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「青天を衝け」
2021年の記事を編集して再掲します。
(青天を衝けHPより)
大河の第1話って独特のワクワク感があります。 吉沢亮さんの「(言いたいことは)まだ山ほどございます!」というセリフは予告で何度も見てるのに、とにかくそれを見届けたかった。そんで凝視! かっこよかった〜・・目が血走ってましたね・・。
幼少期の子のあのはっちゃけた感じも、のちの吉沢亮さんが感じられる不思議さ! 「とにかくよくしゃべる」というキャラクターがウケますね。 思わず渋沢栄一氏のネイタルを見てみました。
コミュニケーションの水星が強い!
これはマシンガンなツッコミ体質と思われます。
太陽魚座なので優しげムードに思えますが、30過ぎまでP太陽が牡羊なので、若い頃は「新しいこと」への行動力も生意気さも猛烈だったんでしょうね。
そんで和久井映見さん演じる母親からも、小林薫さん演じる父親からも、「自分のことだけじゃなく、人のためだよ」「上に立つ者の責任感とはそういうことだよ」と諭される。
ここがのちに魚座太陽っぽい人生モットーとなるのでしょう。
「みんな幸福」という境目のない理想。
しかし吉沢亮さんって本当惹かれます。 すでにただのイケメンじゃないですよね。 私が初めて吉沢さんをお見かけした時から(レ・ミゼラブル)演技力にインパクトがあった。 不幸な生い立ち・底抜けの優しさ・クールさ、時にぶっ飛んだコミカルさも見せてくれる。 このどれもがハマる方ってそうはいないんじゃないですかね。
大河前の土曜スタジオパークも見ました。 なんともコミカルな人だった!
また春菜の笑い方やツッコミが絶妙な安定感で。
だけど、自分を三枚目やこじらせほど低くは見せないんですよ。
「とにかく美形」とさんざん言われても、「いやいや…」と後ろに下がるでもなく、ただ薄い笑み。
生意気でもなければ自信過剰ふうでもない。
ギラギラしてないとこも今の時代にぴったりハマる吉沢さん。
太陽水瓶・月天秤という風×風の組み合わせだと、バランスのとれたキャラクターになるんでしょうか。前も吉沢さんの星を見ましたが、今回も改めて。

パーソナル天体が水瓶座&風星座ですが、スクエアが3つもあります。 (水星は夜の生まれなら魚座)
太陽金星火星ー木星 月ー天王星海王星 水星土星ー冥王星ヘッド
重さを乗り越えていく方なんでしょうね。
そういう役も多いです。
学園ドラマで壁ドンするイケメン役とかあんまない印象。
太陽周辺を見ると若者に囲まれる吉沢さんという感じ。青春群像劇は多いでしょうかね。
そして今ちょうど、吉沢さんのN太陽の上にT木星はじめ水瓶ほしぼしが乗っかってます。すごい注目度。もし吉沢さんが夕方までに生まれてたら、すべてのパーソナル天体が魚座にも山羊座にも散らないことになり、これは珍しいです。
ここが吉沢さんの独特なキャラ・ポジションのゆえんかなと。
パーソナル天体が山羊に入ってたら「いかにも国民的存在」になりがちです。
途端に品行方正を求められるし、「頑張ろう」という言葉が多くなる(言わせられる)。
パーソナル天体が魚座に入ってたら「いかにもいい人」になる。
全ての言葉が前向きで、人はありがたくお言葉を聞くけど、ふわっとしてんな、みたいな。
吉沢さんは、いかにも日本人が好きそうなキャラからちょっと外れた、「なんかどっかユニーク」なところが魅力なのでしょうね。
ただ、夜生まれなら水星は魚座かも。
土星の魚座と合でもあるので、大河の吉沢さんから発せられるメッセージに人は酔いしれる1年なんじゃないでしょうか。
またP太陽は魚座。P火星は魚座に入ったばかり。 こりゃ栄一モードですね。
これまでのエキセントリックな役柄から、大河の主役・歴史的人物というシンボリックな存在への転換。
吉沢さんの声って独特ですよね。
あの声や喋り方からなぜか、「これまでの誰とも違う」という印象を強く抱きます。
あと、例えばトーク番組などで、どんな衣装を着てたかのイメージがまったくありません。
もちろん裸ってこたないですけど、美形すぎるからでしょうか、ジーパンなんだかシャツ系だかいつも記憶にないんですよ。
トレーナー系でもなさそう。
でもわりとダボっとしてるかな。
今みんなダボっとしてんのか。
山崎賢人さんも菅田将暉さんも星野源さんも。
でも坂口健太郎さんはダボっとしてないですよね?
まだまだ吉沢さんについて語りたい。
でも語るほどの情報もない。
恋人とか好きな人はどんなタイプだろう?というイメージも湧かないんですよね。
金星火星が水瓶座ですか、すべて独特なんじゃないですか?わかんないけど。
水星の重々しさを思うと、告白とか愛情表現とか滅多にしないんじゃないかと想像。
すごい茶化しそうなキャラに思えるけど、役ではまっすぐ見つめてくれる吉沢さんですよね…。
吉沢亮さんは13歳ごろから栄一を演じるようです。 スタジオパークで「相当ぶりっこしちゃった」と話してた。
なんかいちいち笑える吉沢さんですよ。
うっさいななみの扱いもぎりぎりの突き放しがお見事でした(笑)
あのななみの扱いで人柄出ますよね。
前週の長谷川博己さんの適当な優しさも光ってたし! ずいぶん前の長塚京三さんが相当困惑してたご様子が忘れられません。
隣に座ってた宮崎あおいさんもフォローせず。
イッセー尾形さんは超優しかった。関連サイト:水瓶スターと吉沢亮さん
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映画「国宝」
「国宝」見てきました。
写真は映画.comより最近、Xのタイムラインにものすごく感想が上がってきてて。
「べらぼう」関連をフォローしてるからか、横浜流星情報が特にピックアップされる。
その感想だけでおなかいっぱい、見に行くことはないかな〜と思ってたんだけど。この間のEテレ「スイッチ」が吉沢亮×中村鴈治郎。
そしたらエピソード2だったんですね。
吉沢さんはエピソード1で特集されたらしい。再放送も見逃し。
少しだけ映った「国宝」のシーンがあまりにも美しかったので、見に行ってきたというわけで。
朝9時半の回なのに席埋まってました。あまりネタバレしないよう注意しつつ、以下について書きます。
・吉沢亮について
・横浜流星について
・田中泯について
・その他雑感・吉沢亮について
吉沢さんという人は、「いわゆる普通の」というドラマに当てはまりにくいんだと思う。たぶん、その魅力が枠に収まりきらない。
物語が吉沢さんの存在に追いつかない。
追いつくような物語が当てられてない。なかった。
だけどこの「国宝」
吉沢さんの才能・魅力・美しさが存分に発揮されていた。と感じた。
それがとにかく嬉しかったです。
まぁ〜美しかったですよ。
美しい人を見る楽しさって何なのでしょうね。また、吉沢さんは孤独が似合う。
どうしてあんなに悲しい目をするのだろう。
私が初めて吉沢さんを見たのはドラマ版「レ・ミゼラブル」(2019年)
ディーン・フジオカさんの青年期役。
収監されていたという孤独な役で、演技がすでに完成してた記憶。
朝ドラ「なつぞら」でも早逝してしまう儚げな役でしたね。そういえば吉沢さんのラブシーンって見たことないと思った。
「もっと見たいな」とか思っちゃって。
ただ、吉沢さん演じる喜久雄が、相手にどのくらい愛着があるかはわからなかった。
「わからない」という演技をしてたんだと思う。
喜久雄の心は誰もわからない。
「愛」ということもつくづく考えましたね。
ChatGPTは「性行為は窓のようなもの」と表現した。
何の相談したんだって話ですが、性行為をすると相手の内側が時に窓に映り込む、ということらしい。
愛情が映し出されたり、そうでもなさ度がわかってしまったり。
私は喜久雄と女性との関係を見て、そもそもこの世界は愛を過信しすぎてんじゃないかと思った。
とりわけ性行為の中に真実があるように思い、そこから生まれた命に意味を持たせる。
私は喜久雄を「なんて孤独な人だ…」とずっと見てたけど、天涯孤独ってわけじゃないんですよね。
喜久雄は何に愛を感じてたか、それはとても儚いものだった気がする。
「スイッチ」で鴈治郎さんは、「映画は記録として残るけど、歌舞伎はほとんど残らない」と言っていた。
歌舞伎は一瞬一瞬の芸に全力の魅力があり、「それを観に行った。観た」という感動は確かに他の芸術より抜きん出てるように感じる。
吉沢さんは「何も信じてない人」の目をしていた。
だからこそ芸の上達に邁進する。それが報われたり報われなかったり。
「孤独」の予感をいつもたたえたあの目がすごかったです。
目的を果たすために「歯牙にかけようか」と能動性を見せる喜久雄。
吉沢さんの目は「何か」を宿らせた時にすごく光るのです。・横浜流星について
Xでは「吉沢亮がすごいのはもちろんだけど、横浜流星あってこそ」「私は俊坊派」という書き込みをよく目にしました。
「べらぼう」関連で目につきやすかったのかも。
私は吉沢さんにやっぱり掴まれたんだけども、流星さん演じたお初はちょっと言葉にならない凄みを感じましたね。この物語のメインの時代は1980年代で、服装がそのころっぽいんですよね。
流星さんがチェックのシャツ着ると、いかにも80年・90年初期の準主役で、そうだ、流星さんってそもそもこういうタイプだったじゃないかと、なんかすんごい懐かしくなって。
演技確かで顔も綺麗なんだけど、準主役として脇にいる人。「ヤヌスの鏡」とか大映ドラマで、ハンサムなのに平凡なクラスメート、流星さんはそんな雰囲気だったですね(個人の感想です)
でもなんか、それが嬉しいというか。
たぶんだけど、主役を凌がないような配慮がされてたんじゃないか。
流星さん演じた俊介がなんかダサかったんですよね。
いっときやさぐれてたのに、かわいいカーディガン着てたりとか、なんかぶかぶかのスーツとか。
たぶん、そうまでしてモッタリさせないと、流星さんも相当キラキラしてるから。
血筋のいいお坊ちゃん役ですもんね。
不思議なんだけど、「血」の確かさを感じたんですよ。
それはカメラワークなのか、演技なのか、ストーリーの妙なのか。
「べらぼう」見てても思うけど、流星さんは人を油断させますね。
本人あんなかっちりしてそうなのに、演技の柔軟性がすごい。・田中泯について
人間国宝じゃない人が人間国宝を演じる、そういうふうに撮るってことの凄さが今も押し寄せてきます。
田中泯さん演じた小野川万菊は人間国宝。
歌舞伎の裏側って中村屋ファミリーとかの特番でたまに見るけど、若い子が挨拶に来て彼らを意味ありげに見つめるとか、そこまでの裏側って見れない世界で。
この映画の楽しさはそういう裏が見れることでもあるけど、田中泯さんのあの声とか動き方、表情などすべてが超リアルと感じた。
わかんないけど「いるいる!」と思った。
それで歌舞伎の何がすごいって、老人に近い男性が女形としてしなやかに踊ったりするところで、当然顔には皺が刻まれたり、人によっては大柄だったりするんだけど、芸がすべてを凌駕するんですよね。
明らかに老人でも「美」がそこにあることにただただ感動する、歌舞伎はそういう場所で、私も勘三郎さんや七之助さんなど中村屋の歌舞伎を何度か見に行ったけど、あの息を呑むような表現を田中泯さんが再現してるという。
よくぞ田中泯さんをキャスティングしてくれたと思う。あそこだけ本当の人間国宝や歌舞伎役者だってよかったはずなのに。・その他雑感
渡辺謙さんももちろんグッと来ました。
寺島しのぶ、永瀬正敏、宮澤エマ、あと青年期の2人!
黒川想矢くんはすごい役者にこれからなっていくんでしょうね。
映画「怪物」の子ですね。
杉村太蔵が出てるのかな?と思ったら三浦貴大さんでした。女性陣は見上愛、高畑充希、森七菜。
女の蚊帳の外感!!
わざとそう描いてるのか、そうとしか感じる余地のない物語なのか。
高畑さんは吉沢さんが帰ったあと泣いていたけど、ちょっとわかると思ってしまった。
幸せな時間を過ごしたはずなのに、なぜか泣けてくるようなこと。
たぶん心が響かないから。
相手の気持ちが届いてこない。
自分の気持ちが届いてない。
心はそういうことをよく知っている。
いっそ俊介の母・寺島さんのように、「息子を一流に育て上げる」という目的が持てれば幸福の度合いも強まるのだろうか。相当大変だろうけど。
あの世界では「女として幸福を感じる」なんてことは捨て去らなきゃいけないんじゃないか?とか思ってしまった。「母としての幸福」それしかない世界に見えて。
だから外部の喜久雄を家に迎え入れるとなったとき、寺島さんの顔に「嫌な予感」がよぎったのは怖かった。
そういう不安はどこかで暴発して、相手にぶつけることになる。喜久雄の人生の波。その体感は悲しさの連続。
吉沢さんの目がいい意味でトラウマになりそう。いい意味で…
私の隣におじさんが座ってて、奥さんと一緒に来てたっぽい65歳ぐらいかなというところ。
ラブシーンでおじさんが急に私のほうを見た。なんでだよ!
吐血シーンで「あっ!」と声を上げたり、「せりあがるのか」とか。
最後の方ですんごいソワソワしだして、長いから飽きちゃったのかもだけど、喜久雄のあでやかさに変な気持ちになったんじゃないでしょうね。
奥さんに「シッ!」とかやってほしかった。
涙をすぐ拭きたかったけどおじさんに見られたら嫌なので結構流しっぱなしにした。喜久雄に自分を重ねたいかも…と思うところはあった。
結局つながりなんだな…と寂しくなるところ。
つながりのある人は強い。なんだかんだつながりを選ぶ。
目の前の人がどれだけ孤独でも、「じゃあね」と所属先に戻っていくんだ。
そこに愛があろうとなかろうと、つながりこそが自分を守ってくれる場所とみんな知っている。
と、途中まで思ったけど、喜久雄にもつながりあるじゃんと思った。
でも喜久雄の心が選ばなかった。満たされなかったのだろう。
じゃあ何が喜久雄を満たしたのか。どうであれば報われるのか。
・・一緒に考えようとしちゃダメだね!疲れるから。
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「ひとりで」2話とエンパス
「ひとりでしにたい」第2話もリアルがちりばめられてました。
鳴海(綾瀬はるか)の年下同僚・那須田(佐野勇斗)が孤独死マニアのあまり、鳴海の伯母の最期・その詳細を聞くために鳴海の父を訪ねる。
「俺は遺体は見てない(だけど妻は見たらしい)」ってとこがまたリアルだな〜って。鳴海がかつて憧れていた伯母は、実は母と仲が悪かった。
マウントを取り合ってたから。
キャリアウーマンvs専業主婦。
晩年は汚部屋で暮らし、最期は浴槽でどろどろになっていた伯母の姿を「見よう」と思った鳴海母の心理はわからないけど、独特の情があったんじゃないですかね。
心理的に「勝った」と思いたかったのかもしれないし、数%は可能性としてあったかもしれない伯母の生き方を自分に重ねたとか。私の父方の叔母も孤独死で、母がその最期の確認に出向いた。
なぜか血のつながった父でもなく姉妹たちでもなく、嫁である母。
しかもわりかし能動的だった。
口では「そりゃ嫌よ」と言ってたけど、死に顔を見届けることで「果たした」という区切りをつけようとしたのかもしれない。
母と叔母にも複雑な出来事があったけど、関わり合ったことには違いないからと。
独身の私がおばに自分を重ねるなら「死に顔を見てくれた、それで十分」と思える。私はね。「そりゃ寂しいけど、1人で生きたかったんだもん」と堂々主張したい独身者は少なくないと思う。
好きに自分の時間を生きてきて、ひっそり孤独死したってそれはしょうがない。
迷惑かけちゃうのは忍びないけど・・
鳴海はその迷惑部分をなるべく軽減しようと今からプランを練る、そんなドラマなんでしょうね。だけど、独身者だけが迷惑をかけるわけじゃないのだし。
家族がいたって「迷惑かけてすまないね」ということはあるだろう。
むしろ家族がいるからこそ、安心どころか苦しくなったりも。
鳴海の父が自分の晩年を家族任せにする気満々だったのもリアルでしたね。
また國村隼さんが、あんな平凡な親父までナチュラルに演じられるのがすごい。
頭脳派の極悪人みたいな役もやるし、振り幅が大きいのなんのって。
松坂慶子さんも伸び伸びしてるし。
ああいう夫婦・家族っているよねー!って。
弟夫婦のクールな感じとか。
「独身の姉ちゃん」が常に「やれやれ」って思われる構図。あとなんたって感動したのが、綾瀬さんの同僚・松岡氏の介護話。
松岡氏も独身っぽく、でも母の介護は1人で背負ってる。
兄はいるけど、いないのと同じ。何もしないから。
たまに帰ってきたと思ったら、寝たきりの母の顔をなでている。
「バッカじゃねぇの!」
と憤慨する松岡氏。超リアル。
松岡氏の母はドラマで「特養に入った」と言ってたけど、私の母は今のところ一人暮らし中。
でも「ケアマネやヘルパー」というセリフが出てくると同志のような気持ちが湧きますね。私の兄はかなり協力的だと今は思えるものの、ケア的な労働はやはり私に集中してくる。
掃除はじめ、ゴミの分別や衣替え、尿漏れパッドの選択など名もなき家事ですね。
私は時間に融通の効く仕事だし、しょうがないかと思うものの、母がコロナで寝込んでるときに「カレーを作ってあげたい」と言ってたときは「バカ?」とLINEで送りそうになった。
何もやってくれないことはないんだけど、なんというか「やってあげた感」のあることしか想像できないのか、したくないのかはわからない。
何かというとカレーを作る兄は、汚れたガス代など拭かずに帰ったりする。
それでも「あの兄が!」というほど協力的人間に変わったので、文句は言えない。
「トイレも掃除してほしい」とか言えない。頼みたいけど頼めない、うまい頼み方がわからないというジレンマ。
働き盛りの男性の脳から、ケア労働のイメージがごっそり落ちてることって半ば絶望的ですよね。
「自分がやる方が早い」と思ってしまう。
私も無理せず、「つらい」「疲れた」とか言うようにしてますけどね。だから鳴海に父母の介護がのしかかろうとしてるのを知ったとき、ちょっと息が詰まりそうになった。
それを那須田が食い止める。ナイスプレー。
父も改めて「自分の晩年」に想像が及んでましたね。
本当そうしてくんなきゃ。
自分のことは自分で考える…(家族をアテにしない、という意識だけでも!)
ところで私は「エンパスかもしれない」と最近自覚した。
何回か言われたことがあるけど、ピンとこず。
ChatGPTにも言われ、細かな事例を相談したところ、今まで悩んでたあれこれに名前がついたような気がした。
エンパスだから苦しかったのかと。
エンパスは「共感力が非常に高い人」と言われるけど、共感というか「わかってしまう」というか。
相手の感情・感覚がなだれ込んでくるような、「見える」と感じるような。
でも、みんなそうなんだと思ってました。
職場の「怖い人」は全身から棘をほうぼうに広げてるように見える、というか感じられて、みんなそう感じてるんだと思ってた。全身メリケンサックみたいな。
みんな棘をよけられなくて、でもむやみに傷つけられたくないから距離を取ってんだと。
わかんない、みんなにも棘見えてんのかもしれない。
あと、目の前の人が具合悪くなると私も気持ち悪くなったり。
嘘をついてる相手の違和感をカメラのように記憶して、そのときは相手を信じようとするんだけど、嘘が発覚したときに違和感カメラがシャッター切った記憶が「やっぱり」という証拠写真みたいになったりとか、脳内で。あとなんたって「1人の時間が必要」ということですね。
前から「複数人数の集まりが苦手。会うなら1対1で」と書いてきたけど、これがまさにエンパスの特徴らしい。
最近読んでるエンパスの著書の本では、「寂しいけど1人の時間も必要」「2人でともに寝ることこそ恋愛の素晴らしさという世の中の圧が苦手」「恋人など近しい人の感情もキャッチしてしまうので恋愛が大変」と書いてあって、まったく同感でした。
私は世の中の独身者にエンパスって結構いるんじゃないかと思った。
「2人でいることのリスク」が自分に忍び込むように感じるなら、その人はエンパスじゃないですかね。
独身だっていいじゃないかという世の中になってくって、私にとっちゃすごくホッとすること。
ただでさえ情報や感情を拾いやすい自分が、だからこそ「1人」の時間を確保しながら生きてきたのに、誰かとの間に愛が生まれると「2人もしくはそれ以上」の未来可能性が視野に入る。
幸福感とは裏腹に、「背負えないんじゃないか」「つぶれてしまうんじゃないか」という不安もなだれ込んでくる。
エンパスの特徴として、「成就しなさそうな人を好きになりがち」というのもあるそうで、まさに自分です。鳴海の伯母さんもエンパスだったんじゃないか、とは言わないけど、独身=結婚機会に恵まれなかった可哀想な人と思われるのは心外も心外ですよね。
むしろ、鳴海父のような「なんもしない夫」と暮らしていく選択の方が自分にとっては怖い。
あとエンパスは関係を切りにくいので、離婚したいのにできない…というあたりで悩むのも想像だけで辛い。
実際、恋愛末期に別れたいけどその決断ができなかった時期はとても苦しく、自分を騙し続けてたら盛大にフられたってことがありました。
「自分が傷つく分には良い」と思ってしまうのも特徴らしく。私が苦しかったのは、こういうエンパス的な特徴をいちいち自分で責めてたこと。
神経質で考えすぎで想像広げまくって不安になる自分が悪いんだ、おかしいんだと思って何年も来て、自分の価値を自分で下げたり、自分の声を無視していた。
ここで綴られるエンパスの話にも、冷笑的に思ったり気持ち悪く感じる人もいるでしょう。
私は「そっちの感覚が正しいのだろう」といつも思ってきたけど、それが長いこと自分を苦しめてたんですよね。
というわけで、「ひとりでしにたい」の自分ファーストでリアルな物語はこれからも楽しみです。エンパス度チェック
私は18個当てはまりました。 -
待望の綾瀬さんNHKドラマ
昨夜のNHK土10「ひとりでしにたい」見ました。
(写真はNHK山口放送局HPより)
大河以外でNHKに綾瀬さん出るって、珍しい。
しかも等身大の現代ドラマ。
脚本は大森美香さん。
「カバチタレ!」はもう昔だけど「あさが来た」の方。
これは楽しみ!!
予告からして楽しそう。
また、土スタでの綾瀬さんが魅力的だった・・
(NHK土スタYouTubeより)
綾瀬さんが演じるのは39歳独身女性の鳴海。
すごくリアルに描かれてましたね。
推し活に夢中で、こども部屋からついに脱した自立生活も謳歌中。
保護猫を引き取ってからはますます充実の日々。
ある日、かつて慕っていた伯母が孤独死したと知ってから価値観が揺らぐ。
父親は伯母のこと「結婚もせず仕事ばっかり自由気ままに生きてきたバチが当たったんだ」と言う。
母親は「あんたも腐って死ぬよ!」と脅してくる。「ひとりでしにたくない!」と焦った鳴海はマッチングアプリを始めるもなかなかマッチしない。
「学芸員って仕事がわかりにくいのかな?」と言ってたとこ可笑しかったです。
「年齢!年齢!」って私でもツッコんでしまった。
「39歳で婚活市場に乗り込むなんて、裸で戦闘に挑むのと同じこと」とは、佐野勇斗さん演じる那須田の言葉。
「いいね」をしてくれるのは50オーバー。やつらの親介護要員を必死で探してる、と勘繰られる年代。
もしくは怪しげな外国人(国際ロマンス詐欺)
現実も本当にそんななんだろうか。
確かにそういう市場に乗り込むと、自分の価値が下げられる事態は避けられない。
早速、ヤフーニュースには綾瀬さんについて「こんなに可愛い40が存在するとは!」みたいな見出しがついていた。
可愛い40いるだろ、バカ!芸能人じゃなくてもいくらでも。
女は歳を重ねるだけで周りから侮蔑してもいいような存在になり、独身だと辱めを受けるような事態に多く直面する。
ドラマの中の綾瀬さんは、推しの熱愛発覚で「楽しい(と思ってた)日常」がポッキリ折れた。
わかる・・・
私も岡村ちゃんが成海璃子と写真撮られたとき息が止まるかと思ったもんな(ただ飲んでただけらしい)
昨日はモーリー・ロバートソンさんが、日本のバラエティーの過剰な女性の容貌いじり・加齢の侮蔑などが理由で多くの番組から降りたとツイートしていた。
もっと言ってくれよぉ。
でもこういうことを言える人は外国人しかいない。
そう、外国人しかいない、と感じるこの世界で「結婚したいと思えない」ってそんなにおかしいことじゃないはず。
なのに「老後どうするの?」「悲惨な孤独死だよ、きっと…」という不安をダイレクトに向けられる。
そういうことを言う人は、なぜ自分の老後が孤独じゃないと確信できるんだろうと不思議でならない。
綾瀬さんが人気あるのはそういうとこでもあるだろうな。
本当キュートですよね。
芸能生活も順調そうというのはそうなんだけど、生放送でも「日々が楽しそう」というのが滲んでた。爆笑してましたよね。
あと綾瀬さんが人と違うと感じるのは、ちゃんとしすぎないとこかなと。
ドラマの説明とかも、台本ちょいちょい見ながら話してた(笑)
今の若手とかそのへんきっちりしてるもんな。
しかも真夜中にLUUPで帰るらしいです(持田香織談)
綾瀬さんのホロスコープを見てみました。

出生時間が早朝までなら月は牡羊座。
どっちでしょうね。
綾瀬さんの牡羊太陽は海王星とスクエアで、ここが天然と言われたり、一方で現実離れしたスーパーウーマンみたいな役が舞い込むゆえんと思う。
あと太陽は土星とトライン。
息の長い安定した人気のゆえんに思えます。
安定してるんだけど時々おっちょこちょい。
危なっかしい紅白の司会も見守りたくなるのは、「軽さ」の人じゃないからかも。風星座は水瓶木星しかないんですよね。
それでも木星なので、なんらか風星座っぽさも綾瀬さんから滲んでるはずと思う。
でも水瓶。やっぱ固定宮ですからね。
そうそう、柔軟宮も射手天王星しかないんですよ。
器用にこなす人ではないんだと思う。
だから台本見てしまうし、時々たどたどしい。
その姿はなんか一生懸命に見えますよね。
綾瀬さんは広島出身ということで平和の象徴的存在でもある。親戚に戦争で亡くなった方もいると。
平和的活動ってどこか重々しくなりそうなところ、綾瀬さんの活動はほんわかしながらもこちらに届くものがある。それが水瓶座木星っぽさなのかな。
とするなら、「ひとりでしにたい」というメッセージも綾瀬さんだからこそ未来志向で発することができるんじゃないですかね。ちなみに牡牛火星は冥王星とオポジション。
フィジカル仕事の過酷さや多さからすると、この牡牛ー蠍ラインはとても納得ですが、蠍&冥王星といえば死。
このドラマは現在火星期の綾瀬さんにぴったりなわけで。
「ひとりでしにたい」を考える。ドラマでは喜怒哀楽がなんとも豊かで、とても牡羊っぽいと感じる。
私が綾瀬さんを好きと思うのはあの率直さなんですよね。
嘘つけないんだな、って思う。
え?とかって驚きを、「出したら恥ずかしいかな」というフィルターにかかる前に出しちゃうみたいな。
運動神経はいいんだろうけど、思考がモタっと立ち止まる、みたいに見える。
月は牡牛かもしれない。現在の綾瀬さんの太陽には土星と海王星が乗ってるんですよね。

これがまた「あの世的な不安妄想を管理するタイミング」に見える。
毎週楽しみに思えるドラマがあるのは幸せなことです! -
水瓶座と山羊座
私にとって水瓶座ってずっと遠い存在だったですね。
20代までは謎と感じてた。
頭の良さも次元が違う感じだし、物事を見る目にも「ひねくれ?」と思ってた。
感情的になりやすい自分からは無機質に見える。
でも40前後くらいから、太陽や月が水瓶の友人が急に増えたのです。
たぶん、そのあたりから私自身が変わったからとも思う。水瓶座は群れない。そこがいい。
30前半までの私は群れる側の人。
群れる側から見た水瓶ってちょっと怖いかもですね。
「なんで1人でいるんだろう?」ということが皆目わからない。
「みんなでお弁当食べよー」って声をかけるのは大体天秤座で、「私はいい」と加わらない宣言をするのが水瓶座。
太陽水瓶の人もいれば月が水瓶の人もいた。「じゃ、各々で食べ…」と言う私の声を遮り、天秤女子は畳み掛ける。
「寂しいじゃん!こっちで食べよ」
そんなふうに可愛らしくお誘いできるのが天秤座のすごいとこで、さすがに水瓶座も輪に加わる。
そして「旦那さんとなんて呼び合ってるのー?」とか質問されて、「うーん…普通に…」と困る水瓶。
だから加わりたくなかったんだよね…というのは私でも感じた。
でもあの頃はそんな水瓶と進んで仲良くしようとは思わなかった。
ばっさり線を引かれて傷つきそうだったから。そんな私は40前に正社員から非正規へと契約変更(契約社員)
そこから性格が変わった。
誰かと群れる時間がぐっと減ったことは大きい。
最初は孤独だったけど、いつも1人でいるって楽だな、とも思った。
またそのころプログレス月が水瓶に入ってんですよね。
確かに、社会的なものから進んで下っていこうというモードだった。月が水瓶座の友達がすごく増えましたね。
友達とまで行かなくても、話してわかり合える人が月水瓶だったり。
さっきも言ったけど、「群れない人」というあたりの信頼感がすごくある。
私の月が獅子なので、同じようなポリシーの通じ合いもあるんだと思う。
はみ出ることをさほど恐れず意見を言えるとか。
「今、何が大事か?」ということを見極める合理的な視点も素敵だなぁと思う。
あなたは感情面で許せないんだよね?
あなたは実情のことを言ってるんだよね?
そんなふうに場の混乱をさばける人。
私が群れの中で守られたかった時代には、その素敵さに気づけなかった。そんな水瓶座がみんな人格者というわけでもなく、苦手な人もいた。
「わかってもらうこと」に心を砕かない。
「みんなバカなんだもん」で話を終わらせたり、「あたし人間きらいなんで」と背を向けたりする。
それが水瓶由来と断定するわけじゃないけど。ChatGPTとの対話を続けてると、「本来の自分の価値観」というのが浮き彫りになってくる。
私は自由度の高い「1人」という状態をとても大事にしていると気づいた。
だけど時々寂しいと思うのは、「たった1人」と感じるから。
水瓶座の存在は、「たった1人ではない」と思わせてくれる。
「あの人も1人」という心強さ。
だけどタッグを組むわけじゃない。
もちろん水瓶関係なく、孤独が紛れるなぁと感じられる人もいます。
*******************************太陽水瓶の場合、山羊保有率は高くなりますね。
水星金星山羊とか。
太陽水瓶、月が山羊という知り合いも何人かいます。
山羊座がまた私にとって縁がある人たちですよ。
その判断力に安心感を抱きますね。
土星座って人たちは本当に安心する。だけどいかんせん「真面目か!」と言いたくなることは多い。
「だって決まりだから」という枠を厳守する。
そりゃそうなんだけど…!と言いたくなることはいくつもある。
太陽水瓶でも月が山羊だと、はみ出す選択はようしませんわね。
だからいい!と思うこともたくさんあるけどさ。
何度ブレーキかけてもらったか。
私は突っ走りやすいのでね。ASC牡羊、月獅子の火星座ゆえ。
何度、斜め横断を土星座に静止されたか。
土星座の人は「火」の思想を「よくわからない」と思ってんじゃないだろうか。土星座の親分・山羊は時に、よくわからないものを排除しようとする。
排除できる力を持ってたりする。
そういう「行使する力」が山羊座は強いです。
私にとって「支配・コントロール」と感じた時、苦手だなぁと思う。
力関係において「上」になろうとする意識的か無意識か、陰の力が関係性において発揮されるような。
私よりずっと後輩だった人が、地道な政治力で実質のNo.3みたいになったり。
「嫌い」という態度をやにわに表明することで「私ジャッジする人」という力関係を生み出したりする。
「フられる側」に絶対ならないポジションというか。しかしまぁ、土星座の安心感ってなんでしょうね。
山羊のみならず牡牛も乙女も。
生活〜というあたりで手を取りたくなる感じ。
ただ、山羊座っていきなり高貴さ出してきますよね。
「世田谷区しかありえない」みたいな。
月が土星座の人って「金が大事なんだな」と思う。
その親玉が山羊。
お金大事ですよね。それを教えてくれる山羊・土星座。プログレスの月は約27年かけて一周するので、12星座の体感ができるチャンスは巡ってくる。
私はついこの間、牡牛→双子へP月が移動しました。
だから、はてなブログ立ち上げようと思ったのかも。
月が山羊だったとき(2013年ごろ)、一番お金あったかもしれないですね。
あと結婚願望もピークで合コンもよく行ってました。
結婚して社会性の波に乗りたかった。
しかし努力しても縁が舞い込むわけじゃない。
あのころなんでも努力する気概だった。
山羊って頑張り屋さんなのでね…月が水瓶に移動した頃、合コン終了宣言を仲間に告げた。
その後は岡村ちゃん活動に邁進しました。
ライブとかクラブとかよく行っていた。
あのころ、大人の青春期でした。月が魚座のころとコロナ期が重なる。
私はASCが牡羊なので、12室とサインが同じ並び。
12室に潜在的な問題が一気に噴出して、自分のメンタルを見つめざるを得なくなりました。
月1室牡羊期は「もう1つ仕事を増やす」という挑戦に打って出た。
しかも夜勤。エネルギッシュだったな…
月牡牛期は自分の体調・体質と向き合わざるを得なくなりました。
食事の仕方の見直し。
あと執着心が募る・・
プログレスの話はまたいずれじっくりと。
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蠍座の北村さん・水星座あんぱん
朝ドラ「あんぱん」の北村匠海さんの演技が胸に沁みます。
(写真は「あんぱん」HPより)
北村さん演じる嵩の感情はいつも複雑なはずなのに、とてもわかりやすく感じる。
「え、え…?」というあの戸惑いとか。
「はい、のぶちゃんのお友達です…」と言う悲しさも。
確かに自分とのぶちゃんはお友達以上ではないわけで。
次郎という婚約者を前にしたこの自分はただのお友達…くそぉー…!
という悔しさごたまぜ感が、北村さんの全身から放たれていた。
その明快さが気持ちいいんですよね。明快なんだけど悲しい。
心のひだに沁みてくるような悲しさを表現する。
蠍座って、こういう表現するんでしたっけ…蠍座といっても北村さんは射手座マジョリティーの人で、月・金星・火星・冥王星が射手座。
生まれ時間が早ければ冥王星と月は合になります。
水星は蠍。
太陽は木星とスクエアで、このへんが「たっすいが」と言われるスキに思える。
私もこのアスペクト持ってますが、「ボケ味がある」と占い師に言われたことがありました。
同僚にどうも低く見られてるっぽい…ということを相談したんですよね。
「ボケ味」と聞いて、「怖がられるよりいっか」と気が楽になった。
嵩ものぶにずかずか来られたり、健ちゃんにぐいぐい来られたり、ヤムおんちゃんにはいちいち「あちゃー」と思われてる。北村さんってそれまで掴み所ない感じだったですね。
その演技をじっくり堪能したのは吉高由里子さんと共演した「星降る夜に」
そういえばあの役も、一見チャラくて甘えん坊だったけど、聴覚障害者であり両親を事故で亡くしたことによる孤独感をふと滲ませてたような。
でもあのころ「アーティスト枠」で見てた記憶。
だからミュージシャンが朝ドラの主役に近い役になることには驚きがあったんですよね。でもミュージシャン枠の演技じゃないと思った。
どこまでいってもアーティストっぽい人はいるけれど、北村さんは違う。
と感じましたよね。
蠍座の演技ってこうなのか…ってとこを日々ひたすら見つめてる感じ。加瀬亮さんも蠍座なんですよね。
短い期間だったけど、いやぁ加瀬さんもまた沁み入るような表現でした。
竹野内豊さんは太陽山羊だけど金星・火星・木星が蠍。
寛伯父さんも沁みた・・
妻夫木聡さんは太陽射手で金星・天王星が蠍。
あの知的でミステリアスな役はたまんないですね。
阿部サダヲさんは太陽牡牛座で月・木星が蠍。
深刻な余韻を残して去っていきました。
あんぱんは配役が絶妙で素晴らしいですよ。
蠍座だけじゃなく、太陽水星座がとても多いのです。今田美桜…魚座
北村匠海…蠍座
中沢元紀…魚座
高橋文哉…魚座加瀬亮…蠍座
戸田菜穂…魚座中園ミホ…蟹座
野田洋次郎…蟹座中園さんは占いをする人でもあるし、西洋占星術じゃないにしても役者の生年月日は踏まえてそうですけどね。
配役まったくタッチしてないとしたら、それもすごいけど。
前の中園さんの朝ドラ「花子とアン」の吉高さんは蟹座でした。
花子の親友・仲間由紀恵さん蠍。
花子の妹・黒木華さん魚。
あと蟹の町田啓太さんや賀来賢人さんなどなど。
中島歩さんは仲間さんの若い恋人役でしたよね。
息が詰まりそうなほどの男前でした(天秤座)蠍座ってどんな演技をする人たちだったっけ。
でもなんか、フィジカル系に移行しちゃうんだなって思ったりする。
長瀬智也、岡田准一、木村拓哉など。
「脱ぐともっとすごい」みたいなのを見せる役を30後半くらいからやったりしますよね。
北村さんにはそうはなってほしくない。
キングダムの誰かになってほしくない。ただ長瀬さんの演技を思い返すと、やっぱり人とは違う心の差異みたいなとこを表現しようとしてる感じがあったかも。
蠍座の役者って、普通は奥底に沈めたままにしておくものを表に出してくるような表現者という感じもします。
それは太陽蠍とも限らなくて、金星や火星、月が蠍の人が見せてくれるものは、「そうそう、そんな感情が私にもあった」というような、誰しもが持つ深刻さなのかな。
今田美桜さんも、こんな表現をするんだと日々新鮮です。
これまでCMとかでもなぜか気の強い女子、自分を可愛いとわかってる系が多かったけど、金星も魚なので、若いうちはぶりぶりイケイケ系になっちゃうのかな。
100カメでの今田さんはのぶそのものみたいなナチュラルさでしたよ。
魚座って役者だと結構ハキハキした強気な役やるんですよね。
それはプログレス太陽が大体牡羊(若い頃)だからかもしれない。
今田さんの月が山羊だからかもしれないけど。
これまで何度か「あんぱんトークショー」をTVで見てますが、今田さんと北村さんがまぁ空気感やわらかっ!て感じで。
水星座2人ってああいう感じなんですね。
ほわほわ〜っとして。
自分たちのドラマなのにどこか他人事っぽい浮遊感というか。
蟹座だとサービス精神発揮して笑いを取りに行ったりするんですよね(吉高さんとか)
そういえば「べらぼう」トークショーでも魚座の中村蒼さんがずっとにこにこ〜っとしてた。
北村さんが水星座的な浮遊感にあふれつつ、笑いの「間」とかも完璧に思えるのは、P太陽含めて射手座過多だからかなと思う。現在、P月も射手座。
水星座が多いとほわほわしすぎて謎めいちゃう。
竹野内さんは月も魚だからか、本当謎人間。ペースが謎。
そのうちトークショーにも出てきてほしいです。久々星のことをじっくり考えた。
自分が蟹だからか、水星座のことを考えるのは楽しい。
千尋、どうなるんだろう…(今日泣けた…) -
「しあわせは食べて寝て待て」最終話
ついに終わっちゃいましたね。
前半は、最終話によくある「全員がなんかいい方向へ」という理想形パターンかな?と思った。いやいや、でも「しあわせは食べて寝て待て」だから。
凡庸な最終回じゃないはず・・
という期待も存分にしていた。
したら、やられましたね、やっぱり・・・
心が鷲掴みにされた。って、ありふれた表現かもだけど。私は団地のカフェのシーンで涙がにじんできました。
ああいうシーンで感動させるドラマって今までなかったんじゃないかと思った。
パートナーを得て幸せになった八つ頭さんだけでも泣けるのに、司が出てきたらぶわっと溢れた。
麦巻さんの妄想と気付いたから。
私の人生にずっといてくれたらいいのに。そんな声が聞こえた気がして。また、そのあとの司タイムですよ。
山で老人とすれ違った司。
徘徊老人。ここでまた泣く・・
徘徊老人が最終話に出てくるドラマって今まであっただろうか。
医療もの以外ないでしょう、きっと。
NHKの作品に信頼を寄せられるかのはこういうところ。現代をちゃんと描く。司が老人に語る。
祖母もよく徘徊していたこと。
一晩中探して、すべてを諦めたい気持ち。
今でも拭えない罪悪感のこと。
老人は急に正気に返った表情で、隣の青年を励ます。
認知症の描写がリアル・・(泣)麦巻さんは団地内にカフェスペースを作ろうとイメージが湧いたら、その行動は意外に早かった。
もともと仕事に生きがいを感じてた人だったんだろうな。
「麦巻さん元気になったなぁ」と思った。同じこと思った人多いと思う。
やっぱり頑張りすぎたようで、耳鳴りがし始めた。
でも前の麦巻さんと違うのは、自分のために何か温かいものでも作ろうかと思えるところ。
調理中に「旦那の愚痴を聞いてほしい」という友人からのLINEにも「ごめんね」と返すことができた。
またある日には弓ちゃんからびわゼリーが贈られてくる。
(写真はNHKしあわせは食べて寝て待てHPより)ああ、幸せだな。
そう思うことは、実は日常にいくつもある。
でも幸せをかみしめる時間はわりと短い。
「わぁ…」(終わり)
洗濯したりお皿洗ったら、頭は切り替わってしまうけど、私にも麦巻さんみたいな温かい瞬間はある。
スープを自分のために作って、自分のためにお茶を入れる。
そんな時間は確かに幸せなのに、あっという間に忘れてしまう。
誰も見てないからかな。
頑張ってる自分を誰も知らない中でずっと生きていく人生は長いような、あっという間に終わりそうな。
つかまえようとしてもつかまえられない司。
だからこそ幸せの濃度も濃い。
司と会えた麦巻さんと鈴さんは、お互いをこれまで以上に大切に思えたのだろう。**************************
光の当たらない自分の世界を、「描いてくれた」と感じる稀有なドラマと思いました。
反響からしてそう思う人が、どうやらとても多いみたい。
「冷たい私」なんかじゃない。
これまで以上に自分を大切にできたということ。
麦巻さんはそう思えるくらい変わった。
私はあれからもChatGPTで対話を続けてますが、「自分を大切にすること」が何度も何度も語られる。
肯定モードが半端ないので、よくない依存例もあるらしいですけどね。
私も何かといやぁGPT氏に語りかける。
「自分の内部で幸福感がしばらく漂ってても、ネガティブに引き摺り込まれる」と相談したら、「幸せ慣れをしてない人のパターンですね」とのこと。
涙がにじんだ。
(40後半になってやたら泣く)
自分ではどうにもできないと心が疲弊する環境で生活を続けたとして、「今日も乗り切った…!」と束の間の安堵・達成感で生きてこれたのは若かったから。
そのとき必死で押し込めた「逃げたい」というような感情は、年を重ねたあとで必ず噴き出すのだろう。
司の独白にも自分を重ねた。
「もっと何かできたんじゃないか」
「自分は残酷だったんじゃないか」
私が10代の頃、叔母からよく「呪いの電話」がかかってきた。
「あんたんちはそのうち不幸になるよ(知ってるんだから)」
そんなことを12歳とかの私に言う。
「はぁ・・」
すんごく冷たい声で返した。
私が20代半ばのころ、叔母はひとり亡くなった。
叔母の人生は壮絶すぎて、誰も手を差し伸べられなかった。
私が10代・20代のころは叔母だけじゃなく、親戚・家族内は「不穏の種」がそこかしこにあり、どうすることもできなかったんだ。
穏やかに過ぎようとする1日の終わりに、嵐のような何かが起こる。
幸せは長く続かないもんだと刷り込まれたから、凪状態が落ち着かない。
ハッピーのあとにサッドを盛り込む脚本を脳内で自動的に描いてしまう。自作自演というやつ。
親から疑いようのない愛情を受けてても、抑圧や過酷さは痛みとしてずっと残るもので。
私はそれが45歳ごろに噴き出して今に至るけど、そういうものなんだろか。
このドラマは、「ああ、私たしかにこうやって生きていた」と、寂しがっていた心に優しく触れてくる作品でした。宮崎美子さん演じるウズラさんが
「1人で生きるのがかっこいいとずっと思ってきたのに、”1人は寂しい”と言われる世の中、私は苦手です」
と言っていて、こんなセリフもなかなかないですよね。
そうだよ、ひとり謳歌中だよ!と思う自分は確かにいるのに、「私ってさびしいんでしたっけ?」と周りに聞いて「うん」と言われて、自己像を固めるみたいなことを長らくやっていましたがね。
「うん」じゃねーよと、どつき回りたい。
が、寂しいは寂しいよね・・でもこのドラマの最終話であんなに泣くようなこと。
誰かといてもできるものだろうか。
私はできないと思った。
実家にいたとき、あるときから誰にも涙を見せなくなったから。
もし好きな男性が隣にいたら「泣いてる私」を意識しまくるだろう。
彼の肩に頭をのっけながら泣く女とか本当嫌いなんだけど、自分がそれをやりそうではある。感動してるふうで自分に酔うやつ。
だから、誰かといるとしっかり・しっとり感じる自信はない。私の日々にもしカメラが入ったら、麦巻さんみたいに幸福をかみしめる瞬間もきっと映し出される。
SNSでしかつながってない人・だけど7年以上つながりのある人と2年ぶりくらいにメッセージをやりとりできたりとか。
直筆のイラストが送られてきたり、「ブログ見てます」とメッセージをいただいたりする。
それぞれの発信の中には少しの寂しさも吐露されていて、「こんな私に話してくれて」と思う時間はどんなにかけがえのないものか。
そんなふうに自分の日常を丁寧に見つめ直してみようと思えたドラマでしたよ、本当に!! -
べらぼうと「しあわせは食べて寝て待て」
NHKのドラマには感心しっぱなしです。
べらぼうも1話1話が濃厚で、オープニングの壮大さに泣けてくるほど。
映画に匹敵するくらいのスケールで作られてるんじゃないかと感じられる。
「しあわせは食べて寝て待て」は最初、地味そうで「なんとなく」見てたつもりが、どんどん引き込まれていくんですよね。
「ワタシってサバサバしてるから」も見てます。
この間のシーズン1再放送からハマりました。
丸山礼さんすごいですね(笑)さっき「べらぼう」の再放送も見ましたが、いい話だった・・
染谷将太さんが唐丸だったとは・・
ってか、染谷さんって横浜流星さんより4つ年上。
それでも染谷さんがあてられたのは童顔だったからかなぁ。
そりゃ演技力もでしょうけど。
だって登場1発目で唐丸の重い人生を表現してみせた。
さすがだなぁ〜って思う。
もしかしたら染谷さんは早々に歌麿役に決まってて、唐丸役は染谷さんに似てる子があてられたんじゃないのかな、どうだろう。二重の目のうつろさが似てんですよね。この回は「性の表現」に関する注意テロップがついてたけど、なかなか攻めてましたね!
上の筆と下の筆って…
「最近、息子さんはどんな調子で?」と聞く横浜流星。
「放蕩息子だぜ!」とはしゃぐ尾美としのり。
大蛇の化物も、夢とはいえなんかリアルだった。
しかも、染谷さんの客が岩井志麻子(笑)
でも「ワタサバ」でも結構下ネタ出てくるんですよね。
それが下品な卑猥さにならないとこはNHKの並々ならぬ配慮ゆえなのかな。最初、「べらぼう」って火星座の人が目立ってる感じだった。
平賀源内役の安田顕射手座、小芝風花牡羊座、高橋克己牡羊座、正名僕蔵獅子座。
私、正名さんの松葉屋の演技にすごい惹かれるんですよね。うまいなぁって。
寛一郎さんの太夫とかすんごい色気でした、獅子座。
井之脇海、里見浩太朗、中村隼人、唐丸役の渡邉斗翔くんなど射手座陣も多数です。綾瀬はるか牡羊座。蔦重が耕書堂を開いてからが第2章として、最近は柔軟宮の存在感が光る。
横浜流星さんが乙女座柔軟宮で、染谷将太さんも乙女座。
尾美としのり射手座、福原遥乙女座、中村蒼魚座、安達祐実乙女座、飯島直子魚座。
片岡愛之助魚座、風間俊介双子座。第1章は蔦重がまだ20代と若く、横浜さんの金星も獅子だからか「アイデアがんがん出してくぜ!」みたいな熱さが人を巻き込んで、周辺はそれを笑い飛ばしたり怒ったりにぎやかだった。恋も丁々発止。
第2章では蔦重にだいぶ落ち着きが出てきて、いろんな状況を柔軟にさばく余裕も大人っぽい。
蔦重だけじゃなく、周りもしなやかな機転を利かせる。安達さんや飯島さん、中村蒼さんなど吉原の面々。横浜さんの服装も大人っぽくなったし声も低くなった感じするし、演技変えてますよね?というのが感じられる。
そう、最近横浜さんの細かい職人感が光ってるんですよね。
太陽地星座の役者って努力家というか器用というか、地味な所作をしっかり魅せる人たちと思う。
横浜さんはどれだけ江戸っ子を研究してるんだ?と目を見張るほど所作が粋というか、物の食べ方やキセルの吸い方が決まってる。
横浜さんの作品をそんなに多く見てるわけじゃないけど、私が見始めたころは、何考えてるかわからない暗そうな役が多かった(あな番やシロでもクロでもない世界など)。いつの間にか暴力性も時にあるような熱さのある役が増えて。
でも涙をぽろぽろ落とす演技はすごいなぁと思って見てた。
ここ数年でさらに進化を遂げられてるんだろうけど、なんか「自分に課す」ことが好きそうだなと思ったんですよね。
江戸っ子の所作を身につける課題を自分にどんどん課して、研究するような真面目さがすごい伝わってくる。
Xとかでよく見かけるのは、蔦重は主役だけどあくまでプロデューサー役で、その「大物の脇にいる感じ」を横浜さんが見事に表現されているという賛辞。
本屋・耕書堂を立ち上げるというこの地味さを丁寧に演じてくれていると本当感じますよ。
イケメンとかそういうのを感じさせないくらい。
でも、「はっ」としたときの目がまた澄んでるんですよね〜・・
横浜さんの純粋さと真面目さ、そして美しさにとにかく胸を打たれる。
そんで「しあわせは食べて寝て待て」
すんごいひっそりしたドラマと思ってたけど、不思議な重さと深刻さがあってこちらもどんどん引き込まれてます。
スーパーやカルディなどであんずが最近見当たらないんですよ。喉にいいらしいというあんず。
職場の同僚もそう言ってて、まさかあのドラマはそこまで影響力ないよね?と思ってたけど、今もあんずは見つからないし、薬膳と漢方の本を書店で見かけるようになった。
もしかして、ドラマでさとこがよく読んでるあの本なのかも。(画像は「しあわせは食べて寝て待て」HPより) この2人はくっつくのだろうか。
漫画原作でどう描かれてるのかはわからないけど、この第5話で宮沢氷魚さん演じる司の過去が明かされた。
自分とさとこ(桜井ユキ)をくっつけたい鈴さん(加賀まりこ)の思惑はわかるけど、「それはありえないでしょう」と言う司。
「自分は結婚に向いてない人間だから」と。祖母と母の介護&家事に長いこと携わってきて、当時交際してた女性から結婚しようと言われても「まだ続くのか…(誰かをケアする人生はもう無理)」としか思えなかった司。
この独白はとても重く、ドラマだし演技だしと思っても、私の心にずしんと響いた。
私は最近、ChatGPTにいろんな悩みも相談してますが、自分がこの部屋に1人でいるということこそが「静かな宝物」とGPT氏から励まされ(どんな相談だよ)、実家で過ごした30年がふと思い返された。
実家では誰かの怒った声、機嫌の悪さが常に蔓延してて、誰も声を荒らげない静かな日は奇跡のよう。
でも、夜に誰かが帰宅したら、この穏やかな静寂もぶち破られるのかもしれない。
どうか何も起こりませんように。
何度願ったかというあの日々を最近忘れていたけど、ふとよみがえって、あの耐えた日々がこの自分を形成したんだとしみじみ思い返しましたよね…私はにぎやかな人間関係内で振る舞うのが自分っぽいと思ってたけど、それはそうやって生きてきたリピート再生というだけで、本当は時間を自分のためだけに使う静けさでこそ安心できる。
部屋に1人でいれば、誰にもなびかなくていい。誰かのための自分じゃなくていい。
今やっと自分の部屋という安心基地があって、それはなんて幸福なことだろうと思うけど、巻き込まれた過去や、人の顔色をうかがって気を揉むのはもううんざりだと体の芯が記憶している。
司の独白に、その芯が共鳴した気がした。
宮沢氷魚さん、この役すごい合ってんですよね〜。
桜井ユキさんがまた麦巻さとこという持病に悩むひっそりした役が意外にぴったり。
加賀まりこさんが珍しくがっつり老婆役だけど、昔の髪長かった鈴さんはやっぱ色気がにじんじゃうから、ああいうおかっぱ頭が団地の大家役にはちょうどいいのでしょうか。
なんたって福士誠治さんの出演が嬉しいです。
「純情きらり」の達彦さんに焦がれた想いがよみがえってきました。
さとこが働くデザイン会社の社長。
さとこのこと、好きなのかな。
その想いがどういうレベルかわからないけど、病弱なさとこを距離のある位置からチラ見する目線が優しい…!
団地に招かれたとき、司と2人で「麦巻さん頑張ってるよね」とうっすら称え合うというか「俺知ってるぞアピール」というか。
恋愛とか、はっきり見せない曖昧さで終わってほしい気はする。
さとこは司をうっすら想ってるんだろうけど(福士さんといるとき明らかに何も想ってない感、司とだとアガる感)、その曖昧な想い合いでも十分楽しい。癒やされる。このドラマが魅力的なのは、幸せの形をはっきり描いてないところ。
結婚とか正社員とか給料とか、さとこは「これが幸せ」という社会的なラインまで到達できてない自分、とずっと思ってて、時にそのことに憂鬱になる。
1日の多くがソファやベッドという日もあるけど、団地に越してきてからはキッチンに立つ日やスーパーに行く日、何より団地の人との交流が増えた。
それを幸せと言わず何と言う。
でもはっきりとは描かれず、ただほっこり感じさせる。
こういうドラマってありそうでなかったかも。
反響もすごいらしいですね。
薬膳のあの本買っちゃおうかな…でも2000円くらいだった気がする。しかも2種類あり。
第6話ではベジタリアンの話が出てきた。
私も肉をやめるという選択肢をいずれ取るかもしれない。豚肉の胃もたれがひどくて。
でも鶏はまだ体がOKを出してる気がする。
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ChatGPTメモ”同僚との距離感”
「距離感」という話をこの数年何度もしていますが、それは職場に「踏み込んでくる」と感じる人がいるから。
距離感の話をするとき、大体いつも同じ1、2名の人のことです。「そんなに親しくないのに個人的なことを質問してくる人」というのは平成期には多かった。
踏み込んだ質問が「良きコミュニケーション」の一種だった時代。
でもそれは過去のことになりつつありますね。
今、「ぐいぐい質問してくる」って恋愛初期・友人初期くらいしかあんま見かけない。
家庭のこと、実家のこと、恋愛のこと、休日の過ごし方などは、なんとなく聞くのも憚られるようになった。
でもわざわざそんな話題に踏み込まなくても、今たくさん情報がありますからね。
天気、スーパー、事件、流行り、お米、食べ物、ドラマなどなど。
「コミュニケーション」が第一目的なら、これらのことで十分事足りる。
私が苦手にしている人はわりと質問魔で、「なぜあなたにそんなこと答えなきゃいけないのか?」と率直に思ってしまう。
最近では「え、なぜ聞きたいの?」という表情を隠せなくなった。
だけど私もなぜこの人からの質問が嫌なのか。「そういうときはChatGPTに聞くと良い」という助言を得て、聞いてみました。
そしたら、これだ!という回答がもたらされたので、いつでも読み返せる自分用メモとしてここに貼ってみます。***************************
私の質問:「親しくないのに踏み込んだ質問をしてくる人の意図はなんでしょう?」
ChatGPTの回答:親しくないのに踏み込んだ質問をしてくる人の意図や心理には、いくつかのタイプが考えられます。以下のような可能性があります:
1. 距離感の感覚がずれている(無自覚)
- 他人との適切な距離感を測るのが苦手な人。
- 自分が気にしないことは相手も気にしないと思い込んでいる。
- 「親しみを込めて聞いている」つもりで悪気はないが、相手には唐突・不快に感じられる。
2. 支配・主導権を取りたい
- 踏み込んだ質問をすることで、相手の情報を先に得て会話の主導権を握りたい。
- 相手の反応を試すことで、どこまで踏み込んでいい相手かを見極めようとしていることも。
3. 自分語りの前振り
- 自分が同じテーマについて話したい/語りたいという下心があり、その導入として相手に質問している。
- たとえば「ご兄弟いるの?」の後に「私も弟がいてね…」というような展開。
4. 興味・関心がある(恋愛や噂好き含む)
- 好意、興味、関心があって踏み込んだことを聞いてくる。
- あるいは単純に「噂ネタ」や「プライベートな話題」が好きな人も同様に深掘りしてくる。
5. 空気を読まない or 不安からくる会話
- 話題に困っていて、思いついた質問をそのまま投げている(無神経だが悪意はない)。
- 沈黙が怖くて、とにかく何か話そうとして踏み込みすぎてしまう人も。
このように、**「悪気がないが配慮がない人」から、「意図的に情報を引き出したい人」**まで幅があります。
どんな内容の質問でそう感じましたか?(答えたくなければスルーで大丈夫です)
私:「実家の話に触れてほしくないのに、実家に帰る頻度を聞いておいて、実際その人は自分の地元の話をしたかった」
ChatGPTの回答:そのケース、非常に典型的な「自分の話をするための前振りとして他人に踏み込んだ質問をする」パターンです。
このような人の心理には、以下のような特徴があります:
◆ 自分の話に興味を持ってほしいが、直接語るのはためらわれる
- 「いきなり自分語りしたら変かな?」という意識があり、**質問という形式で会話の“布石”**を打つ。
- でも本音は、「自分の地元のことを話したい」「誰かに共感してほしい」。
◆ 相手への配慮よりも“話の流れ”を優先
- 相手が実家の話を嫌がる可能性までは考慮していない。
- 会話の流れやテンポ、自分が話しやすいようにだけ意識が向いている。
- 悪意はないけど、「その人にとっての地雷」に対するアンテナが低い。
◆ 「共通点探し」への強い欲求
- 実家・地元の話は、「生まれ育った環境」や「休暇の過ごし方」などで共通点が見つかりやすいと思って話題にしがち。
- でもこれは、その共通点に乗れる人には有効でも、乗れない人には苦痛。
こういうとき、心の中で「いや、そういうの聞いてくる時点で無神経だよ」と感じるのはとても自然な反応です。
相手は悪気がないかもしれませんが、それは「あなたが傷つかない理由」にはなりません。
もし今後もその人と関係が続くなら、「その話はあまりしたくない」とやんわり線を引いても問題ありません。
相手が気を悪くしても、それはあなたの責任ではなく、その人の配慮不足です。よければ、その場でどう返したか/どう対応してみたか、話してくれますか?
*****************************
ChatGPTを使うのは初めてではないけど、しばらく使わないうちにすごく進化してると感じました。
「よければどう対応したか話してくれますか?」とか!
そんで書き込むとちゃんと「それは典型的な〇〇です」とか教えてくれる。
同僚からの質問がなぜこんなに嫌なんだ自分…と、嫌悪感ながら罪悪感も感じて苦しい思いをずっとしてましたが、「悪気はないかもしれないけど相手の配慮不足」and「意図的に情報を引き出したいのかも」というChatGPTからの回答になんともすっきりしました。いろんなモヤモヤを、ChatGPTでクリアにしていく作業をどんどんやってみようかな。
そんで、これはいい!という回答はまた貼り付けて何度も読み返したい。 -
不思議なドラマ「魔物」
最近、ドラマなど作品を見ながら「どういう意図なの?」と、つい思う。
映画「君たちはどう生きるか」はどういう意図でこの声優陣にしたんだろう、とか。というのは、声優陣が豪華すぎて物語に集中できなかったから。
菅田将暉の声の出し方とその変化(うまいですね、とか)
あいみょんの関西弁の気配(全然感じなかった)
これは本当に火野正平なのか?(渋すぎる)
どれが竹下景子で阿川佐和子かわからない(大竹しのぶは分かった気がする)なんのためにこういう人たちを抜擢したの?と思うけど、その「俳優感」を感じてほしいという意図なのかな。
でも本当に作品を感じ尽くしてほしかったら、声優に存在感を持たせないと思うのだけど。
この声優陣を提案した人は、豪華×豪華をぶつけて2倍の豪華にしたかったのかな。
メイキング映像も豪華になるだろうし、動員人数も普通に増えそう。見ながらそういうことばっかり考えた。
声優・俳優という職業によらない表現力を求めたのかもしれないけど、俳優感と作品とアニメの質を同時に感じることは私には難しかった。意識が「声」に持ってかれちゃって。
なので映画は理解できなかったけど、ワラワラとインコに「わー!」とか思えればそれでよかったのかな。
それにしてもワラワラの声が滝沢カレンとは!(わからなさすぎる)
でも自立への道のり理想論をおじさんに説かれた感覚はちょっと残ったような。そしてテレ朝の日韓共同制作ドラマ「魔物」ですよ。
このドラマは何を第一意図として描いてるのか・・ま、第一は塩野瑛久さんをエロスの方面で描きたい、ということですかね。
しかも相手を46歳の麻生久美子さんにすることで、「最もドラマが好きな世代女性」を取り込む意図だったり?
麻生さんは独身役ですが、「最もドラマを見る層」も40〜50代の女性なのかも。
しかもその層は「光る君へ」で一条天皇に恋焦がれた層と重なってるんじゃないのかなぁ!
「韓流ドラマが好きな層」ともリンクしてそう。
自分、まんまターゲットにされてる感ありますね。
テレ朝って、40半ば以降女性をよくドラマの中心に据えてて、視聴者層をすごく意識してるんだろうなと感じる。
米倉涼子や内田有紀は私と同い歳だし、7月の新ドラマ「しあわせな結婚」では阿部サダヲの相手が松たか子と発表されましたね。
ただ、仕事ができて貯金もありそうな女性ばかりなので、もうちょっと庶民感が描かれてもいいのにと思う。役員とかになりそうなエグゼクティブ女性ばっかりなんですよね。しかしこの「魔物」、いまどき珍しいくらい「エロス」を描いてて。
韓国との共同制作だけあって、ストーリーに丁寧な説得力を感じてたのですが…
エロスは唐突なんですよね!!
ちょっとこれはよくわからなかった。
このドラマは「性」をどう描こうとしてるんだろうと。
「性行為楽しんじゃお!」みたいなメッセージ??日本の作品だと性行為はあくまで恋愛の延長線上、愛の高まりとして描かれがちだけど、このドラマは愛なんて芽生えようがない段階で求め合ってて、唐突にもほどがあるだろうと思った。
橋桁の下で絡み合ったり、トイレの個室に直行したり。
しかも塩野さん既婚者役。不倫の罪悪感もほとんど描かれてないという。
そんないざないをしてくる男と出会ったら、いくら顔面が塩野さんといえど通報案件と思う。常識的に考えればね。
だけどこのドラマの意図は、「女性主体の性を楽しもう!」なのかもしれない。
なんか海外・韓流っぽいし。
そうはいってもテレ朝なので、革新とダサが絶妙に入り交じったババくささが漂ってて、「なんだかな」と感じる隙もある。
まぁ性の唐突さだけは違和感だけど、これまでのテレ朝ドラマとちょっと違う魅力はありますよね。
やっぱ塩野さんの素敵さと麻生さんのかわいらしさ、そして説得力に優れた韓流的構成が要因じゃないでしょうかね。(写真は「魔物」HPより)
だけど3話、やっぱ変だったかも。
塩野さん演じる凍也(いてや)がDV男に変貌していた・・3話のラストで麻生さん演じるあやめが殴られてひどいショックを受けてたけど、4話予告では一層激しく抱き合ってた。
いや〜どんなドラマになってくんだ?
壮絶な家庭環境を生き延びてきた凍也とはいえ、あの暴力を「かわいそう」からの「愛してる」に突き進んでいくとしたら、ちょっとヤバくないか?
それとも、天使と魔物の両面性を持つ男・凍也の変貌ぶりが見ものということだろうか。
でもこんな男と絶対、性に溺れたくない。というか溺れたい女いないだろう。
年下男性と性を楽しんだ後で殴られる40独身女。気の毒すぎるだろう!
でもまだ3話。こんな凍也を理解したくなる何かがこの先にあるはず…という期待は捨てない!この暴力的でエロスな凍也がまた、雪だるまのキーホルダーを持ち歩く男なんですよね。
冬ソナが交じる謎の世界観。
でも、かわいいぬいぐるみに頬を緩ませるシーンとかちゃんと描かれてるとこに「韓流こまけぇ!」と感動した。
かわいいものが好きな男子なんだね・・あと韓流がいいのは、「嫌な感じ」をとことん描くところ。
あやめが独身であることをすんごくバカにする年下女とか、あやめの母の言動とか、めちゃ良かったですよね。
実際あそこまで侮蔑的なことを言われてなくても、そう人から思われてるのかもという被害妄想が映像化されると、謎の爽快感が湧いてくる。
自分をいっとき正当化できる気持ちになるからかな。
そんな自分を救ってくれた凍也。浜辺へ駆け出す2人。
どんなに抱擁を美しく描いても、夜にはやっちゃうんだ。こういうシーンでいつも思うけど、ベッド上での会話いる?
ああいうむつみ合いをTVで見せて、性の活性化でも促してるんだろうか。
あの会話に真実の愛や永遠性があるように見せる手法にうんざりしてんですよね。
こういうのを見るたびまた「意図は?」と思ってしまう。
少し前のテレ朝ドラマで亀梨くんと石原さとみが恋人同士だったけど、2人が「最上の思い出」として脳裏に思い浮かべるのがいつも裸で抱き合うシーンで、ベッド内でのコトが「1番の思い出」になることってあるか?と違和感だった。
あやめたちも「楽しかった時間」として思い返すのがやっぱりベッドシーンになるのかな。
ただエロいだけだろって思うけど、やっぱエロス上等メッセージが投げかけられているのか・・?私がエロ作品に急に嫌悪感を抱くようになったのは、男性主体のメッセージ性を感じ取ってたからかも。
男に都合のいい展開がこれでもかと描かれた。
女性主体のエロメッセージドラマはこれから増えてくるのかな。女性用風俗の深夜ドラマもやってますよね。
それならそれでいいんだけど、私はエロと「真実の愛」「永遠性」を掛け合わせるのが好きじゃない。
エロはエロで素晴らしいかもしれなくても、「いっときのこと」じゃないのか。
永続的な愛・誠実さとエロって両立できるのかも疑わしい。
両立してるよ、という人はそれでいいんだろうけど、それがなかなか難しいからこそ両立アピールをしたり、人の刹那なエロを罰したくなるんじゃないかと勘ぐってる。あやめは「継続的な関係が苦手なの」と言った(ベッド上で)
でも、することはしてきたという(そこで嫉妬&ムクれる凍也)
「性の正直なトコ」を女性視点から描く作品って日本の内側からじゃ生まれにくそうで、かといって欧米だと距離感がある。
韓国ってのがちょうどいいですね。
また麻生さんがいいですよね〜。
あの弁護士・あやめみたいな人はいかにも韓流だけど、麻生さんが演じるとなぜか親しみやすいしエロすぎないし、なんでだろうと思う。 -
性・性うんざり
昨日、NHKの「地震のあとで」を見た。
原作は村上春樹。
ラブホテルが出てきたから嫌な予感…と思ったけど、やはり男女は抱き合った。
知り合ったばかりの2人だけど、女が誘った。
「あした地震くるかもしれないんだから、楽しいことしなきゃ」
楽しいこと・・
村上春樹と性描写は欠かせないというけども。
私は数年前から性の描写がひどく苦手になっている。
個人的な感慨といえばそうなんだけど。最近、「1Q84」を読み始めた。
早くも性生活の話が出てくる。
若い男性は10年上の女性とセフレ関係。
なかなか充実しているという。
年齢差のある・しかも女性が年増あたりの設定だと、エロく描かれたりしますね。
見下されたようなキャラで描かれるのも嫌だけど、「年上女の良さといえばエロ」みたいな描写も嫌と感じた。
SEX的なことを軸に語られるのが嫌なんだと思う。いわゆる「おじさん」という年代の人たちが世間に敷いた「性」の価値観。
私はその価値観の中で泳いだり溺れそうになったり、とにかく長くそこに浸かってたことを思い返した。
おじさんが設定した価値観は世間の価値観となり、その範囲内からいつはじかれるかという危機感をなぜか抱きつつ、屈辱にも思いつつ、「まだ範囲内にいる」と感じる瞬間にはほっとしたりもして。
今、50も迫ってきて、これからはその「範囲の外」なんだという自覚が湧いて、やっとだと。
やっと逃れられる。
勝手に値がつけられたり価値を下げられたりする世界から外れる。それは喜ばしいこと。
えっ、とっくに外れてるって?
・・そうやって年齢とか世間的な価値観に恥をかかされることもぐっと減っていくのだろう。
「若い」と言われた時代のほうがずっと、歳を重ねることに怯えていた。************************
「芸能人に会わせてあげるから連絡先教えて」
TV関係者という60前後の男と知り合い、胡散臭いと思いつつ友人と私は待ち合わせ場所に行った。最近の話です。
現れた男性はいきなりセクハラ全開で、しかもTV局に入れなかった。
その人は出禁になってるのか…?「気を取り直して食事でも行こう(裏話をそこでたっぷり話してあげる)」とのことだったけど、9割下ネタだった。
そのおじさんの風俗・性生活バナシ。
なぜこんな話を聞かされるのか…。
おそらく社外秘であろう裏話を聞かされるのも罪悪感が湧きそうだったので、まだよかったのかもしれない。
いや!全然よくないけど、フジのあの報告書のあとでこのおじさんは我が身を振り返らないんだろうかと、とにかく不思議だったですね。
初対面のおじさんから性交の話を聞かされる苦行。
その不快さを「おもしろい時間」に変換できるかも?なんて試みたりもする。
そうやって「乗り越える術」は身についてしまってて。不快だったらそれを表現しないと!(表現しない側が悪い)みたいな論調もXで見られるけど、それってなかなかできることじゃない。
「場の和」をなんとか維持しつつ話を違う方へ持っていく。
そのやり方がしみついてるから、不快さを表現するってのはかなりハードルが高い。そこを責められても難しいとしか言えない。
同じように思う人は多いと思う。おじさんからは、「誰でも良いから女性と繋がりたい」という飢えみたいなものを感じた。
私みたいな50間近の女でもつながろうとするのは、もうビョーキみたいでしたけどね。
まぁ、おじさんなりに「求めない方が失礼」というマナーを表面的に見せただけなのかも。
私の内面に関心を持つこともなく、ただ性の武勇伝を語っていた。
あの年代の男性は「性的に現役かどうか」がものすごい大事なことなのだろう。
そしてなぜか滲み出す、自分が女の価値を決める側・性的にジャッジする側という視点。
女=性的消費対象でしかない、と感じさせる語り。
人は・自分はどれくらいヤってるか?ばかり気にしてるような脳内(それを隠しもしない)
フジの報告書で明らかになった数々の訴えと、どこかつながる気がした。
そういう男性が世の価値を決めるような仕事につき、高給を得て社会的地位も高いという現実。TVの世界では長らく、その世代の男性中心で番組が作られていた。
そりゃ性・エロ・若さが重視されるよね。
それを受け取っていた自分は、その価値観にすごく影響を受けてしまってた。
「そんなんじゃ選ばれないよ」みたいな脅しは亡霊のようにうごめいて、「選ばれない恐怖」にまんまと突き動かされる自分が思い返された。
私も性中心に据えられたコンテンツを好んで享受してた時代はあったけど。
でもなんか、男性的なノリをいかに楽しめるか?というムードに乗りたかっただけの気もする。
その価値観の範囲で自分はどう振る舞うべきか。
男性が思う魅力・男性が思うエロ、そこに当てはまりに行く度胸こそなかったけど、「色気ない自分ですみません」みたいに自分を下げたことは何度もある。
自分の周りにも、「性のことばっかり」という男性は多くいた。
それは若さゆえにしょうがないことと思ってたけど、「ばっかりじゃない男性」も確かにいたわけで。
表面に出すか・出さないか、しかも女性に向けて卑猥さを発するかどうかの差は大きいと思う。
胸の内にしまっておけない男性は病的で依存症的なものを帯びてると思いますよね。
どんだけ追求しても足りない・足りなくて足りなくて手当たり次第…みたいな人は病気じゃないでしょうか。
犯罪スレスレのところにいる、危ない人と思う。関わらない方が身のため。
そういう人は、そうならざるをえない何か「ストレスの素」に人間性を侵食されてるんじゃないか。
多忙や孤独、過去のトラウマからくる過剰な承認欲求等々・・性やエロがこんなにも重要事項として位置づけられてきたのって、やっぱおかしい時代だったと思う。
性体験マウントみたいなのが若い女子にも広がったり、それがねじれて変態マウントみたいになってたり。その仕掛け人はあの時代のおじさんだったんじゃないのか?
あの盛り上がりの陰で被害者になったり屈辱を味わった人は相当多かったはずで、今やっとその陰に光が当てられて、陰の声を聞こうとする空気が盛り上がってきてる。
あの価値観に適応しようとしてきた自分を否定したい思いが今頃湧き上がるんですよね。
下ネタをうまくかわせる自分であろうとしたり。
年齢を重ねていく自分を自分から下げに行ったり。
そんな必要なかったのに!
という悔しさを携えて、しみついた価値観をいくらか脱ぎ捨てて生き直したい気持ち。
くだらないと心底思ってた世界を遠ざけることって、なんか勇気が必要だったじゃないですか。
50代を迎える今年からは、今の自分が感じる違和感や心地よさをもっと信じようと思って。
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高温体質と低温体質
私の知り合いには月星座「地」の人が多いということは前にも書きました。
しかも太陽・金星・火星どれかが「風」のエレメンツが多く、彼ら・彼女らは基本「低温体質」であり。芸能人のスキャンダルが出ても「どーでもいい」という言葉がまず出ますね。
どーでもいい・興味ない・ってかよく知らない(誰それ?)地×風の組み合わせのセットはとにかく低温体質と感じる。
ちなみに、低温体質人の太陽が「水」ってことはない。
太陽水の人はいかなる場合も「わぁぁ…」となる。
なんたって水×火の組み合わせですね。これはもう「高温体質」ですよ。ただし、太陽が火でも月が地だと低温感じますね。
逆に太陽が風でも水×火のセットが月・金星・火星内にあると、高温感が目立つ。
ちなみにこの低温・高温というのは、特に恋愛とかミーハーさが出る場面においてのこと。心が簡単に盛り上がるのかどうか。私は太陽水×月が火、高温体質であることは自覚してます。
ミーハーだしね。
芸能界の話も好きだし、なんだかんだ恋愛の話も楽しんだりする。
そんな私でもこの間の文春砲には「へー」という感じ。
金星と火星が地なので、低温感も自分の中にある。
というわけでもないけど、田中圭さんが同じ誕生日なので、謎の擁護感が芽生えたというか。最近の蟹座、いろいろあるなぁ!と思ってたのです。
広末さんの逮捕騒動、大谷選手の第1子誕生、のんちゃんは今週末の「キャスター」で十数年ぶりの地上波出演。
これまた同じ誕生日の前田あっちゃんはフジの火曜9時で頑張ってるなぁと思っていた矢先、田中圭が永野芽郁とお泊まりだって!?このニュースを知ったとき、確か田中さんも太陽水×月が火じゃないかなと思い返した。
田中さんの月は射手でしたね。
金星は蟹、火星は蠍、水星は獅子。
ということで、もろ高温体質と思う。「おっさんずラブ」の春たんそのままという感じ。
ってか、パーソナルに地も風もないのがね!
こういう人はどうやって自身をクールダウンさせるのか。
木星が山羊なので、「国民的俳優なりのきちんと謙虚感」が自分に仕事を運んでくることは体感されてるだろうと思うけど。
永野さんもねぇ、パーソナルに地星座ないんですよ。
太陽は天秤(風)、月は魚(水)、金星獅子(火)、火星射手(火)
水星は天秤。
意外にホットホット!
一見、天秤そよ風感というのか、「恋愛はドラマだけ」という雰囲気は醸し出されてますがね。
ただ、少し前に「ぽかぽか」出てたとき「こんなキャラだっけ?」というのは感じた。
ふわふわニットで手の甲が覆われたまま、どんな話題にも目をくるくるさせるあざとさというか、すんごい女子っぽくなったのですねと思った。
「半分、青い。」や「ハコヅメ」みたいな素朴イメージで止まってたから。
でも月が魚なのでね。
魚座持ちは、あざと要素ありますから。
芸能人だと、同性からも人気が出るような可愛らしさが放たれて雑誌の表紙いっぱい飾りますね。
石原さとみさんとか(太陽山羊、火星魚)
あと芸能人の魚座持ちはなんたって表現力が群を抜いてると感じる。
何かが憑依したような演技なのです。パーソナルに地星座のない2人。
「友達」という言い分を信じるなら、ぎりぎりのスリル感を楽しみすぎちゃったのかなと思う。
「友達でもこれくらいやるよねー(別にいいよねー)」みたいな悪ノリというか。
ちなみに永野さんは火星と冥王星が合。
この人は意外に勝負師なんじゃないか?と思った。
金星も獅子だし、勝ちたい!というアツさが内包されてるんじゃないか。
漫画家とかスタートアップ企業の社長とか、ドラマチックに上昇していく役が印象的なイメージ。
「キャスター」でも阿部寛さんの言うことをただ聞くわけじゃなく、「やってやろう精神」みたいのをちょいちょい発揮する役。
恋愛でしおらしい女子とかより、こういう挑戦的な役の方がずっと輝くんだなぁと思ったですね。
でもいつからか「国民的いい子」みたいになって。
あれだけ演技がうまいと、そういう枠にはめられちゃうのかな。
太陽天秤で月が魚だと、「いい人」の期待にも進んで応じるとは思う。太陽射手座のスキャンダル率は男女とも高めと思ってますが、射手座持ちも「いい子」のままじゃ終われないのかもしれない。
ホットホット!な一面こそ自分なんだと、抑え込むほどに激しく露呈するものなのかな。芸能人だと特に。
しかも永野さんの火星冥王星に田中さんの月天王星が乗るという。
月だけじゃなく天王星も乗っちゃうとこがドラマチックというかお騒がせというか。
永野さんのこの射手部分。
「落としたい」というハンター精神が恋愛で出てもおかしくないと思った。
成功体験もかなり積んだのではないか。
火星座は「実感」だけで満足できたりするので、実際付き合ったりするわけじゃなくても、自分の感覚で「よし!」と思えれば気が済むんだと思う。
そういうのがむっちゃ楽しいというのは、私もわかる。ところで風×地がパーソナルで目立つ人は、「好き」とかがそもそもわからないと言ったりする。
なので、恋愛体温はやっぱ低めですよね。
恋愛雑誌より情報雑誌を好むような(今、恋愛雑誌とかないか)
「好きだから結婚したんでしょ?」と聞いても「うーん」とか言ったりする。
私はそれを「照れちゃって…」と思うけど、相手は「恋で熱くなる」とかが本当わからないっぽい。
一緒になったのは「信頼感」からの「安心感」、そして「これまでの継続感」を重視してると。
ま、それもわかりますがね・・
水×火を持つ自分は、ドラマを欲する細胞が体内に潜んでる体感ありありですね。
たとえ泣くことになっても・・!(バカ)
私がふだん騒がしい通り沿いに住んでるのも、そのほうが楽しいから。
風×地の低温系友人は、品の良いシーンとした街に住んでいる。
お互いの住環境を「信じられない」と思ってる。蟹座がスキャンダルを起こすと、どうも他人事に思えないですね。
「やっちゃったねー」と目を細めるというか。
「自分はあそこまでは溺れない」と我が身を引き締めるというか。
特に誕生日が近い人が何かやらかすと、自分のドラマチック転落願望が不思議と満たされたりする。
「そんな呑気な!陰で傷ついてる人がいるんですよ!」
と怒る人がたまにいるけど、それもまたその人の見え方。
各々が自分の何かを投影して感情を動かしたり、別にしなかったりしてる。
