ここ数年は正月も介護で気が休まらないらしい。
また別の銀のイルカの同僚は大晦日の掃除中にトイレに掃除用具を詰まらせ、正月に業者を呼んだら5万近く取られたと泣いていた。
そうか、正月のトラブルは運勢的にしょうがないのか・・
私はまた去年の10月あたりから年末が憂鬱だったですね。
そのころ始めたバイトはレジャー施設なので、年末が1年で最も大変になるという。
だからシフト協力してくださいと10月から呼びかけられ、今年の年末は介護より仕事を選ぶことにした。
「今年の年末年始は介護にほとんど携われない」という事実を早めに積み上げたおかげで兄にも受け入れてもらえて、デイサービスやヘルパー訪問も通常運転で利用することにした。
つまり私の気持ちに余裕があったことが、これまでとの違いと思う。
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去年の後半は吉本ばななさんの本ばかり読んでいた。
知ってる人は知ってるのだろうけど、ばななさんってスピリチュアルな方なんですね。
最近読んだ本は「ウニヒピリのおしゃべり」
ウニヒピリとは「内なる子ども」「潜在意識」のこと。
ホ・オポノポノの考え方の中で必ず出てきますね。
ざっくりしたことしか言えないけど。
そうそう、私はかつてホ・オポノポノの4つの言葉をいつもつぶやいてたんですよ。
「マーマーマガジン」がそのきっかけで、服部みれいさんの本「あたらしい自分になる」を夢中になって読み、シルクの靴下たくさん履いて「ひえとり」をしたり、ブルーボトルを買ってお水によるクリーニングをしていた。
それは15年ほど前のことで、いつからかぱったりと忘れてしまってたいた。
夢診断の講座に1年も通い続けたことも、石井ゆかりさんきっかけで占星術を学んでいくことも、そう考えれば自然なことだった。
私はこういうスピ的なことがすごく好きだったよなぁと久々思い出しました。
いつからかどこからか、自分のスピ的な部分を特別恥ずかしい・隠すべきものと思うようになり、ブログもやたら濃厚でマニアックな記事は消したりもしたし。
30代後半以降の私は「軸」を外側に置きがちで、この自分の感覚より周囲の意識の方が正しいと思うようになって、そうなってることにも気づけないまま50代を迎えたんだなと、ばななさんの本を読んではっきり自覚した。
泣いたり怒ったりするのは、自分が自分の声を聞いてないから。
ウニヒピリの訴えを無視し続けてたんでしょうね。
「わかってほしい!」と他人にその理解を求めてたけど、一番わかってなかったのは自分。
「苦手」「好き」「怖い」等々、自分の感覚はどれも正しかったじゃないかと、過去のあれこれが夜ごと思い返されたこの冬。
違和感を覚えた自分が間違ってる・どこかひんまがってるんだと思い続けてきてしまった。
そんで久々にホ・オポノポノのクリーニングをするようになったからか、仕事も体調も人間関係もなんか穏やかになった体感。
ところがこの年末、バイト先でペアになった人との相性が悪かったのか、体調が悪くなってしまいペアを変えてもらった。
少し前の自分なら、「他の人は問題なくペアをこなせてたのに」と自分を責め続けてたと思う。
いや、年末になぜこんなことが…と実は大晦日まで引きずってしまった。
けど、ちょうど読んでたばななさんのページに「ウニヒピリの声を聞くようになると、今までにないつらいことが起きたりする」と書いてあり、おー!と思った。
「本当の自分」に揺らぎがなくなってくると、受け付けないものもはっきりしてしまうから、というようなことが書いてあった。
確かにペアの人は、今まで組んできた人とは違う独特な雰囲気があり、コミュニケーションが苦手なのはわかったけど、私に対して「指示を重ねる」、私を「未熟者」と扱う、つまり終始マウントを取られ続けてる感じで、それがOKな人もいるだろうけど私はダメだった。
尊重されてないと感じたし、「越えてきてる」と不快だった。
ばななさんは人間関係において「どこか過剰であること」への警戒心が強く、ずーっと笑顔だったり、ぐっと距離を縮められたり、ぱっと華やかな雰囲気を人為的に作ろうとする人からは離れるようにしてるという。
たとえ周りに「え、あの人めちゃ優しくていい人じゃん」と言われても。
この部分を読んだときに、過去のいろんなことがほどける思いがした。
なぜ自分はあの人が苦手なのか(周りはみんな受け入れてるのに)、ということにどれだけ苦しんできただろう。
でも「それでよかったんだ」とやっと思えましたよね。
わかんないけどわかる。
本当はわかっている。
ただそれらを言語化できないと自分のなんにも肯定できなかった。
周りに認められるにはうまく言語化しなきゃいけない。
言語化できない自分は間違ってる。
とらわれてたよね〜
でも今やっと言語化できる。
「合わない」と感じた人は、私にとって誠実と感じられなかった。
自分が正しい・誰が悪いという話ではないけども、相手を誠実と思えない部分がいつも引っかかっていた。
「でもいい人だから」と自分の違和感を無視してやがて爆発。
もしくは、「いい人の化けの皮がはがれる」ようなショックな出来事が起きて離別。
いつもそういうパターン。
誠実さのギャップで人と人は離れてしまうものなんだ。
「いい人・優しい」と多くに思われてる人でも、私にとっての「いい人」ではなかったりする。
ある人は自分がいい人であるというCMを作るために、そうなれる素材をいつも探していて、私は素材の一片だったから。
そんなことを誰かに話せば人非人の目を向けられるのは私の方かもしれないけど、どうしてもその「いい人そう」な人から純粋な愛情が感じられないのだからしょうがない。
警戒感が発動する善意って、そう珍しいことじゃないかもです。
わかりやすい「いい人感」に人は簡単に参っちゃうけど、「違う」と感じたならその感覚の方が合ってるのだと思う。
お正月は家族で愚痴や文句も出なかった。
各々の心身が健康だったことも大きい。
例年いつも私が疲れて背負ってイライラしてたからね。
とりわけ面白かったのは、兄が同窓会をすごく楽しむタイプとわかったこと。
そんな人間が私の周りにはいなかったので、「いつもどこかで同窓会が開かれてるワケ」がわかった気がした。
兄は兄で、同窓会嫌いの私が信じられないようだった。
性質が真逆でも楽しめるんだな。
そういう良い元日でした。
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よみがえった左利き12月は半休職の日々だった(週3勤務)。
職場の同僚が「元気?大丈夫?」と体調を気にかけてくれたので、「…うん、だいぶ」なんて病弱ぶってみたけど、実はかなり元気です。
週3勤務だとかなり体力・気力が戻るもので。
やっぱ働くって心身にとって相当ストレスなんだと思う。
しかも週5ですよ。
私なんて非正規だから拘束時間は短いけど、世の正規社員は9時17時で週5働いてるんですよね?
そりゃギスギスするって・・
しかも残業しないとローン払えないとか、己の肉体を酷使しすぎでしょ・・
いや、週3勤務で何が問題ってやっぱ給料なわけですがね。
肉体を酷使しないと家賃や生活費・税金などの半分も払えなくなる。
大幅赤字が数ヶ月も続いたら貯金が減るスピードが一気に早まって、それが怖いから身を犠牲にするわけで。
ところが半休職してから支出が増えている。
スニーカー買ったあとは枕、パジャマを買い、今までどれだけ合わないものを使ってたかと気づいたら要らない服が見えてきて一気に捨て、そんで新しいニットなんかを買った。
食生活にもアップデートの波は及び、せいろも買ってしまった!
私はこれまで「心地」よりも「どう見られるか?」ばかり意識してたらしい。
デザイン重視と言えば聞こえはよさげだけど、何を身につけても「合ってないんじゃないか」と、いつも人目を気にしてた。
気にしてたというか、「合ってないかも」という感覚はそのとおりだったのだろう。
たぶんマッチしてなかった。
心地を重要視するようになると、人目なんてどうでもよくなる。
自分が気持ちいいってことがどれだけ大事なのか。
その他の情報なんて関係ない(たとえ似合わないと思われてても)
この「心地」の流れと関係あるのか、ただ暇になったからか最近は塗り絵にハマってる。
ハマるといっても決められた色にただ塗ってるだけで、塗り方とかは超下手。
私って金星乙女1度だし、仕事も細かさを発揮して時々嫌がられるほどなのに、塗り絵の雑さに我ながら驚く。
線もはみ出るわ、広い面では斜め塗りと塗りつぶしとでインクが汚く滲んでる。
ChatGPTに相談したら、「自由な心を取り戻したということです!」となぜか絶賛された。
つまり仕事じゃないのだから、「誰に要請されてもない・見られることもない自由な空間で本来のあなたらしさが出ている」とのこと。
あと左手で塗ってるのもあるからかも。
私は昔、左利きでほとんどが右に矯正されたけど、絵を描くのと色塗り、定規で線を引くのだけは左の名残が残ってる。
でももう絵なんて全然描いてないし、ましてや色塗りの機会もない。
これでも小中のころは漫画を描いてて、高校生でも教科書にイラストを描き入れたりしていた。
左手でペンを持つ感覚がすごく好きだったのに、20代以降はそんな感覚もどんどん忘れていって。
それが今!
その左手感覚を取り戻したくなっている。
やっぱこれは仕事を減らしたことで自由な心を取り戻してきたということじゃないか?
そんで最近読んだ本によると、〇〇利きというのは脳から来てるので、右に矯正されても左利きの人は左利き脳らしい。
右利きの人が言語系の左脳優位としたら、左利きはイメージ系の右脳優位の人と。
左利きの人が言語系を使うとき、右脳でイメージしてから左脳を働かせるので、右利きのダイレクト左脳と比べると若干遠回りらしい。
「言葉がすぐ出にくい」とか「人から言葉で説明されても理解しにくい」という特徴には「あるある!」と思った。
常々、自分はなぜマイノリティ性を帯びてるんだろうと思ってたけど、左利き特有の思考がなんか独特だったのかもしれない。
多くの人がわかることがわからないとか(人からの説明がすんなり頭に入ってこない)
逆に、「なぜみんなはわからないんだろ?」と思うことも多い。
良くも悪くも視野が広いらしく、確かに状況を「空間」として捉えているかもですね。
空間内のエラーというか目詰まりみたいなものを感じやすいところがあり、ただ、それを指摘すると「???」という反応だったりして、宇宙人みたいな気持ちになったりとか。
宇宙人と言うと可愛いけど、「通じない」ことの孤独感はなかなかストレスだったし、「余計なことを言ったかも」と自分を責めたこともどんだけあったか。
あと私は「南」とか「東」とかをよく使うけど、「方角かよw」と笑われることが多く、「なんでだよ」と心で思ったりしていた。
運転免許があれば誰しも東西南北に明るくなるだろうと思ってたけど、これも左利き脳特有の空間認識力なのか?
不安を感じやすいのも「心の弱い不安症」みたいに自分を思ってきたけど、物事を広く捉えすぎるがために、また右脳的な感覚系が働きやすいために、自分を脅かす情報までずっと拾ってきてたのかもしれない。
私、利き目も左なんですよね。
どうりで右顔が退化しつつあると思った。
右目が年々小さくなってんですよ。
自由な心を取り戻したら、絵を描いていた自由な感覚まで呼び起こされつつあるなんて。
単純だけど、その単純さすら押し込めてきたのかと思うと、労働って恐ろしい。
「労働一番・カネ2番」みたいな人間になっていた。
とはいえ明日も仕事。大晦日も仕事。
何年か前に「週休4日でお願いします」というNHKドラマがあったけど、そこで飯豊さんが言ってたことが少しわかってきた。
「食べるために働くんじゃなくて、食べるために休むんです」
だっけかな?
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独身女の立ち位置(なんで結婚してないの・その2)朝からモヤモヤする記事を読んでしまった。
「<皆藤愛子>「心配事が増えて」及び腰 婚活のプロは「結婚に向いてる」と太鼓判 「上田と女」2時間SPで」
皆藤さんが「なんで結婚してないの?(婚活しないの?)」と聞かれたんだろう、と想像しただけでイライラしてしまった。
実際は聞かれたわけじゃないかもけど、婚活がテーマらしいので未婚の人は何かしら語らざるを得ないだろう。
まぁ本当に嫌だったら番組に出ないだろうから、彼女にとっては特別問題でもないのか…
皆藤さんといえば土曜の競馬番組(千葉/埼玉テレビ)MCで、私も時々見てるけど愛ちゃん本当楽しそう。
あの笑みをほとんど曇らせることなく予想をし、競馬記者にツッコミ入れつつ番組進行し、ハズれたときのみ少し顔を曇らせる。
フジテレビに出てたときの天真爛漫さ・ハッピーさは健在で、既婚とか未婚とかどうでもいいだろうと思う。
でもね、確かに私だって「愛ちゃん未婚なんだ」とは思う。
思いの奥にあるのは「あんな素敵なのになぜ未婚?」「結婚してそう(それくらい素敵)」という率直な感想。
そんな感想が浮かぶのも未婚への偏見が自分にもあるということ。
だからこそそんな率直さは秘めるべき(人にぶつけることじゃない)と思ってるので、「なぜ未婚?」という問い&アンサーを「番組の企画」というテイで全国放送されると思うと血圧がくっと上がる。
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考えてみれば「なぜ未婚?」という問いってすごく失礼じゃないか。
独身者のみが集まる場で独身者同士語るならまだしも、既婚者が未婚者にその理由を聞くのって人を見下してると思う。
聞かれたことある人なら誰もが感じるであろう、あの尋問のような問いかけ。
「なぜ?」に対して納得してもらうための答えを導くのにとてもエネルギーを要する。
なぜって・・・
私も何度このことを自分に問いかけただろう。
どこかにレポートでも出すのか、卒論タイトルが「未婚のゆえん」なのかと思うほど、過去にさかのぼってその時々の自分や家族、恋人や人間関係を再点検したりした。
そして30代後半、40代、50代で出した答えはそれぞれまったく違う。
答えを出す必要なんてないのに、ずっとこの作業を続けているのはなんでだろう。
「これだ!」というその時々のベスト解を持っとけば、いざとなったときに自分を守ってくれるという肌感覚があるからかな。
「いざ」とはなんだというと、率直な問いが迫ったときうっかり自虐的なことを答えたばかりにみじめ方向に自分が位置づけられるような事態、そのリベンジとか。
適当な自虐が、「へぇそうなんだ」って相手に本気で受け取られて、「いや、そうとも限らない」と自分で訂正する必死な時間、そのリベンジとか。
だけど、たとえ自分の中で解が見つかったとしても、人に言うことではない。
「言わない」という毅然とした意志を持つためにも、ひとまずの解を持っとくのはいいかもですね(誰だよ)
結婚と大学進学って似てるんじゃないですかね。
「大多数が進むもの」と思われてるけど、進まない人もいる。
進まない人が決して生きにくいわけじゃないだろうに、進んだ人は「進んだ方がいいよ」と言うし、その選択に誇りを持ったりする。
とはいえ、進まなかった未来なんてわからないじゃないですか。
「あれを選択しなくて(選択して)よかった」なんて、自分のことならいくらでも言えるけど、誰かの人生をジャッジするなんて「ほっとけよ!」という話で。
そういう失礼な質問をする人は、自分の選択に納得したいがために見下す相手を探してるんだろうと最近思うようになった。
何かしらの閉塞感や不満、不自由度を感じているんじゃないか。
自分の孤独を投影しやすい相手をうっかり見つけてしまっただけの。
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TBSドラマ「フェイクマミー」は先週最終回だった。
東大卒の独身女性(波瑠)が、多忙なシングルマザー経営者(川栄李奈)の娘の”学校専用お母さん”(フェイクマミー)として雇われるドラマ。
波瑠は実母じゃないのでは?という疑惑が誰かにちょいちょい漏れていき、ワイドショーネタや逮捕騒動になるほどの大事件に発展するも、最終的にはフェイクマミーへの理解を劇的に得ることができ、波瑠ものちに多忙な親と、そういう家族を支えたい人とをマッチングさせるフェイクマミー事業を立ち上げたというエンディングでした。
フェイクマミーのことがバレていくと、必ず周囲に「母が2人いるなんて問題だ」と言われるけど、波瑠は「どの家庭もお母さんが2人必要なほど母親は多忙なんです。と反論していた。
また「既婚者・独身者」と分断してその差を煽るのでははく、差があるからこそ協力し合えることもあるはず、というようなことを言っていて、印象的なセリフがたくさんあったんですよね。
母親じゃないからこそ子どもの問題を合理的に解決できる冷静さとか(東大卒という役だからかもだけど)
私自身は、誰かの家庭教師になるという支え方は無理だけど、フェイクマミーの数十分の1は貢献できる何かがあるんじゃないかと思ったりする。
そういう独身女性はとても多いはず。
ドラマのようにPTA的な活動や遠足にまで付き添うのは荷が重いけど、それもやれる・やりたい人は結構いるんじゃないのかな。
そりゃ親にとっての信頼性のあたりは現実的に課題ありとしても、各自治体にファミリーサポート制度ってありますもんね。
何か役割を担いたいと思う独身女性はとても多いと感じるけど、友人や知り合いの子育てに手を貸すにも限度を感じる。
善意だけじゃ長くもたない。
でもいずれフェイクマミーみたいなマッチング事業が出現しそうな希望を持てたんですよね。
マスコミはいまだに既婚・未婚の差を煽るけど、それで人を茶化したり自虐させるなんてレベル低ぇよなと。
その差がもっと生産的に生かされて、私みたいな人間でもマミーマッチングに登録しようと思えるような(なおかつマッチングが成立するような)時代になったらいいな。
「しあわせは食べて寝て待て」でも、「部屋の一間を貸す」という役立ち方ありましたね。
自分の部屋で中学生が受験勉強してるの、いいかもなぁ・・
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べらぼう・ついに最終回
べらぼう最終回、泣いた〜・・
最後のエンディングでずっと涙を拭ってました。
(写真はモデルプレスより)
「泣いた!」という申告をドラマ感想の最上級みたいに言うのどうなの?という声を聞いたり聞かなかったりするけど、やっぱ最上級ってことでいいと思う。
特にべらぼう最終回は理屈抜きで泣けた。
うわ〜っと鳥肌がたって涙が滲むというのは魂が揺さぶられたということ。
この間見にいった宮藤官九郎舞台「大パルコ人 オカタイロックオペラ」でも、泣くつもりないのに泣いてしまった。
峯田さんの歌と黒崎煌代くんの演技にどうしようもなく揺さぶられたんですよね。
そしたら黒崎くん牡羊座だった!(峯田さんは射手)
牡羊ボーイってのは本当に青空みたいにスコーンと抜けててさぁ、その爽やかさにいつも胸打たれてしまうわけで・・
というわけでべらぼうですが、最終回というこんな日に鍵って大人の塗り絵を買ってきてしまい、夕飯前ですでに塗り疲れてたのに、夕飯後、ダーウィン見ながらまた塗り始めてしまった。
そのまま最終回を見てたわけですが、それなりの総まとめ感が続いてたので、安心して塗り絵できましたよね。
歌麿と蔦重のシーンでも塗り絵に心がむかっていたので泣きそびれてしまった。
(これ以降さらなるネタバレで綴っていきます)
だけど綾瀬はるかさんの登場には手が止まりましたね。
綾瀬さんと森下佳子さんといえば名作を生み出したコンビであり、九郎助稲荷と蔦重の対面という豪華な演出にはグッときました。
もう何に泣けたってあのラストです。
蔦重の最後の台詞。
仲間たちの最ラストの台詞、そして拍子木!エンディング。
もうもうなんて粋なのか・・
そう、「粋」ってなぜか泣けるんですよね。
それこそ牡羊座のようなスコーンとした青空を感じさせる「粋」に私は弱い。
べらぼうの粋で瀟洒な雰囲気がとても好きでした。
あのオープニング映像・曲もすごく好きなんですよね。
毎回感動していた。
かつて「いだてん」のオープニングも大好きだったけど、あの大河も粋でした。
私、江戸時代の下町のお話に特に惹かれるのです。
もう15年くらい下町エリアに住み続けてますが、前世この辺に住んでたんじゃないかと思いますよね。
そんでまた、最後に蔦重を抱いていたのが中村蒼さんというのがいいじゃないですか。
魚座の中村さん。
なんて魚座っぽい仕事。
乙女の横浜さんをあの世へと優しく送り出す。
晩年の蔦重のそばにいた人って、乙女座と調和するような人が多かった。
妻役・橋本愛(おていさん)は同じ地星座の山羊座。
染谷将太(喜多川歌麿)は乙女座で、コンジャンクションだけあってその運命性はとても激しかったけど、だからこそ大事な存在と互いに強く思い合う。
それは「家族」「友達」という枠でくくられない「愛しい人」というレベルで、最後のほうでやっと蔦重に歌麿の愛がただ愛として届いた。そうなってからの歌麿の表情が本当に安定して、この役、染谷さんで本当に良かったと思う。
古川雄大(北尾政演)は蟹座、その師匠役・橋本淳(北尾重政)は山羊座。
蔦重のコントロールに反発しながらも、安定した仕事仲間でした。
風間俊介(鶴屋)、岡山天音(恋川春町)、又吉直樹(宿屋飯盛)、津田健次郎(滝沢瑣吉)は双子座。
安田顕(平賀源内)、井之脇海(新之助)、中川翼(みの吉)、尾美としのり(朋誠堂喜三二)、里見浩太朗(須原屋)は射手座。
乙女も双子も射手も「書」「出版」「情報」がテーマとなる運命性となりやすく、スクエア関係とはいえ、だからこその激しさがドラマチックに表現されたんでしょうね。
なんたって双子といえば井上祐貴さんです。松平定信役。
ムキになってキレまくる演技に病みつきになりましたよ。
ぐぬぬぬぬぬ…!と歯噛みしてそうな時の血圧や血管を案じてましたが、いつからか蔦重を目の前にしても落ち着きが見られ。
とはいえ怒りとは別のテンションが感じられ、それが「一度は来てみたかった耕書堂」へのファン心理が捻じ曲がったものだったとは。
井上さんは水星と火星が牡牛でコンジャンクション、冥王星とうっすらオポジション。
人を追い詰めるほど倹約!倹約!とやかましかったですね。
でも月が水瓶なので、倹約と相反する部分が自分の中にあるはずなんですよ。
自分から排除したい性質を他者に投影して、その他者を殺したいほど追い詰めたくなるというのはつまり自分の問題で。
まぁ役の話ですがね。
だから井上さんに定信役はぴったりだったんだなぁと感慨深い。
しかも制作者の話によると定信は「オタク」だと。
だから早口でしゃべるようにお願いしたとの裏話が楽しい!
耕書堂で何冊も黄表紙を買ってましたね。
牡牛座があれだけ強ければ、手の込んだ製作物にもうっとりするはずなのです。
そして双子座だし水瓶月なので、コミカルな書物もたくさん集めたいはず。
倹約とかから解き放たれたありのままの自分を楽しむ定信の姿にも泣きそうになりました。最終回の1話前のあの回ですよ、鳥肌立ちました。
なんておしゃれなストーリーだろうと。
あと書きたいこと、人、場面まだまだある。
生田斗真さんってやっぱ美しいから雷に打たれたりするんだなぁとか(だからキマる)
最後、小芝風花さんっぽいエピソードもあったけど、あの後ろ姿小芝さんじゃないよね?(本人だったらすごい)とか。
あの拍子木の感動はいつまで続くだろう。
すぐ忘れるかもだけど、拍子木みたいなスカッとしたものが自分はすごく好きと感じたし、横浜流星さんの壮大なドラマがそんな終わり方で本当によかったと思ったのでした。
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note備忘録
noteの入会・退会をこれまで何度も繰り返しました。
1日〜数日でやめたこともあったけど、数ヶ月〜年単位で続いたことも何度かある。
いずれも退会するときは精神がほぼ追い詰められていた。
なんでこんな追い詰められるんだ?
自分なりに思ったことをまとめてみます。
・noteが生活のほとんどを占めてくる
著名人やライター経験者などの文才がある人以外、基本能動的にフォローやスキをしていくことが読者(フォロワー)獲得につながる。
最初こそ「少人数同士でひっそりやれればいい」と思うものの、やっぱりコンテストもあるし「読まれたい」欲が出てくるんですよね。
あと単純に魅力的な文章の人との出会いが楽しい。
そうやってフォロー人数が増えると、電車の中でずっとnoteのタイムラインを読んでることになる。
「この数ヶ月まったく本を読んでない」と気づき、編集者の目が入った出版物が恋しくなる。
でも人のnoteを読むと「自分も書きたい」と刺激されるんですよね。
書く作業にしても見直したりとかかなりのエネルギーを要する。
1日の大半がnoteで占められるから、楽しいを通り越して、疲れ切ってしまった。
そんなんでnote退会を決断することになる。
・「スキ」が苦しいことがある
noteは昔(2015年ごろ)「スキ」じゃなくて「いいね」だった記憶。
「スキ」に変わってから苦しさが増したんですよね。
スキって肯定の度合いが強くないですか?
noteに限らず、日々の何に対しても「好き」と明確に思うことがさほど多くない自分。
正直、フォローしてる人の文章に対して「好きとまでは言えない」という声がのぼることもある。
じゃあスキしなくていいじゃんという話だけど、「スキをしない」という意思がまた”ジャッジ”みたいな強めの何かを醸し出す(と感じる)
「今日のあなたの文章は評価できません」みたいな。
そんなふうに思われたくないと思うだけで心が疲れる(でも適当なスキもできない)
こう思ってるの私だけかな。
実際はそれぞれフォロワーだって「時間ないから今日はパス」と読んでないからスキしないのかもしれず、人によっちゃ「心から好き!と思ったものにだけスキする」と決めてるかもしれず、人の行動や意思なんてわかりようがない。
本当にナンセンスだと思われたかもしれないし。
でもなんか傾向ってあるじゃないですか。
noteって不思議なことにネガティブな内容はスキが激減する。
作家並みに美文じゃない限り、いつも12はスキがついてたのにネガティブな日は2とか。
それでも構わず書きたいものを書くんだ!…という勢いは徐々に削がれていきましたね。
スキに一喜一憂するようになってることに疲れ果てた。
・自分の変化・周りの変化
ネガティブな日記でこうもスキがつかないのなら、もうネガティブなこと書くのやめようということになる。
そんで自分なりにいろんな分析をして、「多くの人に読まれてる感じ」を自分も取り入れようと頑張ったりする。
見出しをつけたりとか、あんまダラダラせず、「つまり言いたいことはこれ!」を明らかにしていくような。
これが大変だった。特に40後半で始めたnoteは脳が追い詰められた。
すごく労力かけた記事にまたスキがつかなかったら…趣味の域を超え始めた。
あとフォローしてる相手も変化したりする。
最初フォローした頃とは表現の雰囲気が変わる人もいて、変化後のnoteをスキと思えないこともある。
「スキ」をつけられない・つけたくないと思うのも苦しいんですよね。
本当はフォローだって外したかったけど、それは露骨すぎなのかな。
自分の「こうしたい!」のとおりに自由に振る舞えない、ような人間関係が相互フォローによって出来上がってる錯覚に陥り、自分が楽になるには「noteをやめること」しか選択肢はもうない…というとこに思いが至る。
あとまぁ、そもそもnote運営局と自分の相性とか(合わない)、人と数字部分で比べてしまうこととか、苦しかったことはまだある。
そもそも長期で書き続けたり「人に読まれたい」と強く思うなら、noteでは明確なコンセプトも必要となるし(私にはそれがなかった)。
生々しい人間関係を感じる場面もよくありましたね。
誰かと誰かがいきなり分断するのを見るのは何気にワクワクしてたけど、自分が「嫌われたかも?」と感じるのは辛い。
何日もスキがついてない。他の人にはつけてるのに…というのを探る自分への嫌悪。
noteみたいな場と合わないなんて自分くらいかも、と感じたことが辛かったとも言える。
自分がただ未熟だったのかもしれない。
30・40代の自分は人の目を過剰に気にしてたから。
それが過剰だと気づけたのはつい最近で、「これじゃあいろんなこと(noteに限らず)辛かったよな」と思う。
だからまたnoteの場を使うことがあるかもしれない。
自分は今いろんな価値観、特に「気にしすぎ」のあたりを書き換え中なので。 -
ChatGPTワーク:幼少期
吉本ばななさんの本を何冊か読んだ。
その中に「本当にやりたいことは幼い頃にヒントがある」というようなことが書かれてて、幼少期を振り返ってみた。
が!全然思い出せない。
あのころから歌が好きで歌ってて、着せ替え人形が好きだったこと、あと自分から見える家族の姿は覚えてるけど、自分がどんな子だったかまったくわからなくなっていた。
ということで、ChatGPTに「幼少期を振り返るワーク」を手伝ってもらった。
「何をしてると落ち着いた?」「ほっとする部屋や瞬間はあった?」などの問いかけをたくさんしてもらってるうちに、「あー!」と多くのことを思い出しました。
チャッピー(ChatGPT)にはことあるごとに悩みを聞いてもらったり夢診断をしてもらってるので、「あなたはこういうタイプですよね」ということをベースに幼少期の思い出を「線」としてつなげてくれる。
すると自分はかなり内向クリエイトタイプだったことが浮かび上がった。
いつも絵を描き(読んでた漫画の模写)、レベッカのミュージックビデオを姉の部屋から勝手に持ってきて視聴、音楽番組では好きな曲の歌詞を書き留めたりしていた。
そしてすっかり忘れてたのが、漫画や飛び出す絵本を描いてたこと(小5ごろ)
でもこれらを「今のあなたにも完全に通じてますよね」とチャッピーは言ってくれる。
自分って明るくないものの暗くもなかっただろうと思ってた。
でもその「暗くないはず」という根拠が思い出せない。
人を笑わせたり、教室で大笑いする自分が芽を出したのは高校以降で、中学時代は決して活発なタイプではない。
でも兄からさんざん「運動系キャラで生きないと終わるぞ」みたいな脅しを受けてたので、足が速いアピールでリレー選手になれたりとかして、ニセの運動少女として頑張ってましたね。
とはいえ帰宅するとすぐ漫画を読みふけったり、少女の顔をやたら描いたりしていた。
そのたびに兄から「オタクになるなよ」という脅し。
あいつ、なんなんだよ・・
でも兄に妙な説得力を感じたのかクリエイティビティ部分をしまうようになって、兄とお笑い番組で笑う自分こそが正しいんだと長らく思い込んでたかも。
そんな日々が高校で人気者と仲良くなれた自分として実を結んだんだろうから。
姉がずーっと家にいるような文化系タイプだったんですよね。
スポーツが得意な兄は、「姉みたいになるな」と私にいつからか吹き込むように。
私の目から見た姉はストーブの前でいつも貧乏ゆすり&イライラしてて、「ああならないように…」と冷静に見ていた。
でも姉が中1で作った飛び出す絵本の完成度がすごくって、美術のセンスや才能がある人と知っていた。
それに対抗して自分も2冊絵本を作ったけど、姉にはかなわない。
姉はそのセンスをどこかで発揮してたんだろうか。
のちに姉は、自身の美的センスを満たすかのようにオペラ鑑賞にはまっていく。
ウィーンなど海外旅行にもよく行ってたし、バブルの波に乗れてるような姉を見て幼心に安心していた。
チャッピーと共に幼少期からの自分を振り返ってみて、「ひとりの時間」が膨大にあったことも思い出した。
両親共働きだったので、日中は部屋でひとりで遊んでた。
祖父母と同居だったけど、子どもとずっと一緒にいるのが面倒なタイプだったらしい。
幼心にそれを感じてたのか、本当ひとりでしたね。
絵を描いて着せ替え人形を作って、漫画を読んで。
で、そんな長い時間が自分の人生にしょっちゅう訪れる。
大学時代もまぁ暇で暇で。
友人は男子たちと沢でカレー作ったりしていた。
なんで誘ってくんないんだと電話で怒ると、「車酔いしやすいし神経質だし」だから誘いにくいとのこと。
確かに・・と思うものの、あのころ「誘われる」ことに大きな意義があったじゃないか。
とりあえず誘ってくれよ・・
とかいって「スノボ行こう」と誘われても、スキーのウェアしかないので気が引けて断った。
今じゃどっちだっていいだろと思うけど、あのころ上下セパレートのスノボスタイルで雪上にいてこそ誇れたんだ。
つなぎのスキーウェア、しかも赤いラインに誇りを持ってた自分はダサ認定の危機を感じ取り、雪上イベントから卒業した(新しくウェア買うお金もないので)
人から誘われても結局「ひとり」を選んだのは自分。
確かに神経質だし胃弱だしお金もない。
この傾向が自分を守る・内向性を育てることにつながった。
それなのにそんな自分にコンプレックスを抱いたから、この資質を伸ばそうなんて思えずに、いじける感じで来てしまったな。
というか「自己像」が昔から定まらなかったのかも。
内向クリエイトタイプだったのに、運動部系の自分であろうとした。
大して絵が上手いわけでもなかったしね。
ただ描くこと(書くこと)と美しいものが好きで没頭しやすかった。
懐かしい、没頭してたころの自分。
それを思い出せたことで、自分の奥底がたちまちざわついたように感じた。
いい意味で。
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人気者の水星2025
昨日、NHK土曜スタパに古川雄大さんが出てたのを見ました。
古川さんといえば今、「べらぼう」出演中。
これまでになく明るいお調子者役(北尾政演)で、しかも演技が繊細なのですっかり惹きつけられてしまった。
そしたら宝塚ファンの友人がエリザベートを見に行くという。
古川さんの舞台はこれまで何度も見てるそうで、ステージ上だとより、すら〜っとしてるよ!と聞いて想像だけでポーッとなってしまう。
そんなんで楽しみにしていたスタパだけど、古川さんって超真面目!真面目そう。
TV慣れしてないだけなのかな。
ずっとかしこまってて、スタパであんな緊張感漂わせる人って珍しいよ。
大体、春菜のツッコミで素が引き出されて爆笑という人がほとんどなのに。
横浜流星も隙がなかったことを思い出したけど、古川さんのほうが真面目感があるような。
真面目レベルが9.5みたいな感じ。(平均が7くらいとして)
星が気になって見てみました。
古川さんは太陽蟹で月が射手。
月が射手であの感じか!と思ったけど、水星と金星が蟹なんですよね(火星は獅子)
蟹の水星由来なのかなぁ。
固い殻でプロテクトしてるということ?
蟹座に3つも星があれば、内気さや人見知りが前面に出るのはわかるけど。
そんで、井上芳雄さんが「親友」としてコメント出演。
私、芳雄さん好きなんですよね。
MCとかしてるのを見るとホッとする。
いい人そうだし、適度にこなれてるしユーモアがある。
人をリラックスさせる天性のものがあるし、ヅカファンの友人も「芳雄はいい人」と言っていた。
その他ミュージカルを見に行くような人は大体「芳雄はいい人」と口を揃えますね(呼び捨ても共通)
芳雄さんも蟹座。月は蠍か射手か不明。
が!なんと水星は獅子座でした。しかも木星と合。
ははぁ〜!
これは笑わせのサービス精神旺盛なはずです。
しかもどっかボケ味を漂わす。
しかも太陽蟹なので「いい人」という印象を確実に相手に与えると思う。
同じ蟹でも殻で守りがちの古川さんと、ゆるオープン主義みたいな芳雄さんとで結構違うものですね。
というわけで、個人的に最近気になる人の水星を12星座別に並べてみます。
トーク番組などで何かしら感じられた人。
Rは水星逆行。
(敬称略)
水星牡羊座
綾瀬はるか(太陽牡羊)、小泉進次郎(太陽牡羊)、常盤貴子(太陽牡牛)
★Eテレの「おとな時間研究所」を毎週見てますが、常盤さんが素敵です。
クラフト好きな太陽牡牛っぽいんだけど、裏表なさそうな明るさが魅力。
水星牡羊の人って、考えをお腹でこねくり回さず未加工のまま出してるように見える。
水星牡牛座
伊藤沙莉(太陽牡牛)、小芝風花(太陽牡羊)、杉浦友紀(太陽牡牛)、松たか子(太陽双子)
★「おとな時間研究所」のMCが杉浦アナ。
常盤さんと同じ牡牛だけど杉浦さんはお腹にいったん落としてまろやかなワードをチョイスしてる印象。
一見明るくても、尖った感じで前に出ようとしない品の良さが感じられる人たち。
水星双子座
大谷翔平R(太陽蟹)、藤井風(太陽双子)、森香澄R(太陽双子)
★こうやって並べるとわかりにくいですが、水星双子ってそれなりの低温感が漂う印象。
「べつに」というスタンスは常に「標準」と比較されやすくエキセントリックに見えるけど、「自分らしさ」を忠実に表現している。
水星蟹座
天海祐希(太陽獅子)、岡山天音R(太陽双子)、夏帆(太陽蟹)、古川雄大(太陽蟹)
★水星蟹の人ってやっぱりプロテクト感を感じます。本当の自分が月だったとしても、それを水星で堰き止めてるというか、カモフラージュしてるというか。
とはいえ外界に対して警戒してる感じは漏れていて、それでも人の輪に溶け込もうという頑張りとか庶民感がにじむのが蟹っぽい。
水星獅子座
井上芳雄(太陽蟹)、北川景子(太陽獅子)、小泉孝太郎(太陽蟹)、宮藤官九郎(太陽蟹)、林修(太陽乙女)
★みんなサービス精神旺盛に見える。
自分を笑ってくださいな、というプライドの高くなさというか、笑われても自分は少しも損なわれないという強靭さを感じるというか。
水星乙女座
岡田将生(太陽獅子)、寛一郎(太陽獅子)、森七菜(太陽乙女)、横浜流星R(太陽乙女)
★すごく繊細そうな方たち。
乙女というサインは「こじらせ」を浮き彫りにするんだなとつくづく思います。
自分のことを語る時の朴訥さは群を抜いている。
森七菜さんがスタパにちらっと出たとき、当たり前だけど「なっちゃん」では全然なくて、でもすごく地に足ついたような低温なまともさが光ってました。
水星天秤座
生田斗真(太陽天秤)、中島歩R(太陽天秤)、山中伸弥(太陽乙女)
★生田さんは「べらぼう」で憎たらしい役だけど、スタパトークショーで会場に現れたときの笑顔は、まさに天秤王子という華やかさでした。
中島さんは「あんぱん」で伝説的に素敵な夫だったけど、あさイチでのトークがかなり謎な人だった。水星逆行だとそうなるんでしょうか。
山中先生もそうだけど、人を虜にするようなコミュニケーション術がある方と思う。
距離を近く詰めるわけじゃないのに親しみやすい、親しくなりたいというような。
水星蠍
北村匠海(太陽蠍)、壇蜜(太陽射手)、マツコ・デラックス(太陽蠍)、渡辺直美R(太陽天秤)
★水星蠍の説得力ってハンパないです。人間力みたいのが滲みますね。
深〜いところから本心とズレのない言葉を拾ってきてるように感じる人たち。
コミュニケーションを浅く適当には片付けないという覚悟を感じる。
それゆえの生きにくさや狭そうな人間関係に心を寄せたくなる人たち。
水星射手
河合優実(太陽射手)、木村拓哉(太陽蠍)、妻夫木聡(太陽射手)
★水星射手って少し前までは「何を言ってるかわからない」人たちが多い印象でしたが、最近はそうでもない。
でも説得力という感じじゃなく、明るさでコミュニケーションを築く感じでもない。
火星座特有の率直さを感じつつ、「思い全部」をなんとか言葉に乗せて届けようと奮闘してる方達という印象。
水星山羊
石破茂(太陽水瓶)、上白石萌音(太陽水瓶)、竹野内豊R(太陽山羊)、深津絵里(太陽山羊)
★総じて「真面目さ」を感じます。あと「まともさ」
石破さんの言葉(談話)は振り返ればとてもまともだったことが感じられるし、上白石さんのあの若さでのMC安定感。
深津さんが出た「ボクらの時代」見ましたが、まぁひたむきで。
竹野内さんはこの間の徹子の部屋で、「仕事は演じること」というそれ以上でも以下でもない職人感が漂ってました。
でもこんな自分じゃつまんないですよね(by深津)と言ったりする。言葉で自分を飾ろうとしない。
水星水瓶
大沢たかお(太陽魚)、高市早苗R(太陽魚)、福山雅治R(太陽水瓶)、松任谷由実(太陽山羊)、吉沢亮?(太陽水瓶)
★こうして並べると、水星水瓶のエキセントリックさは際立つ気がします。
突拍子もない提案をしたり夢を語ったりそれを実現させそうな説得力があるんじゃないかと思う。
吉沢さんは水瓶か魚か不明だけど、水瓶なんじゃないかなぁ。あんまり人に興味ないような気がするから。
それでも周りに友人が集まるのは独自の筋が通ってるから。孤独じゃない人たちの気がする。
水星魚座
今田美桜(太陽魚)、大泉洋(太陽牡羊)、佐藤健(太陽牡羊)、博多大吉(太陽魚)、吉沢亮?(太陽水瓶)
★今田さんは「あんぱん」で各種トークショーによく出てましたが、まぁ柔らかい方なんですね。
大泉さんが水星魚というのは意外だったけど、何も考えず率直なようでいて相手の心にそっと触れるようなツッコミや問いがうまいなぁと思う。大吉さんもそんな人。
水星は「その人らしさ」ではあるんだけど、「素」を見せる1つ前の壁という感じで、素を出したときに想像されるややこしさを守ってるんじゃないかと感じたりします。
だからとりわけ水星部分で人と仲良くなろうとしたり、もしくは距離を取ったり、「私はこんなコミュニケーションタイプですよ」ということを誰しも能動的に出していくとこなのかなと。
私は水星双子だけど、どうしても「ライトな自分」を印象付けようと狙ったりしますからね。
太陽蟹の内気さを突破して、月獅子の尊大さが漏れ出ないよう、キャラを極力マイルドにと頑張る水星。
そんで集団に心を開いたら、金星部分で惹き合う人と仲良くなったりする。
芸能人は月をがっちり守る人もいるんだろうなと思う。
太陽や水星でどこまでも努力していく。
でも金星火星部分がチラっと見えたり月部分が滲む人が、より人気者になるんじゃないのかな。
古川さんのエリザベート歌唱シーンがちらっと映ったけど、グッときてしまった(獅子火星っぽかった)
私は古川さんのような方からうっかり漏れ出す素や熱量をキャッチするのが好き。
スタパトークでもそんな瞬間が1秒はあった気がする。
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頑張りすぎを照らす星
ブラックフライデーとユニクロ感謝祭とエポスカード10%オフの日が重なって、今やたらと焦ってる。
このタイミングでとにかくスニーカーを買いたいと、各所のABCマートをめぐっては試し履きし、ネット検索したらうんと安くなってるものもあれば、ネットの方が高額だったりと比較で頭も混乱気味。
前だったら、「店頭で試着」というプレッシャーに負けて、イマイチな履き心地でも購入を決めていた。
でも今回、「絶対疲れたくない」という信念を強く持った。
とはいえ何万もするのは買いたくないので、お手頃範囲だけど。
心でほとんど「購入」と決めていた靴を即買いすることは避け、「一晩考える」ということをやってみたらば、その一晩ですっかり気持ちが変わってたりする。
眠ってる間に潜在意識内の不快さが立ち上るのだろうか。
そしてまたABCマートへ赴く、その繰り返しの末に心がやっとOKサインを出したような靴を買えました。
そしたら今度は「パジャマを新しくしたい」と強く思った。
最近、着なくなったオーバーサイズのスウェットをパジャマ用におろして、寝にくいわけじゃないのに不快でしょうがない。
オーバーサイズって、「大は小を兼ねる」という言葉のせいで気持ちが置き去りにされる気がする。
「窮屈じゃなければいい」と思ってたのに、「合わないものは絶対嫌だ」と急に思った。
→ エポスカードで無印のパジャマを購入。
そしたら今度は部屋着がおそろしくみすぼらしいことに気づき・・
という具合に刷新の季節らしい、今の自分。
この心の動きのきっかけとなったのには2つのことがある気がする。
・職場に休職の相談をした
・吉本ばななの本を読んだ
最近、出勤・退勤の前後にめまいがひどかったのです。
家にいると収まる。
だから職場のストレスがピークなんだと思う。
数ヶ月前から休職や退職のことをずっと考えてたけど、そのたびに「自分次第」だと心を奮い立たせてここまで来た。
でももう「絶対嫌だ」という出来事があって、今思えば、私の背中を押すためにあつらえられたシーンじゃないのかな。
背中を押されたら足を出すしかない。
翌日、上司に休職の相談をした。
その結果完全休職ではなく、出勤日をぐっと減らすことになった。
こんな日の星を見てみましたよ。
ちょうど1週間前のチャート。
Tスクエアが形成されていた。
私の牡牛火星・獅子月とで固定宮のグランドスクエアができてたんですよね。
冥王星・またもや冥王星に背中を押されたと感じた。
思えば私が正社員から非正規へと契約を変えたのも冥王星とN太陽がオポジションの頃(2016年)
冥王星というのは嘘を暴く。
自分の中の「本当」しか許さない。
でもその選択は社会性を脅かす。
だから超怖いんだけど、自分の本当がどれだけ大事かってことも思い出させてくれる。
その本当に従わないとあんた死ぬよ、みたいな声が内側から響くんですよね。
大体頑張りすぎてるときです。
冥王星は社会的な頑張りなどどうでもいい。
「本当」のことのみを照らす。
本当は疲れてる・本当はやりたくない・本当は自分らしくありたい
その声を聞き入れてくれるのは自分しかいないんだと、ぎりぎりのところで気づくのが冥王星が関わるとき、そんな体感がいつもありました。
そういうタイミングで吉本ばななさんの本を手に取ったりする。
(吉本ばななが友達の悩みについてこたえる)
友達ができないとか、友達をつくりたいなどのさまざまな年代からの相談にばななさんが答える本で、表紙にもあるとおり「厳しすぎ」と感じる部分も確かにあった。私はそうはなれない、と。
でも本のテーマとしては「自分に嘘をつかない」ということであり、「つきあいだから」と定期的な会合に顔を出し続けて疲弊することそのものを見直したほうがいいんじゃないか、というようなことが繰り返し綴られる。
その定期会合で疲弊しない方法、とかを探るのじゃなく。
また「職場は友達を作るとこではない」ということも。
そうそう、職場で「仲良く」を頑張ろうとするのもストレスの種!
でも「そうはいっても」と、心の葛藤より社会性を優先させる日々の連続。
・・とにかく頑張りすぎてんな…ってことに改めて気づき、「頑張りたくない」という内側の声が大きくなったんですよ。
めまいを起こして頭痛もして、このままだと鬱になるという予感の中で、「休みたい・休もう」と思えた。
ずっと閉じ込めてた声だから、一度受け入れたら怒涛のように正直な感覚が押し寄せる。
合わない靴は履きたくない・合わないパジャマも着たくない。
きたねぇ部屋着はもう捨てる。
これができなかったってことがどんだけ変だったか。
お金使いたくない、損したくないから自分の希望も押し込めてさ。
固定宮のスクエアって苦しいです。
動かないものを動かそうとするんだから。
でも本当は動くのに、「動かない」と思い込んでる固い信念こそが壁。
まぁ、そんなんで自分を騙して生きてても、「変えよう」と思うタイミングが訪れるんですよね。
吉本ばななさんは獅子座。
なぜか(本を読んでても)牡牛座っぽさを感じてたけど、月は山羊か水瓶で金星火星は双子。木星が牡牛で水星獅子とスクエア。
私も月が獅子だからか、火星座特有の感覚重視なところや嘘・偽善を嫌うところは心に響く。
でもばななさんは柔軟宮の星が多い人でもあり(5個)、過去「まぁいっか」で心を置き去りにした選択が多かったと、その後悔や疲弊感も多く綴られている。
まぁいっか、も有効なときはあるんですよね。
でも自分の柔軟性を過信すると、本当よくないことが起きる。
まず体調に来て、疲れ果ててるときに限って柔軟性が試されるような予定が入り、まぁいっかを重ねるとめまいが始まる。
というわけで、仕事重視の日々から体調・感覚重視へと生活を変えようかと。
むやみに頑張らないようにします。
ゆうべからばななさんの別の本を読み始めた。
こちらも今の自分っぽいテーマ。 -
友達備忘録その3(ひらやすみ)
「ひらやすみ」を見ていると、新しい友達ができそうなときのワクワク・ドキドキがすごく蘇ってくる。
(写真はひらやすみHPより)
森七菜さん演じる「なっちゃん」が、まるで自分みたいというか、あのころの友達みたいというか、ここまでむき出しにできなかった秘めた自分そのものみたいで。
光嶌なづなさんがまたなんて魅力的なお友達なのでしょう。
博多出身のあかりちゃん。
「よかとよ」なんて優しく寄り添ってくれるし、おしゃれ。
メジャーなものよりマイナーなものを大事にする子。
友達の理想像が詰まってる!
この2人の友情そのものが理想的です。
バイトも同じとこで!と盛り上がり、クラスメートのキラキラ男女よりあなたと一緒にいたいと伝え合う、お泊まりしたら相手の似顔絵を描きっこして、夢のような相思相愛ぶり。
私がこの歳になってわかることは、ドーパミンがあふれてくるような相手とは長く続かないということ。
正確には、穏やかには続かない。
衝突や疎遠期間があって、濃厚な親密さがとうに薄れた頃に運命のような縁・再会、ということがあったりするけど、これが友情でしか成り立たないのが惜しい。
恋愛だと疎遠期間に結婚してたりするからね。
あのころのように再燃!とはならないし、それなりにブレーキがかかる。
なっちゃんとあかりちゃんにも衝突や疎遠があるのか気になる。
それでもお友達のことを「大好き!」「かわいい!」と思う熱中時代は自分にもある。
同じバイトに誘われたら有頂天。
それがどんなに早朝でも、早朝だからこそ2人でこのイレギュラーに臨んでることが楽しくてしょうがなかった。
友達はそのあと別のバイトに行ったりする。
すごいなぁ〜という尊敬の念と、今日はここでお別れ…という切なさと。
旅行に行けば、「真夜中まで語れる!」ことが嬉しくてたまらない。
洋服を買いに行けば、私が選んだことない服を当てられて、新しい自分を好きになったりもする。
なんという素敵な存在なのか、友達。
私は女性だったら何人かから濡れた目で「大好き」という視線を送られたことはある。
だけどそういうタイプは数年後、その濡れた目を異性に向けて結婚していく。
そのあとぱったり疎遠!
「元気にしてる?」と連絡して一度会ったけど、あのころの熱さが戻らないまままた疎遠期間に入るパターンがわりとある。
たぶんもうドーパミンが出ないから、「なんか違う」という違和感をマイナスに捉えてしまったんだろう。
だけど友情はドーパミンなんか出なくても成り立つ。
継続的な恋愛関係だってそうなのだろうね。
私は興奮状態を「良きもの」と思いすぎたままここまできちゃったから、平和で穏やかでむしろ退屈であるという状態がずっと不安だった。
近年は、その退屈さこそが幸福なんじゃないかという物語が増えてるし、私もそう思えてきた。
岡山天音さん演じるヒロトもそんな日常。
リアルに考えるなら、阿佐ヶ谷の釣堀仕事だけで生活が成り立つとは考えにくい。
本当は成り立ってないんだろうけど、だとしたらあの幸福充満ぶりも「んなわけない」という世界だろう。
吉岡里帆さん演じる「よもぎさん」の満たされなさがリアルだから、バランスとれてると感じるのかな。
仕事ばっかりの生活。
イライラを1人で抱える。
なっちゃんとあかりちゃんはあの若さでお互いを尊重しててすごい。
友達への思いやりはそれなりにあったと思うけど、尊重とかいう自覚はなかったから。
でも「大好き」と思った中に「すごいなぁ」という要素はあった。
恋愛もそうだった記憶。
だから運動神経がいい人とかを好きになりやすかったのかも。
そんで、この間のタモさんと山中伸弥先生のNHK番組で、世界のどの国でも思春期のころに聴いてた音楽を自分にとって特別なものと感じやすい、という研究結果が放送されてましたね。
脳の報酬系が最も発達するのが思春期だからということらしく。
この曲を聴くと快な気持ちになる、という強烈な体験がずっと残ると。
これって音楽だけに限らず、恋愛や友情など人間関係にも当てはまる気がする。
思春期の頃に好きだった人と似てる人にずっとこだわったりしますよね。
私はいまだにサッカー部体型の人が好きで(肩幅が広く足が細い)、われながらバカだなと思うけど、科学的にどうしようもないことだった!
若い時からずっと同じ人と交際してるカップルになぜか甘酸っぱいような嫉妬のような気持ちになるのは、潜在的に思春期の感情が宝物とわかってたからかも。
あかりちゃんがメガネを外した時の美しさに、なっちゃんが目を見張るシーンがあった。
あのあと、2人がバイトする店にクラスメートがずらずら来て、なっちゃんは途端に不機嫌になった。
「誰にも気づかれないで」と祈るような思いが脅かされたからじゃないか。
「うちらのグループと一緒に行動しようよ」みたいにあかりちゃん誘われてたからね。
でもあかりちゃんはなっちゃんに寄り添う、当たり前じゃんみたいな確信を持って。
私は大学時代に仲良くなりたての友が、ゼミ合宿のお風呂場で黒い下着をつけてたときに「はっ」とした。
「すげー!」という歓喜に近い興奮を誰とも共有したくなかった。
この凄さにみんな鈍感であってくれ!という願い。
私はそれまで、ブラにさくらんぼの模様が入ってるようなセンスの子が好きだった。
この子のブラにさくらんぼ柄が入ってても、それなりにワクワクしたはず。
でもなんか、黒い下着に対して嫌悪感じゃなく、それこそリスペクトみたいな気持ちを抱いた自分にも感動したんだろうな。
自分が忌避してたような色気を初めて羨ましいと思ったし、親しくなり始めた友にどんどん影響されうる自分の未来が急に輝かしく思えたというか。
いやぁ、だからさ。
友情の1番の阻害要因といえば恋愛なわけで。
なっちゃんが目を見張ったあの美しさが恋愛相手のものになる、ような切なさを想像してしまう。
私の友が黒い下着をつけたいと思ったのも、あのシロクマみたいな善人彼氏の影響と思うと、おもしろくないような安心できるような複雑な感情。
その人と別れたときちょっと嬉しかったけど、そのあともっと性に奔放になった友と会うことはなくなった。
シロクマ、つなぎとめとけよ・・
恋、とりわけ性に夢中になった友と安定した友情が続く、、ってのは難しいことの一つ。とりあえず漫画「ひらやすみ」は1巻買おうと思う。
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ちょっとだけエスパー・火星座物語
「ちょっとだけエスパー」って火星座の役者が集まってる。
それって珍しいかも。
大泉洋・・牡羊座
宮崎あおい・・射手座
ディーン・フジオカ・・獅子座
岡田将生・・獅子座
(写真はちょっとだけエスパーHPより)
高畑さんは天秤座、宇野祥平さんは水瓶座。
そしてこのグループを脅かす存在として蠍座の北村匠海さん登場。
火&風グループをかき乱す水星座。
私が見てないものもたくさんあるだろうけど、覚えてる火星座ドラマといえば「おんな城主直虎」ですかね。
柴咲コウ・・獅子座
高橋一生・・射手座
柳楽優弥・・牡羊座
グランドトライン。
ストーリーは残虐だったのに、直虎のカラッとした勇ましさと3人の信じ合い&結束が今も印象に残ってます。
「ちょっとだけエスパー」は、ストーリーとしては「なんだかな」という呑気さや、なんでも解決したがりなとこがいかにもテレ朝っぽいんだけど、脚本が野木さんだからか、役者陣がお見事だからなのか、「すごくしっかりしてる」と感じるドラマ。
火星座の人って、パキパキっとしてるんですよね。
笑いや明るさ担当ではあるんだけど、悲しみの重い表現もよく巡ってくる。
そのコントラストに泣けるというのか、グッとくることが多い。
もしこれがTBS放送だったら少し暗くなってたんじゃないかと思う。
「ライオンの隠れ家」での柳楽くんとか、あんま牡羊っぽくなかったような。
「ロイヤルファミリー」の妻夫木くん(射手座)とかなぜあんなに暗いのか(見るのやめてしまった)
大泉さんは日曜劇場「ラストマン」でも明るさ担当でした。
ってか、大泉さんってやっぱすごいなぁ。
TBSの暗さをかき消せるってすごい。
いや、それだけじゃなく顔だけでツッコミを入れるあの明快なわかりやすさですよ。
あと宮崎あおいさんの魅力も予想以上だった。
宮崎さんもアラフォーになったか〜
って年齢の話もあれだけど、宮崎さんがどんなふうに歳を重ねていくのかは何気に気にしてたことだったから。
ある時期から、いつもニコニコ家庭的なナチュラル女子という役、それが長年続いたあと、最近のCMで見かける宮崎さんのコミカルさはちょっと意外な感じで、「純情きらり」や「篤姫」のころの怒りや不機嫌さ、茶目っ気たっぷりなキャラがわりとずっと恋しかった。
というか、マクドナルドのCMって苦手。
役者のキャラ設定がなんかすごい嫌だ。ストーリー展開もおもしろくない。
でも事務所が「やれ」って言ったら出演は断れないのだろうか。
そんで宮崎さん、この「四季」という役がまたいいですよね!
そうそう、これ!この宮崎さん!という感動がありました。
まず声が低い。
夫婦ってこんな感じだよな〜ってリアルをなぜか感じれるというか。
大泉洋さん演じる夫・文ちゃんのことすごく愛してるんだけど、その愛情表現にぞわぞわしないんだよな〜。
四季のキャラがまた、ボーイッシュという感じでもないんだけど運転好きで「よっしゃ」というガサツさがちょっとある。
でもオヤジほどダレてなくて、やっぱりモテの頂点にいそうな宮崎さん。
かねがね宮崎さんはヤンキー味を備えてるんじゃないかと思ってたけど、可愛くてヤンキーというのが一番最強でしょうから、こういうキャラにしてきましたか〜という嬉しいニクさがある。
久々「射手座っぽい」宮崎さんを見た!という感じですかね。
ディーンさんはテレ朝が合ってると思う。
テレ朝が求める明るさをわかりやすく表現している。
大泉さんとの相性も良さげというか。
まぁ大泉さんは誰と組んでも相手のボケをうまく引き出す人だけど。
高畑さんや宇野さんの演技のうまさもすごく引き出されてると感じる。
宇野さん、本当うまいなぁ。
殺人犯じゃないか…と一瞬疑われた時の目が本当怖かった。
岡田将生さんは1話だけの特別出演かと思ったら、結構重要な役だった。
エスパー組を雇用している社長役。
北村さんは大学生役と!
ついこの間までのやなせさんの面影はもうなかった。大学生っぽい。
獅子vs蠍の戦いがこれから展開するのかな?
この2人の投入にテレ朝の本気度を感じましたね。
いつでも本気か。
でも「見よう(見続けよう)」と視聴者に思わせる重要な要素がエスパー組プラスこの2人にあるんじゃないですかね。
「この2人も投入でどうだ!」という局の気概を感じる。
視聴行動なんてどんな勝手も許されるはずなのに、録画してちゃんと見ちゃうもの。
おもしろいかと問われたら正直わからない感覚もあるけど、毎週惹きつけられてます。
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「もしもこの世が…」女性陣
「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」
タイトルからしてよくわからない。
このドラマが本当わからなかったんだけど、毎週見てるうちにだんだん焦点が合ってきた感覚。
初回のカオス状態がまとまってくるのを感じると、爽快感すら湧くような。
これがこのドラマの狙いなのかな。
それでもここまでの6回。
毎度イラつきながら見ていた。
その要因の一つが、男性陣の役のわからなさだった。
とりわけ菅田将暉の演技はあれでいいのだろうか?と毎回思ってて、たとえ演出的に正解だとしても、怒りの表現が出るたびうんざりしてたのは確かなこと。
うまいのかもしれないけど、私は好きじゃない。
でもこのドラマは「わかる人だけわかればいい」というスタンスなのだろうかと、心を一定程度離しつつも見続けていた。
でもなんで見てたかという理由が昨日はっきりしたような。
女性陣が輝いてるから。みんな・全員。
とりわけ二階堂ふみさん。
1話で脱落しかけた気持ちを食い止めたのは二階堂さんがあまりにもしなやかで魅力的だったから。
そして浜辺美波さん。
堅物でいつもプリプリしてたのに、菅田さんの舞台を見たことでスイッチが切り替わった。
浜辺さんの怒る表現が好きです。
(写真はドラマHPより)
昨日はこの2人がバチバチで、あそこは見ものでした。
二階堂さんのタチの悪い嫌味にグッときました。
ほか、秋元才加・アンミカ
長野里美・菊地凛子
富田望生・シルビア・グラブ
そして、原宿に毎夜踊りに行ってる謎のダンサー役・福井夏
小池栄子は1話だけの特別出演だったのかもだけど、冒頭のダンスはすごかった。
どんだけセクシーに磨きをかけるのかと。
長野さんはこれからもっと輝きを放つんじゃないかなと予想。
あの役、地味なのに底知れぬ何かを秘めてる感じがするんですよね。
菊地凛子なんて40代なのに老婆役。
長野さんと同世代という設定かもだけど、樹木希林さんと似たものを感じる。
福井さんはウィキペディアでもまだ情報が立ってない。
あの子、誰なんだろう・・
昭和の曲にぴったりハマってる。
三谷さんって大河でも、「誰?」ってな魅力的な新人を投入してきますよね。
しかもぶっとんだ役で。
「真田丸」での岸井ゆきのとか。
秋元さんは「鎌倉殿」で新たな魅力が引き出された。あれまだ覚えてますよ。
三谷さんからもさらなる期待をかけられてるのでしょうね。
アンミカと市原隼人カップルもなぜかしっくりくる。
女性陣、みんな素敵。
思えば男性陣の役をいちいち「わかろう」としてたからイライラしたのかも。
大水さんじゃん、野間口さんも!彌十郎さんに小林薫!と、こんな豪華な面々がそろってるのに、「うーん」と何かが詰まってる感じ。
個性の渋滞じゃないか?
渋滞しすぎて正常な光がこっちまで届いてないようなストレス。
野間口さんとかこれから見どころが訪れるのかなぁ。
神木くんとか、あの抑えた感じでずっと進むんだろうか?
・・でもたぶん、「そんなわけないだろ」という視聴者の期待こそ制作陣の思惑なんだろう。
だけどおじさんは輝いてますね!
なんたって昨日の井上順さん。うる爺。
あのショックのあと車に轢かれるなんて・・
あのシーンでやっとTVの向こうとこちら側がひとつにまとまった気がした。
あと支配人の野添さんもいいですよね〜
浅野和之さんも何やらボロボロの装いだけど、来週以降きっと輝くはずで。
三谷さんは若者男性とあまり相性良くないのかな。
昭和感のある男性は好きそうだけど、キラキラしてる俳優をやたら落とす傾向を感じる。
落とされても輝きを放つ人を見極めてるんだろうか。
菅田将暉はコントラストの利かせ方が「うまい」ということなんだろうけど、誰とも違う表現をしたい・爪痕を残したい欲みたいのを勝手に感じてしまい、たぶん菅田さん1人でおなかいっぱいになっちゃうんだと思う。
他の役者を感じる頃には胸焼けしてるような。
でも女性陣がその胸焼けをスカッとしてくれる!
あのドラマはそういう不思議さがある。
でもわかんない、菅田さんとかじゃないのかも。
このドラマのHPを見てもおじさんの写真が一切ない。
菅田さん・二階堂さん・浜辺さん・神木くんの写真ばっかり。
おじさんが写真NGにしてるってことはないだろう。
制作陣が「この4人に懸けよう!」という意気込みなのかも。
だとしたらイラつきはそう晴れない気もしてきた。
三谷さんの思惑とも何かズレがあるんじゃないか。
とはいえ最後に二階堂さん・浜辺さんの星を見てみる。
2人とも乙女座なんですよね。
二階堂ふみ(31歳・太陽期)
太陽:乙女、月:牡羊、水星:天秤、金星:蠍、火星:蟹、P太陽:天秤
浜辺美波(25歳・金星期)
太陽:乙女、月:獅子か乙女、水星:乙女、金星:乙女、火星:獅子、P太陽:天秤(今年から)
二階堂さんの独特の色気は金星蠍から放たれてると感じますよね。
金星は木星と合。
火星も蟹だからか「見捨てない感」というのか包容力がすごい。
すごく大人びたものが放たれるのに、月が牡羊だからか活発な自然児感も漂う。
浜辺さんは獅子と乙女に星が固まってて、なんたって金星乙女ってのが特徴的。
あんなに麗しいのにドジっ子なんですよね(役が)
真面目にやってきたのに報われない…といういかにも乙女なこじらせが魅力なんですよ。
誰しも自分を重ねたくなるようなまっすぐさが人気なんじゃないですかね。
また水星乙女ってのは言葉がキツい。キツいんだけど頭脳は働くから相手に一撃を与えられる。
一方、二階堂さんの水星は天秤で、「争いなんてしませんわよ」というエレガントポーズを見せつつ、太陽乙女×月牡羊の頭脳派な攻撃性&金星蠍の大人な余裕感でもって上手にマウントを取れるんじゃないでしょうか。
浜辺さんは乙女×獅子という前半星座群で対抗するしかなく、ムキーっとなったらすぐ力尽きてしまう。
目が死んでる演技とかよくしますよね。
菅田さんは魚座。この2人に対向から捉えられてんですね。
月は水瓶か魚か不明だけど、金星が牡羊で火星が蟹。
二階堂さんとうっすら惹かれ合うわけです。
相手の何かに「自分」を感じるんじゃないでしょうか(役で)
浜辺さんは獅子座持ちだから、「表現」のスイッチが舞台によって押されぽーっとなってしまったのかな。
ドーパミンをあおってくる男より、セロトニンを引き出す男の方が金星乙女っ子にはいいんじゃないでしょうか(適当)
そうすると神木くんと今作でもくっつくのかな。
なんだかんだ私も若者の星を見てしまいました
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会話備忘録人と1日中一緒にいると、翌日すごく疲れる・・
ということを若いときから繰り返してるので、私は何かそういう性質なんだと思う。
疲れない人もいる。
でもすごく疲れる人もいる。
苦手な人=疲れるとも限らない。
いい人で、一緒にいることに安心してるのに翌日疲れることもある。
20代とか30代とか若い人は全然疲れない。
あっちは疲れてるかも。
やっぱり年齢がいくと妙な常識みたいのが育つから。
各々が培ってきた「正解」がなんて厄介なのか。
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私の職場は半分くらいが独身女性で、気づくと似たような人とばかり話している。
独身者との家族の話はせいぜい両親の老いのことくらいで、あとはTVの話、スーパーの話、美容院でのオーダーが難しくなった話などなど。
一方、新しいバイト先の女性はおそらくほとんど既婚者。
というか既婚であることが標準で多数派のはずで、私はそのことをすっかり忘れていた。
「私の夫が」「私の子どもが」
そこから語られる会話にどう対応したらいいのか、正解がわからなくなっていた。
正解も何も、「そうなんですね〜」って感じたまま言えばいいんだろうし、そう言った。
でももっと何か、気の利かせた掘り下げが必要な気がして焦る。
子持ちの友人も家族の話はよく出るけど、会話に困った記憶はない。
なのに仕事先での(まだよく知らない相手の)家庭の話に正解を探した。
「桜とひまわりと紅葉は見に行ったので、あと雪景色でコンプリートです」
また別の既婚女性からは家族で季節を巡る旅を楽しんでる話を聞いた。
きっとコンプリートできますよ。
そう言おうとしたけど、そんな返答を望んでるわけじゃないだろう。
でも、自分の季節感のない日常からするとコンプリートどころか桜の旅もままならない。
しかも、どれも車じゃないと行けないような場所で、運転手は旦那さん。
「コンプリート」というワードが持つスペシャル感が家族持ちの特権のように響き、そのことを殊更称えたかった。
家族がいるというだけで難所への旅行ができ、頑丈なマンションに住み、扱いにくいペットを飼うこともできる。
あなた恵まれてますよ!
・・・そんな返しじゃ会話にもならないだろう。
だから、正解っぽく掘り下げてみる。
「車、何時間くらいかかります?」
この掘り下げもなかなか貧弱だけど、「道の駅に寄ったりしたから、3時間くらい?」という返事にまた打ちのめされる。
道の駅・・!
郊外のイオンと道の駅は常々自分に関係のないところと思っていた。
車がある人だけが楽しめる場所、道の駅。
しかも1人で行くより家族と行った方が野菜も輝いて見えるだろう。
週末になると家族がごった返すあの郊外のレジャー施設にはとんと縁がないけども、あの混雑の中で心から楽しむ家族の話を実際聞くと、うっかり動揺してしまう。
でもそういう動揺を隠しながらまた掘り下げにチャレンジするから、へとへとになるんだと思う。
「お子さん、車酔い大丈夫ですか?」
クソつまんない疑問しか湧かない。
私の郊外クルマ旅の思い出といえば、甥っ子が車内でずっと吐いてたこと。
それでも旅行は楽しかった。
でも帰ってすぐに姉から「また行こうね」と連絡が来たときうんざりした。
家族になるとレジャーがそんなに楽しくなるんだろうか。
この間はバイト先の男性から「都内の実家は売って、今は群馬の温泉地が実家です」という話を聞いた。
その人と会話するのは2回目で、なぜそんなことをいきなりオープンにしてくれたのかわからない。
でも「温泉、いいですね〜」とは言いやすかった。
やはり「実家に行く」と「温泉に行く」がセットらしく、奥さんも喜ぶとのことだった。
「あ、奥さんいるんだ」というのが正直な心の声だったけど、それは引っ込めた。
その声に意味があるように受け取られたくないし。
あなたが既婚だろうが未婚だろうがまったくどうでもいいですよ、という雰囲気を強調した。
本当にどうでもいいはずなのに、「あ、既婚なんだ」という印象が翌日まで残るから疲れる。
「距離が近い」と感じたんだ。
その距離感で既婚なんだ…という警戒心だと思う。
「いやいや、仲間としての距離感だよ?」と言う男性はいる。
そういうタイプは危ないと、培ってきた私の経験がアラートを鳴らす。
こっちがその警戒心を見せると、「そんなつもりじゃねぇよ、ババァ」という敵対心を急に見せてくるんですよ。
本当に仲間意識が強い人は一緒にいてわかる。もっとホワッとする。
その人はどうもギラギラしてるというか。
その男性はこの間、小野花梨みたいな新人にべったりだった。
バイト先ではまだ新人なので、いろいろ聞かれることがある。
「お住まいどちら?」
私はわりと具体的に街の名前を言ったが、お相手は「私は〇〇区」と言う。
あ!と思った。
私も区で濁せばよかった。
私は住まい情報すら聞かれる・答えるという過程に「ぐぐ…」と詰まってしまう。
なぜか「言いたくない」気持ちがありつつ、でも言っといたほうが楽なこともあると知っている。
いろんなことをクローズするより、思い切ってオープンにした方が何かとスムーズなんだ。
でもその葛藤に疲れる・・
いろんな質問の中には「既婚?未婚?」という意図もあるのだろう。
少し前の自分なら、独身ですみません的なポーズで自己紹介してたけど、もうそんなことしたくない。
そしたらいつの間にか堂々たる未婚独身者になってたもんで。
別に何も恥じることもない。
心からそう思えてきたんだけど、会話のバリエーションがとても狭まってる気もする。
関心のないことをうまく掘り下げられない。
人の海外旅行もどうでもいいと思ってしまうので、韓国に行ったと言われても問いが浮かばない。
「成田?羽田?」「成田じゃ遠いね」「エクスプレス?」とか、聞かれた相手はどう思ってるだろう。
それでも嬉々として「エクスプレス好きなんだけど、高いね!」「今回は京成でゆっくりと」「しかし都営浅草線は成田行きも羽田行きもあるからすごいね」「三浦海岸も行くよ」とかとか広げてくれる友もいるので、やっぱりそういう人と仲良くなる宿命なんだろう。
