日記・お知らせ・人間
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生活と対等(誰かと住むという想像から)
「レジ袋の大ください」
私はそう言う率が高い。底が平らな弁当用バッグを持ってないこともあるし、惣菜もくるんだビニールの端から汁がこぼれてた率高い。
そしてエコバッグに汚れが付着。
洗濯しても落ちなかったりする。
バッグだってそんな安くない。
100円均一のでいいじゃんという声もあるだろうけど、だったらレジ袋を買う。
家に帰ったら同居人がいたとして。
「なんでエコバッグ使わないの!」「レジ袋買うかね!」
責められたら嫌だなぁ〜という想像をした。
なぜかそのシルエットは女性だった。女性友人のエコバッグ率は高い。
そりゃそうだろうとは思う。
お金もったいないし、環境のことあるし。
でも私は自分が買った袋をゴミ袋として使っている。
この世に売られた袋があるかぎり、買う自分が環境汚染の主というわけじゃないはずで。
ってか、なぜこんなに言い訳してるのか。
私の周りには「ちゃんとした女性」が多くいて、あの子に眉ひそめられちゃうかな…なんてことを時々思うから。ただ、男性が同居人として。
その人がレジ袋ぼんぼん使う人だったら、「ちょっとさぁ」くらい言いそうな気がする。
「ゴミ袋として使ってるよ」と言われても、なぜか言い訳に聞こえてイラつく想像までする。
女って「言いたくなる」性分なのかな。
どっちかがきちんとしてて、ルーズタイプが怒られる。
生活ってそういうもの、という固定観念が奥底にしみついてるのか。
母親の真似をしてるのか。
「そういうもの」なのか。「シーツを洗う頻度」についての会話はいつも気まずい。
「週1洗わないと気持ち悪くない?」と既婚女性が言う。
私は数週間でも気持ち悪くない(あえて数週間とボカす)。
私もそれなりに「生活ちゃんとしてる人」と思ってるのだけど、友人宅に遊びに行くと、自分がルーズ人間のように感じられてしまう。
みんな水道周りとか黒ずんでないし、トイレのタオルまでふかふかしてる。
私が来る前にすごい掃除をした、という雰囲気もない。
「ちゃんとしてる」の基準がきっとはるかに高いんだ。
帰宅して、風呂場ドアの隙間汚れを慌てて拭く私。
自分は結構やれてる派と思うのに、女性と同居したら「いい加減なタイプ」と思われるのだろう。女性同士というのは、一見相手を全肯定する温かな関係を育める。
でも旅行先でピリピリするのは、生活のギャップを見るからでしょうね。
部屋があんなにきれいな友人が、バッグから全てを出して自分の周りに置いて途方に暮れてたりする。
そして風呂が長い。化粧が長い。
女子だなーと思う。
私はこの「女子だなー」という感じが実はちょっと苦手。
時々ならかわいいけど、生活となるとストレスになりそう。
男性のルーズさは許せる(程度はあるけど)。
男性が宿泊先の部屋で途方に暮れてたり、風呂が長いということはない。
「さ、部屋出るか」と立ち上がったとき、男性がテーブルにこぼしたお茶をさっと拭いたりする自分に喜びすら覚える。
それを彼に見られてなくても、そういうことをやりたい自分。
これ、女性のこぼしたお茶を私が拭くってことはできない。
いや、湯呑みが倒れてこぼれたのなら拭くけど、ちょっとした水気を拭くってのは嫌味じゃないですかね。
私は「対等」をいつだって交際関係の理想に掲げてきた。
男性と交際を深めると、なんだかんだ男性の運命性を優先しながら生きていくことに、どこか怯えていた。
女性友人との関係性はおおむね対等。
ただ、それも「距離保ってるから」という部分は大いにあるわけです。
私は「近しくて対等」という関係を誰かと築きたいと望むのに、それは無理なんじゃないかと最近すごく思ってて。******************************
女性との関係に亀裂が入るのって、恋愛の破綻より怖いかも。
そんで、相手の上に立とうとすると大体関係はおかしくなる。
それを互いによくわかっているので「対等であること」、そのバランス調整に細心の注意を払う。
相手女性のことを「だらしない・ダメだな」と思うより、自分が「ダメ」の側にいたほうがまし、そんなことを意識はよくわかってる気がしますよね。
「下」に耐えられるのもいっときだけど。男性と関係が近しくなると、全体的に男性が「上」みたいになるんだとして。
細々とした場面では「上に立たせてくれる」と感じる。
それが私は心地よい。
「しょうがねぇなぁ、男ってのは」というベースを心に抱かせてくれる存在はありがたい。
そんでこっそり「頼もし〜」と安心する(オープンにしてけよという話だけど)
兄がいるからこういう感受性なのかもしれない。
もう10年以上も前になるドラマ版「モテキ」が好きで見てましたが、第2話のタイトルが「深夜高速〜上に乗るか 下に寝るか〜」
夜の主導権争い描写が見事で、満島ひかりのかわいらしさが世に放たれた神回と思ってますがね、男女ってああいうことしょっちゅうやっている。
「マウント取り合い」が許し合える関係を、実は私は望んでたのかも。
対等を理想に掲げといて、その実、「私の権利が通ること」を求める。
とか言ってもね。
男性相手にマウント取るっていうのは、「それでやっと対等」と感じられるから。
私は男性が恋愛対象。
何が好きって男性とつながると社会につながる感覚をダイレクトに味わえるからかも。
時に翼を授かったように自分の役割が明確になることもあり、「しょうがないわね」でやってあげてる自分はなかなか悪くない。
とはいえ、「やれよ…」と思うこともたくさんある。
男としてはもしかしたら、最近の世間からの圧にダブルバインド混乱状態なのかなと思ったりもして。
「気がつく」ひとつ取っても、「ここまでは気づかなかった」ということは無数にある。
そこまでやらなきゃなの?と聞けば、「そうだよ!」と気づいた側は思わず言っちゃうだろうけど、正直「こんな隅々まで気がつく自分」でもありたい。私はね。
さらなる理想を言えば、「隅々まで気がつく女性」に気づいてほしい。
そんで、「フォローしてもらってんだな…」と噛み締めてほしいんだな。
そういう願望まで汲み取ってもらう期待は期待しすぎとわかるし、でも理想はやっぱ汲み取ってほしかったり、やってほしかったりだし。
ただ現実として、自分のことだけじゃなく同居人の動線まで想像してくださいよという願いは切実であって。
女性相手だと「隅々まで気がつく存在」とかになりたくないんですよ。
そんな嫌味な人になりたくない。
相手をそういう存在にするのも気が引ける。
私はこの先、女性と住むという未来もあるかもなぁと思わなくもなかったけど、やっぱハードル高そう。
上に立たないことを心がけつつ支え合うって難しいなぁと。
「年老いた親」だったらまだしもで。
これも立場がしょっちゅう逆転しますからね。「親」と、世話する娘とで。
「対等」っていう理想、そんなよくもないのかな?という気づき。
わかんないですけどね。
私の未成熟な部分が抵抗してるだけかもしれない。女が尽くすから男は鈍感ルーズでよいとか、そういう話ではないです。
ただ、このへんの煮詰まりをもっとクリアにしたい。
ダブルバインド状態がもっとクリアにされて、いい意味での対等さが生活に自然に浸透していったらいいと思う。
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40代後半でよかったと思うこと<性格編>
トラブルを起こさなくなってよかった(瞬発力低下)
かつてはカッとなったら、瞬時に怒りの言葉を相手にぶつけてたものです。
特にLINEで即反論メッセージを送る。
あの速さは、今振り返ると我ながらすごいと思う。
そりゃ、頭を抱えるほど後悔したことは何度もあります。
だけど頭抱えてる間にまた長文LINEが来たりして、ぐわっと怒りの言葉を紡ぎ出して返信。
そんなことを45までやってました。
46に差し掛かって、途端に丸くなったんですよね。というのは、カッとなっても言葉が浮かばないのです。
不快なモヤモヤで脳内を占められるのに、数分経つと「なんだっけ?」となる。
ちょっとしたババァ状態ですが、瞬発力が低下したのでしょう。
よくアンガーマネジメントで、怒りが湧いたら6秒数えるみたいのありますが、あれを自然にやってる感じでしょうか。
「ま、いっか」となる。
それを続けてると、こっちの怒りや正当性を表明しないことで、仲違いなどのトラブルを回避できることのほうがよっぽどいいと思えるようになるんですよね。
むしろ、昔はなぜあんなに不快感や正当性を主張してたんだろうと思う。
そうじゃないと生き残れないような危機感があったんだろうけど、それがなんだったかも覚えてない。
何の変化も起こそうとしなかったことによる「何も起こらなさ」の平和感を心地よく感じられるようになりました。人間関係の悩みが減ってよかった(感度の低下)
苦手だなぁと思う人がこれでも激減したのです。
昔は「関わる人ほとんど苦手!」と思う日のほうが多かった。
同僚たちが楽しそうに笑ってるのもなんか嫌。
自分のミスに誰かため息ついてるんじゃないかとか。
あの人が何も話さないのは私のせいかもしれない、などなど全身アンテナ状態でしたが、40後半になると途端にどうでもよくなった。コロナ禍に私語を控えるようお達しが出て、その「話さない日々」の心地よさに気付いたからというのもありそう。
みんな話さないというあの静寂の期間は、本来やるべき仕事に集中できたし、仕事が終わったら最低限の挨拶だけして帰る。
苦手な人とエレベーターが一緒になっても「話さない」を貫けたし、「お先にどうぞ」と、密回避を装って同乗を避けることもできた。
そんな日々を過ごすうち、「誰にどう思われてるか?」というあの痛々しい感度も鈍麻していったというかですね。
自分が気にしなくなったら、誰にも嫌われてないような気がするから不思議。
「いい人でいなくちゃ」という気負いがなくなるのは、大きなストレス一個減ったということなんでしょうかね。お金を使わなくなってよかった
(体力・好奇心の低下)あくまで私の場合ですが、30代はしょっちゅうCDを買ってたし、雑誌も本も買っていた。
「仕事帰りにどこか寄る」というのを日々楽しみにしてて、それがストレス発散だったんですよね。
先日、同い年の友人とも話してましたが、ルミネ10%オフの期間なんか閉店までうろつく日を何度も繰り返して、へとへとになるまで欲しいものを探したりしてたよねと。
今じゃ「早く帰りたい」、頭に浮かぶのはそれだけ。
パートナーやペットが待ってるわけじゃありません。もう、お財布出すのが面倒なのです。
お金がない、とかいう前に「欲しい→買う!」と心が動くことに疲れてしまった。
無印とかソニプラ寄って何にも欲しいと思わない自分に愕然とするぐらいなら帰りますね。好奇心の低下。
そんで休日に限って眠い・ダルい・どこかしらの鈍痛。体力低下。
推しへファンレターまで書いてたのに、今じゃその人の音源も聴かなくなった。
「よかった」どころか病んでるんじゃないかという話ですが、何が日常にもたらされたかというと「落ち着き」ですかね。
「あれやりたい」とかの持ち手カードが昔20枚ぐらいあったとしたら、今は7枚、いや5枚もあったかな。
いっぱい抱えても頭が混乱するだけなので、生活や自分自身がシンプルになりつつあると感じます。物欲が減る。
(とはいえ毎月の収支は赤字。なんでだ?)「経験」から判断できるようになってよかった
(真の自立)ここまで「老化」をただ前向きに捉えただけという感じもしますが、40も後半になれば「経験」を生かせるようになってきたなぁと、感慨深くもなります。
特に人間関係ですね。
距離感には特に気をつけるようになりました。
近いから親しくなるとも限らないし、会わないから疎遠になるわけじゃないことを知った。
あと終電間際の酔っ払いにはかなり敏感になりました。
やばいな、と察していち早く隣の車両に逃げたら、数分後にあとからあとから逃げてくるとか、そんな能力は身につきましたね。恋愛・結婚の価値観もずいぶん変わりました。
かつての私は恋愛至上主義傾向でしたが、自分の魂胆に自分で気づかないようにしていた。ただそれだけだった気もします。
自分1人で生きることにどこか手抜きをしたかった。
全力で頑張っても上昇できる気がしないので、上昇していきそうな人ばかり好きになってましたよね。
そんで一心同体をもくろむ。アブない女でした。
ただ、「全力で頑張っても上昇できる気がしない」
そう思わせる時代に生きているということ。自己責任じゃないだろう。
堂々こんな責任転嫁もできるようになるもので。何より「無理しすぎないほうがよい」ということを経験で感じられるようになったのは大きい。
いい意味で「自分中心」になれました。
高齢母の介護生活に入って、そりゃ母親のことを考える時間は増えたけど、子どもも夫もいない自分が誰かの生活に責任持つことを体感できた。
これが自立なのか。
末っ子の自分がどれだけ人の脳みそ借りて生きようとしてたかも思い返され、そんな反省ができるようにもなった。自分は非正規で独身。加えて神経質で未来の不安ばかり抱えてきたのに、「ま、いっか」と思える大人になってたというのはちょっと想像してませんでしたね。
「40後半でよかったこと」をこれだけ連ねられて本当よかった。
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家族の話が無難じゃなくなってきた
家族の話は、天気と同じくらい無難な話題。
そう考える人は多いと思う。
でも最近、家族の話をしにくくなった。
人にもどう聞いていいかわからない。
「最近、実家に帰ってる?」
「お母さん元気?」
そう気遣ってもらうのはありがたい。
そこまで親しくない同僚には「元気だよ、腰悪いけど。だから週1帰ってる」とだけ言って会話を終わらせがち。母は元気なのです。
腰を痛めてから1人で外には行かないけど、デイサービスやリハビリでほとんど毎日外出してるし、なんたって性格が陽気。
ただ要介護1レベルの認知の衰えあり。
つまり認知症なのだけど。さりげない問いに、どこまで情報を詰めていいかためらう。
母は元気だけど、介護に突入して大変と思うことはある。
「実はちょっと大変なんだ〜」と言って、「高齢親ネットワーク」みたいのに参加すれば気が楽になるのかもしれない。
でもそのネットワークに入りたくない。
入りたくないのに人のことを深掘りして、「こっちおいでよ〜」と手招きする人もいる。
警戒心が発動する私。今回話したいことは、「家族の話=無難でもないんじゃないか」ということ。
あと「人をやたら心配したがる距離感近めの人」のこと。
私が30代のころは、母親も70代で元気いっぱい。
父は少し入院したのち亡くなったけど、闘病というほどでもなかった。
そのころは親の話をふられても、濁すことなくまっすぐ返せた。
私も挨拶がわりに「ご家族元気?」なんて聞いてたし。女性9割の職場では「王道の無難会話」というものがある。
食べ物、スーパー、ペット、体調、子ども、家族。
でも誰にとっても無難というわけじゃない。
私は食べ物の話振られても「アレルギーで…」となる食材があるし、体調も少しつらいときほど誰にも気づかれたくない。
そして家族・親。「お母さん、温泉に連れてったりとかしない?」
同僚に聞かれたことがあり、ギョッとした。
彼女にとっては無難な会話だったんだろうけど、「連れてったらどうですか?」と言われてるみたいで、すごく構えた。「腰が痛いからちょっと無理そうだし、本人も温泉とか嫌いなタイプで…」
なぜか言い訳をする私。
彼女は、腰の悪い親戚を温泉にみんなで連れて行った話もしてくれた。
今は、いい介護旅行サービスもあるということ、連れて行ってあげたらなんだかんだ喜ぶのでは?と続く。
「そうなんですね、いいですね」とだけ言った。「親孝行をどれだけしてもし足りない」という人はいる。
そういう人の中で親孝行といえば旅行とか高級な食事、高価なプレゼント、手料理(作り置き)だったりする。
私だってどれだけ親孝行してきたろうという自負はあるんだ。
日常の、本当日常の、長年の・・
ひと言では言えない。
旅行は姉がよく提案していて、それが実現したこともあった。
親孝行に入らないですかね?と上目遣いで言えば、「いやいや、十分よ」という人もいるし、「もうちょっとしてあげたら?」という人もいる。
人の親孝行が気になる人って何なんだろう。
誰かの親が調子悪いとなると、すーっと寄ってくる人がいる。
その人はご自身の親の介護に何年も前から入っているので、高齢親を持つ人に寄り添いたいという優しさがあるのだとは思うが、私はその人を避けている。
「高齢親を持つ共通点」で結束しようというのは表面的で、実際は「こうしたほうがいいよ」とアドバイスしてきたり、「あの人も大変らしいよ」とネットワークを勝手に広げられる=人の介護事情をオープンにされてしまう。
のみならず、自分がどれだけ日々大変か、どれだけのことをこなしているか(寝てないとか)を聞かされる。
この「聞くこと」というのはすごくエネルギーを要する。
「親の介護で一番苦労しているのは自分」「これだけの親孝行をしている」と、結局マウントしたいんじゃないかといつも感じるその人から、ダッシュの勢いで逃げますよね。
人のことをすごく知ろうとする人・すごく知ってもらおうとする人。
つまり人に過剰に関わろうとする人というのは、その人自身、境界線があまり確立されてないのかもしれない。
そういう環境に長らくいたんだろうか。
私も人の悩みが過剰に気になるタイプで、それは30代まで。
家族の影響なんだけど、40代に入って疑似奉仕精神みたいのでメンタルをやられてしまってから、境界線を意識するようになりました。
人の問題を我がことのように抱える姿は献身的に見えるけど、そういうタイプは人にも自分の問題を背負ってもらおうとする。
私はもうオープンでありたくないんだ。
ごく近しい人が私の近況を知っててくれればそれでいい。
自分の母親が高齢で認知が衰えてて、という現状を職場の誰もが知る話題としてあげてほしくない。
少し前は、オープンであることが良きことみたいな時代でしたけどね。
オープンな人って、「いい人」っぽいし。
でも本当にいい人って、「そっとしといてくれる人」というのが最近の体感。
むやみに人のプライベートをほじくろうとしない。 -
私の占い・スピ体験記
西洋占星術・タロットの勉強を始めてから15年ほどが経ちました。
私は小学生のときから占いは好きで、家に「愛の星うらない」という結城モイラさんの本があって、いっつも読んでたんですよね。
そんな私を見てか、親は「血液型うらない」という本を買ってくる。
そこには星座×血液型の組み合わせで見る性格占いなども載っていて、他人に興味を抱くきっかけの本でした。中学に入ると「ピチレモン」とか「マイバースデイ」とか読んでましたね。
高校でも木星の移動について語る友人ができて、雑誌の12星座特集は必ず買っていました。
ところがその木星の友人が私の部屋に来た日。
本棚に占い雑誌がたくさん並んでるのを見て引いたんでしょうね。
「結構信じてんだ?案外子どもっぽいね」と言う。
ぐさっときて、そこから「占いへの興味=恥」という思いがいくらか植え付けられてしまった。
大学に入ると、占いとか星座への関心は封印してました。
が!
そのころ「街の占い師に見てもらう」という人がちらほら出てくるんですよね。
中学時代からずっと片想いしてる人と結婚の縁はあるかどうか?を定期的に見てもらってた友人は、その後、その彼と結婚しましたね。
あと、口コミで「杉田さん」という霊視できる人が評判になり、みんな見てもらった。
私も見てもらったかな。
家族写真を見せると、そこに写る姉と夫の仲を危惧した。
それは結果として当たったんだけど、私の運命がどうだったか全然記憶にない。
でもあんま、結婚への太鼓判を押された記憶がない。
ふんわり「大丈夫ですよ」みたいな感じで、今思えば何が大丈夫なのか、「結婚しなくても大丈夫な感じで生きる人」という意味だったのかもしれない。
それなら当たってる。
それから占いにどれだけお金を使っただろう。
伊勢丹の階段のところにいらした新宿の母にも見てもらったことありました。
今思えば大して好きじゃない人のことでやたら悩んでて、なんかそのときも手のひらを見て「大丈夫」と言われた。
「同い年と4つ5つ上は付き合わない方がいい」とも。
その大して好きじゃない人は同い年だった。
なんかそんなんで吹っ切れた記憶です。Yahoo占いとかもいくらか課金してたけど、あれはほとんど当たってない記憶。
占いを続けていると「当たってる」「適当」の感覚がわかるようになり、逆に当たる占いというのは何を見て導き出してるのか?に興味を抱くようになる。
12星座で太陽だけ見ても意味がなさそうなこともだんだんわかり、石井ゆかりさんの本に出会ったりする。
石井さんは月や火星など多面的に分析されてて、また新月や満月も人の心に何かしら影響を与えると書かれていることにすごくワクワクしましたね。
そのへんのタイミングでたまたま行ったオイルマッサージ店で、石をもらった。
レムリア石というもので、持ってる人の絶妙なタイミングで誰かの手に渡ったりするのだという。
それをもらったのは新月だった。
そこからスピリチュアルの扉がこれまでになくガッと開いた感じがしました。
その石は数年後、猫がホッケーのようにどこかに飛ばしたらしく、行方不明に。
キャメレオン竹田さんのブログに出会ったことが、「占いを学ぶ」きっかけになりました。
渋谷でキャメレオンさんの鑑定を受け、その後、占星術やタロットを学びに行く。
彼女が所属しているという中野トナカイもまた運命的な出会いで、よく足を運びました。
そこで「フラワーレメディー」の講座に参加したこともありました。
これがまたなんとも心惹かれるスピリチュアルで、今の自分に必要な花のエッセンスをボトルでもらったりして、なんか本当に変化するんですよね。
そして自分自身が凪いでくると、ボトルのことなど見向きもしなくなる。
必要なくなるというのか。
「当たる!」と毎回思ったのが中野トナカイに所属する方達の鑑定でした。
タロットが不思議に当たる。
「この絵柄からどうやって言語化してるのか?」ということに興味を抱いて、タロットにものめり込んでいきました。
中野トナカイの先生は教えることも上手で、どうやら多くの方に松村潔イズムがベースとしてあるらしく。
松村潔先生の千駄ヶ谷のおうち?鑑定スペースにも赴いたことがありました。
「あなたは7度惑星を3つ持っていて、落差を感じる人生であることは否めない」なんて言葉がすごく心に引っかかり、こんな鑑定をする人は松村先生くらいです。
35歳ごろ、家族がメンタルの不調に陥ってから心理学を大学のオープンキャンパスで学んだり、「心」にも意識が向くようになりました。
実際に心を病んでしまったとき、どんなに星を見てもなんの解決策も見出せない。
「心身健やかに生きるには」という答えをあちこちに求めた時期でした。私は夢占いにも関心を持っていましたが、見た夢のキーワードを本で照らし合わせてもなんかピンとこない。
そこで、夢分析を本格的に行なっている講座に申し込んで1年通いましたね。
そこは今までで一番まとまったお金を払ったところで、今思うとなかなかの荒療治というか、通うのが苦しかった体感がある。
あのころの私は受け身で他力本願で、結婚以外に目的を定められず、「こんな自分だからだめなんだと」何かにつけ自分を責めていた。
と同時に、「自分が悪いわけじゃないんじゃないか?」「私が悪いように思わせる相手が悪いんじゃないか?」という思いも芽生え始め、それを確かめるようにもっと心の学びを深めようとする。
そこで出会ったのがヒプノセラピーでした。
前世体験ですね。
正直、前世体験自体はぼんやりしたものでしたが、セラピストの方が「私が悪いんじゃない」と、はっきり感じさせてくれる言葉をかけてくれたことにとても救われました。
その方の講座にいくつか通い、ヘミシンクにも一時期ハマりましたね〜。
あのとき、こういうスピリチュアルに最もお金をかけていた。
さすがにスピリチュアルジプシーになりつつあることに危機感を抱いてました。
もうこの頃にはブログも始めてて、鑑定も始めたころだったかな。
自分で鑑定をするようになると、「当たる」とか「出会う運命」みたいなことにどんどん懐疑的になる。
ホロスコープが人を導くということはないんじゃないか。
スピリチュアルにどっぷりになると、まるで何か大きな運命に自分は乗っていて、しかるべき幸せな未来に向かって、しかるべき人に出会えるはずと思いたくなるんだけど、「しかるべき」なんてものが先に用意されていて…ということはないんじゃないかと感じられてくるのです。
あるのだとしても。
実感がないままに「ある」という前提で鑑定をすることが私にはできなくなり、少なくとも自分が生きてきた体感に沿ったものしか言葉にできない。なんかここまですごく長くなってしまった。
今年、ダウジングにいきなりハマったりしました。
振り子ですね。
堤先生の初心者講座を受けて、いろんなこと振り子で占ってみよー!ってワクワクしたものの、今の私には占うことがあまりない。
気づいたら「明日は排便するか」ばかり占ってて、そのころ便秘がちだったので日々の排便事情が気になったわけだけど、水晶のペンジュラムではイエスだし、金属だとノーだし。
排便占いに飽きてきたころ、またフラワーレメディーを思い出しました。
そう!自分にふさわしいフラワーレメディーを探るのに、ダウジングって向いてるみたいですね。
今、10年ぶりくらいにフラワーレメディーを飲んでます。
「これが私に必要?」という位置を振り子が差し、買って飲んでみてから自分はまた少し変わった。
悩みがなくなった。
というのは、大げさかも?でも結構ほんと。今まで自分がなぜうじうじ悩んでいたか。
それは不安とか寂しさとか、自分が作り出したモヤモヤに飲み込まれていたようで。
フラワーレメディーはそのモヤモヤを作り出す必要などない、ニュートラルな状態を思い出させてくれた感じ。
そう、人をニュートラルににするみたいですね、効能として。というわけで、学んできた方などのお名前も連ねたかったけど、それはまたいずれ。
スピリチュアルや心理状態、運命性というのはこれからも私が興味を持って追究する分野のようです。
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野球が好きだったころ
今年は横浜DeNAが日本一になったそうですね。
1998年以来。ん?98年・・
私、見に行った!あのころも38年ぶりのリーグ優勝が見えてきた時期。
当時の職場の室長が大のベイスターズファン。
新入社員の私含め、若手の男女4人を連れて終業後に横浜スタジアムへ行った。
大宮から関内へ。「17時には出るから残業しないでよ!」
室長が若手を急かす。
「なぜ横浜・・」
私は当時巨人ファンだったけど、ほかの若手は野球がそんな好きでもない。
みんな埼玉在住だしほとんど無理やり連れていかれる形。
今ならこんな強引な手法、誘う側も誘われる側も「無理無理」ってなりそうなものですが、あのころ上司のこんな強引さにワクワクできたんですよね。
ベイスターズ優勝という室長の夢がいつしかみんなに感染した。****************************
私は大学生のとき、急に巨人ファンになった。
94年ごろの巨人って監督が長嶋茂雄ということもあり、本当にミラクルベースボール。楽しかったんですよね。
4番は松井秀喜か落合博満か。
そこへ清原和博が入ってくる。
私は西武時代からキヨが好きだった。
巨人ファンになったのはそれがきっかけとも言える。母と兄がすでに巨人好きで、ルールは2人から教わる。
TV中継が終わるとラジオに切り替え、22時半とかまでずっと聴いてたことが懐かしいです。
リリーフがコールされると、「えー?大丈夫?」なんてハラハラした。
当時の巨人のリリーフはプレッシャーに弱めな人が多かった記憶。
岡島とか石毛とか。
打席に横浜の佐伯が立つと、「あー」と半ば諦めがちになる。
それでも長嶋巨人のときは、絶体絶命の9回で大久保、清水、後藤あたりが奇跡を起こしてましたね。私は巨人の優勝を望んではいたけど、思い返すとどの球団にも強い関心を持っていた。
98年のベイスターズメンバーをネットでたどってみました。
ピッチャー:三浦大輔、斎藤隆、阿波野秀幸、佐々木主浩
キャッチャー:谷繁元信
野手:石井琢朗、駒田徳広、鈴木尚典、ローズ、波留敏夫、佐伯貴弘
監督:権藤博フルネームを連ねることが楽しい!
知らない人にとってはただの文字列だろうけど。あのころの野球選手って、こうして名前を思い返すだけで楽しさが蘇るんですよね。
巨人なら仁志、川相、清水、広沢、松井秀喜、高橋由伸。
苗字だけでも楽しい人と、フルネームでこそ感慨深くなる人がいる。
斎藤雅樹、入来祐作、桑田、槙原、上原、村田真一。広島なら江藤、前田、野村謙二郎、金本、笘篠(とまぴょん)
ヤクルトも相当楽しいです。
古田、土橋、池山、飯田、真中、稲葉、高津臣吾。
阪神は藪、今岡、桧山、そして新庄剛志。
あと「ロッテの初芝」という響きにはいまだになぜかゾクゾクします。
なんたって監督がみんな個性的で、ノムさんのぼやきとか星野監督のコワさ。
アウトな逸話が楽しさに輪をかけた。あのころパリーグではオリックス・ブルーウェーブでイチローが大活躍してて、監督は仰木彬。
そういえば大学生のとき、ヤクルトvsオリックスの日本シリーズを見に行きました。
まさか2022年に同じカードで日本シリーズを戦うとは。
しかもオリックスの監督が中嶋聡。
95年シリーズ優勝時の捕手だったですね。
中嶋vs高津ですよ。
職場でひと回り下の同僚がオリックスファンで、つい私は95年シリーズのことを語ってしまうが、彼女はそのころのことは知らない。
仰木監督を知らないという。
そうか・・時は流れる。****************************
なぜ野球を見なくなったか。
ひとつには、2005年に転職した先が深夜までの夜シフトで、野球を見る時間がなくなったというのはある。
そのころ一人暮らしもしたので、親と野球中継を楽しむこともなくなる。
キヨがオリックスでどんな活躍をしているのかもわからなくなって。
キヨはバラエティーで芸人に肌を触られて「土佐犬の肌や」と恐れられてたのを見たことがある。
土佐犬…あの爽やかなキヨも、変わってしまったんだ。
だけど、ダルビッシュの登場には心が躍った。
日ハムの野球も結構好きでした。
東京ドームが本拠地だった頃に見に行けばよかったと後悔。
そして大谷翔平が入団。
栗山監督の「二刀流」というぶっ飛び提案を受け入れて。そうだ、TVでの野球中継がぐっと減ったんだ。
19時から2時間というあの枠に地上波で野球が放送されてるって、今思えばなんか強引というかすごい事態だったかもですね。
そこへの嫌悪の声が、届きやすくなったということなのかな。
おやじ・男性の趣味でゴールデンタイムが独占されるというのは許せない!という声が高まっても不思議ではない。
今じゃ野球好きに性差もないだろうけど。でもなんか。
98年に室長が無理やり若手を球場に連れてったときのように、「おじさんの強引さ、嫌いじゃない」ということはたくさんあって。
室長はカラオケで「珍島物語」しか歌わなかったけど、それで天童よしみの世界に少し触れられたこともいい体験だった。
私はJリーグもなぜこんなにお茶の間に浸透しないんだろうと、そこまでサッカー好きじゃないのにイラつくこともある。
放映権などの事情は知らないけど、もっと見やすい地上波で放送してくれれば、野球と同じくらい親しまれるスポーツになったんじゃないかなって。
日本代表で選手に興味を持っても、その後の活躍が追跡しにくいんですよね。
バスケとかバレーに追い越されてる感もあるじゃないですか。
これまた取り上げるのはイケメンばかり。
大谷翔平はすごいと思うけど、大谷の打席を知りたいというより全体の中の大谷を知りたい。チーム全体の流れ。
でも今じゃ、その意欲もない。
騒々しさでもう疲れてしまった。
日本のスポーツ中継と報道の仕方は、何か大事なものを損失してるんじゃないか。娯楽が増えたからというのもありますね。
人の娯楽が分散した。
お茶の間でスポーツ見る時代じゃなくなったというね。
1998年、横浜ベイスターズは日本シリーズで西武を下し日本一に。
室長は大喜びで、部下全員にホッシーグッズを配った。
今、ホッシーいないんですってね!
(とっくに?)
DB.スターマンって誰・・・ -
彼女と友達になるには
「あの人と友達になりたいな」と、1〜2年に一度くらい思う。
大抵は職場の同僚・女子。職場の同僚なのでもう何年も前からお互いを知っている。
時々帰りの電車が一緒になると思いがけず話が盛り上がったりして、「今度お茶しようよ!」と言いたくなるんだけど、言わない。
お茶に行っても、この盛り上がり以上にはならない気がして。
すごく好きなんだけど、「話すことがない」とも思ったりする。
帰り道が一緒になると嬉しい。
でも話すことがない。
「今日暑いよね〜」と天気の話でもしようと思ったとこで、相手が「親もだんだん年取って」と、広がりが出そうな話をしてくれてホッとする。
そんな関係の女性が今、少なくとも2人いる。
昔は「お茶行こうよ」「食事ぜひ!」と積極的に言うタイプでした。
いつからか・40になったあたりからか、「行こうよ!」と誘う自分がどうも先輩風吹かせてる感じがして、言わなくなった。
相手は断れないかもしれないし、「行こうよ」と言ったからには具体的に決めてかないと「口だけの人」と思われかねない。年下でもお誘いしてくれる人がいるのは助かる。
ただ、「ぜひ!」という思いを表す自分がいつもすごくブスというか、嬉しいくせにスマートぶるから鼻と口のあたりがぐにゃっとした変な笑みで「ゼヒ…」とか言ってる気がする。
あと同僚だと、一度ランチするとまたシフトが同じ日に行く感じになりそうな・ならなさそうなあたりを探るのが面倒。
2回連続で行くと3回目がかなり友達っぽくなってしまい、あえてそれを避ける人が多い気がする。
友達になりたいのに、友達になろうとするのを避ける。
それは相手も同じことを思ってる気がする。
話が大盛り上がりしなくても一緒にいると心地いい。
そんな人がいる。
でも盛り上がらないから何話していいかわからない。
今は「聞くこと」にも気を遣う。そこで話題になりがちなのが愚痴・悪口。
これは友達の絆っぽいものが一見生まれるんだけど、私はこの流れにいいかげんうんざりしてる。
ただ共通の音楽趣味とかあっても、その話が終わるとびっくりするほど話が広がらない。
一方、愚痴のネタはたくさんある。
職場の愚痴、お金がないという愚痴、女性特有の不調バナシなど。
たぶん「友達」として安易にお茶行ったりすると、お茶の時間全部愚痴みたいになる。
そうなってしまうのをお互い避けてるんじゃないか。**************************
同僚から友達になった人もいて、どんな感じでそうなったのかと思い返す。
「同じ趣味で外出する」ということが繰り返された人かなと。
私の場合は舞台やライブ、その関連のイベントとか。
愚痴を逸らせるぐらい熱く語れる趣味の領域がないと、友達レベルにはなれないのかもしれない。
「同期だから」ということで何回か旅行に行った人もいる。
「同じ時期に新人だった」という共通点からは絆らしきものが生まれやすいけど、絆感だけじゃ深まらない。
やっぱり相性も大事だし、その相性って言葉にできない。
あと「趣味が同じだから相性がいい」とも、友達になるとも限らない。
友達になる人は私の場合、「同じものが流れてる」とはっきり感じられるものがある人なんだけど、「友達になりたい」というのは「同じものを確かめたい」ということかもしれない。
でももし「違うかも」と感じたら「やっぱ同僚で」と距離を空けることになり、それじゃ調子良すぎか、とも思うので、友達づくりに慎重にならざるを得ない。
あと、「なんだかんだ長年の知り合い」という過程も私には必要。
知り合いから友達へステップアップ、みたいな流れがパターンの気がする。
これは恋人も同じで、「信頼関係は一朝一夕には築かれない」というのが40年以上生きてつくづく実感されたことです。
ところが同性の同僚に「友達になりたい!」って沸き立つことがたまにある。
恋とほとんど同じ仕組みなんだろうけど、「わかり合いたい!」って特定の相手に強く思っちゃう。
「あまちゃん」で、アキが電車内のユイちゃんに一目惚れするあの感じ。
すごく素敵なファッションの子とか、イメチェンして髪にカラーを入れてきたそのセンスに惚れ惚れして、お近づきになりたいと思う。
「めんこいな〜」って。
その子は性格も私好みのさっぱりしたタイプで、ひと回りほど下だけど「お茶行きませんか?」って言われてお茶したこともある。
やっぱりブスな応答で、「へへ…(私でよければ)」なんて背を丸めながら外に出たわけだけど、話が広がらなかった記憶。
でも彼女とはなんか適度な好意を抱き合ってる気がして、会わない期間が長いと「久しぶり〜」ってすり寄る猫のように近づく。
そのあとが続かない。
「だね〜」で終わり。
彼女は今でもマスクをしてる派で、正直何を言ってるのか聞き取りにくい。
私は「何を言ってるのかよくわからない人」というのは自分と相性がそもそも悪いと思ってて、不思議なんだけどまったく声が聞こえない人、話がいつも理解できない人というのがいる。
私の耳は相性センサーみたいになってるんだろうか。
友達になりたいのに、何を話したらいいかわからない人。
一緒にいると心地よいのに、無言じゃだめと思ってしまう。
「趣味が同じ人がだいたい友達」という自分のパターンを超えたい。
直感だけで心が落ち着き合えるような運命的なやつ。
だけど恋愛と同じで、「そんな人はいない」「いても刹那」と結局なるんだろうかな。 -
旅行が苦手かもしれない自分の趣味
秋になり、職場のおやつスペースには同僚からのお土産クッキーが並んでいる。
「鳴子行ってきました」
「箱根のお土産です」
「エーゲ海行ってきました」え、エーゲ海!?
みんな裕福だな〜なんて思った。
だって宿泊代とかすごく高くなってるらしいじゃないですか。
そんな折、海外まで行っちゃうってすごいな〜。と言いつつ、今の私には行きたいところが特にない。
旅に注げるお金がそこまでないわけじゃない。みんなだってお金に余裕あるから旅に行くというより、行きたいところがあるからそこにお金を注ぎ込むのだろう。
私は旅にお金を使おうとあまりならなくて。
旅行が好きじゃないのかも、と思った。**************************************
それでも昔はよく一人旅をしてたのです。
大学の卒業旅行で、友人たちはスペインとアメリカ両方行くと盛り上がっていたけど、私はお金がないことを理由に断って、1人で関西3都旅行をした。
自分で細かくしおりみたいのを作って、寺の閉門時間が迫れば走る。
こういうダッシュは1人じゃないとできない。
そういう楽しみを味わった。友達が遠い地で暮らし始めたと知ると、そこへ赴く。
北海道まで電車で行ったり、松山まで夜行列車使って行ったり。
夜行列車は一時クセになり、ムーンライトいずもと一畑電鉄に乗って出雲大社まで行ったことがありました。
あとは、駅長猫のたまに会いに和歌山の貴志まで行ったのは、大阪出張のついでだった。
友人や家族とも、京都、箱根、草津、鳥取、広島、あちこち行ったものです。
そのころ、私は旅が好きな人間なんだと自分で思っていた。最近、旅行計画をいつしたかといえばコロナ直前。
大阪で舞台を見に行く予定にしていて、翌日には京都の貴船神社と鞍馬神社へ行こうとしていた。
ところがコロナ蔓延で舞台は中止。
そこから「旅行計画」がすっぽり私の頭から抜け落ちてしまったんだ。ちゃんと旅行したのは2018年が最後かもしれない。
横尾忠則氏の絵を見たいと思い、灘の美術館まで行くというのがメインの計画。
そのあと西宮在住の友人に神戸を案内してもらったり、1人で尾道まで足を伸ばしたりしたのは、旅行らしい旅行でした。尾道で瀬戸内海に触れれば、「旅って楽しいなぁ。ひゅーひゅー!」と1人興奮するものの、旅につきまとう「何か」が自分を物悲しくさせる。
・1人でこの景色を見てもしょうがないということ
・旅から帰れば日常の生活が待っているということ誰かと旅すれば物悲しさなど抱かないでしょう。
だけど「誰か」がいたらいたで気を遣う。
仲良しの子とチェックイン時あんなはしゃいでたのに、翌日の昼には疲れすぎて沈黙、何を楽しめばいいかわからなくなってたりとか、夜になれば友人の風呂の長さに苛立ったりもする。
好きな人と壮大な景色を見ているのに、ゆうべ背を向けて寝た彼の真意を探りすぎていまいち感動できなかったり。
やっぱ1人じゃないと旅って堪能できないよと思いつつ、1人だと寂しい。
このジレンマを解消できたことがないのかもしれない。そして旅からの帰宅。
数日前の旅気分などあっという間に消えて、オフィスでPCたたいてる。
私は「波」とか「落差」がすごく苦手で、「非日常感を楽しもう!」みたいなノリとかダメなんですよ。
旅が楽しいほど、「現実」との落差に虚しくなる。
綿菓子のように消えるじゃないですか。旅の余韻。
なぜか写真も見返さない。思い出にすぐ背を向ける自分。
いや、現実が嫌なわけじゃない。
ただ「波」が苦手ということ。
フラットでいたい。極端な上がり下がりに心がついていけないから。私の今の仕事は土日祝日まったく関係なく、つまり平日と土日にさほど波がない。
これも無意識でそういう職種を選んでたのかも。
旅行のために4日連続有給取るとか、今の自分には特に不要。
というか怖い。その4日を自分のための特別な日にすること。
なんて贅沢なのか。**************************************
ところが、私の趣味は「地図を眺めること」
やっぱ行きたいのか?
心はどこか行きたがってるのか?
本屋で東京地図を手に取って、「これだ!」と満足したのも束の間、東京だけじゃ物足りなく思い、日本地図も買った。
地図を買ってから、「スマホを見るのをやめられない」という日々から「地図を見るのをやめられない」日々に変わる。行きたいとこなど特別ないのに、「謎だったあの通り」をチェックしてみたりする。
「あー、あそこにつながるんだ」
そんなことで1日が終わる。職場の同僚が確か八王子に住んでいたので、駅名を聞けば「高尾」だという。
東京地図で高尾を調べたら…載ってない!
しかし大丈夫!日本地図も買ったので、そっちで高尾をチェックする。・・・だから何だという話です。
私は今まで「旅行の計画」が好きだったのかもしれない。
実際旅立つことよりも、地図を見ることを楽しんでた気もする。
未知の場所の地図。
そこが海に近いとワクワクして、この目で見たい!と赴きたくもなるんだけどね。
新幹線から富士山が見えればそりゃ興奮する。
でも、あのあたりから大体酔ってきますね。
東海道新幹線の振動が胃に響いて…
それでも自分にとって最高と思えた旅先は、兵庫県の日本海側にある余部鉄橋。
画像はじゃらんnetより
ドラマ「夢千代日記」のオープニングに出てくる赤い鉄橋をこの目で見たくなり、夜行列車を使ってひとり赴いたのは25歳ごろだったか。
今、赤い鉄橋ではないけど、その鉄橋がかかる鎧駅が海沿いの崖みたいなとこにあって、素敵な風景でした。
トップ画像鯉のぼりは鎧駅からの風景(香美町観光ナビより)私にとって旅は癒やしや高揚感を求めるものじゃなく、行きたいところに「たどり着いた」という達成感を楽しむものかもしれない。
そういえば大学生のとき、友人と青春18きっぷを駆使して「行っちゃうか!」と、思いつきで徳島の阿波踊りを見に行ったことも良い思い出です。
あのとき楽しすぎて、友達と帰りの電車の中ですごくブルーになった。
そう、あのときから落差に苦しんでいた。
私の住む街は観光地で旅人が多いのだけど、そのテンションの高さに日々触れてるだけで満足しちゃってるのかもしれない。
街が常ににぎやかで、そんな中でひっそり暮らしてるのは心地いい。
部屋で地図をめくってるうちに、またどこか行きたくなったらいいなとは思う。 -
同窓会の憂うつ
高校の友人から、この夏同窓会があるらしいと聞いた。
主催者は、あのころから行事を仕切っていた男子たち。
その名を聞いたとき、周りは似た反応になる。
不倫相手でも探したいのかね?みたいな。
もしくは仕事が順調であることをアピールしたいのか。
仕事で人脈を広げる必要があるとか?
どうも穿った見方をしてしまう。
だってよ、なんで同窓会なんてやりたいの?
仲間内だけで集まりゃいいじゃん。
学年のマドンナがどんなふうになってるか眺めたいのか?
誰かがすごくおっさんになってたら笑うのか?
いや、とても純粋な動機だろうとも思う。
「みんなと会いたいんだよ!」
そう爽やかに言いそうな幹事氏ではある。
でもなぜか、最後の精力(性力)を振り絞りたいように思えてしょうがない。
若い子を探すとかより、あのころ好きだった子や思いがけず華やかになった子に出会えたらいいなみたいな下心(じゃないの?)
中学の同級生同士の結婚パーティーに招かれたとき、ちょっとした同窓会みたいになった。
あのころまだ30になったかならないかくらいだったけど、地元の結婚率・出産率は高い。
すでに2人以上の子がいたり、結婚して7年くらい経ってたり。
「shikiはまだなの?」とは聞かない気遣いがある子がほとんどだったけど、「ねぇ、なんで?」とズケズケくる人もいる。
その未婚の1人、中学の時すごく仲良くしてた子は泥酔してたからか様子が随分変わっていた。
泣きながら、軽犯罪で拘置所入った話をし始めた。
その後トイレから出てこなくなり、そういうときに彼女を抱えたり「しっかりしろよ!」と強く言ってくれる男子がいて頼もしかったけど、私は静かに会場を後にした。
彼女を放置して帰った罪悪感がしばらく残る。
私はどうすべきだったのか。
大勢でいるといつも「私はどうすべき?」を探る自分に疲れるんだ。
「みんなで集まろうよ」という提案はすごく爽やか。
その爽やかさに「いいね!」と応じることは少なくない。
でもみんなと集まったときをイメージすると、混乱が始まる。
自分のどこを「近況」として切り取ったらいいだろうかと。
大抵は「どうなの?」と始まるからね。ぶっちゃけると、複数人で集まったときの「アドバイス」と「格差感」が苦手。
私もついアドバイスしちゃうんだけど。
「〇〇がいいと聞いたよ」「〜してみたら?」
気づいたらずーっとアドバイス合戦。
特に健康バナシ、料理バナシ。
おしゃべりしてるときは「やってみる〜」って案外素直に受け入れるんだけど、あとでどっと疲れる。
もっと疲れるのは「格差」を感じたとき。
「感じた」というほど、自分では意識してなかったりもする。
ただなぜか、みじめな思いが募る帰路。友人が結婚して家を買う。
子どもができて、その塾・習い事。
自分に子どもがいたら同じレベルではなかっただろう。
そんな彼女らに「こうしたほうがいいよ」と言われたら、ベストなアドバイスをもらった気にもなる。
自分はいつもアドバイスを授かる側で、ありがとうありがとうと。
そして疲れ。
善意しかない場です。
明るさと前向きさ、バイタリティーにあふれてる。
「今日はありがとう。元気もらえたよ」
それは嘘じゃないんだけど、使うことのないペッパーミルをもらった気持ちになる。
何を相談しても中立の立場を取られるなら、ここに来る意味もない。
複数人の集まりは、自分がこの自分でいいと思えなくなる危機を時にもたらす。
楽しいけど疲れてしまうんだよ。
自分が自分を否定する機会は極力遠ざけたい。
心地よく思える人や場所はとても限定的だけど、今の自分にちょうどいい狭さ。
だから同窓会に行くなんて今は考えられないけど、年取ったらまた変わるんだろうか。
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ほとんど距離
大谷選手の結婚報道。
それなりにブルーになるものですね。
それでブログを書く気になれなかった。というのは半分冗談で半分本当。
連日の大谷フィーバーは正直つらい。
大谷選手は悪くないのに、目に入れたくないと思うのもつらい。
メディアのしつこさにただただ腹が立つ。
しつこさというのは、人の嫌悪感を刺激するんだと思う。
TVを見て「もうやめてほしい」と思うとき。
自分の望まない何かで自分が満タンになっていくことに危機を覚える。
「ここ欲しい情報でしょ?」「ここ笑うとこです」というコントロールから逃げたくなる。
私は昔よく怒っていて、人によってすごく横柄な態度になることがあった。
年を取ってからそんな自分を大人の力で閉じ込めてきたけど、「距離が近い」という状況への限界サインだったように思う。
コロナ前って距離が近いことが「善きもの」とされてましたよね。
職場の同僚と腹を割って話すことだったり、家族で定期的に集まること。
頻繁に会うことが友達の証しみたいな。
そういう時期があるから今の人間関係が築けてるともいえるけど、オープンであることに疲れ果てることもあった。
突然怒り出したり横柄になる自分をよく反省してたけど、コロナ禍以降怒ることは激減しましたね。
快適な距離感が取り戻されたからと思う。
生まれて初めて自分らしい距離感を知ったような。
人間関係の問題って、ほとんど距離の問題じゃないでしょうか。
人を嫌いと思うときを振り返ると、相手と近い関係になりすぎてたり、大して親しくないのに胸の内をすごくさらされたとき(人の悪口や重い話の繰り返し)かなと。
ただ、その人と適正な距離が取れると、嫌いという感情も薄まったりするんですよね。
また普通におしゃべりしてたりする。
元彼から連絡来たりするのも、相手の嫌悪感も薄まったからじゃないかな。
距離が近いって、結構怖いです。
何か魂胆があるから距離を詰めたいと思う。
その距離を詰めたい側の思惑に飲み込まれそうな危機感を感じてるのかもしれません。
a・自分に好意を向けてほしいという見返り
b・自分の思い通りになってほしいというコントロール
これらは自分にも心当たりがあることです。
思い切り魂胆があった。
それでも若いうちは叶ったりしたのです。
でも当初、aだけで満足できたのに、やがてbに移行する。
bの段階になると早々に嫌われます。
嫌われるというか、露骨に距離を取られる。
そこで私も適正距離に気づけりゃいいんだけど、自分の状態が悪いときはただただ距離の近さを渇望してしまう。
依存状態から抜け出せない。
この依存段階ではどんな望みも叶わない。
いや、赤ちゃんのように泣きわめいたら、相手は根負けしてそばにいてくれるのかもしれない。
近しい仲だったら、たまには「よしよし」なんてこともあるのかも。
でも依存タイプは何度も同じ手を使う。
それが嫌だから距離を取るようになる。
距離を取れない人は共依存状態になりやすいかもしれません。
自分も過去、とある人の状況が良くなることに頑張りすぎてたことがありました。
1年ほど頑張って、最終的には徒労感しかなかった。
自分がどんなに頑張っても相手のためになってる感覚がない。
でも頼ってくる。
相手の状況を改善できない自分を責める。
ぎりぎりの状況でした。
自分のことは自分でしか解決できない。
頭ではわかってるけど、相手を突き放すことはとても怖かった。
色々覚悟をして距離取って、結果、相手は自力で改善に向かったから本当よかったけども。
「いや、ちょっと…」と相手から露骨に距離取られると一瞬ショックを受けるけど、それはただの黄色信号と思う。
それ以上突き進んで相手に赤信号出されたら、嫌いは確定するんだろうけど、それだって時が経てば黄色に戻るのでは。
ただ恐怖感が生まれると関係修復は難しくなる。
恐怖が募る距離感ってありますよね。
街の変質者で怖い思いしたのも距離近案件だったし。
距離の問題で危ないのは、突き放された側に恨みの感情が生まれたとき。
「自分を一番にしてくれなかった」「あんなに思わせぶりだったのに!」と、親密さの期待を「裏切られた」と感じると、態度が急変することがあるかもしれません。
自分は距離を詰めたいのに好きな人がうんと距離を取りたい人だと切なくなる。
それでも友好関係を保てる距離で関係を続けていくか。
自分の望む距離で縮められないのなら関係を断つか。
快適な距離はみんなそれぞれで、「この距離なら仲良くいられる」というバランスを無意識に探りつつ、みんな関係を保ってるんでしょうね。
とはいえ誰しもが寂しさを抱えてるんだとも思う。
距離感ぴったり!なんてことはあるんだかないんだか。
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なんにも似合わない
何を着ても似合わないというのが数年前からの悩み。
似合わなくなってしまった。体型の変化、フェイスラインの変化。
顔つきだって変わってきた。2年前に見つけた「自分っぽい!」というジャンパーをこの間まで毎日のように着ていた。
自分の姿を街の鏡で見たとき愕然とした。
自分は一体いくつなんだっけと。
ジャンパーからただ老いがはみ出ていた。仕事終わりに同僚とエレベーターが一緒になってまた愕然とした。
彼女の黒いタートルニットに、ベージュのロングコート、耳に光るピアスがなんて素敵なのかと。いや、ジャンパーいいじゃないかと思う。
ジャンパーという響きもあの形も自分っぽいのは確かなのに、それすら似合わなくなったら自分はこれから何着てどこに行けばいいのか。
なんにもフィットしなくなるとき。パーマをかけたい。
そしてヤンキーっぽくなりたい。
髪だけを派手にして、服は黒とかでいいんだ。
YOUのように。
やっぱYOUになりたい日が来るんだなと思った。
というのも。40・50代のリアルな理想モデルがどこにもいないんだよな。
なぜかアシンメトリーのベリーショートスタイルとか。
いまだバブルなリッチスタイルとか。
とにかく髪を伸ばして一部を緑にしたりとか。
金が必要な個性的スタイルが多いよ。
心の同学年、本上まなみは今どんなだっけ。
PUFFYの由美ちゃんは髪を緑にしてそうだけども。
渡辺満里奈はまだアシンメトリーだろうか。
満里奈さんにはもっといろんな髪型・服装にチャレンジしてもらいたい。
世代を引っ張ってもらいたい。でもわかる。
年を重ねると髪質に変化が出るため、きれいに伸ばすことが困難。
髪に時間をかけてもいられないし。
「すっきり」がこの年代の目的地になりがちなのはよくわかる。新しいかばんが欲しくなった。
色は黒ですね。
今まで黒なんてつまらない色を選ぶことはなかった。
金具もいらない。
なんにもきらめかせたくない。
ひっそり無難にフィットしてればいい。
真っ白なスニーカーが流行ってるのもわかる。
色を邪魔と思う時がくるなんて。
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独特の多幸感
自炊したものを食べた。
今、半端ない幸福感に包まれている。キャベツと玉ねぎ、豚肉と醤油から生まれるあの独特の甘みはなんだろう。
うまみが口の中にずっと漂っている。
買ってきたもののうまみとは明らかに違う。
幸せ。
だから自炊するんだなと思った。茶葉でいれた緑茶にも独特の甘みがある。
あれは不思議なんだけど、緑茶でしか味わえないんだよな。
麦茶やブレンド茶、はとむぎ茶やほうじ茶にはない甘み。
健康!!
そう叫びたくなる味わい。最近、2駅分くらい歩くことを心がけてるけど、ウォーキングにも独特の多幸感がありますね。
あと掃除してきれいになった部屋を感じたとき。どっちも無理・やりたくないという時期もあった。
去年の夏以降。
腰から下が異様に重かった。
運動すればいいんだよというアドバイスも聞きたくなかった時期。
わかっているけど頑張れなかった。朝、日光浴を数分してみてからちょっと健康になったんですよね。
せっかく買ったIKEAの椅子が放置されていることにきづき、日向に置いてみた。
そこで朝食を食べる。
あったか〜(多幸感)しかし最近は、あんなに好きだった甘いお菓子より、ポテトチップスの塩気をたまらなく求めてしまう。チョコが減らない。
塩分なんて普段意識してないので、そろそろ高血圧とかも視野に入れないといけないんかね。
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テレビが疲れる
バラエティーをほとんど見なくなった。
ガチャガチャしてて疲れるし、「ここ笑うとこ!」という誘導にはうんざり。女子アナが笑う。美しい女優が笑う。
ワイプでは気難しそうなお笑い芸人まで笑っていて、キャラ不明だった男性なんかも手を叩いて笑ったりする。
疲れる・・CMに入ったらまた疲れる。
インパクトだけを狙ったのか意味不明な騒々しさ。
センスのある騒々しさならまだしも、人を茶化したりやたら踊らされてたり、甲高いロリ声アニメがいきなり響いたりする。
女優が上から目線で商品名を言うことで何の効果があるのか全くわからない。自分がその世界に合わなくなってしまったんだと思うしかない。
差し出されたものを素直に楽しめないのだから。
合わないついでに言うと、整形にはどうしても不自然さを感じてしまう。
「そこまで伸ばしたかった?」と感じるほどの鼻の高さや目の変化をキャッチすると、いいね!と感じるほど寛容にはなりきれない。前のそのままのあなたがよかったと言われたらどうするんだろう。
好みだったあの丸い鼻はどこにもない。
変えたことで本人が前より生きやすくなったんならいいんだろうけど。
歯ががちゃがちゃしてたときのなんともいえない愛嬌とはもう会えない。おいしい・かわいい・すごいが幅を利かせててつらい。
